あーしに出来ること 〜中編〜








現実はあーしの予想以上に重かったんだ・・・。
だけど、リコはそんな事はおくびにも出さない。
知られる前も、知られた後も・・・。
いつもの帽子を被り、リコは事務所に届いたガス代の振込用紙を持って、事務所の玄関に向かった。

「ではでは!ちょいとコンビニに、行ってきまーす!!」
「あーじゃぁ、あと、付箋とノート買ってきて!!付箋とノート!!なくなっちゃった!!」

あーしが言うと、リコは「りょーかーい!」とニコヤカな笑顔を見せた。
そして「いってきまーす!」と、元気にあーしらに告げ、コンビニへと向かった。
その様子はいつもとなんら変わりなくって、それがなんだか、逆に、胸を締め付けられたんだ。

リコを入り口で見送った後、あーしは事務所の中を振り返る。
所長がソファに座り、リコの淹れた、凄絶に濃すぎるコーヒーを黙々と飲んでいた。

「あの・・・所長・・・」

あーしが声をかけると、所長はあーしの聞きたい言葉を察してたみたいだった。
カップから口を離し、小さく息を吐いた。そして・・・

「まぁ、手紙なんて軽い方だな。自宅の窓ガラスに、石を投げ込まれる・・・なーんて事も、あるみたいだな」
「・・・・・え?」
「夜中にイタ電なんて、ザラさぁ・・・」
「・・・・・・・・・」

なんつーか。
あーしは言葉が出なかった。

毎日の様に一緒に居るからさ、リコの事は誰よりも解ってる気が、しょーじき、していた。
まぁ、リコの事はあーしが一番良く、知ってっからさ!・・・とか、CAT‘S EYEで偉そうに吹いた事もある気がする。
でも、一緒にいるのは、あくまでリコが探偵事務所に来ている間だけで・・・。
だから。そんな事態になってるの、あーしは夢にも思わなかったんだ。

「あの・・・所長は、聞いてたんですか?こんな事になってるの」
「ん〜?」
「な・・・なんでリコ。あーしには、教えて・・・」
「勿論・・・・・・。本人はそんな事、オレ達に言うはずもないが・・・な」
「え?」

どうしてリコは、所長たちには相談したのに、あーしには相談してくれなかったんだろう。
誰かに相談するなら。まず、最初にあーしに相談して欲しかったのに・・・・・・そう、思ってた。
だけど、所長から出た言葉は、さらに意外な言葉だった。
本人はそんな事、オレ達に言うはずもない・・・って。

「じゃぁ、なんで知って・・・・・・」
「オレの職業は?・・・・・・ジャジャーン!探偵〜〜!!」

そう言って、いつもの調子でおちゃらける所長だけど、なんだかいつもより、ちょっと、バツが悪そうだった。
所長はやがて、ソファに凭れかかり自嘲的に笑うと、また、リコの淹れたコーヒーを口に含んだ。
そして、空になったカップを受け皿に戻すと、「ごちそーさん」と、小さく呟いた。

そう言えば・・・。

あーしは、そんな所長を観てて、ふと、気づいたんだ。
最近所長は、リコの淹れたコーヒーを、黙って全部飲み干している。
最初のうちは、あまりの濃さに「ばっかもーん」って怒って、コーヒー残してたけど。最近は違う・・・。
でも、正直なトコさ。リコの淹れるコーヒーは凄絶に濃すぎて、フツーなら飲める様なモノじゃないんだよね。
あーしも、全部飲み干しては、何度か胸やけを起こしてるレベルだし・・・。

だけど・・・最近の所長は、何も言わず全部飲んで、最後に必ず「ごちそーさん」って言う。
すると、リコは「どーいたしましてぇ」と、いっつも、超〜嬉しそうに笑っていた。

あーしは今の今まで、その事を深くは気にしてなかった。
所長、リコの味に慣れたのかな?と・・・・・・ある種、他人事の様に思ってた。
でも・・・なんとなく解った気がする。所長がそうしていた、意味が・・・。




