あーしに出来ること 〜後編〜






随分と風が強くなってきたみたいだった。
事務所の窓がガタガタと揺れて、リコはその音で集中出来ないのか、何度か窓の方を振り返っていた。


結局・・・・・・。
あーしはCAT‘S EYEで1時間ほど粘ったものの、あーしの面白い話がガチで面白くなる術はなかった。
(あれから何個か面白い話をしたけど、ことごとく爆睡しやがった、アイツら!)
そして収穫のないまま事務所に戻ると、今度はリコに「ちょっと!!なにサボって、1人で出かけてんの?!」と怒られる始末。
デスクを観ると、サボってた間に何が起きたのか?纏めなきゃならない資料が山積みに増えてるし!!ウソ・・・でしょ。

そして、リコはリコで、どうもあーしが1人でCAT‘S EYEに行ったのがよっぽど気に食わなかったらしい。
「あーあ。チコが1人でCAT‘S EYEに行ったから、全然終わんなーい」と、普段は温厚なリコに、むっちゃ嫌味を言われるしさ。
はぁ・・・・・・なんだよ、厄日かよ、今日は。

でも。「チコが1人でCAT‘S EYEに行ったから、全然終わんない」って言うけどさ、2人で行ってたら、もっと終わらなかった件!!
・・・・・・・・・・・・・。
って思ったけど、それ言うと余計に怒られそうだから、あーしは心の中でだけ呟いておいた。

そんなこんなで。

サボってた弱みがあるので、いつもみたいに「やりたくなーい!」とグダグダ文句を言う事も出来ず。
あーしが、延々と地味な作業を机にかじりついて続ける事、4時間が経過した――。




「はぁ〜!!!今日のノルマ終了!!!」

あーしは解放感から、椅子の背もたれに寄りかかって大きく背伸びをする。
すると、「うん!!お疲れぇ!チコ!!エライエライ!!」と言って、マジメに作業をしたあーしを観てすっかり機嫌を戻したリコが、あーしの頭をガシガシっと撫でた。
もーー!!だから、犬じゃねぇっつーの!!撫でるな!!
まぁ、でも、偉いって言葉は間違ってないよね。よくもまぁ、4時間ぶっ通しで作業して、ノルマを終えられたと思うもん。自分でも。
あーしは、ふわぁ〜と大きくあくびをしながら時計を見る。時刻はすでに23時を回ってた。
ホント・・・毎日こんな遅くまで、作業させるよなぁ。今週は時間外手当たっぷり貰わないと、やってらんないッスよ!!

とりあえずシャワーを浴びて。
あーしらは事務所の仮眠室で明日の仕事に備え、眠りにつくことにした。





   ×   ×  ×






仮眠室はチビ電の明りだけが、静かに灯っていた。

狭い6畳程度の仮眠室に、布団を並べて、あーしらは眠りにつく。
でも、普段はベッドに慣れてるせいか、どうにもせんべい布団って言うのが固くて寝苦しい。
おまけに、今日は風も強くて、窓がガタガタと絶え間なく揺れている。
その音が気になって、あーしは、中々眠りにつけなかった。

すると。
隣で寝てるリコも、なんだか寝付けないみたい。
寝苦しそうに、何度か寝返りを繰り返しているみたいだった。

「・・・・・・リコ。大丈夫?」

あーしが寝ているリコの背中に声をかけると、
一瞬、ビクッと肩を揺らした後、リコはこちら向きに体を反転させた。

「あ、ゴメン。寝返り、気になるよね」
「ううん。それはいいんだけど・・・。大丈夫?寝苦しいの?」
「あー。うん・・・。なんか、中々寝れなくてさ」

そう言ってリコは、あーしと向かい合わせになったまま、苦笑いを浮かべた。
そして、今日は風が強いからさ・・・・・・と言って笑っていたけど、それだけじゃないみたいだった。
昼間に公平の言ってた通りで、チビ電の薄暗い明りの中でも、リコの目の下にクマがあるのが見て取れた。
今日に限らず、何日も寝付けない日が続いてたんじゃないかと思う。

「あ、でも・・・そのうち、寝付くと思うから。大丈夫だよ」

よっぽど、あーしが心配そうな顔を浮かべてたのだろうか?
リコは俄かにそう言うと、もう一度体を反転させ、あーしの方へ背中を向ける。
薄明りの中。あーしはしばらくの間、リコの頼りない背中だけを見つめていた。





