SCEAN 5

23時。眠らない街、池袋。
その東口にたむろしている若い男女達。
決してガラが良いとは言えぬ街並みにオドオドしながらも、梨沙子はまっすぐ目的の場所へと向かっていた。
それは池袋東口のガード下。
ラジカセから洋楽がガンガンと音を立てて鳴り響く。
ガード下には7.8人の男女がたむろしていて、その真ん中には、目を見張るほどの美形の男が、壁に寄っかかり座り込んでいた。
その隣りには、男にピッタリと寄り添うように座り、男の肩に凭れかかる女の子。
梨沙子はその様子を見た瞬間、あからさまに動揺の色を見せた・・・。
「あ・・・・・」
思わず立ち尽くす梨沙子に、男はすぐさま気がつく。
「おっ、梨沙子じゃん。ホントに来たんだ」「みや・・・」「まぁ、隣り来いよ、梨沙子。・・・オラ!邪魔だ、ロビン!どけ!!」
自分に凭れかかっていたロビンという名の女の子をどかし、自分の隣りを空ける男。
男の名は夏焼雅と言った。
ロビンは「なによ、雅。ひどーい」とふてくされながらも、渋々立ち上がり、雅の隣りを開ける。
そんな様子を見て、座っていいのか座っちゃマズイのか、どうしていいか解らず戸惑う梨沙子。雅は戸惑う梨沙子を見て、「んだよ。隣り来ねーのかよ」と舌を打ち鳴らした。
そしてゆっくりと地面から立ち上がると、すぐ側にあったサッカーボールを右足で蹴り上げた。
「こんな時間に会いたいって事は、オレに抱かれに来たんだろ?梨沙子」「・・・・・・・・・・」「まぁ、いいや。お楽しみは後でいっかー」
器用にボールを蹴り上げ、慣れた様子でリフティングする雅。
ロビンが「カッコイイー!雅!!!」と、黄色い声をあげる。
数回リフティングしたのち、そのままガード下の壁へ向かってシュートをする雅。ボールは大きな音を立てて、壁にぶつかり弾け飛ぶ。
そして地面にバウンドしたのち、そのままコロコロと地面を転がっていくボール。
梨沙子がそれを拾おうとすると、それよりも先にロビンがそのボールを拾い上げた。
「さすが、元・名門高校のエース!!」そう言ってボールを雅に投げてあげるロビン。雅は足でそのボールを受け止め、再びリフティングを始めた。
先にボールを拾われてしまいボーゼンと立ち尽くす梨沙子。
すると、ロビンが梨沙子の横に立ち。イジワルそうな顔で耳打ちをしてきた。
「あんたも雅に騙されたの?」「・・・・・・・・・」「アイツ、カッコイイでしょ?サッカー上手いし。顔もイケメンだし」「・・・・・・・・・」「でも、しょーじき、中身はサイテー」
クスクスと笑うロビン。
頼りない表情で俯く梨沙子に、さらに追い討ちをかける様に呟く。
「アイツ言ってたよ。川原で暇つぶしにリフティングしてる時。ガッコ帰りの金持ちのお嬢様引っ掛けたって」
「・・・・・・」
「その制服。あんた有名進学校のお嬢でしょ?こんな悪いヤツに騙されちゃダメじゃーーん」
すると。
雅はリフティングしていたボールを軽く蹴り上げると、ロビンへとソレをぶつけた。
「いたっ!!なにすんのよー!!」
ぶっちょうづらで振り返るロビンに、雅は怒鳴りつける。
「テメー!適当抜かしてんじゃねーよ!!」「テキトーじゃないでしょ?真実じゃなーい」「あばずれは黙ってろ、ターコ!!犯すぞ!!」
そんな口汚い雅の罵倒に、「えー。じゃぁ、今日にでも犯してよ〜」と猫撫で声をあげるロビン。
雅はそんなロビンを鼻で笑った後、梨沙子の側に寄り、梨沙子の体を抱き寄せた。思わずビクッと硬直してしまう梨沙子。
「あ・・・・・」
「怖がらないでくれよ。確かに今までのオレは、ちょっと遊び人だったけどさー」
「・・・・・・・・・」
「今は、本当に好きなのはお前だけなんだからさ・・・」
耳元で囁かれる甘い言葉。
ウソだって解ってるのに、ドキドキが止まらない梨沙子。
そんな雅の胡散臭い殺し文句を聞きながら、ロビンが他の男たちと一緒にケタケタと笑っている。
「なーに言ってんだか。あんたが本当に女を好きになるなんてあり得ないでしょー?!」
「バーカ!オレだって、本当に誰かを好きになる事ぐらいあるに決まってんだろー!!な、梨沙子?」
そう言って、抱き寄せる梨沙子の耳たぶを甘噛みする雅。
梨沙子は「ん・・・・」と小さく声を漏らすと、顔中真っ赤にしたまま、雅の腕の中に体を預けた。
ドキドキと高鳴る自分の心臓の音と、ガード上から聞こえてくる電車の音だけが耳の中をけたたましくこだます。
だが。そんな中で梨沙子は、雅がポツリと寂しそうに呟いた言葉が、耳元で偶然聞こえたような気がしたのだった。
「オレだって・・・本当に誰かを好きになった事ぐらい・・・」
それは傲慢で乱暴な雅に似つかわしくない、柔らかい声。
だが、その声は決して自分には向けられてないであろう事を感じ、梨沙子はキリキリと胸を痛めるのであった・・・。





