あーしに出来ること 〜前編〜





遠くの方で夕焼け小焼けのメロディが流れているのが、微かに耳に届く。
他にお客さんが誰もいない、静かな、喫茶CAT‘S EYEの店内。
あーしは1人でボケーっと、敢えてホットコーヒーを飲んでいた。
すると・・・。

「珍しいわね・・・チコさん。今日はお1人なの?」

そんなあーしを観て、カウンター越しに、泪さんが声をかけてきた。
ここ、喫茶CAT‘S EYEの店員、美人3姉妹の長女の、セクシー姐さんだ。
あーしは、渋めのコーヒーを飲みながら、「あー、はい。今日はちょっとね・・・」とだけ言って、肩をすくめる。
珍しく1人ぼっちのあーしに、泪さんは、しごく不思議そうにはしてたけど、特にそれ以上は触れて来なかった。
「そう。ごゆっくり・・・」とだけ言って、無駄に妖艶に微笑み、泪さんはそっと、レシートをカウンターに伏せて置いた。

一方。そんなクールな泪さんとは大違い。
あーしの席から左に2つ挟んだ所のカウンター席では、三女の愛が、宿題をやりながら、もの珍しそーに、あーしの様子を伺っていた。
いや、伺ってたと言うか・・・もはや、ガン見?
あーしが1人なのが珍しいんだろーな。なんかもう、珍獣を観るかのような目で、マジマジと観ている。
つーか、そこまでガン見されるほど、あーしが1人って、珍しいのかよ?

そう、心の中でボヤくが・・・うん、まぁ、確かに珍しいかな・・・って思う。
むしろ、この喫茶店に通うようになって、初めてのレベルかもしれない。1人きりで、この喫茶店に来るのは。
だって、あーしとリコは、ベビースターズ!!いつだって、2人で一緒にいるから。
まー、なんつーの?あーしらは、一心同体、阿吽の呼吸ってヤツっすかねぇ?・・・なんてねっ!!
そう。あーしらベビースターズは、いつだって、つるんで行動をしている。2人で1つ!だから、あーしらが、一緒にいないハズがない!!

だけど・・・・・・だけどだよ?
そんな、あーしらにだって・・・時には、アンニュイな日だってあるんだよ。
それはあーしにも。そして、リコにも・・・。





「なぁなぁ、巻き髪のねーさん・・・」

店に流れるスローバラードな渋いジャズ。
それと同じくらい渋めのコーヒーを飲み干し、あーしはカウンターの向こうの泪さんに声をかけた。

「ん?なにかしら?」

長い髪をかきあげ、泪さんは無駄にセクシーに微笑む。
この姐さんを観てると、ここが喫茶店なのか、美人女将の小料理屋なのか、銀座の高級クラブなのか、あーしは、よく解らなくなってくる。
喫茶店の店員のハズなのにさ、何故かカウンター越しに「ママ」と呼んでみたくなる、不思議なオーラ!!
どっからどーみても、人生相談をしてみたくなる顔じゃね?!!絶対、おにぎりと人生相談がウマい顔だよ!!!
前から思ってたけどさ、なんなんだ、泪さんの、この・・・妖艶だけど、包み込むようなオカンのオーラは!!マジ、包み込まれたい!!
だからあーしは、思い切って・・・このママ・・・いや・・・姐さんに、相談してみることに決めたんだ・・・。

「あのさぁ・・・姐さん」
「ん?なに?」
「どうしたらさ。話ってさ・・・・・面白くなるのかな?」
「へ?」

すると・・・多分、泪さんにとって予想外の質問だったんだろう。
セクシー姐さんは、一瞬、自分がセクシーキャラである事を忘れたかのように、腑抜けた様子で目を丸くしていた。
2つ隣のカウンター席でも、愛が眉間にしわを寄せ、不思議そうにこっちを覗いている。
泪さんは、そんな愛にチラリと目くばせした後、「よく解らないけど・・・あなた、リコさんと、なにかあったの?」と、あーしに問いかけてきた。
その問いに対し、あーしはブンブンと首を振り「違う違う!!リコと何かあったワケじゃないよ」と笑う。
うん、別に、あーしとリコがケンカしたとか、そーゆーワケじゃないんだな!
だけど。リコに関してと言うのは、当たらずも遠からずかも。