静まり返る部屋。
だけど、外では風がゴウゴウと音を立て、窓をガタガタと揺らしていた。
どんどん、風の音が凄くなってくる。
季節外れの台風でも来るんじゃねーの?と、あーしは思った。

「ねぇ、リコ・・・・・・・」

あーしは、なんとなく、リコの背中に声をかけた。
すると、リコはゆっくりと寝返りを打ち、こちら側に顔を向けた。

「ん・・・・・・なに?」

相変わらず、全然寝付けないみたい。
小声で声をかけたのに、リコはすぐに反応して、こちらを向いた。
「どうしたの?チコ・・・」と不思議そうに声をかけるリコ。あーしはフッとほくそ笑む。
なんとなく、あーしは愛の言葉を思い出していたんだ。

「寝れないんでしょ?リコ」
「え?」
「あーしが、面白い話。してやろーか?」
「え?面白い・・・話?」






ある意味才能だよね。あんたの面白い話―――。






暗がりの中。
俄かにあーしは、昼間、CAT‘S EYEで言われた言葉を思い出していた。
リコに面白い話をして、笑わせてあげたい。そう思って、あーしはCAT‘S EYEで泪さんたちに相談したけど、
結局、あーしの『寝る程つまらない面白い話』は、どーにもならなかった。
CAT‘S EYEも舌を巻く『人間催眠ガス』は、やっぱ、人間催眠ガスのまま・・・。

でも、あーしは思った。
あーしの面白い話が、ある意味才能だとしたら。
今こそあーしの、才能を使いこなす番なんじゃなんじゃねーか?

「面白い話、してやるよ。それ聞けば、寝れんだろ?リコ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「人間催眠ガス。とまで言われるとションボリだから、まぁ、人間睡眠導入剤って感じ?」

そう言ってケタケタと笑う。
リコは一瞬ポカンとした表情を浮かべたけど、すぐにあーしの言わんとしてる事が理解出来たみたいで、
クスッと小さく笑うと「うん、じゃぁ・・・お願いしようかな」と答えた。

「じゃぁ、長めのお願いね」
「OK!!とっておきの大ネタあっからさ!!任せてよ!!」

あーしはそう言って笑った。
うん・・・才能かぁ。あーしは思ったんだ。確かに、そうなのかもしれない。これがあーしの才能。
あーしの面白い話でリコを笑わせる事は出来ないけど、眠らせることは出来る。
それが、あーしの才能だし。これがリコに、今、あーしが出来る事・・・・・・なのかもしれない。


布団を口元まで被り、スッと両目を閉じ、リコは寝る体勢に入る。
目を閉じても、目の下のクマが、ハッキリと解る。きっとロクに寝れてないんだろうな。
うん。あーしの面白い話で、リコがゆっくり寝れるなら、それでいい。
たっぷり面白い話を語ってあげよう・・・。

「じゃぁ、大ネタ行くよ!!」

リコが目を閉じたまま、コクリと頷いた。
あーしは暗がりの天井を見つめながら、お母さんが子供に夜話を語り聞かせる様に、ゆっくりとした口調で、リコに語って聞かせた。
最近仕入れた、あーしのとっておきの大ネタ。
掛け布団はベッドから落ちてなかったのに、毛布だけが、ベッドから床に落ちていたお話を!!(ババーン










そして。
あーしが語り始めて、3分が経過した・・・。










「そう・・・ベッドの周りには囲いもついてるのに、毛布だけが、何故か丸まって床に落ちてたんだよねぇ!!」

そう言ってあーしは話を終え、リコを観る。
あーしの隣でリコは、鼻の辺りまで布団を被った状態で、静かに目を閉じていた。
ピクリとも動かない。

どうやら。眠ちゃったみたいだね。

あーしはハァと小さくため息をつき、肩を落とした。
うん・・・。眠らせてあげる為にやったとはいえ、やっぱホントに寝ちゃうのかぁ・・・複雑。
なんだろ?あーしの面白い話で寝られちゃうと言うションボリな気持ちと、リコがこうしてゆっくり寝れてると言う安心感。
嬉しいような悲しいような。あー!まぁ!!チョー複雑な気持ちだが、しゃーないな!
あーしがリコにしてあげられることなんて、面白い話ぐらいなんだから・・・。


あーしは布団から体を起こし、静かに眠っているリコの顔を覗き込む。
うん、幸せそうな顔して寝てるし、オッケーカンケーって感じ?
あーしはクスっと微笑むと・・・

「おやすみ、リコ」

ぐっすり眠るリコに顔を寄せ、小声でそう呟いた・・・。
すると。その瞬間だった!!
まさかの展開が起きる。眠っていたハズのリコの目が俄かにバチっと見開き、あーしは思わず「うわぁあああ!!」と叫び、のけぞったんだ。
な、なに!?なんで急に目を醒ましたの!?!!え?!な、なに!?え?!!



