夢に見るほど愛してる!






講義室はシーンと静まり返っていた。
生徒たちがノートに、黒板に描かれた内容をペンで書き起こしている音だけが聞こえている。
カリカリカリカリ。
そんな中、退屈で単調な口調で、聞こえてくる、講義の声。
「イーハトーブの夢において、筆者は宮澤賢治を・・・」
そんな先生の講義が頻りに聞こえてくる。けど、私はこれっぽっちも、説明が頭に入らなくって、さっきから困り切っていた。
と言うのも・・・頭の中に浮かぶのは、なんかもう、昨夜の夢ばっかりだったんだよね。
繰り返し脳裏に再生される、昨日の・・・・ほんと、もう・・・・デロデロでエロエロで汁だくすぎる・・・愛香ちゃんとの夢。

「あーもう!!!なんであんな夢を・・・わっけわかんない!!!」

なんか頭がパニくりにパニクって、思わずそう、口走ってしまった。
よりにもよって、この静まり返ってる教室で。しかも、一番前の席で・・・。
当然、先生も生徒も、ビックリ仰天の様相で一斉に私に目線を向けてきて、私はもう、微妙な苦笑いを浮かべながら、フリーズするしかなかった。
怪訝な顔をする先生と、おもいっきり視線がぶつかる・・・。

「あ・・・・・・せ、先生・・・・」
「山木さん・・・・わかんない部分があったら、手を上げて、質問しなさい・・・」
「え?・・・・あ、は、はい!!!す、すいません、つ、つい、口走ってしまって!!」

私はとりあえず誤魔化すように笑顔を振りまきながら、ペコペコと先生と周囲に愛想を振りまく。
周りの生徒たちも、最初は怪しい人を見るような感じだったけど、最終的にはみんな笑ってくれてたので良かった・・・。
入学早々、変人と思われたくないもんね・・・いや、もう、ちょっと手遅れ感だけど・・・。

講義が再開する。
カリカリとチョークで、黒板に記していく先生。
相変わらずシャキっとしない頭で、私はボンヤリと黒板を見つめる。そして、頭にこれっぽっちも入らない授業を聞きながら、私は思った。
そう言えば、先生はさっき言ってたな。わかんない部分があったら、手を上げて、質問しなさいって。
じゃぁ、この難題も、先生に聞けば解るのかなぁ?
私は教壇を眺めながら、心の中で・・・ポツリと呟いたんだ。





先生・・・。毎晩毎晩、私は、愛香ちゃんと恋人同士の夢をみるんです。
もしかして私は、意識の奥底で・・・・・愛香ちゃんの事が好きなんですかねぇ??・・・ねぇ?先生。





大学の終業後。
私はちょっとお買い物などをして時間を潰した後、いつものよーに事務所に向かった。
今日も勿論、カントリーのメンバーと会うんだけど、しょーじき、昨夜、あんな夢を見てしまった罪悪感から、どんな顔して愛香ちゃんを見ればいいのか解らなかった。
一体、愛香ちゃんと、なに話せばいいんだろ?
あぁ・・・・無理!!意識しない様にと思えば思う程、夢の中でのエロすぎる愛香ちゃんが浮かぶ!!これはマズい!!
今日、愛香ちゃんからうっかり、体とかくっつけられて濃厚接触された日には、そのままキスして、押し倒したくなってしまいそう!!これは本当にマズすぎる!!
もう、今日は極力、愛香ちゃんとの接触は避けよう!!よし、今日はなるたけ、ももち先輩にくっついてよう。ももち先輩の側なら、愛香ちゃんも、そこまで近づいて来ないだろう。うん!!