   
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赤羽にある1LDKのアパート。
ベッドに寝っころがって本を読んでいる桃子。
ようやく全ページ読み終わり、小さく背伸びをする。「はぁ〜終わったー!!」
ふと時計を見ると、時刻は23時を回っていた。
「明日も早いし・・・もう、寝なきゃ」
そう呟くと、桃子は本を閉じ、背伸びをしてタンスの上の本棚に本を戻そうとする。
だが、イマイチ手が届かずにピョンピョンと飛んでいると、その拍子に、タンスの上に置いてあった手紙入れをばら撒いてしまう。
「キャーーー!!・・・あ〜。やっちゃったぁ〜」
年末調整のハガキやガス・水道代の請求書など、大切な手紙類をばら撒いてしまう桃子。
ハァ〜とため息をつくと、その場にしゃがんで、渋々ハガキ類を拾い上げて行く。
すると・・・。
そんな桃子の目に、ある一枚の手紙が止まる。
消印は1年前で、差出局は金沢。
桃子は「あ・・・・」と呟くと、その手紙を大切そうに拾い上げた。
手紙の中には懐かしい見慣れた文字で「DEAR もも」と書かれた書状が入っていた。
「うふふ。懐かしいなぁ・・・」
それは1年前に桃子の自宅に届いた手紙。
出身地の金沢でずーっと仲良しだった幼馴染の男の子からの手紙だった。
彼が夢を叶える為に東京に出てくるときに、すでに就職の為、東京に来ていた桃子に送ってくれた手紙。
書面には懐かしい金沢での思い出がたくさん詰まっており、手紙の最後には、「オレが東京で夢を叶えたら、また会おうな」と書かれていた。

「そう言えば・・・結局、まだ会えてないんだっけ・・・」

懐かしい幼馴染の男の子。
桃子はずーっと彼の事が大好きだった。
さわやかで優しくて無邪気な笑顔の、スポーツ少年だった彼。桃子の初恋の人。
だけど、彼は結局、東京に来ても桃子に連絡を取ってはくれなかった。
幼い頃からモテモテだった彼だ。きっと東京に来て、ステキな彼女を作って、自分の事なんて忘れてしまったのだろう・・・。

時々、桃子はどうしようもなく昔に戻りたくなる。
つまらない毎日。退屈な日常。目を背けたくなるような現実。
そんな今だからこそ、金沢で無邪気に遊んでいた毎日が、懐かしく思えた。
大好きな田舎の両親。仲良しだった友達。優しかった幼馴染。