しかし、むっちゃ動揺するあーしとはうらはらに。
リコはムクッと布団から体を起こすと、あーしの方を振り返り、至極冷静に問いかけたきた。

「なに?面白い話って、今ので終わったの?」
「え?」
「結局。毛布が丸まって、床に落ちてたで・・・・・・・おわりなの?」
「え?え?え?」

起きるなり、いきなりの質問攻め。
一瞬、なんの事を言われてるのか、あーしは解らなかった。
え?毛布が丸まって、床に落ちてたで終わりなの?って・・・え?

「え?・・・・えぇぇえええ?!もしかして、起きてたの?リコ!!?」
「あ、うん。全部聞いてたよ」

あーしは愕然とした様子で、リコの顔をみつめた。
そ、そんなまさか。3分間。掛け布団はベッドから落ちてなかったのに、毛布だけがベッドから床に落ちていた話をみっちり、語ったのに・・・。
なんでリコは寝なかったんだ?!
だって3分だよ、3分!!ウルトラマンがバトれる時間分、面白い話を語ったんだよ?あーし!?
それなのに・・・・・・それでもリコは、寝なかったって事は・・・まさか。



「も、もしかして。ガチで面白かったの?!あーしの面白い話!!!」



あーしは思わずリコの両肩を掴み、その顔を覗き込んだ。
普段は、あーしの面白い話がつまらなくて、みんな寝ちゃうワケで・・・
でも、リコは3分間もあーしの面白い話を聞いたのに、寝なかったって事は、ガチで面白い話だったから・・・って事じゃね?!
「そうでしょ?ねっ!ねっ!」と言って、リコの両肩を掴んだまま、あーしはリコの体を揺さぶった。
しかし、そんなあーしの希望的観測をバッサリ切り捨てるがごとく、目の前にいるリコは、無表情にブンブンと首を横に振ったんだ。

「あ、いや。話はチョーつまんなかったけど・・・」
「へ?」
「別に、掛布団は落ちなくても、毛布だけ落ちるぐらい、よくある話でしょ?」
「そ、そう?あーしは朝起きてビックリだったんだけど?!」

あれ?おかしいな。リコになんか冷静にツッコまれてるんスけど、あーしの面白い話。
でも。掛布団の方が上にあるのに、そっちが落ちないで、中にある毛布だけ落ちるなんて、ミラクルじゃね?しかも、ベッドの周りには囲いがあるのにだよ?!
名探偵コナンだって解けないよ!こんなトリック!!
だけど。リコは冷静に「別にフツーだと思う・・・」と諭してくる。
そ、そっかな。面白い話だと思ったんだけどな。そっか・・・・やっぱつまんないのか。



そう心の中で呟き、「あれ?でも・・・」あーしはふと、心の中で疑問が湧きあがる。
あーしが面白いと思った面白い話は、やっぱ、つまんない話だった。
なのにだよ?なのに、どうして。
リコはあーしの話を聞いて、寝なかったんだろ?

心に湧き上がる疑問。
暗がりの中。あーしはリコの顔をみつめる。

「ホントさ。チョー、話つまんないよ〜!!」

そう言ってクスクスと笑う、リコの表情。
それは、言葉とは裏腹に・・・なんかスゲー・・・楽しそうな表情だったんだ。
つまらないって言ってるのに、なんでこんなに楽しそうなんだろ?リコ。

すると。リコは、不思議そうに見つめるあーしとふと目線を合わせた。
そして、どことなく穏やかな表情で笑うと、「でも・・・さぁ・・・」そう言ってリコは、俄かにあーしに抱きついてきた。
あまりに突然の行動に、完全に無防備だったあーしは、そのまま背中から布団に倒れ込んだ。
目線の先には部屋の天井。右頬には、リコの頬が微かに触れる感触が・・・。
驚きと戸惑いで、次第に胸がドキドキと高鳴り始めた。