そんな事を考えながら、
あーしはカラになったコーヒーカップを見つめていた。
「ごちそーさん」って言われた後の、リコの満足そうな表情が、自然と脳裏に浮かんでいた。
すると・・・・。

「リコちゃん。ずーっと、寝不足みたいですよね」

声に反応して振り返る。
そこには、リコのデスクの椅子に腰を掛ける、公平の姿があった。
寝不足?リコが・・・?
あーしが問いかけると、公平はリコのパソコンのキーボードをイジりながら、コクリと頷いた。

「えぇ。10日ぐらい前からですかね・・・目の下にクマが、毎日の様に出来てる」
「公平・・・」
「大きなニュースになりましたからね・・・橘警視監が汚職で捕まった事件は・・・」

そう公平が言うと、
リコのパソコンのキーボードの隣に『バサッ』と言う音と共に、週刊誌が投げ置かれた。

「んでまぁ・・・・・糾弾に火が付いた一番の理由は、ソレかな・・・」

所長が投げ置いた週刊誌。
それには『汚職警視監の黒すぎる罪』と言うタイトルで、数ページにわたり、特集のようなモノが組まれていた。

刊行日は先週――。

なんて言うか。あーし、自分が情けなくなってくる、って言うか・・・。
だって、こんなの知らなかった。全然知らなかった。
それだけじゃない。リコが10日ぐらい前から、目の下のクマが凄い事も、全然気づいてなかった。
実家が物凄く大変な事になってるって事も、あーしは解ってなかった。

なんか、あーしは本当に、この時ばかりは自分が情けなくなったんだ。
なにが「まぁ、リコの事はあーしが一番良く、知ってっからさ!」だよ。
所長よりも公平よりも。誰よりも解ってないじゃん・・・あーし。



きっと。所長も公平も気づいていたんだ。
この記事が出て以降、リコが、毎日疲れてる様子である事に気づいて・・・。
だから、2人はこっそり、リコの様子を調べていた。

だけど。あーしは何も知らなかった。
気付きもしなかった。
毎日寝れなくて・・・リコの目の下にクマが出来てるのすら、気づいてあげてなかった。


・・・・・・・。
あれ?って事は、もしかして・・・。


「あの、所長」
「ん?」
「もしかして。ここんトコ、事務所に泊まり込みさせてるのは・・・」

自宅がそんな状況じゃ、まともに寝つけない日々が続いたに違いない。
ここ10日間ぐらい、消えない目の下のクマ。
だから所長は、あーしたち・・・ううん、リコを・・・事務所に泊まらせてあげて・・・。

すると所長は、
「ま。泊まり込みで仕事して貰った方が、捗るしなぁ〜。一石二鳥ってヤツぅ?」
そう言って笑ってた。けど、なんだか寂しそうな笑顔だった。

その理由はなんとなく、掴めた。
所長も公平も、あの時は何も知らなかったんだ。2人はただ、クライアントの依頼をこなしただけ。
だけど、結果的に。
所長と公平が、橘警視監の汚職を暴き・・・リコを今の状態にした。
ううん。2人は、勿論、そんなつもりはなかった!!
でも、結果的に・・・なってしまったから。





あーしは、空っぽになったコーヒーカップをみつめる。
所長が「ごちそーさん」って答えた時、リコはいっつも、スッゴイ、嬉しそうだったな。
公平が買ってきた抹茶フロマージュ。チョー喜んでたな・・・。
なんつーか。きっと、2人は2人なりに、リコになにかしてあげようとしてるのかもしれない。

でも、一方のあーしはと言うと・・・。
バカで気が利かなくて鈍感なあーしは、今日まで何も気づかずにいた。
その事実が、なんか、凄くあーしには重かったし、すっごい自己嫌悪だったんだ。
あーもー!!こんなんじゃ相棒失格じゃん!!バカー!!!!