だけど、あの頃にはもう、戻れない・・・。

だから桃子は本を読む。
せめて小説の中でだけでも、あの頃の様な輝かしい日常を夢を見ていたかったから――。
桃子は幼馴染からの手紙を、大切そうに自分の胸に寄せ、呟いた。
「ももの幼馴染。大切な人。みーやん・・・・・」
ふと、桃子は夕方に図書館で会った男の事を思い出す。
熊井友理奈。
無邪気な笑顔でカッコよくて優しくて・・・なんだか小説の中から出てきたような男の人。

「なんとなく、みーやんと同じ雰囲気がした。だから、話しやすかったのかな?」

桃子は大きくため息をつくと、窓の外を眺めた。
ホンのちょっとだけ欠けた月が、夜空に照り輝いている。
「熊井さんは今頃、バーテンのお仕事してるのかな・・・?乙女の騎士の本。読んでくれるかな?」
そのままベッドの上に寝っころがる桃子。
目を閉じ、図書館であった人。そして、幼馴染の事を思って眠りにつくのであった・・・。





   
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24時。
ホテルの一室で眠りにつく茉麻。
その隣りには、タバコの煙を吹かせる熊井。
熊井はかったるそうに長い髪の毛を掻きあげると、茉麻を起さないようにゆっくりとベッドから立ち上がった。

「なにやってんだろ・・・オレ」

お客とは余り体の関係は持たないようにしている。
何かとメンドクサイ事になるからだ・・・。
だが、茉麻ほどの大きな顧客ともなると、こう言う関係だってやむを得ない事。店の誰もがそれをわかっている。
だけど・・・それでもやっぱり、体の関係を持つことだけは好きになれない。
どんなに、女に甘い言葉を囁く事に抵抗がなくたって、好きでもない女と寝るのだけはやっぱり抵抗がある。
こう言う関係になる度に思う。一体自分は何をやってるんだろうか?オレはこんな事をするために東京に来たのだろうか?
熊井は窓から月を見上げた。
昼間あった女の子。彼女の寂しげな横顔が忘れる事が出来ない。

(小説読んでるとね。あたし。どこか違う世界に行ける気がするんです・・・)

「どこか違う世界・・・か」

タバコの煙を燻らせる。
今頃、あの子は何をやっているのだろうか?
今も彼女は、この東京の何処かで、小説の中で夢をみているのだろうか・・・。
たった一度会っただけの女の子。
だけど不思議なぐらい、彼女にもう一度会いたくて仕方がなかった。



SCEAN6

週末の金曜日。
清水商事の庶務課では、朝から忙しない空気が漂っていた。
社長の清水が抜き打ちで行う、社内巡回。
それが今日庶務課で行われると報告があって、朝から庶務課の中は掃除やら資料整理やらでてんてこ舞となっていた。
課長の中澤の命令で、課のOL達がいそいそとデスクの整理を行っている。
勿論、桃子も一生懸命整理整頓をしている中、あっきゃんとはしもんは中澤課長の監視の隙を見て、いつもの通り噂話に花を咲かせていた。
「ねぇねぇ、はしもん。清水社長って、一度見たことあるけどステキだよねー。ちっちゃいけど」
「ねー!やり手でエリートでおしゃれでジャニ系なんだよねー。ちっちゃいけど」
「ちっちゃいけど、あんな人とキケンなカンケーになってみたいよねー!!」
そんな感じでオシャベリをしてサボっている2人に「お前らさっさと掃除せい!!」と怒鳴りつける中澤。
2人はペロッと舌を出し、「はーーい!今、片しまーす」と言って掃除の続きを始める。
・・・そんなこんなで。
朝から掃除やら書類の整理やらでてんてこ舞いな庶務課に、噂の清水社長が現れたのはお昼過ぎぐらいであった・・・。