「・・・・・・え?リ、リコ?!」

横目でリコを観る。
あーしが震える声で問いかけると、「ホント・・・・話つまんないよね、チコは〜」と、言葉を繰り返す。
そして、妙に心臓が高鳴ってるこっちの気持ちとは裏腹に、リコは犬でも相手してるかのように、あーしの頭をポンポンと叩き、
「でもさ・・・」
そう言うと、リコは耳元でクスっと笑った。

「話はチョーつまんないのに。チコと話してるとさぁ、なんか、楽しいんだよね」
「え?」
「うん、なんかさ、スッゴイ楽しい!!チコと話すの!!」
「リコ・・・・」
「話はチョーつまんないけど。チコと話してると、楽しくてさ・・・・・なんか元気になるんだよね!!」

そして。
「ありがとね、チコ。あたしの為に・・・面白い話・・・してくれて」そう言うとリコは、そっとその頬をすり寄せて来た。
その温かい感触。
急に抱きつかれた時の、驚きのドキドキ感は収まったけど、今度はなんか違うドキドキ感が生まれてくる・・・。
あーしは、抱きつくリコの頭に手を触れる。なんだか、幸せそうな顔で目を瞑るリコ。
「リコ・・・・」
その幸せそうな表情を観ていると、
あーしは不意に、昼間、泪さんの言った言葉が頭の中を過ったんだ。









「リコのコーヒーのように?」

泪さんの言葉に、あーしは首をかしげる。
あーしのつまらない話が・・・誰が聞いてもつまらないとは、限らない。リコのコーヒーのようにって・・・。
どーゆー意味だ?それ?
何がなんだか解らないと言った面持ちで泪さんを見ると、泪さんは「なに?解らないの?」と呆れたようにため息をついた。

「あ、はい。ぜんぜん」
「まったくぅ。よーするに・・・」

そう言うと泪さんは、あーしの隣に座っている愛に、その目線を向けた。
愛は「え?な、なに?」と、一瞬、身じろぎしている。

「ねぇ、チコさん。愛の淹れたコーヒーって飲んだことあるでしょ?」
「あ。はい。ありますけど・・・」
「私の淹れたコーヒーと愛の淹れたコーヒー。あなたはどっちが美味しかった?」

そんな泪さんの問い。
あーしは「そりゃもう!」と言って、即答で答える。
「断然、姐さんでしょ?!愛のコーヒーは不味くはないけど、ぶっちゃけ、フツーだし!!」
すると。
隣で愛は「ガーーン!!」と叫び、ワザとらしく崩れ落ちる様にカウンターにおでこをくっつけた。

「こんなヤツに、僕のコーヒーがバカにされたーーーー!!!」
「いや、バカにはしてねぇよ。不味くはないけど、泪さんの方が10倍美味いだけだって」
「ううう・・・10倍って言われたぁああ。・・・でも、泪姉のコーヒー、確かに美味しいから、何も言い返せないぃぃいい!!!」

どうやら、愛的にも図星だったらしく、なんか隣でガチ凹みしている・・・。
い、いや。そんなに凹まなくても、不味くはないから、気にするなってば!!!それなりに美味しいって!!
でも、あーしが慰めるのが逆にショックらしく、「あんたに気づかわれると・・・逆に凹むよねぇ・・・」と言っている。めんどくせーなぁ!!

すると。
そんなやりとりをするあーしらを観ながら、「でもね・・・」そう言って、泪さんはあーしらに告げたんだ。
「キャッツ特捜班の武内さん、知ってるでしょ?」
「あぁ・・・あの、愛の事を大好きな・・・ロリコン刑事でしょ?」
あーしが答えると、愛が隣で「ロリコン言うなぁ!僕はもう、高校生なんだからな!!」と怒っている。もう、イチイチうるさいなぁ、コイツは!!
愛に構ってると話が進みそうもないので、あーしはとりあえず愛をスルーして、泪さんに尋ねた。
「で・・・あの刑事さんがどうしたんですか?」
「彼ね。私のコーヒーより、愛のコーヒーの方が美味しいって、いつも言うのよ」
「はぁ?ウソ?!マジですか?!」
泪さんのコーヒーより、愛のコーヒーの方が?ウソぉ。
ないわー!それは、コーヒーの味を解ってないって言うか、味覚なさすぎって言うか。・
・・・・ってゆっか、それって単に。

「武内刑事は単にさ、愛の気を引きたいだけじゃねーのかな?」

あーしが言うと、泪さんはウフフと微笑み「それもあると思うけど」と答えた。そして・・・。
でも、それだけじゃない。
泪さんはカウンターから手を伸ばし、あーしの眼前にあるコーヒーカップを手に取った。
空っぽのコーヒーカップを見つめる泪さんの眼差しは、なんだかすごく穏やかだった。

