SCEAN 1

ホストクラブ『Berryz』でNO1ホストの熊井友理奈。
クラブ『Berryz』は連日、熊井と「1夜限りの泡沫の恋」をしようと、熊井に溺れる女たちで賑わっていた。
もちろん、徳永千奈美もそんな女性客の1人。
職場の先輩OLに連れられて初めて来たホストクラブ。そこで出会った、NO1ホストの熊井。
一目で熊井に恋した千奈美は、日々のマジメなOL勤めから、なけなしの給料を注ぎ込んで、熊井に一目会おうと連日『Berryz』に通いつめていた。
だが・・・千奈美の想いとは裏腹に。熊井には、NO1の常連がいた。

大手商社『清水商事』の社長婦人・茉麻。

夫の佐紀が連日アタッシュケースとケータイを片手に世界中を飛び回っている一方で、1人の夜を過ごし続けていた茉麻はある日、ホストクラブ『Berryz』で熊井と出会う。
毎日夫が留守の寂しい身の上。
熊井に出会い、まるで少女時代の様な激しい想いに囚われた茉麻は、毎日の様にBerryzへと通いつめる。
まだホストになって1年足らずの熊井があっという間にNO1の座へ登り詰めたのは、茉麻の存在あってこそであった。

連日の様にBerryzに通う茉麻。
NO1の顧客なだけに、熊井も茉麻に付きっ切りになる。
なけなしの給料で熊井に会うために『Berryz』に通う千奈美だが、熊井とほとんど会話する事も出来ない日々が続く。
そんな千奈美のお相手をするのは、いつも決まって、NO3の矢島であった。
矢島と千奈美は実は中学・高校と同級生。
付き合ったりとかそう言う関係には一度もなった事のなかった2人だが、しょっちゅう同じクラスになったりしていた腐れ縁。
千奈美が初めて先輩OLに『Berryz』に連れてこられた夜、偶然にも『Berryz』でホストをしていた矢島と再会したのであった。
そして、千奈美が熊井に対して抱いている、ホストとお客を越えた恋心。それらも全て、古い付き合いの矢島はなんとなく気づいていた。

「千奈美。熊井はもう、諦めたほうがいいぜー。茉麻さんは社長婦人。お前とは世界が違う・・・叶わねーよ」
「別に・・・。あの人に勝とうとか思ってない」
「熊井の為に通ったところでさ、あの人がいる限り、毎日結局、オレが相手じゃん。意味ねーだろ?」
「うるさいなー!!ほっといてよ!!」
「まぁ、オレとしては客が来てくれる分には問題ねーけどなぁ。あ、ところで、千奈美。ドンペリ飲む?」
「舞美のためにドンペリなんて開けるワケ、ないでしょーーー!バカ!!」

恨めしそうに熊井の方を垣間見る千奈美。
そこには、茉麻にしっかりと寄り添い、優しく肩を抱く熊井の姿が・・・。
やがて茉麻の頭が熊井の肩に凭れかかる。
見ていられなくなり、すぐに目を逸らしてしまう千奈美。目の前では矢島が「やれやれ」と言った表情でため息をついている。
「なぁ、もう・・・お前はココに来ないほうがいいと思うぜー。辛いだけだろ?」
「ほっといて!!」
「熊井なんてほっとけよ。あ!それより、シャトー・オー・ブリオン飲まね?」
「そんな高いの舞美の為に開けないよ、バカ!!!」
「あっそ・・・」

そんな2人の思いも露知らず・・・。
茉麻の側に寄り添い、甘い言葉を囁き、2人だけの時間を過ごす熊井。
だが、熊井は不意に凭れかかる茉麻の頭を外し、席を立つ。
「どうしたの?熊井さん」
「スミマセン、茉麻さん。ちょっとトイレに・・・いいですか?」
「ウフフ。早く戻ってらしてね」
そして店の奥へと引っ込んで行く熊井。その背中を熱っぽい目で見送る茉麻。
熊井が店の奥へ向かう際に千奈美の側を通ったので、千奈美は「熊井さん・・・」と声をかけるが、熊井は気づかない・・・。
目に見えて落ち込む千奈美を、矢島は優しく肩を抱いてあげる。
「まぁまぁ、凹むなよ、千奈美。ほら、こーゆーときはパッとロマネコンティ・・・」「殺すよ!!」「・・・すみませ〜ん」