「うん。そーゆうワケじゃないんだけど・・・ただ・・・」
「ただ?」
「あーしに出来る事って、多分、それしかないから・・・さ」
「あーしに出来る事?」

そう言って言葉を繰り返す泪さんに、あーしはコクッと頷き返す。
と同時に・・・あーしは頭の中で、あの時のリコの、今までに見た事のない、言い様のない表情を思い出していた。
あーしはあの時、初めて見たんだ。リコのあんな表情を・・・。

そう。そもそもの切っ掛けは、
お昼の、ベビースターズ探偵事務所での出来事だった。









〜あーしに出来る事〜








あーしとリコが務める、ベビースターズ探偵事務所。
それは、駅から10分ほど歩いたとこの、雑居ビルの2階にある。

親切丁寧安心安全!
インスタントラーメンの様に乾ききったあなたの日常に、私たちが情熱のお湯を注いで差し上げます!!

・・・っつーのが、まぁ、あーしらの仕事かな?
で。そんなベビースターズ探偵事務所には、4人の働き手がいる。
まずは所長と公平。この2人はずーっと前から、2人で、この事務所を切り盛りしていたらしい。
で。そんな中に、つい3週間ほど前。
新しく、美人新入社員(?)として加わったのが、あーし・・・チコと、相棒のリコなんだ。

つまり。探偵としては、あーしらは、まだペーペーって感じ?
でも、入って3週間なのに、あーしらは、すでに難解事件を解決しちゃってる実績の持ち主だったりする!!
ハートを盗む・・・と言う難しい事件を、デビュー直後に、ピュピューっと解決!!中々に優秀っしょ?!
まぁ、あーしらリコチコにかかりゃぁ、どんな事件、難題も、名探偵コナンばりにスピード解決ッスよ!!!

・・・・・・・・。

って思ってたんだけどねぇ。
まぁ、現実とは意外と、そうドラマの様にはいかないんだなぁ。コレが・・・。







「えーー!!今日も泊まり込みッスかぁ!ウソでしょ!!」

昼下がりのベビースターズ探偵事務所。
そこに、今日も、あーしの悲鳴が響き渡った。

「悪いねぇ。依頼人が急かすんだよ。時間があまりないみたいでね」

そう言って所長は申し訳なさそうに、苦笑いを浮かべた。
こんな地味な仕事で、連日泊まり込みとは。なんつー悪夢・・・。

そう。現実は名探偵コナンのよーには行かなかったんだ。なんせ、今請け負ってる仕事っつーのが。
あーーー。なんか難しくって、あーしはしょーじき、良く解ってないんだけど。
破産宣告をしようとしてる企業の、債務なんとかや財産なんちゃらを、どーしてこーして、あーしてこーする・・・みたいな。
まぁ、一言で言うと、ちっちぇー仕事っすよ!!
(ちなみに、ちっちぇー仕事って言ったら、リコに「仕事に、大きいも小さいも、あるかぁ!」って、誰のモノマネだか解らないモノマネで怒られたんだけど)

そして、最悪な事に。
このチマチマしたちっちぇー仕事を、クライアントの希望で今週中に、なんとしても終えなきゃならないらしい。
そのせいであーしらは、このクソ狭い事務所に連日泊まり込みさせられてるってワケ。
あーしは所長の目の前で両肩を落とし、深々とため息をついた。

「はぁ・・・大体。資料を纏めたり、膨大な書類をチマチマ調べたり・・・チョー地味なんですけど!!」
「まぁ、そーゆー仕事だからなぁ、コレ」
「もっとさぁ・・・殺人事件の解決とか。爆弾犯を捕まえるとか。ダイイングメッセージの解読とか・・・そーゆー仕事ってないんスか?」
「いやぁ・・・探偵ってこんなもんよ?君らが最初にやった依頼みたいな方が、どちらかっつーと・・・・・レア?」

まぁ・・・ね。実際に、所長の言うとおりなんだよね。
一番最初に解決した事件(ハート泥棒事件と呼んでいる)以降、来た依頼は、浮気調査と裁判の資料集めぐらいなモノ。
街を歩いてても、そう簡単には、殺人事件に出くわさない!!
挙句の果てには、こんなちっちぇー仕事で、もう3日も泊まり込み。チョー悪夢なんですけど!!