「自分にとって特別な人。そんな人が、心を籠めて作ってくれたコーヒー。それは、どんな名人が淹れるコーヒーよりも美味しいモノよ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「あなたがリコさんのコーヒーを美味しいと思えるのも・・・そう」
「あ・・・あーしが?」
「そうよ。自分にとって『特別な人』が、一生懸命淹れてくれるコーヒーだから・・・どんなに凄絶に濃くても、あなたは美味しいと思える」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「そして、それはコーヒーだけに限らない・・・」

泪さんは再び、手にしたコーヒーカップにエスプレッソを注いだ。
そして、エスプレッソの中に、今度はミルクピッチャーから慎重にミルクを注ぎながら、あーしに言ったんだ。

「例えばあなたの面白い話。どんなに他の人が聞いてつまらないと思うお話でも・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「もしも、あなたを『特別と思ってくれる人』がいるなら。・・・あなたが一生懸命、自分の為に話してくれるお話を、きっと、つまらないとは思わない」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「どんなにつまらない話でも・・・あなたとの話を、会話を、何よりも『楽しい』と思ってくれるに違いない。そうでしょ?」

そう言って笑うと、泪さんはあーしにカフェオレを差し出してくれた。
ミルクピッチャーから慎重に注いだミルクは、コーヒーの上で、綺麗なハートを描いていた。

「そんな・・・誰かを『特別』に思う気持ち。なんて言うか、あなたにも、解るでしょ?」
「あ、そ、それは・・・」

あーしは思わず俯き、口ごもる。
カウンターの向こうではウフフと笑う泪さん。愛は隣でニヤニヤと笑っている。
誰かを『特別』に思う気持ち・・・か。
あーしはキュッと唇を噛むと、おもむろに顔を上げ、そして泪さんに答えたんだ。

「えっと・・・言ってる意味が、サッパリわかんないんスけど?」







――ドンガラガッシャーーン!!!







あーしが答えた瞬間。
吉本興業ばりの見事なズッコケ技を披露する、来生姉妹。
ちょっ!!な、なにもそこまでドンガラガッシャンにならなくても!?だって、意味わかんねーんだもん!!しょーがないじゃん!!
泪さんはヨロヨロと体を起こすと、カウンター越しにあーしの顔を覗き込んできたんだ。

「ちょっと!!あなた、本気で解ってないの?!」
「え・・・・あ・・・・・はい。おっしゃる意味が、全然」
「ハァ・・・・。あなたってホント、馬鹿でアホで頭悪いわよねぇ」
「し、シツレーな!!!」

なんか凄いバカにされたーーー!!!
しかも、馬鹿とアホと頭悪いは、だいたい、同じ意味な件!!!
隣で椅子ごとズッコケてた愛も、立ち上がりながら「あーもう。コイツ、始まる前からオワッテル!」と散々な言われよう。
ちょっと!一応あーし、客なんですけど!!お客に対して、なんて非道い店だよ、ココは!!
「ケッ!解んないんだから、しゃーねーじゃん!!」
ヤケクソになって、あーしは泪さんが淹れてくれたカフェラテを一気に飲んだ。
ハートのイラストは崩れ、口の中へと流れ落ちて行った・・・。









体に抱き着いてるリコの体温を感じながら、
あーしは、CAT‘SEYEでの泪さんの言葉を思い出していた。



もしも、あなたを『特別と思ってくれる人』がいるなら。
あなたが一生懸命、自分の為に話してくれるお話を、きっと、つまらないとは思わない
どんなにつまらない話でも・・・あなたとの話を、会話を、何よりも『楽しい』と思ってくれるに違いない。



その言葉が頭の中に浮かんで離れなくなる。
じゃぁ、だとすると・・・あーしを『特別な人』と思ってくれる人。それが、リコって事?
そしてあーしも、リコを『特別な人』と思っている。
だから、どんなに凄絶な濃さでも、リコが一生懸命淹れてくれたコーヒーだから、美味しいと思える。



――そんな・・・誰かを『特別』に思う気持ち。なんて言うか、あなたにも、解るでしょ?