所長も公平もリコを少しでも元気づけてあげられたらと、願ってる。
だからこうして、さりげなく、リコを思いやってあげてる。
じゃぁ、あーしは?
あーしは何を・・・・・・リコにしてあげられるんだろう?













「で。で。話が面白くなりたいって・・・どったのさ?急に」


手紙を破り捨てた時の、リコのなんとも言えない表情。
あの時感じた気持ちと同じぐらいに苦いコーヒーを口に含み、大きくため息をつく。
すると、あーしは不意に、左肩をポンポンと叩かれた。
振り返ると、愛はいつの間にか、カウンターのあーしの隣の席に移動していた。

「話が面白くなりたいって、どーゆー事よ?」
「だって・・・。あーしに出来る事って・・・面白い話ぐらいだから」

あーしが俯きがちに、そう呟くと。
愛は隣でプッと吹きだし、むっちゃ失礼な事を、サラリと言いやがったんだ。

「いやいや!出来る事も何も・・・あんた、面白い話、出来てないから!!」
「知ってるよ!そんなの!!あーしの話がつまんなくて、みんな寝ちゃうの!!知りたくないけど、嫌でも知ったよ!!」

コノヤロー。人が気にしてる事、平気で言いやがってぇ!!
あーしの面白い話が、ホントはつまんないぐらい、知ってるよ!!
こないだの事件で嫌と言う程知って、10回ぐらい心が折れましたーー!!

「だーかーらー!!あーしは、話が面白くなりたいの!!!」
「はぁ?どうしたの?急に・・・」
「別に・・・。ただ、面白い話をして、リコを笑わせてあげたいなぁって・・・・・・思っただけだよ」

だって・・・。
ホントは面白くなくて、寝る程つまんなくても・・・・あーしが出来ることって、それでも、面白い話ぐらいだから。
でも、それは口には出さず、あーしは心の中でのみ、呟いた。




だけど。さすがと言うか、なんつーか。やっぱ、コイツらは鋭いと思う。
何かを説明したワケではなかったのに、コイツらはすぐに、あーしの考えてる事を察したみたいだった。
と言うか・・・コイツらもやっぱ、気づいてたんだと思う。

「リコを笑わせてあげたい・・・かぁ」

そう言って、愛は小さくため息をつくと、
「ボク、前にさ・・・ネットでちょっと見かけたよ。橘警視監の家とか、家族とか、みんな晒されてんの・・・」と、呟く。
それを聞き、泪さんは不機嫌そうに息を吐き、大きくかぶりを振った。

「雑誌である事ない事、好き勝手に書かれ、ネットで火が付いた。最近多いわよね、そう言うの」
「姐さん・・・」
「どいつもこいつも、おととい来やがれ・・・って感じよね」

そう。
泪さんも愛も知っていた。
結局、知らないバカはあーしだけ・・・ってか。
本当に凹む。自分の面白い話が、実はつまんなかったって知った時より、しょーじき、凹むなー。

「あーし。所長や公平みたいに気づかえないし。あんたらみたいに、鋭くないし。リコみたいに優しくもないし」
「・・・・・・・・・・・」
「取り柄、なーんも、ないからさぁ!」
「・・・・・・・・・・・」
「どんなにつまんなくても、面白い話しか、あーしにはないじゃん・・・」

だからさ。面白い話で、リコを笑わせてさ、元気にしてあげたいと思うんだよね。
勿論、寝る程つまらない、面白い話じゃなくって・・・。
ちゃーんと、リコが大笑いしてくれるぐらいの、マジ、ガチ、面白い話でさ!!チョー、爆笑して欲しいよね!!