ホストクラブ『Berryz』の裏口。
トイレには行かず、裏口で疲れきった表情で煙草を吹かす熊井。
白い煙が緩やかに、夜のネオン街を漂う・・・。
「オレ、毎日・・・なにやってんだろ?」
壁に凭れかかる熊井。空を見上げると、闇夜に雲がゆっくりと流れて行く。
あの雲はどこから来て、どこに行くのであろうか?自分はこの先、何処へ行くのだろうか?
「どっか行っちまいたいな・・・。別の世界に」
白い煙を虚空へと吹かす。
あてどころのない煙草の煙が、まるで雲の様に闇夜に登って消えて行ったのであった・・・。




SCEAN 2 




新橋にある大手商社『清水商事』。
その庶務課に勤めるのは、新人OLの嗣永桃子。
「嗣永君、お茶淹れてもらえる?」「嗣永さん、コピーまだ?!」
慣れない雑務に、毎日奮闘し続ける桃子。「ご、ごめんなさい。今、やります!!」
短大卒業後、無事に希望通りの大手商社に入社する事が出来た桃子。
だが、自分が思い描いていた理想よりも、現実は遥かに厳しかった・・・。
お茶を中澤課長の下へ持って行く桃子。すると、中澤課長がお茶を受け取りがてら、さり気無く桃子の手を握り締める。
怯えたように中澤課長を見る桃子に、中澤課長はそっと耳打ちをする。
「どや、今夜一緒に食事でもいかへんか?」「あ、あの・・・今日はちょっと・・・ごめんなさい!」
ペコッと頭を下げてその場を離れる桃子。
その様子を、遠巻きに見ていたのは、先輩OLのあっきゃんとはしもん。
桃子がこっちに戻ってきた瞬間、わざと桃子に聞こえるように、2人で中傷を呟く。
「なに、あの子。課長にメッチャ、色目使ってるよね〜」「ぶりっ子はオッサンに持てるからねー」
思わずその場に俯いてしまう桃子。泣きそうに潤む目。キュッと唇を噛み、泣かないように耐える。
別に桃子は課長に色目を使ってなんていなかった。課長が一方的に桃子を気に入り、ちょっかいを出してくるだけ。
だが、桃子は元来の乙女な仕草と性格。高いアニメ声で周囲から何かと誤解を受けやかった。
学生時代も、この声と、ついつい小指が立ってしまったりするブリっ子ぽい仕草で、誤解を受けて女の子たちからハブにされた事もあった。
周りの女の子を敵に回してしまいがちな自分の声や性格、仕草。
これらを呪わしく思った事もあったけど、半ば、仕方ないと諦めてもいた。自分が回りからの誹謗中傷に耐えればいいだけだったから・・・。
でも、それでも時々は嫌になって逃げ出したいと思ったときもあった。こんな毎日から逃げ出して・・・何処か遠くへ・・・。
5時のチャイム。
OL達が一斉に「お疲れさま〜」と言って、席を立ち上がる。
「ねぇ、帰りに資生堂パーラー寄らない?」「いいねー」「スペシャルチーズケーキ食べた〜い!!」
OLのそんな会話が聞こえてくるが、勿論桃子には誘いの声はかからない。
桃子は寂しく荷物を纏めると、ゆっくりとした足取りで職場を離れた。
そして、職場を離れ家へ戻る桃子が立ち寄った先は、自分のアパートの側にある図書館であった。
公園の側にある、日当たりのいい、大きな図書館。
「今日はどうしようかな。たまにファンタジーはやめて、恋愛小説でも読んでみようかな・・・」
最近ネットで評判の恋愛小説を探し、手に取る桃子。
桃子は本を読むのが好きだった。
しがないOL。上京してきたばかりで、友達なんて殆ど居ない。恋なんてした事もない。目を背けたくなるような日常。
そんな毎日だけど、本を読んでいると、桃子は別の世界に入り込んだ様な錯覚を覚えられた。
ワクワクするような想いも、ドキドキするような恋心も、本を読むことで――例え偽りだとしても――得られるような、そんな気がしていた。
ドラマの様な出会いも。小説の中のヒロインの様な淡い恋も全て、本の中なら・・・。