泪さんの言葉。あの時は、マジで、よく解らなかった。
イマイチ、ピンと来なかったって言うか・・・さ。
でも・・・。
体にしがみつく、リコの体温が心地良くて、心臓がバクバクしてくる。
だけど全然嫌じゃなくて、心地よくて、ずっとリコと、このままで居たいと思える。不思議な感覚。


誰かを『特別』に思う気持ち。


この気持ちはきっと・・・。
そして、リコも多分、そう思ってくれてる。
それがなんかすっごい、あーし・・・・・・あたしにとって・・・・・・勇気になった。

「リコ・・・。あたし・・・・・・さ。」

あたしにしがみつく、リコの髪の毛に触れる。
ゴクンと唾をのみ込む。あたしはドキドキする胸の高鳴りを必死で沈めた。
そして、震える声を一生懸命押さえて・・・リコに言ったんだ。

「あ、あたしも・・・さ!!リコと話してると、すっごい楽しい!!」
「・・・・・・・・・・・・・」
「リコと話してるとさ、あたしも、すっごい元気になるの!!毎日が楽しくって仕方がない!!」
「・・・・・・・・・・・・・」
「今だってさ。凄い楽しくて・・・ずーっとリコと一緒に居たいって、毎日の様に思うし!!えっと・・・」

あーもう!まどろっこしい。
中々、一番伝えたい部分が伝えられなくて、自分のヘタレさに嫌気がさす。
違う!楽しいけど、元気になるけど、リコに伝えたいのはそこじゃなくって・・・。
えーい、もう!!どーにでもなれ!!
あたしは、覆いかぶさっているリコの背中に両腕を回し、ギュッと抱きしめた。
そして、リコの背中にかかる長い髪の毛を優しく梳くと、口から飛び出そうな心臓と一緒に、伝えたい言葉を吐き出した。




「あたし・・・リコが好き!!誰よりも!!ずっと・・・ずっと!!ずっと、このままで居たいぐらい・・・ホントに大好きなんだ!!リコの事!!」




なんかもう、完全に涙目になってる。
心臓があり得ないぐらいバクバクしてて、マジ、死にそうで苦しい。
それは・・・・・・あたしが生れて初めてした・・・一世一代の告白だった。

暗がりの部屋に沈黙が走る。

リコの返事が怖くって、あたしはリコの体にしがみつく。
しばらくの沈黙が流れた後、耳元で「・・・チコ・・・」と声が聞こえた。
ドクンと心臓が震える。ただひたすらに、胸のドキドキを感じながら、あたしはリコの言葉を待った。

「リ、リコ・・・?なに?」
「チコ・・・・・抹茶が・・・棚の上に・・・」
「・・・・・・・は?」
「きな粉餅・・・・・も・・・・ムニャムニャ・・・・」
「・・・・・・・・・・・」

えーーーっと?
なんだか、ものすごーい嫌な予感を感じ、リコの背中から手を離すと、
あたし・・・・・いや、あーしは恐る恐る、横を振り向いた。
すると。リコはあーしの体を抱きしめたまま、あろうことか・・・目を瞑り、幸せそうに、夢の世界の住人になっていた。








って・・・。おもっきり寝てるじゃんかぁああああああああああああああ!!!








うああああああ!!信じらんねぇ!!!!
あーし、すっげぇ勇気振り絞って告白したのに!!ウソでしょ!?!
なに、寝てるの、この人!!あーしの告白、寝る程つまんなかったワケ?!!ちょっと!!
なななな、なんなの!?この・・・・・・フラグクラッシャーは!!!?

「あーーもう!!!リコ!!!!テメーーー!!!」

あーしは覆いかぶさるリコの体をどけ、無理やり自分の上半身を起こした。
そして、幸せそうな顔して夢うつつのリコの頭を、バシっと引っ叩く。
その瞬間。リコは目を開き、上半身をガバッと起こし「ハッ・・・!!し、信玄餅がなくなってる!!」と叫んだ。
つーか、なくなってねーし!!最初からねーし!なんだよ、その夢!!

やがてリコは「あれ?なんだ、夢か・・・」と呟くと、
じとーっとリコを観るあーしの目線に気づいたのか、ゆっくりと、あーしの方を振り返った。
そして・・・「あれ?チコ・・・・・・おはよう」と言ってきた。
ホントに、コイツはぁあああーーーー!!!