と・・・・そんな事を考えながら、意を決して事務所へと向かう。

すると――。

「・・・・・・・・おはよ。梨沙ちゃん」
「あ、お、おはよ・・・愛香ちゃん」

事務所で愛香ちゃんに出会った瞬間・・・・私は別の意味で、たじろいだ。
目の下にくっきりと浮かび上がるクマ。ってゆっか、目に見えて、むっちゃ機嫌が悪い。
どれぐらい機嫌が悪そうかと言うと・・・あのももち先輩ですら、愛香ちゃんのダークオーラに阻まれ、仕事以外の会話は、一切、話しかけられないぐらいに。
そして、ちぃと舞ちゃんに至っては、動物的本能で、「今日の愛香ちゃん・・・なんか・・・怖いよぉ・・・」と怯え、私に泣きついてくるぐらいに。
そう。その日の愛香ちゃんは「一体、昨晩。どれほど『最低すぎる夢』を見たんだろう・・・」と危惧するレベルで・・・・ダークカオスが服着て歩いてるような、闇っぷりで、病みっぷりだった。

「あのぉ・・・・愛香ちゃん」
「なに?梨沙ちゃん」
「・・・・・やっぱり、希望の夢。観れなかったの?」
「逆に聞くけど、梨沙ちゃんは、まーが希望の夢を観れてると思うワケ?!」

な、なんか、やなみん風の口調で逆ギレされたし!!

「スミマセン。思いません・・・」
「思わないなら聞かないでよ。観れてない。全く観れてないですから!!」

うっわ。本当に機嫌が悪い。
比較的長い付き合いの私だけど、ここまで機嫌悪い愛香ちゃんは初めてみたレベル。
でも。あんな夢を見た手前、どんな顔して愛香ちゃんに会えばいいか解らなかったけど・・・ここまで機嫌が悪いと、何故か逆に、話しやすいのが不思議だ。
しっかし。聞いたらまたキレられそうだし、絶対教えてくれないだろうけど・・・本当に毎晩、どんな悪夢を見てるんだろうこの人??と思った。
ってゆっか、そもそも。私はこないだから、ずっと、思ってたんだけど――。

「あのさぁ、愛香ちゃん」
「なに・・・?」
「愛香ちゃんってさ、一体、そこまでして、なんの夢が観たいの?」

そう。私は道重さんの夢を見たいって、元来の目的があったけど・・・。
そもそも、愛香ちゃんって、なんの夢が観たいんだろう?それが気になってしょうがない。
これだけ気持ち悪い夢ばっかみて。尚も懲りずに呪符を使うとか、一体、なんの夢を見たいんだろう?
すると愛香ちゃんは、さっきまでの機嫌悪そうな表情から一転する。ホンの少しだけ、表情を優しく和らげて、こう答えたんだ。

「それは――。梨沙ちゃんの夢と同じような感じだよ・・・。好きな人に会いたいって、夢・・・」
「好きな人?あ・・・・解った!!工藤さんでしょ〜?」
「うん・・・。・・・・そう。そうだよ?私の想いなんて、決まってるじゃん・・・」

そう言って、微かに顔を赤らめ、肩を竦める愛香ちゃんは、本当に恋する乙女って感じで・・・。
私は「そっか・・・」と呟くだけで、それ以上、何も言えなかった。・・・何も言えなくなった。
そんな口ごもる私をチラっと垣間見てから、愛香ちゃんは伏し目がちに床に目線を落とすと、ゆっくりと、こう言葉を続けたんだ。

「ほら。やなみんは、強い想いがあれば絶対に観れるって言ってたから。まーは・・・もうちょっと・・・信じてみよっかなって」
「そう。そっか・・・・・。解った。夢、見れるといいね・・・」
「ありがと、梨沙ちゃん。もうちょっとだけ、夢、見れるようにがんばる」

そう言って、にっこりとほほ笑む愛香ちゃん。
あぁ。そんなにまでして、工藤さんとの夢、見たいのか。健気だな・・・。

一方。私は・・・と言うと。
そんな愛香ちゃんを観て、なんだか急に虚しくなってきてしまった。

毎日の様に観る夢が・・・昨日観た夢が・・・愛香ちゃんと恋人設定の夢が・・・。
なんだか急に惨めに思えてきたんだ。
そりゃそうだよね。だって夢だもん。解ってる。あれは現実じゃない。夢。夢。夢。解ってる。解ってるけど・・・さ・・・。

私は両肩を落とし、「ハァ・・・」と微かにため息を吐いた。
すると、愛香ちゃんは「・・・・大丈夫だよ!梨沙ちゃんも、道重さんの夢、きっと見れるよ」そう言って笑顔を見せると、俄かに、私の背中に両腕を回し・・・正面から、抱きついてきた。
愛香ちゃんの髪の毛が、ファサッと鼻先をくすぐる。
完全に気を抜いていた私は、愛香ちゃんの急な接触に、目を丸くして、ただただ、棒立ちになるしかなかった。