店内に、緩いスローバラードのジャズが流れる。
あーしの面白い話を聞いて、大爆笑する、楽しそうなリコ。
その姿を思い描きながら、カウンターに両肘をつき、あーしはコーヒーを口にする。
そして、

「あーしは、なんも出来ないけど。でも、面白い話ぐらいなら、してあげられるから・・・」

琥珀色の液体を眺めながら、リコの笑顔を思い出し、そう言った。
あの凄絶に愛情の濃いコーヒーを全部飲み干して、「ごちそーさん」と言って貰えた時の、あの破顔の笑顔。
うん、あーしの面白い話で、あの笑顔を引きだしてあげたい。引きだせればいいな・・・。
そんな事を思ってると、「ウフフ」と、特徴的な笑い声がカウンターの向こうから聞こえてきた。
あーしが顔を上げると、泪さんが優しいママの笑顔で、あーしを見つめていたんだ。

「ウフフ・・・。あなた、さっき、自分を、『リコみたいに優しくもないし』って言ったけど」
「へ?」
「優しいじゃな〜い。凄く・・・」

突然の泪さんの発言に、一瞬、何を言われてるのか解らなくなる。
「え?優し・・・え?」
ふと。纏わりつくような目線を感じ左をみると、隣で愛が片ひじをカウンターにつきながら、「やっさしぃー」と言って超〜ニヤニヤとこっちを伺っていた。
一方の泪さんは、カウンターの向こうで聖母の微笑み。
そんな2人の顔を観てると、なんだかあーしは急激に恥ずかしくなり、「バ、バカ言わないでよ!!」と答える。
ちょっ!な、なんだよ、この状況は!!!

「いや・・・別に・・・あんなノッポが落ち込んでても、全然、あーしは、カンケーねーけどさぁ!!」
「けど?なんですかなぁ?チコくん」
「で、でも、リコが落ち込んでると・・・ほら!パートナーのあーしが、やりづれーじゃん!!」

そう言って説明したものの、
2人ともニヤニヤニヤニヤと、あーしの様子を伺ってるだけ。あーもう!ムカツク姉妹だなぁ・・・コイツら。
あーしは「ケッ!!」とだけ言って、そのままカウンターに顔から伏せた。

だが。
すぐに、ヤケクソになってふて寝するあーしの肩に、ポンポンと手の触れる感触が。
伏したまま、顔だけそちらを振り返ると、愛が笑いながら人差し指をクイクイっと動かしたんだ。

「解ったよ。じゃぁ、まずはさ、あんたが面白いと思う話、聞かせな!」
「え・・・?あーしの面白い話?」

急に言われ、あーしはイマイチ話が掴めなくて、愛の顔を凝視した。
すると、愛はコクリと頷き、
「そっ!それを聞いてさ、どこがつまんないのか、どこを直したら面白い話になるのかを、判断してあげっから」と笑った。
つまり。あーしの面白い話の、面白くない部分を訂正して、面白い話になるようにしてくれるって・・・・・・こと?

「ほら!ガチで面白い話をして・・・リコを笑わせてあげたいんだろ?」
「う、うん!!笑わせてあげたい!!」
「だから、まずは聞かせな。あんたの面白い話。そしたら、僕と泪姉で、つまんない部分を直してあげっから」
「マ、マジで!?よっし!じゃぁ、とっておきの面白い話すっから!!爆笑すんなよぉ!」
「・・・・・・・・いやいや。爆笑出来ないから困ってんだろ。あんたの面白い話」

なんか、最後におもっきり的確なツッコミが入ったけど、あーしは気にしないでおいた。
それに、これはしょーじき、自信あるんだよね!!
もしかしたら、訂正とかなしで。ガチで爆笑取っちゃうかもしんねーなーって、しょーじき、思う。
それぐらいの秘蔵っ子の、とっておきの爆笑トークがあーしにはあったんだ!!

だから、あーしは自信をもって、愛と泪さんに語りだしたんだ。
とっておきの爆笑トーク。それは・・・。
あーしが初めて修正液を使い切った時・・・・・・・どの文字を修正液で消したかの話!!(ババーン!!