「ねぇ、キミ・・・。何を読んでるの?」


丁度ヒロインが運命的な出会いをするシーンだった。
桃子が没頭して本を読んでいるさなかに、不意に後ろから声を掛けられた。
ビクッとし、思わず小説を閉じ後ろを振り返る桃子。
その瞬間、桃子はまるで小説の中のヒロインの様な・・・運命的な出会いを錯覚したのだった。
「『愛してはいけない・・・』か。へー、オモシロそうな小説だね〜」
目の前には背の高い、だが女性の様に整った顔をした、とても綺麗な男性がいた。
浅黒い健康的な肌。長い指と、長い髪の毛。まっすぐな瞳。
桃子が目を丸くしてその男を見入っていると、男はニコッと桃子に微笑みかけた。
「ごめん。急に声かけて、驚かせちゃったかな?」「い、いえ・・・」「オレ、あんまり図書館って来た事ないから、本とか良く解んなくてさ・・・」
そう言って桃子の顔を覗きこむ。
あまりに綺麗なその眼差しに、思わず桃子は顔を真っ赤に赤らめてしまう。
「あ、あの・・・」
「ねぇ。良かったら、面白い本とか教えてくれないかな?」
「あの・・・あなたは?」
「あ、別に怪しい人間じゃないから、そんなにビビんないでよ・・・」
そう言って微笑み、桃子の向かいの席に腰掛ける男。
そして男は、しごく女性に慣れた様子で、桃子の顔を覗きこむように答える。
「オレは熊井。熊井友理奈っていいます・・・。キミは?」「あ、あたし?」
一瞬、名乗るべきなのかと戸惑う桃子。
だが熊井の人懐っこい笑顔に絆され、思わず答えてしまう。
「あたしは・・・嗣永桃子っていい・・・ます」
「そっか。桃子ちゃんか。カワイイ名前だね・・・」
「え・・・」
ドキンと高鳴る鼓動。
目の前には、熊井の少年の様な無邪気な笑顔。「よろしくね、桃子ちゃん」

目を背けたくなるような毎日。
ワクワクもドキドキもない、つまらなかった日常・・・。
だが、熊井の笑顔を見た瞬間。思いは覆された。
桃子の小さな胸の中は、苦しくて息が出来ないほどの、熱い鼓動の高鳴りを感じていたのであった。



SCEAN 3

別に本を読むのが好きなワケじゃなかった。
だけど、今のクソみたいな生活に飽き飽きして・・・。
子供の頃の様な、毎日が新鮮で楽しくてしかたなかった、あの頃の気持ちを感じたくて・・・。
不意に、小学生の時にファンタジー小説を読んだ時の、ドキドキ胸の高鳴るあの感じを思い出した。

「・・・たまに本とか読んでみようかな」

出勤前。
店の近くでなんとなく思い立って、立ち寄った図書館。
面白そうな小説を探している最中に見かけた、窓際に座っている女の子。
背が低くて童顔で、だけど愛らしい面立ちをした、凄くカワイイ子だった。
そんな彼女に熊井が声をかけたのは、ホストの習性にすぎなかったのかもしれない。