「あ・・・・ま、愛香ちゃん・・・」
「大丈夫だよぉ〜梨沙ちゃん。梨沙ちゃんも、ちゃんと望んだ夢、見れるって」

そう言うと愛香ちゃんは、正面から抱きついたまま、優しく私の後髪を梳いてくれた。
そして、私の顔を見上げると、愛香ちゃんはニコッと笑顔を覗かせたんだ。

マズイ・・・。

その瞬間。昨夜の夢が、私の記憶の中で、次々とフラッシュバックされていった。これはマズイ・・・。
ベッドの上で、覆いかぶさる私の背中に腕を回す愛香ちゃんも。私の鼻先の数センチ手前で、嬉しそうに顔を赤らめる愛香ちゃんも。
そして・・・・・その後の、その、あの、なんだ・・・・色んなシーンも。一気に記憶が逆流を始めた。マズイ。これは、本当に、マズイ!!!
心臓がバクバク音を立てる。
完全にフリーズする私を見て、愛香ちゃんは「どしたの?」と不思議そうに、首をひねっている。
「あ、いや、別に・・・・・なんでも・・・・」
「なによぉ?梨沙ちゃん。ヘンなのぉ〜」
そう言って笑うと、愛香ちゃんは、抱きついたままに、ちょっとだけ背伸びをして、私の頬に自分の頬っぺたをくっつけて来た。
あー!!もう!!あざとかわいい!!・・・・・・だから、本当にマズいんだってば!!!


私はさっきから両手を、愛香ちゃんの背中、触れるか触れないか、数cm手前の距離で止めていた。
抱きしめたら終わり。抱きしめたら、もう、認めるしかない。そんな気がしていたから・・・。
だけど、もう、耐えられそうもなかった。これ以上耐えるのは、まったくもって、無理だった。


私は愛香ちゃんの背中に手を回すと、力強く抱きしめた。
その瞬間、愛香ちゃんは一瞬ピクリと反応して私の顔を垣間見るが、すぐに「フフフ」と満足そうな笑みをこぼした。
あぁ。きっと愛香ちゃんは、いつものコミュニケーションぐらいにしか思ってないんだろうな・・・・。
そりゃそうだよね。2人で抱きつくとか、この程度のコミュニケーション、いつもしてたもんね。
でも。私は、もう、認めるしかなかった・・・・。








私は・・・・もう・・・完全に・・・・愛香ちゃんの事が、好きになってしまっている事を。








で。人間って不思議なモノで・・・さ。
1度「好き」と認めてしまうと、清々しい程、考え方が変わってしまう生き物だ。
やなみんに呪符を渡されて以降、私は毎晩・・・・道重さんの事を考えて眠りにつくようにしてたけど。
今はもう、道重さんに逢う事よりも・・・・夢の中で愛香ちゃんとデート出来る事の方が・・・・なんだか、ずっと、嬉しく思えてきちゃったんだ。

あぁ・・・・今日の夢では、愛香ちゃんと、どこでデート出来るのかな?
遊園地かな?映画かな?それとも、自宅デートとか!?
あ!箱根に温泉旅行とかいいかも!
それか、むっちゃ田舎に行ってさ、2人で、田んぼにカエル捕りに行くのも楽しそうだよなぁ〜!!
カエルと愛香ちゃんとか、ハッピーすぎる!!



・・・・・・・・・・・。



そう。その日を境に・・・・。
私は、そんな事を考えながら、毎日、眠りにつくようになった。
今はもう、道重さんよりも・・・・愛香ちゃんと夢で逢いたいと、思うようになったんだ。
実際・・・。毎晩、夢でする、愛香ちゃんとのデートは、私にとって、幸せで幸せでしょーがなかった。




でも、
絶対に、忘れてちゃいけない事が1つだけあった!!