「おはようって・・・・まだ、夜中だし・・・・」
「あ、そっか、ゴメンゴメン。ん?・・・あれ?いつの間に寝ちゃったんだろ?あたし」
「それは。こっちが。マジで。聞きたい・・・・・・」

えぇ。ホント。マジで。ガチで・・・いつの間に寝たんだよ・・・オマエ。
いつの間に寝たかは定かではないけど、でも、どー観ても、あーしの一世一代の告白の頃には、寝てたよね、絶対・・・。
「あーもう!!リコのバカたれ!!」
そう言って、あーしは、深くため息をつく。もう、ため息しか出て来ないよ。
あーしの告白、おもっきり寝やがってぇ。一生のトラウマだよ。
これが恐怖で、この先、誰にも告白できなくなったら、リコの責任だからな!!!


あーしは布団にもぐりこんで、リコの方に背を向けると、「リコの、アホ、バカ」とブツブツ文句を言う。
リコは何に文句言われてるのか解ってないらしく、「ひどーい。寝ぼけるぐらいしょうがないじゃん」とふくれっ面。
酷いはこっちのセリフだよ。100人に聞いても、100人が『リコの方が酷い』と答えてくれる惨状だよな、絶対。
そんな感じで、
あーしがリコに背を向けて、延々ブツブツ言ってると・・・俄かに、背中から抱きしめられる感触がした。

「え?」

あーしがビックリして頭だけ振り返ると、
リコが布団ごと、あーしの背中に抱きついているのが解った。
また再び、心臓がトクンと高鳴り始めた。

「・・・・・・・・リコ?」
「なんかさ。チコにくっついてると、ホッとするなぁ」

あーしは寝返りを打ち、リコの方へ体を向ける。
すると、リコはそのままあーしの胸元へ顔をうずめた。だから、表情はうかがえなかった。
ただ、その口調が、物凄く穏やかだったのが解った。

「・・・・風が窓を叩く音。」
「ん?」

あーしは問い返すと、
リコは抱きついてくる、腕の力を強め、ゆっくりと・・・あーしに語って聞かせたんだ。

「自宅にいると・・・窓に石を投げられる事もあった」
「!!?」
「最初の頃は、電話のベルも引っ切り無しに鳴ってて・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「窓の外で下卑た笑い声が聞こえた時もあった。『いっそ、火でも、つけてやろーか?』とか・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「夜はずーっと、不安で寝れなかった」

リコは言う。途中から自分も残された家族も、自宅にいるのが嫌で、ホテルに泊まるようになった・・・と。
だけど、ホテルに移っても、あまり変わらなかった。
風の音が人の罵詈雑言に聞こえる。窓を叩く音が石を投げつけられる音に聞こえる。

「最近はさ。落ち着いて寝られる夜なんて、全然なかった・・・」

急激に、なんだか物凄い怒りが込み上げてきた。
そんなの・・・酷い。お父さんは確かに、犯罪を犯したかもしれない。だけど、リコや家族が何をした??何もしてないじゃん!!
リコはだって、こんなに優しくて真っ直ぐでいい子なんだよ?こんなヘンなヤツ、いないよ?!
それなのに。リコの事を何も知りもしない連中が、ただ一方的に家族まで巻き込んで責め立てて・・・おかしーじゃん!!
・・・・・・・・・。
でも。そんな日々を、リコは笑顔で乗りきってた。誰を恨むでもなく。毎日。

「チコといるとさ、楽しいし、なんか凄くホッとする・・・」
「・・・・・・・・・・・・リコ」
「最近、全然寝れなかったのに。こんなに落ち着いて寝れるの・・・なんか・・・久しぶり・・・」

やがて・・・スゥとリコの寝息が聞こえだす。
強風でガタガタと窓は揺れてるけど、リコはなんだか安心しきった表情で寝ていた。
あーしは、フゥと息を吐き、真っ暗な天井を見上げる。
しがみついてるリコの頭をポンポンと叩く。


「あーしに出来る事・・・かぁ・・・」


あーしは思った。
うん。今日1日、色々考えたけど、よく解んねーわ!!
でも、なにをしてあげればいいのかは、結局よく解らなかったけど・・・一緒に居てあげることは出来る。
曖昧で漠然だけど、きっと、今はさ、それでいいのかもしんないと思った。
あーしに出来る事は、今はただ、リコの側に居る事、一緒に居る事なんだなぁ・・・って、そう感じた。
リコに何があっても、あーしらにどんな事が起きても、絶対に側にいてあげる!!
それが、きっと、さ!あーしに出来る事。
あーしにしか出来ないことなのかもしれないって・・・そう思ったんだ。