「ねぇ、キミ・・・なんの本読んでるの?」


熊井が後ろから声をかけると、女の子はビックリして後ろを振り返った。
「オモシロそうな小説だね〜」「あ、あの・・・」「ねぇ、良かったら、面白い本とか教えてくれないかな?」
慣れ親しんだ口調で話しかけてくる見知らぬ男の言葉に、女の子は怪訝を露わにする。
だが、決して拒絶する様な感じではなく、あからさまに戸惑っている感じ。
直感的に熊井は感じる。
『この子は男に馴れてないな〜』と。

男に馴れている女を落とすのは難しい。
だが、男に馴れてない女を落とすのは簡単だ。
どんなに鉄壁の防御を張ったところで、巧みな話術と笑顔で、それを打ち破れる自信が熊井にはあった。
今までだってそう・・・。
この手の女の子は、何人も落としてきてる。そしてその手の女の子の何人もを、熊井は自分のお客にしている。
見るからに軽そうな女の子よりも、純情そうなこーゆー女の子の方が、意外とホストにハマるものなのだ・・・。
実際。
熊井はいとも簡単に、女の子の名前を聞きだせた。
男との会話に慣れてない女の子が、NO1ホストの熊井の話術をかわせるハズもなかった。
女の子の名前は『嗣永桃子』と言った。
「カワイイ名前だね〜」熊井が笑顔で言うと、桃子は顔を真っ赤にしてうつむいた。ここまで純情な子も珍しいもんだ。脈があるのがハッキリと解る。
上手く行けば、店に連れていけるかもしれない・・・。
まぁ、さすがに店に連れて行くのはムリだとしても、次の休みの日にデートぐらいはこぎつけるかもしれないな。
この手の子は、一度抱いてしまえばこっちのモノだろう。
今、彼女はいないし。こんなカワイイ子なら、遊び相手にサイコーかもしれない・・・。
桃子に声をかけた理由は、ただ単に、そんな邪な気持ち所以であった。