そして。
あーしが自信を持って語る事、20秒後・・・。







「ふぁ〜瞳姉ちゃん・・・もう、鳩サブレ、食べれないよぉ・・・ムニャムニャ・・・」
「だから、なんで、もう、寝てるんだよぉおおおおおお!!!」

隣のカウンターで爆睡する愛を、おもいっきり引っ叩く。
ってゆっか、なんの夢観てんだよ!!!なんだよ、鳩サブレって!!
無理矢理、引っ叩いて起こすと、愛はチョー眠そうにあくびをしながら、あーしの事を観た。

「ふぁ〜〜〜。あんた、改めてさ・・・。ほんと・・・話つまんないよね・・・」
「知ってるよ!だから相談してるんでしょ?!で、で、で?!どこを直せば面白くなる?あーしの話!!」

あーしは身を乗り出して愛に問いかけるが、
愛はあくびをしながら涙目で、フルフルとかぶりを振ったんだ。

「ゴメン。寝ちゃったから、どこを直すも何も、全然聞いてなかった・・・」
「はぁ?!なんだよ、それーーー!!」
「泪姉〜眠い〜!!エスプレッソ淹れて〜!!眠気じぬ〜!!」

愛がカウンター越しに泪さんに言うと、泪さんも立ちながら爆睡してたらしい・・・。
その声でハッと目を開き、「え?江角マキコ?」と答えていた。
エスプレッソだよ、エスプレッソ!!エスしか合ってねーよ!もー!どいつもこいつも、寝ぼけんなよー!!
ってか、話を面白くしてくれるどころか、あーしを凹ませてるだけじゃんか!!オマエら!!



こうして、エスプレッソを待つ間。
愛は目をしばたかせながら、盛大にあくびをする。
そして、「でもさぁ、あんた・・・」そう言って愛は、あーしの背中に手を回してきた。

「思うんだけど。あんたの面白い話・・・ある意味、才能だよね」
「は?才能?」
「うん、才能。いっそさ、探偵やめて・・・CAT`S EYEに入らね?」
「え?あ、あーしが?!なんで?」

空から海から地上から。
変幻自在、神出鬼没の、大泥棒!!怪盗CAT`S EYE!!
それが実は、この美人3姉妹の正体でもあるワケだけど・・・・・・あーしに入らね?って、どーゆーこと?
元キャツヲタのあーしは、思わず身を乗り出して問いかける。

「え?まさか、あーし・・・CAT`S EYEになれる才能、あるって事?!」
「うん。あるね。あんたがいると、催眠ガスいらなくて、チョー便利だわ」
「って・・・・・・テメーの道具扱いかよ!!誰が催眠ガスだぁ!!!」
「よっ!人間催眠ガス!!」

・・・・・・・・こー見えて。
前まであーしは、CAT`S EYEのファン・・・いわゆるキャツヲタだった。
でも、リコと一緒にCAT`S EYEと対決する為にさ、あーしはその日限りでキャツヲタは辞めたんだけど。
うん、つくづく思う、辞めて正解。コイツ、やっぱ、ムカツクわーーー!







そんなやり取りを、暫くの間、あーしと愛で繰り広げていると。
やがて・・・CAT`S EYEの店内にエスプレッソのいい香りが漂い始めた。
愛は嬉しそうに鼻を鳴らすと「おっ!いい香りぃ!!」と言って、コーヒーの登場を手ぐすね引いて待っていた。
さんざんあーしにちょっかい出してた愛だけど、すでに興味はエスプレッソの方へ向いてる様だった。
「チッ!」あーしは小さく舌打ちをし、カウンターに両肘をつく。すると・・・

「はい、チコさん。サービス」

そう言って、あーしの前に置かれたのは、エスプレッソの入ったコーヒーカップ。
どうやら泪さんは、愛の分と、ついでにあーしの分も淹れてくれてたみたいだった。
やはり、愛のバカヤローとは違い、泪さんは出来る人だと、あーしはつくづく思った。