「やー。君達、頑張ってるみたいだねー!!」

敏腕社長らしく、黒のアタッシュケースを手に持ち、秘書の能登有沙を連れて現れた清水。
課長の中澤は、いつものぶっきら棒な関西弁トークはウソの様な丁寧な標準語で、清水社長を歓迎したのであった。
「お疲れ様です、社長!!どうぞどうぞ、こちらの応接室へどうぞ・・・」
「うむ・・・。それではのっち君。今期の我が社の営業報告書を出してくれたまえ」
「はい。畏まりました、社長」
能登から書類を受け取り、さっそく営業に関する会話を切り出す清水。
ペコペコと頭を下げ、社長の話を聞き入っている中澤。
そんな2人の元へ、あっきゃんとはしもんにお茶出しを押し付けられた桃子が、恐る恐るお茶をお盆に乗せ、現れた。
「あ、あの・・・。社長。お茶をお持ちしました」
「ん?あぁ、ありがとう・・・」
桃子の言葉に清水はお礼を言いつつ振り返り、お茶を受け取ろうと手を伸ばした・・・瞬間だった。
清水の手から湯飲みがすべり、湯飲みはまっさかさまに落下して、営業報告書の上にお茶がぶちまけられてしまったのであった。
それを見て真っ青になる中澤と、思わず目を見開く能登。そして、呆然と立ち尽くしてしまう桃子。
中澤は応接室のソファから立ち上がり、桃子の事を激しく怒鳴りつけた。
「つ・・・嗣永!!お前、なにやっとん?!!!」
「ご、ごめんなさい!!」
「謝って済む問題じゃないんやで?解ってんのか?!!ボケ!!!」
頭ごなしに怒鳴りつけられ、もはや泣きそうな様子の桃子。
そんな桃子を見て、はしもんとあっきゃんが遠くの方で「ダッサー」と笑い声をあげていた。
だが。なんかもう、どうしていいか解らなくて、俯いたまま唇を震わせている桃子に、救いの手を差し伸べたのは清水社長であった。
「あぁ・・・いいいい。気にしなくてもいいよ、キミ」
「あの、その・・・スミマセンでした!!」
「いやいや。私がちゃんと受け取らなかったのが悪いんだ、君のせいじゃないよ」
そう言って爽やかな笑顔を覗かせる清水。
そして、清水は椅子から立ちあがり、ポンッと桃子の肩に右手を乗せると、優しく問いかけるのであった。
「ところで、キミの名はなんていうんだい?」
「は、はい。あ、あたしは・・・・嗣永桃子と申します!!」
「そうか、嗣永君か。覚えておくよ・・・」
その清水の言葉に『問題児として覚えられてしまったんだろうな・・・』と凹む桃子。
中澤はしきりにペコペコと頭を下げながら「出来の悪い部下で申しわけ御座いません」と謝り続けていた。

それから。
30分ぐらい営業の話をしたあと、清水社長は庶務課を後にした。
社長が帰った後、桃子は小一時間ほど中澤にこってり絞られ、あっきゃん達には笑いものにされ・・・。
疲れきった桃子が地元の図書館に立ち寄ったのは夕方6時ごろであった。