「どんな小説が好きなの?」「へーファンタジー好きなんだ?」「オレ、今日、ファンタジー探しに来たんだ。いい本あったら、教えて欲しいな」
こうして・・・。
熊井がホストならではの無邪気な笑顔と押しの強さで積極的に会話をしていくうちに、桃子のガードは段々と崩れ落ちてきた。
砕けた熊井の言葉から、まるで熊井と友達同士の様な親しい感覚に囚われ、ガチガチだった桃子の口調は少しずつ砕けてくる。
しばらくすると、すっかりと桃子の熊井に対する警戒は欠落していた。
「そうだなぁ。ファンタジー読むなら、この本がオススメですね〜」
そう言って桃子は、ファンタジー小説の棚から、一冊の本を持ち出してきた。
「アッサリ読めるから、本に慣れてない人にもいいと思いますよ?」
と言って、桃子が熊井に差し出して来た一冊の本。本の表紙には『乙女の騎士』と銘打ってあった。
「乙女の騎士?」
「うん、ちょっと変わった感じでしょ?」
「へー。乙女なのに騎士なんだ?どんな内容なの?触りだけ教えてよ?」
熊井が桃子の顔を覗きこみ問うと、桃子はちょっと頬を赤らめながら頷いた。
「えっとね・・・。『ダルタニャン物語』ってあるじゃないですか?アレクサンドル・デュマ・ペールの小説」
「『ダルタニャン物語』?ごめん、解んないな・・・」
「そっか『ダルタニャン物語』って言うとわかりにくいかな・・・。その中の第1部が『三銃士』って言うのね」
「あ!!三銃士は解るよ、桃子ちゃん!!」凄く嬉しそうな熊井。
思わず桃子もつられて、嬉しそうな笑顔を零す。
「うん。そのね、三銃士が元になった小説なの。色んな謎が多くて、すっごく面白いよ」
「へー。そうなんだ。ありがとう、ウチで読んでみるね!!!」
そう言って見せる、その無邪気な笑顔。
今まで、この笑顔に落とされない女は殆どいなかった。
現に目の前にいる桃子も、すでに熊井の手の内にあるのが良く解る。
夕日が差し込む図書館の窓際で、和やかにオシャベリをしている2人。
そんな感じで会話を交わしているウチに、話は自然と互いの仕事の話になっていったのだった・・・。
「あの・・・熊井さんはお仕事、なにされてるんですか?」
「ん?なんだと思う?」
「え・・・なんだろー?」
「夢を売る仕事」
わざとマジメな顔をして言う熊井に、思わず笑う桃子。「うふふ。ステキなお仕事なんですね」
「ねぇ、桃子ちゃんはなんのお仕事してるの?」
「あたしですか?・・・・・ただのOLです」
「ただのOLって言っても、立派なお仕事じゃん」
「そう言ってもらえると嬉しいけど・・・」
「桃子ちゃんみたいにカワイイ子だったら、きっと会社で人気者でしょ?」
そう言って微笑みかける熊井。
だが、その言葉を聞き、桃子は目に見えて表情が翳る。そんな桃子の表情の変化を、熊井は逃さない。
「どうしたの・・・?桃子さん」「いえ、別に・・・」「会社でなんか・・・あったの?」
明らかに様子がおかしい桃子の顔を覗きこみ、熊井は優しく問いかける。
そう。ホストクラブでも、こーゆーことは良くある事だった。
お客の地雷をうっかり踏んでしまう事。
だが、その人の持つ地雷は逆に、その人の心の突破口を破る為の起爆剤になることが多い。
その地雷を上手くフォローする事で、女の心を幾らでも揺らがす事は可能なのだ。
「ねぇ?僕で良かったら聞くよ?誰かに言う事で、気持ちが晴れる事だってあるでしょ?」
「でも、初対面の方にそんな・・・」
「初対面とか関係ないよ。今日せっかくキミとオレはこうして知り合ったんだ。・・・今すぐ友達になればいいじゃんか」
「・・・・え?」
「他人にはムリでも、友達にだったら相談、出来るだろ?」
「でも、あたしみたいなのが・・・あなたみたいなステキな人と友達になんて」
「何言ってんだよ。キミは自分が思ってるより、ずーーっとステキでカワイイよ」
熊井の言葉に耳まで真っ赤になる桃子。
照れくさくて思わず俯いてしまった桃子をみて、熊井は『あと一歩で落とせる』事を確信した。
そんな熊井の本音を知る由もなく、顔を真っ赤にしたまま俯いている桃子。
「あの。別にね。会社で何があったってワケじゃないんですけどね・・・」桃子はそう言って前置き、ゆっくりと話しだすのであった・・・。
「もしかしたら、何もないから、辛いのかもしれないです」
「え?」
「OLってつまらない仕事ですよ?毎日毎日、仕事なんてお茶汲みとコピー」
「・・・・・・・・・・・・・」
「誰と恋するでもなく、誰と友達になるでもなく・・・何もないつまらない毎日。自宅と職場を行って帰って、また行って・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「小説読んでるとね。あたし。どこか違う世界に行ける気がするんです」
「・・・どこか違う世界?」
ゆっくりと言葉を繰り返す熊井に、桃子はそっと頷く。
「うん。どこか違う世界」
「・・・・・・・・・・・・」
「つまらない毎日に飽き飽きして、どこか違う世界へ逃げたくなる。そー言うときに、本を読むんです」
「・・・・・・・・・・・・」
「本を読んでるとね、その世界に入り込めるんです。しょせん本の中の世界なんてフィクション。ウソの世界だって解っているけど、ウソの世界だっていい・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「こんなつまらない現実を生きるぐらいなら、ウソだっていい。架空の世界だって構わない。あたしはウソでも違う世界に入り込みたい・・・」
淡々と語る桃子を何も言えずに見つめる熊井。
桃子は熊井の顔を見つめると、クスっと微笑み、肩をすぼめた。
「ごめんなさい。なに話してるんだろ?あたし・・・」「いや・・・」「熊井さんってなんか、話易いから、つい・・・」
そう言って真っ直ぐな目で見つめてくる桃子に、何も言えなくなる熊井。
さっきまでの饒舌がウソの様に、熊井は黙り込む。
『どこか違う世界に・・・』
頭の中にリフレインする桃子の言葉。
熊井が黙って俯いていると、桃子はフッと表情を緩めて呟いた。「ごめんなさい。こんなの、熊井さんに言う様なお話じゃなかったですよね?」
「え?」
「熊井さんは確か『夢を売る仕事』って言ってましたね。きっと、ステキなお仕事をされてるんですよね」
「・・・・・・・・・」
「きっとあたしと違って、毎日が充実されてるんでしょうね。いいなー。羨ましい」
「いや・・・そんな・・・」
「ごめんなさい。聞いていいかな?なんのお仕事なんですか?熊井さん」
唐突に聞かれ、熊井は一瞬戸惑いを見せる。
元々はこの子を『ホストクラブの客』として連れ込もうかとすら思っていた。
だが、今となってはこの女の子に、今更自分が『ホスト』である事を言えない気がしたのだった・・・。
しばしの戸惑いを見せた後、熊井は誤魔化すように頭をかきながら答えた。
「あっと・・・。飲食店・・・かな?あ、あのさ。バーテンやってんだ、オレ!!!」
「バーテンダー?えー!カッコイイですねー!!」
「今は従業員だけど。自分のオリジナルカクテルとか作って、店構えるのが夢な・・・んだ・・・」
「そうなんですか。ステキですね〜!!」
「・・・・・まぁ。バーテンなんて、全然『夢売る仕事』じゃない・・・けど」
「そんなことないです。熊井さんみたいな気さくなバーテンさんのお店とか行くと、楽しくて、嫌な気分とか吹き飛びますよ」
「・・・そっかな」
「熊井さんと話してて、なんか、優しくて明るくて、『夢見てるみたい』に楽しかったですよ。あたし」
「・・・・・・・・・・・・」
邪な気持ちで声かけたのに、段々申しわけなくなってくる熊井。
これ以上桃子を騙し続けるのが居た堪れなくなり、逃げる。
「あの。じゃぁ・・・そろそろオレ、仕事行くね」
「はい。バーテンのお仕事、頑張ってください」
「うん・・・。今日借りた乙女の騎士。読んでみるよ・・・ありがとう」
そう言って図書館を立ち去っていく熊井。
桃子は図書館の窓から外を見下ろし、夕日の中立ち去っていく熊井の背中をみつめている。
「熊井さん・・・。なんか、小説の中から出てきたみたいなステキな人だったな・・・」
どこのバーで働いてるんだろ?また、会えると嬉しいな・・・。
桃子は心の中でそう呟くと、先ほど読んでいた恋愛小説を再び読み始めるのであった。