それは、恋人関係なのは、あくまで、『夢の中の愛香ちゃん』であり、『現実の愛香ちゃん』ではないって事・・・。
時々、夢と現実がごっちゃになって、現実の愛香ちゃんにうっかりイチャついてしまい、愛香ちゃんに「なによぉ、梨沙ちゃん。甘えて〜」って笑われる時がある。
そう。虚しいけど・・・現実の愛香ちゃんは、私に対して、そんな感情は何も持っていない・・・・・・・それだけは忘れちゃいけなかった。

あと。もう1つ、大きな問題もある。

どうしてこうなっているのかは解らないけど・・・・夢の中で愛香ちゃんに逢えるのは、間違いなく、あの呪符の効果なんだと思う。
あの呪符なしに、この不思議な夢は語れない。
と言う事はだよ?・・・・あの呪符をやなみんに返却してしまうと、恐らく、もう二度と、夢で愛香ちゃんに逢うことが出来なくなる。
だけど。当然、借りっぱなしってワケにもいかない。
当たり前だけど、人から借りたものは、持ち主に返さないといけないんだ。

そう・・・いつか、やなみんに呪符を返却した時。私はもう、愛香ちゃんと夢で逢えなくなる。
夢の中の愛香ちゃんとはお別れ。
もう、愛香ちゃんとは、恋人関係じゃなくなるんだよなぁ・・・。

「・・・・ヤダなぁ。呪符、返したくないな・・・」

でも、いつかは返さないといけない。
私は、近いうちに来るであろう、別れに怯えつつ、夢の中の愛香ちゃんと、ひと時のラブラブな時間を過ごして居た・・・。











だけど、そんな或る日の事だった――。
事態はあまりに大きく、驚きの事実と共に、急変する事となったんだ!!











その日は、今度あるシングルイベントの、レッスンと打ち合わせがあった。
レッスンの休憩時間。
愛香ちゃんはレッスンスタジオで、ステップを踏みながら、超〜ご機嫌な様子で、「♪みんなになんて言われようと〜好きよ好きよ〜ただ好きなのよ〜」と、こないだまで東京でやってた舞台の、劇中歌を口ずさんでいた。
愛らしい歌声と、それに反するキレキレのダンス。
そんな愛香ちゃんを見て、ももち先輩も「おっ!なんかテンション高いね〜愛香ちゃん!!」と、笑顔で話しかけていた。

そう。そうなんだよ!

実は、愛香ちゃんはここ4・5日間、えらくテンションが高かった。
つい1週間程前は、あれだけダークカオスな様子で、病みっぷりを発揮していたのに・・・・・・ここ数日は、ハイテンションで、妙にご機嫌な様子だった。
ちぃや舞ちゃんが愛香ちゃんにちょっかいを出しても、チョーノリノリで対応してるし・・・・
普段から高めの声も、ここ数日間は、さらに半音ばかし高くなってる気がするし・・・。
最近の愛香ちゃんは、物凄いご機嫌な様子だった。

そんな愛香ちゃんを見て、私は思ったんだ。
・・・・もしかして、愛香ちゃん。あの呪符を使うの諦めたのかな?・・・って。
気持ち悪い夢を見なくなったから、ご機嫌が良くなったのかもしれないって思った。
確かに、愛香ちゃんはあの呪符のせいで、悪夢ばっかみてたみたいだし。使わないのが正解だとは思うけど・・・。

でも、私は思った。もし愛香ちゃんが呪符を使わなくなって、やなみんに呪符を返却してるのであれば・・・・・・私もそろそろ、返さないとマズいよね?
やなみんは返せと即しては来ないけど、もう、10日以上借りっぱだし・・・・・梁川家の秘宝を、いつまでも借りっぱなしは、ダメだよね?
けど・・・。
返しちゃったら、私はもう、愛香ちゃんに夢で逢えないワケで・・・。恋人関係じゃなくなるワケで・・・。それはしょーじき、辛すぎるワケで・・・。



そんな事を考えながら・・・・私は給水をしつつ、レッスンスタジオの鏡越しに愛香ちゃんを、ボンヤリと見つめていた。
鏡にむかってダンスの確認をしている愛香ちゃんの姿。鼻歌交じりにテンポよく、ステップを踏んでいる。
だが、ふとした瞬間。鏡越しに、愛香ちゃんと私で目線が合ってしまう。
私は反射的に目線を逸らしてしまうが、誤魔化し切れなかったらしく、愛香ちゃんは「どしたの?梨沙ちゃん。むっちゃ、まーの事観てるけど〜」と言って、ニコニコな笑顔で私の元へ近づいてきた。
そして、当たり前のように私の体にピトーッとくっつき、右腕に左腕を絡めてきたんだ。