「あ!嗣永さん!!!」
図書館に入って小説を探そうと、ファンタジー小説の棚に近づいた瞬間、すぐに声をかけられた。
振り返るとそこに居たのは熊井で、手には『乙女の騎士』の本が抱えられていた。
どうやら熊井も、『乙女の騎士』の小説を図書館に返しにきた所だったようだ。
「あ・・・熊井さん」「良かったー。この時間だったら、また嗣永さんに会えるかなーって思ってさ」「・・・え?」
熊井の言葉に頬を赤くする桃子。
また自分に会う為に、わざわざこの時間を選んで図書館に来てくれた。その言葉でドキドキと胸が高鳴りだす。
熊井はニコッと微笑むと、「座ろうよ」と言って窓際のテーブルの椅子を引いてくれた。
幼馴染の雅とどことなく似ている熊井だけど、雅は優しいがもっと不器用でぶっきらぼう。こう言う細やかな気遣いをするタイプではなかった。
それだけに、男の子にこう言う形で優しく気遣われるのは初めてで、なんだかくすぐったい気がした。
「ありがとう、熊井さん・・・」
桃子はペコッと頭を下げると、引いてくれた椅子に腰を掛ける。
そして、熊井が向かいに腰を掛け、2人で『乙女の騎士』の話を始めたのであった。
熊井が読んだ感想を嬉しそうに語り、桃子がそれを「うんうん」と聞く。他愛もない会話。
そんな会話を続けているウチに、ふと桃子が思い出したようにクスリと微笑んだ。
「あ、そうだ。あたし思ったんですけど・・・ダルダニヤンって、ちょっと熊井さんっぽいですよねー」
「えー?そっかなぁ?」
「小説の描写にあるじゃないですか。『スラッとした長身で、髪の毛が長くて、端正な顔つき』。なんか、熊井さんっぽいですよね」
「そっか・・・。でも、それを言うなら桃子ちゃんもクリエムヒルトっぽいよね」
「え?!!」
「肩ぐらいまでの漆黒の髪の毛。白い肌。柔らかな笑顔」
「・・・・・・・・・」
まさか。そんな言葉が自分に返ってくるなんて思わなかった・・・。
熊井がダルタニヤンっぽいと言うのは初めて会った時から思ってたけど、自分がクリエムっぽいと言われるなんて予想してもなかった。
ダルタニヤンとクリエムヒルトは恋人同士。その恋人同士に2人が似ているなんて・・・。
考えた瞬間、ポーッと顔が赤くなってしまう桃子。
恥ずかしさの余り俯いて黙り込んでしまう桃子に、熊井は心配そうに顔を覗きこんだ。
「大丈夫?桃子ちゃん」「あ、はい!!ご、ごめんなさい!!」「あはは。謝ることはないよ〜」
そう言って微笑む熊井。
そして熊井は、また桃子に何か面白い小説がないかを尋ねてくる。
乙女の騎士が凄くオモシロかったから、また桃子に是非とも選んでほしいと言う熊井の言葉に、桃子は至極嬉しそうに頷いた。

「うーん。そーだなぁ。ファンタジーだと、『FRY ME TO THE SATURN』が面白いですよ」
「へー。そうなんだ?」
「RPGモノと現代モノが混ざってるんですけど。中々名作ですよ」
「そっか。桃子ちゃんが言うなら、きっと面白いんだろうね。乙女の騎士、チョーオモシロかったもん」
「えへへ。良かったー」

顔をクシャクシャにして、嬉しそうに笑う桃子。
だが、熊井はそんな桃子とは裏腹に、ふと真剣な表情を覗かせた。
そして、「ねぇ、あのさ桃子ちゃん・・・」と、恐る恐るに言葉を切り出したのであった。
そんな熊井の様子に、桃子も怪訝な色を覗かせる。「え・・・?どうしたの、熊井さん」
「うん。あのさ、毎日じゃなくていいんだけど・・・」「うん」「週に2回はさ、俺達、ここで会わない?」「えぇ?!!!」
突然の熊井の言葉にビックリする桃子。
まさかそんな事を言われるとは思ってなくて、お酒でも飲んだかの様に、顔が急激に真っ赤になる。
「え、え・・・週2回ですか?」
「あ、いや。そのさ・・・桃子ちゃんと小説の話ししてると、すっごい楽しいからさ・・・オレ」
「・・・・・・」
「週2回、ここで小説とかの話ししたいなーって思ったんだけど・・・。ダメかな?」

今までの女の子に慣れた余裕タップリの様子とは違い、桃子の顔を覗きこみ不安な色を覗かせる熊井。
そんな熊井の子供の様な頼りない表情に、胸がキュンとしてしまう桃子。
「うん。・・・いいですよ」と桃子が照れくさそうに頷くと、熊井の表情が一気にパーッと明るくなる。
「ホントに?!いいの?!ありがとう!!!」
「ううん。あたしも、熊井さんとお話してると・・・なんか元気になるから」
「じゃぁ、今日は金曜だから・・・火曜と金曜なんてどうかな?!この時間に!!」
「いいですよ。火曜と金曜日で。・・・じゃ、次の火曜日までにまた、面白い小説探しておきますね」」
桃子の言葉に、無邪気な笑顔で力強く頷く熊井。
「うん!!」
そして、熊井は手を伸ばし桃子の手を握り締めた。
何をされるのかと桃子は不安を覗かせるが、熊井は桃子の小指に自分の小指を絡め「約束だからね!」と言って、指切りをする。
自分の手とは比べ物にならないぐらい、長くて大きな手に触れられ、ドキドキしてしまう桃子。
こうして・・・。
毎週2回必ず図書館で会うと言う、2人だけの約束が交わされるのであった。