SCEAN 4


ホストクラブ『Berryz』では、あいも変わらずBerryzに通い続ける茉麻の姿・・・。
熊井が茉麻の肩を抱きながら、愛の言葉を囁いている。
「茉麻さん、とても人妻に見えないッスね。ホント、綺麗だ・・・」「そ、そうかしら?」「旦那さんが羨ましいですよ」
熊井の言葉に上機嫌な茉麻。
気分を良くした茉麻はドンペリのロゼをオーダーし、奥からマスターの吉澤が「喜んで!」とばかりに現れる。
「美しい茉麻さんの為に、ドンペリのロゼ入りま〜す!!」
ピンク色の液体を、茉麻が手に持つシャンパングラスへと注いであげる熊井。
茉麻は一口含んだあと、「あなたに注いでもらうシャンパンは格別だわ。ねぇ、あなたも一口どう?」と言って、そのシャンパングラスを熊井に手渡す。
熊井はグラスを受け取ると、茉麻の口紅が微かに残る上からワザと口をつけ、その液体を口に含んだ。
そんな熊井の横顔を目を細めて嬉しそうに見つめている茉麻。
「ホント、あなたって最高だわ・・・」そう呟くと、茉麻は熊井の肩に頭を凭れ掛けた。
甘いムードが漂う2人。
茉麻に肩に預けられたまま、熊井はどこか手持ちぶさたな様子で、もう一度グラスのシャンパンを口に含んだ。