「どーしたのさー?梨沙ちゃん。いま、むっちゃ、まーの事、観てたでしょ?」
「え・・・。そ、そっかな?」
「そうだよ。観てた!!絶対観てましたぁ!!」

そう言ってちょっと意地悪そうな笑みを浮かべて、私の顔の5センチぐらい手前まで、顔を近づけてくる。
あーもう!!この人は、私の気も知らないで・・・・・すぐ、接触してきやがる・・・もう。
私は「べ、別に、何って事はないんだけどね!!」そう言って、顔を背けたあと・・・・「いや。最近、ご機嫌だから、愛香ちゃん。なんかいい事あったのかな〜?って」と尋ねた。
すると。
愛香ちゃんはふふ〜んと鼻を鳴らした後、得意満面、最高の笑顔で、私にこう答えたんだ。

「解る?実はそうなんだよね〜!!」
「え?」
「ついに私、稲場愛香!!あの呪符で・・・・・・観たい夢を見ることに成功しました!!イエーーイ!!!」
「・・・・・・・え?・・・・えぇえええええええええええ!!!!?」

あまりの予想外の言葉に、レッスンスタジオに響き渡る声で反応してしまった私。
ももち先輩を始め、他のメンバー達は、一斉にこちらに「なんだなんだ?」と、注目を浴びせてきた。
私はハッとして口元を左手で押さえると、愛香ちゃんの肩に右腕を回し、スタジオの端っこに愛香ちゃんを引っ張って行く。
そして、みんなの不思議そうな目線を遠巻きに浴びながら、会話を続けたのだった。

「・・・・え?!ゆ、夢!見れたの?なんで?」
「わかんない!!!なんか、数日前から、急になの!!」
「へ〜〜〜。良かったじゃん!!気持ち悪い夢に耐え続けた甲斐、あったね!!」
「ありがとー!!梨沙ちゃん!!やなみんの助言を受け止め、自分の想いを信じつづけた甲斐、あったよぉ〜」

そう言って、今にも泣きそうな顔を見せる愛香ちゃん。
そっか、だからここ数日間。愛香ちゃん、ご機嫌が良かったのかぁ〜。最初の頃は、悪夢続きで、死にそうな顔してたもんなぁ〜。
愛香ちゃんの様子を心配してただけに、愛香ちゃんが無事に夢が見れるようになって、私も素直に嬉しかった。
そっか!!気持ち悪い夢は見なくなったんだね!!そっか。・・・・工藤さんの夢。見れるようになったのか。そっか・・・そっか・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・。

あぁ。でも、ちょっと複雑な気分でもある・・・かな。
私が夢の中で愛香ちゃんとデートしてる頃・・・。愛香ちゃんは夢の中で、大好きな工藤さんと、デートしてるのか・・・そっか。
なんだろ。この虚しい気分。解ってはいたけど、なんか、物凄く虚しい・・・そっか・・・そーだよね。
すっかりと押し黙ってしまった私を見て、愛香ちゃんは「どうしたの?梨沙ちゃん?」と、首を傾げた。
私は「あ、ううん。良かったね、愛香ちゃん。工藤さんとの夢、見れて・・・・」そう言って、愛香ちゃんの頭を撫でてあげたんだ。
すると、愛香ちゃんは一瞬、照れくさそうに押し黙った後、「うん」と呟き、頷いた。そんな愛香ちゃんの頭を撫でながら、私は・・・。

「でも。そろそろ、やなみんに返さないと・・・・」
「え?」
「呪符。もう、10日以上も借りっぱなしじゃん・・・私たち。」
「・・・・・・・・・・・・あ!!!」

愛香ちゃんは恐らく、やなみんから借りてると言う、根本的な部分を失念してたんだろう。
私の言葉を聞き、随分と驚いた様子で声を上げたんだ。
その後。次第にその表情は曇って行き、愛香ちゃんは「うそ。せっかく、希望の夢が観れるようになったのに・・・」と残念そうに呟いた。