「あ、どーも、姐さん!!」

サーセン。お相伴にあずかります!!姐さん!!
そう言って・・・コーヒーを一口含むと、エスプレッソの泡の柔らかい口当たりがバッと広がって、むっちゃ美味しかった。
泪さんのエスプレッソは初めて飲んだけど、こんなに美味しかったんだ。今度からエスプレッソを頼もうと、あーしは思った。
それにしても。今まで、あーしは3姉妹のコーヒーを全員分飲んだことあるけど・・・やっぱ、コーヒー淹れるのは泪さんが一番上手い気がするんだよね。
まぁ、瞳も結構、美味いけどね。愛のは、うん、フツー。

こうして、柔らかい口どけのエスプレッソを、口の中で堪能していると。
そーいえば。前にリコが泪さんに、美味しいコーヒーの作り方を教わってたっけなぁ・・・と、あーしはふと、思い出したんだ。
確かあの時、「美味しいコーヒー淹れたいから、教えて下さい!!」ってお願いして。カウンターに入らせて貰って、作り方、教わってたっけな。
ちゃんとメモって、一生懸命教わって・・・。
それでも。あの凄絶な濃さだけは、何故か直らないんだよねぇ・・・アハハ。

そんな事を思い出しながら、あーしはもう一口、コーヒーを口に含む。
すっごい美味しい。やっぱプロの淹れるコーヒーはうめぇなぁって思う。レベルが違うなぁって感じた。

だけど・・・・・それだけど。

その時のあーしは、なんだか解らないけど・・・何故か、無性にリコのコーヒーが飲みたいなぁって思ったんだ。
あの凄絶に濃い、リコのコーヒーが・・・。







「ねぇ、チコさん」

そんな思いを遮るように・・・。
不意に、エスプレッソを飲むあーしに、カウンター越しに泪さんが声をかけてきた。

「ん?なんスか?姐さん」

あーしが聞き返すと、姐さんは、
「そーいえば。私、以前リコさんに、コーヒーの淹れかた、教えてあげたでしょ?」と、問いかけて来たんだ。
あまりにタイムリーな問いかけに、あーしは思わず、何度も頷いた。

「あ、はいはい!!その節は、ウチのリコがお世話になりまして、サーセン」
「ねぇ?あれ以来。リコさんは、コーヒー、淹れるの上手になったの?」

泪さんはカウンターに手を付き、あーしに問いかける。
あーしは「いやぁ」と言って笑うと、ブンブンと大きくかぶりを振った。

「相変わらずッスよ。濃すぎのコーヒーに、毎日、胃もたれ起こしてますよ〜」
「そうなの。やっぱり濃くなっちゃうのねぇ・・・」
「一応、味見してるみたいなんですけど、それでも濃さは直らないんで・・・。多分、コーヒーに対する味覚がズレてんじゃないッスかねぇ??」

そう言ってあーしは笑う。
実際、あまりにみんなに『濃い』と言われるので、リコはコーヒーを作った後、自分で味見をして調節してるみたいだった。
だけど、味見をして満足して出した結果がアレだから・・・・・・まぁ、リコは変わったコーヒーの味覚の持ち主なんだろうなと、あーしは思うんだ。
すると、あーしの話を聞き、カウンターの向こうの泪さんは両腕を組み、首をかしげた。

「そう。不思議ね・・・・」
「でしょ?!なんであんなに濃くなるのか、ホント、リコの味覚が不思議で・・・」
「違うわよ。そうじゃなくって」
「・・・え?」

返って来たのは意外な言葉。
あーしは訝しげに眉間にしわを寄せ、泪さんを見上げた。
そんなあーしに対し、泪さんはウフフと笑うと、ゆっくりと右手の人差し指を、あーしに向かって差し出したんだ。
あーしがキョトンと、その指の先を見つめていると・・・。