そんな感じで、あーしがブツブツ文句を言ってると
「まぁまぁ、仕方ないじゃん!」
と、声が聞こえた。
振り返ると、デスクでパソコン画面に向かいながら、リコがニコヤカに笑っていた。

「文句言わないの、チコ。これも立派な仕事だよ?」
「まぁ、そうだけどさぁ・・・。」
「それに。つまらないと思ってやったら、つまんないじゃん。どんな仕事も、全力でやると、意外とやりがいを感じるモノだよ」
「はぁ・・・・・・ホント、リコはポジティブだよねぇ」

あーしはため息交じりに、答えた。
そう。この、ノッポでポジティブなヘンなヤツが、あーしのパートナーのリコ。
リコはスポーツ選手の様な爽やかな笑顔で、「だって、人生ネガティブじゃつまらないもん!」と笑っている。

なんて言うか・・・。
ホントにリコは変わってると思う。
あーしには一生かかっても考え付かないような言葉(こーゆー前向き発言ね)を、当たり前の様な顔で、サラリと口にする。
しかも、フツーの子がリコの様なことを言うと、『ケッ!綺麗ごといいやがって!ケッ!!』って、あーしの心の奥の暗い炎に火が灯るのに・・・リコだと何故か、そうは思わない。
それどころか。リコが言うと、あーしも不思議と、そんな気がしてきてしまうんだよね。
どんな仕事も全力でやると・・・・・・かぁ〜。

「・・・・・・ま、しゃーないか!!」

あーしはそう叫ぶと、リコの隣のデスクの椅子に腰を掛けた。
そして、しぶしぶ資料を開いて、地味な作業の続きを始めると、リコはニコヤカに笑い、「うん、いい子いい子!」と言って、
横から手を伸ばして、あーしの頭をポンポンと叩いた。
つーか、犬じゃねぇんだから、いい子いい子と頭を撫でるんじゃねぇっつーの!!もう!!!




そんな感じで、あーしとリコがいつもの様に、ぬるいやり取りをしていると・・・。
「ただいま帰りましたー!!」と、玄関から声が聞こえ、事務所のドアが開いた。
クライアントと話し合いの為、外出していた公平が、戻ってきたみたいだった。
その手には、ポストから抜いたばかりの郵便物と・・・・・・なんと!駅前のチョー美味しいケーキ屋さんの袋が吊るされていた。

「あれ?!公平!!チョイ待て!!その袋、もしかして・・・」

その袋から漂う甘い誘惑に、あーしが思わず椅子から立ち上がると、
公平は得意気にその袋を抱え上げ、答えた。

「はい!!まさに!!パティスリーモモチの、抹茶のフロマージュです!!」
「よっしゃぁああ!!ナイス!!公平!!」
「え!!抹茶のフロマージュ!!ウソ!!やったぁ!!!」

公平の言葉を聞き、隣で作業をしていたリコも大喜びで立ち上がった。あー。そう言えばリコって、抹茶カンケーのスイーツ、超〜好きだったよね。
思わぬ嬉しいケーキの来客に、すっかりテンションの上がった、あーしとリコは歓喜の抱擁。にわかに、ケーキコールが巻き起こる!
ケーキ!ヲイ!!ケーキ!ヲイ!!L・O・V・E・ラブリー・ケーキ!!!
その様子を見て、このまま作業を続けても、あーしらが仕事に手が付きそうもない事を判断したのか、
所長は「あーー。じゃぁ、ここいらで休憩して、お茶でもしよっか?」と言ってくれた。
おっ!さっすが、所長!!はい、喜んでーーー!!!ティース!!!



こうして、連日泊まり込みのゲンナリな空気から一転。
来客用のテーブルには4つ分のケーキと、リコが淹れてくれた・・・まぁ・・・愛情の籠りすぎた、凄絶に濃い目のコーヒーも並び。
ケーキタイムに和気藹々とする、ベビースターズ探偵事務所内。
しばらくの間、賑やかにケーキタイムを満喫していると、公平は抹茶フロマージュを口に含みながら・・・

「あ、そうそう。所長。譜久村弁護士から郵便が届いてましたよ」
「おぉー。そうかい。やっと来たか〜」

そう言って郵便物を受け取る所長。
公平は届いてた郵便物をテーブルの隅に並べ、「えーと、これも所長宛。これは僕宛。これはガス代の請求書」と、仕分けをしている。
だけど・・・「あれ?」・・・そう言って、公平は俄かに素っ頓狂な声を上げたんだ。