こうして。
なんだか色々あって、いろいろ悩んだ1日は終わった。
夜が明けると、風の強い空は一転、絶好のお天気日和だった。
リコは応接室の窓を全開にして、大きく背伸びをしていた。

「うっほぉ!!よっく寝たーー!!!」

そう言ってスッキリした表情で、窓の外に向かって背伸びをするリコ。
がっつり寝れたのか、目の下のクマも消えている。それを見て、所長も公平もむっちゃ嬉しそうだった。

「おおぅ!!よく寝れたか!!それは良かったぁ!!!リコ君!!」
「はい!!所長!!お陰様で、もう、グッスリ!!」
「じゃぁ、目覚めにコーヒーをどうぞ!!今朝もスッキリ、モーニングショットですね!!」

そう言って、缶コーヒーをリコに手渡す公平。
ホントに2人ともリコを心配してたみたいで、ハンパなく喜んでる感じ。
まったく。なんだかんだで優しいよなぁ、コイツらも・・・。

あーしは嬉しくなってクスッと笑うと、「ティーッス!!おはようございまーす」と明るく声をあげた。
すると、公平は振り返り、
「あ、チコくんも起きたのかい?おは・・・」
と挨拶しかけ・・・あーしの顔を見た瞬間に、絶句した。その反応がなんなのか・・・あーしにはすぐ、解ったけどね。
公平は目を白黒させながら、あーしにこう言ったんだ。

「えっと。チコ・・・君。く、クマ・・・すごいね」

ですよねぇ・・・。
あーしは思わず苦笑いを浮かべた。
そりゃそーだ。ぶっちゃけ、昨夜は一睡もできなかったからな!!

そんな公平の言葉を聞き、
リコは「え?大丈夫?チコ?」と言ってあーしの元へ駆け寄ってきた。
そして、不安そうな顔を覗かせて、あーしに問いかけたんだ。

「どーしたの?チコ?ホント、クマが凄いけど・・・」
「いやぁ。昨日はホラ、風の音が凄くて、なかなか寝れなくてさ」
「あー!はいはい!!確かに!!昨日は風の音がうるさかった!!」

あーしの言葉を聞いて、速攻で納得しているリコ。うんうんと頻りに頷いている。
いや・・・・・確かに風は凄かったけどさ、寝れなかった理由はそんなんじゃねーから!!
とはいえ、リコのバカが、理由に気づくはずもないかぁ・・・。

なんかもう、ため息しか出て来ない。

言わなきゃ気づかないだろうけど、ホントの理由なんて・・・言えるはずもないじゃんかよ。
リコに一晩中抱き締められ、胸がドキドキして、一睡も出来ませんでしたぁ!!
なんて・・・言えるかーーー!!!


一方。
リコの鈍感野郎は、あーしの気持ちなんて露知らず。
ぬけしゃーしゃーと、こう、抜かしやがった!!

「あたしはチコのお陰でぐっすりだったよ〜。チコ、抱き心地いいんだもん!!抱き枕みたい!!」
「だ、抱き枕ぁあああ!?」
「ねぇ。また、どーせ、今日も泊まり込みでしょ?昨日みたいに、一緒に寝ていい?」
「え?・・・・・・・・・・・あ〜・・・・まぁ〜・・・・しゃーーーーねーなぁ・・・・・いいよ」

思わず声が上ずり、頬が赤くなるが、リコは案の定、気づきやしない。
やったぁ。今夜もグッスリ寝れそう!と喜んでいる。

はぁ・・・抱き枕かぁ・・・。

あーしは、深々とため息をついた。
どうやら今んトコ、あーしに出来る事は、リコの抱き枕かぁ・・・・。
まぁ、催眠ガス扱いよりは、マシかぁ。







眠気を覚ますため、あーしは洗面台へと向かった。
そして、顔を洗う瞬間。
鏡に映る、クマの酷い自分の顔を見つめる。

あっちゃぁ。クマひでー。
リコの心配してたのに、これじゃぁ、今度は立場逆転になっちゃうよ。
この様子じゃ、きっと今夜も眠れないだろうしなぁ。
とはいえ・・・せっかくの、あーしに出来ること。断る理由もないし、断る気もないから、ま、いっかな!!
リコの抱き枕にでもなんにでも、なりましょー!!!ティーッス!!

あーしは、ピシャっと冷水を浴びる。
ニヤける顔を、無理やり引き締める。
こうして、今日も、あーしらベビースターズの1日が始まった。





<お わ り>