(そう。俺達は夢を売る商売なんだ・・・)

ホストクラブ『Berryz』に勤めて1年。
熊井は何人もの女を虜にしてきた。そして、そうする事に何ひとつと抵抗を感じなかった。
何故なら、女たちはホストクラブに愛と夢を買いに来ているのだから。
求められてる以上、愛と夢を売ることに抵抗などない。彼女達はみな、それを望んでいる。

だが・・・。

ふと、桃子を思い出す。
なんとなく、調子が崩されてしまった・・・。純粋な笑顔と、その真っ直ぐな眼差し。
(小説読んでると・・・あたし。違う世界に行ける気がするんです)
(どこか違う世界へ逃げたくなる。そー言うときに、本を読むんです)
この店に来る女性達の多くは、毎日の生活にない夢と愛を求めて、この店に来る。
でも彼女は、夢と愛を小説の世界に求めている・・・。
「ねぇ・・・茉麻さん。本って読まれます?」なんとなく聞いてみると、茉麻は熊井の肩から頭を離し、突然の質問に不思議そうな表情をのぞかせた。
「え?そうねぇ・・・最近は読まないわねー。あなたと一緒にいるのが楽しくて、本なんて読んでる時間なんてないの」
そう言うと、茉麻は熊井の顔を覗きこんできた。
「なに?本読んでるの?熊井さん」
「あ、いや。ちょっとだけ・・・ね。ホラ、やっぱホストは話題が豊かじゃないとマズイですから」
「なるほどー。勉強熱心ね〜熊井さん。さすがNO1は違うわね〜」
そんな茉麻の言葉に、向こうで飲んでる舞美が反応する。「どーせ、スポーツバカはNO3ですよー!!」
俄かに和やかな笑いが起こるホストクラブ内。
その笑いを合図に、熊井がゆっくりとソファから立ち上がる。
「あ、すんません。茉麻さん。ちょっとだけ席外しますね」「あら、それじゃすぐ戻ってらしてねー」
ペコッと茉麻に頭を下げ、奥に引っ込もうとする熊井。
すると、奥に引っ込みがてら、ちょうどトイレから戻る途中の千奈美と遭遇する。
「あ!熊井さん・・・」「あれ?千奈美さん」
茉麻が居る以上、まさか熊井と話せると思ってなかった千奈美。真っ赤になって立ち止まる。
「来てたんだ?」「は、はい・・・」「いらっしゃい。最近あんま話せなくてごめんね」「いえ・・・仕方ないですよ」
話すだけでドキドキしている千奈美。まるで、初恋の様な感覚。
熊井はちらっと茉麻のいる方を見る。茉麻はお酒を飲みながら、カウンターにいるマスターの吉澤と話していた。
茉麻がこっちを見てないのを確認すると、熊井はそっと千奈美の手に触れたのだった。
「あ・・・」思わず千奈美は耳まで真っ赤になる。
「茉麻さん、金曜は奥様方でパーティーがあって来れないって言ってたよ」
「え?!」
「金曜にまた、おいでよ。千奈美さんと久々にゆっくり話したいしさ」
「は、はい!!」
奥に引っ込む熊井。その背中を見送る千奈美。なんかもう、嬉しくてニヤニヤした表情が止まらない。
ニヤニヤした笑顔のまま席に戻ってくる千奈美を見て、ギョッとして舞美は思わずビールを吹き出す。
「ど、どーしたんだよ、千奈美。ニヤニヤしてキモいぞ!!」
「べっつに〜!!」
「んだよ。キモいなー。・・・あ、そうだ、千奈美。ゴキゲンついでにさ、オレの為にシャトー・ムートン飲まね?」
いつもどおり冗談で問いかける舞美。
だが千奈美の答えは・・・。
「いいよ、舞美!!!」「うん・・・・そーだよね。飲まないよね。」「・・・・・・・・」「って・・・!!飲むのかよ?!!」
すっかり浮かれモードになってしまう千奈美。
そんな千奈美に、舞美は『一体なにが起きたのだろう・・・』と、不思議で仕方がないのであった。