「ん?どしたの?公平」

あーしが問いかけると、公平は1通の茶封筒を手にしていた。
それは至って普通の封書に見えるけど・・・「ん?」あーしは思わず封書を覗き込んだ。
至ってフツーの封書だったけど、珍しい事に、あて名が『橘倫子』・・・つまり、リコ宛だったんだ。

「あれ?なんか、リコ宛に手紙が届いてるよ」
「へ?あはし?はんで?」

抹茶フロマージュをモゴモゴしながら、リコは封書を受け取る。
所長や公平あてに届くのはあるけど・・・。
まだ入って3週間のうちらに、郵便が届くことは、今までなかった。
そもそも、まだ3週間だと、うちらに顧客もついてねーし。
なのに、誰だろう?今までの依頼人?美果・・・・・・だったら、直接メールでくれるよね?つか、昨日会ったし。



不思議そうに郵便物を眺めるリコ。
裏返すと、封書の裏には差出名がない。
そうやって眺めてるうちに。リコは何かを察したのだろうか、スゥと目を細め、微かに息をのみ、小さく唇を噛んだ。
その変化に、あーしは訝しげに首をかしげる。
やがて、リコはゆっくりと封書を開封して、中の手紙を見る。
瞬間・・・その表情が一気に曇ったのが解った。

「リコ?」
「・・・・・・・・・」
「どしたの?リコ」
「あっ・・・。ううん、なんでもない!!」

少しの間、手紙を見て固まってたリコだったけど。
あーしが声をかけると、ムリに笑顔を作ってそう答えた。
でも、今の反応で「なんでもない」で済ませるのは、いくらなんでも、あり得ない!!
つーか、「なんでもない」で終えようとする、リコが気に食わない!!

あーしはリコの手から、何も言わず手紙をバシッと奪い取った。
「ちょっ!チコ!!!」
そう言って焦って取り返そうとするリコだったが、あーしは気にせず、手紙を開いた。


「・・・・・・・・・・・え?」


瞬間。背筋にゾクッと寒気が伝わって行った。
手紙には、すっげぇ乱雑な文字。なんだろう・・・悪意が滲み出てるような悪筆。
そして、その内容も酷かった。
『犯罪者の子』とか、『カエルの子はカエル』とか、『公僕の汚職野郎の娘がのうのうと生きるな』だの、
目に余るような罵倒が、何個も何個も綴られていたんだ。

「あ・・・・・・・」

何にも反応できなかった。
固まるしかないあーしから、リコはどこか諦めきったような薄ら笑いで手紙を取り返し、ゴミ箱の側へ歩くと、そのまま手紙を破り捨てた。
ゴミ箱にパラパラと落ちて行く、手紙の残骸。それを眺める、リコの横顔。
今まで見た事もないような・・・リコの何とも言い様のない表情が、そこにはあったんだ。

「・・・・・・リコ」

あーしはゴミ箱の前で佇むリコの側へ行く。
なんて言えばいいのか解らないけど、あーしは声をかけるしかなかった。
でも、何も言えない。
最低なヤツがいるね!ソイツ、ぶっ殺してやろうか?!リコは何も気にしなくてもいいんだよ?
いくつか言葉が浮かんだけど、なんも言えなかった。
何も言えないまま、リコの横顔を見つめていると、先に口火を切ったのはリコだった。

「うん。仕方ないよ。あたしは・・・犯罪者・・・汚職警視監の娘だから・・・さ」
「え・・・・・」
「そっか。勤め先まで割れちゃったか・・・」

そう言って、リコは天井を見上げて小さくため息をついた。
勤め先まで。
っていう事は・・・もしかして、リコの自宅は・・・もっとなんじゃ?

あーしは泣きそうな顔で振り返る。
振り返った先。来客用のソファに腰を下ろしている所長と公平は、何も言えず俯いていた。
驚いてる様子はなくって、ただ、かける言葉が見つからないと言う感じ。2人はもしかしたら、察してたのかもしれない。
リコがこの状態になっている事に・・・。

・・・・・・・・・・・・。
あーしはなんつーか。頭があんまり良くはない。気も利かない。
だから、今まで考えた事もなかった。
つか、考えつく?!考えつかないじゃん、フツー!!!
リコがあまりに優しくて、いい子で、元気だから・・・・・・あーしは、考えもしなかった。こんな現実。



<つづく>