「ヤダなぁ。返したくないな・・・」
「そうだね・・・愛香ちゃん」

私は撫でていた愛香ちゃんの頭を、ポンポンと優しく叩く。
すると、愛香ちゃんは泣きそうな顔で私の顔を見た後、私の肩にコツンとおでこをくっつけた。
私は、そんな愛香ちゃんの髪の毛を、そっと撫でてあげた。


・・・・あぁ。そうだね。愛香ちゃん。ホント、私も、呪符を返したくなんてないよ。


でもね?そろそろ返さないとダメな気がするんだ。
借りっぱなしはよくない・・・・・・とか、そう言うのも勿論なんだけどさ。
毎日、愛香ちゃんと夢で恋人を演じてるとね・・・・・・段々、解らなくなってくるんだ。
夢と現実が乖離出来なくなってくる。
今だってそうだよ?泣きそうな顔で私の肩に顔を埋める愛香ちゃんを、ギュッと抱きしめて、キスしてあげたくなってくる。
そう。段々・・・夢と現実が解らなくなってきて、このままじゃ、絶対にマズいって、私の心の中が警鐘を上げてるんだ。

「ねぇ。もう、やなみんに、返そうよ。愛香ちゃん・・・」

私は髪を撫でながら、そう問いかける。
だけど、愛香ちゃんは割り切れない様子で、「梨沙ちゃん・・・・でも・・・・まだ、私・・・」そう言って、私の顔を見上げていた。
お互いの吐息がかかるぐらいの距離。
今にも愛香ちゃんの頬に触れ、キスしたくなるような距離感。駄目だ。また、夢と現実が乖離出来なくなってる。マズい・・・。
私は唇を噛み、愛香ちゃんの方から、顔を背けた。

――その瞬間だった。

「あの〜〜〜。山木さん??」
「うぁあああああああああああああああああ!!!」

顔を背けた瞬間、
すぐ目の前に、何故かやなみんの顔があって、私は思わず、戦慄迷宮レベルで、悲鳴を上げてしまった。
愛香ちゃんも、めっちゃビックリした様子で「えぇえ?!や、やなみん!?」と声を裏返らせていた。
しかし、やなみんは全く動じない様子で「あ、すみません。驚かせてしまいました。」と言って、申し訳なさそうにペコッと頭を下げた。

「な、なに!?どうしたの??やなみん???」
「あ、ちょっと、山木さんと稲場さんに、お話が合ったんです」
「なに?お、お話しって!?」

未だドキドキする心臓を押さえながら私はやなみんに問いただした。
お話があるなら、別にあとでいいじゃん!!なんで、私と愛香ちゃんで明らかに2人で話してるとこに割り込むのさ?
スタジオの向こうの方で、ももち先輩も、ちぃ達相手に、「梨沙ちゃんと愛香ちゃんの、あの空気の中に、よく、入って行けたよね。やなみん」と、妙な感心をしてるし!
ホントですよね!自分で言うのもなんだけど、よく、今の私たちの空気に割り込んで来れたよね?凄いね、やなみん!!!

しかし・・・。
今の空気感に割り込んで来れたやなみんもビックリだけど。
それ以上にビックリだったのが、この後に、やなみんの口から告げられた、驚愕すぎる事実だったんだ。

「あの〜。さっきから、呪符って言葉が漏れ聞こえてて、私、2人に言わなきゃいけない事を、ふと、思い出したんです」
「あ・・・・。呪符を返却して欲しいって事だよね?大丈夫、返す!!明日、持ってくるから!!ゴメンね、ずっと借りっぱで!!」
「あ、いえ。別に、返却期限はいつでもいいんですが・・・。実はあの呪符。やっぱり、お二人の使い方、間違ってたんですよ」
「へ?呪符の使い方が間違っ・・・・・・・・・・・・・・・・えぇええええええええええ!??」

本日、3度目の悲鳴。
完全に言葉を失う私と、「意味解らない」と言った様子で、キョトンとしている愛香ちゃん。
そんな私たちを見て「どーしたどーした?」と周りに集まってくる、野次馬ガールズたち。
こうして私たちは、やなみんの説明の元、とてつもない真実を、知る事となるんだ。


( Cへつづく・・・ )