「そうじゃなくって。私は、あなたが不思議なの」
「え?あ、あーしが?」
「そう。だってそうでしょ?そんなに胃もたれ起こすほど濃いコーヒ―・・・なんで飲むの?」
「へ・・・・・・・・」
「毎日、事務所のコーヒー、リコさんが淹れてるんでしょ?なんで、あなたが、代わりに淹れないの?」
「・・・・・・・・・・」
「リコさんの味覚がズレてるの解ってるなら。あなたが代わりにコーヒーを淹れれば済む問題でしょ?」
「そ、それは・・・・・・」
「あーしが代わりに淹れるよ・・・って、言えばいいじゃない」

畳み掛けるような泪さんの問いかけに、あーしは思わず口ごもった。
泪さんの言ってる事は、何も間違ってない。
確かに、リコの凄絶に濃いコーヒ―を毎日飲むより、あーしが代わりにコーヒーを淹れる方が手っ取り早い気がする。
だけど・・・・・・それをする気には、ならなかったんだ。

「確かに・・・リコのコーヒーは濃すぎだけど。でも、本人は一生懸命淹れてるし・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「それに。濃すぎだし、胃もたれ起こすけど・・・あーしは、リコのコーヒー、嫌いじゃない!」
「どうして?胃もたれ起こすほど、濃いのに?」
「あ、後で胃もたれ起こしてしんどい時はあるけど。飲んでる時は・・・なんつーか・・・あーしには、美味しいような気がするんスよ・・・」

そう。なんかよく解んないけどさ・・・。
何故か美味しい気がするんだよね。リコのコーヒー。あんなにあり得ない濃さなのに。
今だってそう。
泪さんのエスプレッソ、チョー美味かったけど。でも、なんでか解んないけど、今、無性に・・・リコのコーヒー飲みたいし・・・。

だけど。
あーしの言葉を聞くなり、隣に座ってた愛がビックリした様な声で
「はぁ?!あの、セメントみたいなコーヒーが美味いの?」と言い、馬鹿にしたような笑い声をあげた。
その反応に思わず、あーしの脳裏に、カチーンと言う音が響き渡った。
「あ〜!?何がセメントだぁ?コラァ!!リコのコーヒー、馬鹿にすんなよ!」
そう言って、あーしは愛の胸ぐらを掴み、盛大にガンを飛ばした。
すると・・・・。


あはははははは!と、大笑いする声。
それは愛ではなく・・・カウンターの向こう側から聞こえたんだ。
あーしが振り向くと、そこには泪さん。
ウフフではない。アハハハと、なぜだか大笑いしている泪さんがいた。

え?な、なんなんだよ。なんか、面白い事言ったか?あーし?
つか、面白い事を言うと寝るクセに、面白い事を言った自覚がないときに大爆笑って・・・チョー複雑な感じなんですけど!!

「な、なんですか?」

あーしは愛の胸ぐらから手を振りほどき、泪さんに問いかけると、
泪さんは笑い過ぎで目尻に溜まった涙をぬぐい、あーしに言ったんだ。

「も〜!ホント。あなた達ってカワイイわよねぇ」
「は?」
「ベビースターズ。ほんと、カワイイわぁ〜」

そう言うと、
泪さんは小料理屋の女将・・・・いや・・・・聖母の様な笑顔を浮かべ、長い髪を掻き上げる。
そして、ゆっくりと諭すように、答えた。

「面白いと思って話す話が、つまらないあなたと・・・・・・美味しいコーヒーを淹れようとしても、セメントになっちゃうリコさん」
「え・・・・・・・」
「つまり、そう言う事じゃないかしら?」
「そう言う事?」
「そう。あなたのつまらない話も。誰が聞いてもつまらないとは、限らないって事」
「・・・・・・・・・・」
「リコさんのコーヒーのように」


泪さんはそう言って、悪戯にほくそ笑んだ。
だけど。
しょーじき、その時のあーしには。泪さんの言う言葉の意味は、良く解らなかったんだ。
その時のあーしには・・・・。



(つづく)