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ホストクラブ『ベリーズ』。
金曜の夜は、1夜限りの夢を求める女性達で賑わっていて、千奈美も勿論その1人だった・・・。
茉麻が『奥様方のお食事会』で来店していない今日は、久々に千奈美は熊井と一緒にいることが出来る。
(なんか、今日の熊井さん。上機嫌だなぁ〜)
桃子と約束が出来て終始ご機嫌な熊井に、『もしかして、今日は茉麻さんじゃなくてあたしと一緒にいれるからかな?』と勘違いしてしまう千奈美。
それぐらい、今日の熊井はニコニコとご機嫌な様子であったのだった。
そんな熊井に千奈美は「あ、そうだ」と呟くと、袋の中から箱を取り出した。
綺麗に真っ赤なリボンでラッピングされた箱。
そしてその箱を開けると、中にはクッキーが一面に丁寧に敷き詰められていたのだった。
「あの・・・クッキー作ってきたんだ」
ホストにクッキーを作ってくる、しおらしすぎる千奈美。
熊井はパーッと表情を明るくすると、「え?!オレに?すっごい嬉しい!ありがとう!!」と満面の笑顔を見せた。
「え?なに?千奈美さんが自分で作ったの?」
「うん。頑張って作った!!」
「へー。千奈美さんて家庭的なんだね。旦那さんになる人が羨ましいなー」
熊井の言葉にドキンと頬を赤らめる千奈美。
そして千奈美は照れくさそうに頭をかきながら「だ、だったら熊井さんが私のダンナさんに・・・なんちゃってーー!!」と振り返り冗談っぽく笑うが、
熊井はすでにワインを取りにマスターの元へと向かっていて、全く聞いてもいないのであった。
意を決して言ったのに熊井がすでにいなくなっていて寂しい千奈美。
そんな千奈美に、後ろから舞美がケタケタと笑いながら声をかけてきたのだった。
「残念。せっかく告ったのになぁ〜千奈美」「うっさいなー!!」「つーか、ホストにクッキー作ってくるなんて聞いた事ねーぞ」「うるさい!あたしの勝手でしょ!?」
熊井が相手のときとは違い、膨れっ面で不機嫌そうな千奈美。
舞美は笑いながら隣に座ると、「今日はオレのおごり」と言って、ワインをついでくれたのであった。
いつもはオーダーばっか押し付けるのに今日に限って奢ってくれる舞美に、「なんで?」と不思議そうな表情を浮かべる千奈美。
すると、舞美は「オイオイ」と言って、笑った。
「忘れたのか?今日、お前の誕生日だろ?」
「あ・・・・!」
思わず言葉を失う千奈美。
舞美は赤ワインをグラスに注ぐと、笑いながら千奈美へと差し出した。
「熊井に会えるって必死で、自分の誕生日忘れてただろ?」
「・・・うん。完璧忘れてた」そう言って微笑む千奈美。「そっか、今日。熊井さんと一緒に、誕生日すごせてるんだ、あたし」
そんな余りにも嬉しそうな千奈美に、舞美は呆れた様子でため息をつく。
「お前なぁ〜。ワインを奢ったのはオレだからな」「あ、うん。それは解ってるよ。ありがとー舞美!!」「へいへい。ワインを奢ったオレよりも、熊井の方が上で御座いますか」
冗談ぽくイジケル舞美に、千奈美はクスクスと微笑む。
「ごめんごめん。舞美にもホラ、ちゃんとクッキー作って来たから許して」
「え?マジで?」
不意に表情を明るくする舞美。
だが渡されたクッキーは、煎餅屋の『形崩れ、グラム100円』よろしく、ビニール袋に雑に詰められたひび割れクッキーばかりであった。
思わずガックシしてしまう舞美。
「ちょ!おまっ!熊井と明らかに扱い違くね?!!」
「大丈夫、形は悪いけど味は一緒だから」
「なんか納得いかねー」
ブツブツ文句言いつつも「ケッコー美味いじゃん」とクッキーを食している舞美。
ひび割れしていても、味は千奈美の熊井への愛情が篭っているからか、見た目以上においしいのであった。
「まったく。それにしても扱い違いすぎだよなー」
「しょーがないじゃん。あっちはNO1なんだから。舞美はNO3でしょ?」
「カンケーあるか?オレがNO1で熊井がNO3でも、千奈美の扱いは変わらなかった気がするぞ?」
「アハハ。確かにね。やっぱ愛情の違いかな〜」クスクスと笑う千奈美。
だが、笑っていた千奈美だが、不意に思い出したようにワイングラスをテーブルに置き、舞美の顔を見る。
「ねぇ、そー言えばさ。最近、彼・・・見ないね」「彼?」「ホラ、NO2の彼だよ」
そこまで聞き、すぐに誰のことか解ったらしい舞美。不機嫌そうな顔を覗かせ、「あぁ、アイツね・・・」と吐き捨てるように答えた。
「あいつ、最近サボってばっかで店に全く来てねーよ」
「そうなんだ。彼、カッコよかったけどね」
「接客態度も良くねーし、いい加減だし。いいんだよ、あんなヤツはほっといて」
「ふーん。舞美に『いい加減』って言われるって事は、相当いい加減な人なんだね〜」
余計な事を呟く千奈美に、「うるせーバカ!」と笑いながらチョップを食らわせる舞美。
千奈美も笑いながら「ちょっとぉ!客に乱暴働くホストさんがいますよ!クビにしてくれませんかー!!」とマスターの吉澤に冗談で声をかける。
笑いながら千奈美の元へ戻ってくる熊井と、マスターの吉澤。
週末のホストクラブ『ベリーズ』は、笑いの耐えない和やかな雰囲気が漂っているのであった・・・。