一方。
奥の休憩室に引っ込んだ熊井は、鞄の中からタバコを取り出しがてら、『乙女の騎士』の本を取り出す。
「・・・・・・・・・」
千奈美にはいくらでも甘い言葉だってかけられる。罪の意識なんてない。
自分は夢を売る商売だから。そしてここに来る客はみんな、夢を買いに来ているんだから。罪なんてなにもない・・・。
むしろ自分の甘い言葉に相手の女性が酔ってくれるのが嬉しかった。
だけど、桃子をみているウチに、なんだか彼女を騙している気がして何もいえなくなってしまった。
最初はお客として呼び込もうと思ってたけど、なんだか『ホスト』である事を知られたくない気がした。
彼女の夢を壊す気がして・・・。
「嗣永桃子さんか・・・」
本返しに行く時、また、会えるといいんだけどな。
そんな事を考えていると・・・「熊井〜!!」マスターの吉澤が奥にやってくる。
「あ。はい!」「タバコもいいけど、あんま茉麻さん待たせるなよ〜」「すんません」
ペコリと頭を下げる。
すると、熊井に寄り、吉澤はポンッと肩を叩く。
「そうそう。茉麻さんが、今夜ヒマなんだってさ・・・」「・・・・・・・・・・・」「ま。NO1のお得意さんだからな。頼んだぜ」「はい・・・」
休憩室を出て行く吉澤。
その背中を見送った後、熊井は椅子にもたれ、タバコの煙を大きく吐き出した。

「夢を売る職業か・・・」

そう言えば、さっき桃子に職業を聞かれたとき、思わずバーテンと答えてしまった・・・。
何故だろうと思ったけど・・・そう言えば自分は、昔はバーテンダーになりたかったんだ。
でも、夢破れていつしか自分はホストになった。
「何故、あの子にあんな話しちまったんだろ?オレ・・・」
熊井は考えを断ち切る様に頭を振ると、タバコを灰皿へと押し付け、再び茉麻の元へと戻るのであった。




×           ×            ×



丁度、その頃・・・。
南麻布にある大きな一軒屋。清水家。
22時。制服のまま、疲れきった表情で家に帰ってくる梨沙子。「ただいま・・・」
「おかえりなさーい」
出てくるのは、フライパンを手に持ったメイドな梅田えりか。
「塾、お疲れ様です〜。梨沙子お嬢様」
「・・・・ママは」
「奥様はご友人のお付き合いで、今夜は帰らないそうです」
すると、それを聞き、嫌悪感を露わにする梨沙子。
「またなの?そんな毎日の様に、友人と話すことなんてあるの?」
「・・・・・・・・・」
「どーせ、男でしょ?バカみたい!!!」
梨沙子の怒鳴り声が大きなリビングに響く。
不機嫌そうに部屋に戻っていく梨沙子に、えりかは慌てて問いかける。「あ、あの!夕食は・・・?」「いらない!!!」
だだっぴろいだけの家。だだっ広いだけの部屋。
梨沙子はベッドに倒れこむ。「仕事ばっかりのパパも、だらしのないママも。みんな死んじゃえばいいのに・・・」
ケータイを開く。
ディスプレイの明かりが、明かりの灯ってない部屋の中に浮かび上がる。
ケータイを発信する梨沙子。ケータイの向こうからは、「もしもし〜」と言う、かったるそうな男の声が聞こえる。
「あ・・・みや?」
「梨沙子か・・・んだよ。こんな時間に・・・」
「ねぇ、みや。今から会いに行っちゃダメかな・・・?」
それぞれの夜。
それぞれの想いが渦巻き始める・・・。


つづけ!