一方、その頃・・・。
池袋のゲームセンター。
ゲームセンターでは夜中までアーケードゲームをやって楽しむ、ロビンとその仲間の男達がいた。
そんなゲームセンター側の路地裏。
遠くから聞こえてくるゲームセンターの機械音を聞きながら、ガード下で無心にボールを蹴ってはシュートの練習をしている雅の姿があった。
流れ落ちる汗。ひた向きな眼差し。少しづつ降り出して来た雨にも気づかない様子で、ひたすらシュートの練習をし続ける雅。
雅を尋ねに来た梨沙子が、少し離れた場所で傘を差したままその足を止めた。
「みや・・・」
そこにいるのは、真っ直ぐな目の雅。
初めて夕日の中、川沿いの土手でサッカーの練習をしている雅を見たときも、こんな表情だった。

(あんた有名進学校のお嬢でしょ?こんな悪いヤツに騙されちゃダメじゃーーん)

ロビンに言われた言葉が、梨沙子の頭の中を過ぎる。
あの日。あのあと梨沙子は結局、雅にホテルに連れ込まれ、一緒に夜をすごした。
冷めた目で雅は、何度も乱暴に梨沙子の事を抱いた。
あの時の、冷たい目をした横暴な雅と、今、目の前にいる、ひた向きな目をした真っ直ぐな雅。


本当の雅は一体、どっちなんだろうか・・・?


梨沙子はしばし声を掛けようか躊躇ったが、なんとなく、雅の邪魔をしてはいけない気がした。
ビニール傘を開いたまま路地の地面に置くと、梨沙子は気づかれないように雨の中、ゆっくりとした足取りで無言で立ち去っていく。
徐々に強くなっていく雨の中、ビニール傘だけがとどまる事無く、雨に揺れ続けていた。




つづけ