もうひとりのあなたへ・・・・





第9章 あなたが残してくれたもの




宇都宮のライブから一夜が明けた・・・。

あのあと、スタッフさん情報によると、宇都宮の夜公演の事はネットで大盛り上がりだったみたいで・・・。
『森戸覚醒』『宇都宮公演は伝説の公演』と、巷で散々話題になっていたそうだ。

もちろん、カントリーメンバーやスタッフさんの間でも、「本当に感動の公演だったね」と話題沸騰。
むすぶたちは「ちぃちゃんの歌、むっちゃ感動したわ!」と、思い出すたびに涙ぐんでいるし、
ももち先輩も、帰りの新幹線で隣になった時には、め〜っちゃ嬉しそうに「まったくぅ!ホント、次からシャイニング、やりにくいわぁ」と笑ってた。
でも、言葉とは裏腹に、ニヤニヤとホント嬉しそうで・・・・どれだけももち先輩が普段から、ちぃを期待し、応援しているのかがよく解った。



「でもさ。ちぃも次から、チョー歌いづらいんだけど!!!」

そう言って、目の前で笑っているのは、当の本人のちぃ。
ちぃはカモミールティを口にしたあと、ハァ・・・と深々とため息をついた。
翌日。私たちは2人で、カラオケボックスに集まっていたんだ。

「もうね、次から全てにおいて、ちぃのハードル、上がりすぎ!!!」
「アハハ!!ブログのコメント欄とかにも、『エース覚醒!!ハロプロの次世代エース森戸』とか、書かれてたよね」
「BDイベントはちぃちゃんの歌で、『砂を噛むようにNAMIDA』が聞きたいと思いました・・・とか、リクエストが来てた・・・」
「完全にハードル、倍ぐらい上げられちゃってるよね!!」

そう。
あの夜の千佐子さんの歌が、本当に素晴らしくて・・・。
ファンの方たちもメンバーも、忘れられないシャイニングとなった。
だけど、あまりの出来の良さに、ファンの方たちやメンバーやスタッフさんの間で『森戸覚醒』みたいな流れになってしまい、
それはもう、今後のちぃのハードルは、上がりまくりの期待されまくりの状態になってしまったのだった。

「いやぁ、ホント。涙が出るぐらい、千佐子さんの歌声、サイコーだったもんなぁ〜!!」
「そう言うこと言わないでよ!ホント、次からハードル高すぎで困ってるんだから」

カモミールティを口にし、再び深いため息。
でも、そう言ってるワリには、どことなく嬉しそうな、ちぃ。
まぁ、今後のハードルは大変そうだけど・・・・大変になっちゃうぐらいに、『大成功』だったと言う証でもあるからね。

「でも・・・・・・・成功して良かったね。ちぃ」
「うん。ホントに・・・・。ホントに良かった」
「今後のちぃは、ちょっと大変そうだけど・・・」
「そうだね。でも、大丈夫。だって、ちぃの体でも、あれだけの高音や声量が出せるって、千佐子さんが証明してくれたんだもん」
「・・・・・・・・・・・・うん。そうだね!!」

前に梨沙ちゃんが言ったみたいに・・・。
一生懸命練習して、頑張って。あの歌を本物にしてみせるから・・・・ちぃはそう言って笑った。
・・・・・・・・・・。
ちょっとワガママで、ゆるい所もあるちぃだけど。
その言葉を真っすぐな目で、力強く口にするちぃを観ていると・・・・この子は本当にハロプロのエースになっちゃうかもなって、私は思ったんだ。

「もしも、また。千佐子さんに会える日が来たら・・・。成長したちぃを見せられるかな??梨沙ちゃん」
「うん!!きっと、『あらあらまあまあ、知沙希さん、成長されて・・・』ってビックリするよ!!」
「そうだよね。きっと、また、会えるよね・・・・」

ちぃはそう言って、カラオケボックスのソファの上で、ギュッと膝を抱えた。

昨日のライブは大成功だった。
一生懸命に練習したシャイニングは最高の出来栄えで・・・・
「1度でいい。みんなの前で歌を歌いたい」と言う、千佐子さんの夢が叶って、本当に良かった。
彼女はきっと、拍手と大歓声の中・・・・喜びを噛みしめて・・・・天国に旅だったんだ。




あれから、千佐子さんがちぃの中に現れることはなかった―――。




部屋の中に、廊下に流れているBGMが漏れ聞こえてくる。
特になんの曲をカラオケで入れるでもなく・・・私たちはしばしの間、黙りこくっていた。
ちぃは抱えた膝にあごを乗っけて、ぼんやりと何かを考え込んでいる。
私はそんなちぃを正面にしながら、ストローでアイスミルクティの氷をカランと揺らす。
分離していた紅茶とミルクが混ざり、私はおもむろにストローに口を付けた・・・・瞬間だった。

「ねぇ・・・・梨沙ちゃん」
「ん?」
「千佐子さん・・・きっと、喜んでくれたよね?」

そう言って、ちぃは膝を抱えたまま、上目遣いで私の顔を見上げた。
私はミルクティを口にひとくち含み、ゴクリと飲み干すと「うん!」と頷き、笑いかけたんだ。

「喜んでくれた。だって、歌い終わったあと。本当に晴れ晴れしい表情だったもん」
「そうなんだ」
「それに、千佐子さん言ってたよ。『あなたたちと過ごした時間は、優しさは・・・・・わたし、決して忘れません!』・・・・って」
「・・・・・・・・・・・・」
「千佐子さんにとって。きっと、ちぃと一緒にいた時間は、大切な宝物だと思うよ?」
「そっか。。」

ホッとしたように、微かに笑顔を覗かせる。
だが。笑顔を見せたのは一瞬で・・・・
ちぃは抱えた膝に顔を埋め、ボソッとこう言ったんだ・・・。

「・・・・梨沙ちゃんはいいな」
「え?」
「千佐子さんの言葉が直に聞けて・・・」

ちぃの言葉に、心がギュッと締め付けられる。
千佐子さんの夢を叶えられ、千佐子さんはきっと、喜びの中で天国に行った。
彼女はきっと、最高に幸せだったと思う。・・・だけど、

「ちぃは結局、千佐子さんと何も、お別れ出来なかった」
「・・・・・・・・・ちぃ」
「梨沙ちゃんはちゃんとお別れ出来て、いいな」

ちぃは言う。交換日記でやりとりをいっぱいした。千佐子さんの事、色々知れた。
でも。自分は結局、千佐子さんと直接お話しすることも、目を見て笑いあう事も出来なかった。
1つの体で2人は共存していたのだから、それは仕方のない事なんだろうけど・・・。

「梨沙ちゃんが羨ましい。一度でいいから、直接、千佐子さんと話したかった」
「ちぃ・・・・・」
「千佐子さんの言葉を、声を、笑顔を・・・・直接聞けた梨沙ちゃんが羨ましいな」

なんとも・・・・言えなくなる。
私は千佐子さんと沢山の言葉のやり取りを交わした。


『梨沙さん。今まで。本当に・・・ありがとうございました』
『あなたたちと過ごした時間、優しさは・・・・・・わたし、決して忘れません!!』


彼女の言葉を思い出す。
最後に繋いだ手の感触とか、零した涙とか・・・。
私は今まで、千佐子さんといっぱい言葉を交わしたけれど、ちぃは直接言葉を交わすことが出来なかった。。
ちぃの気持ちが解る気がする。
ちぃも、言葉で、声で、ちゃんとお別れしたかったんだろうなって。。

でも、こればかりはどうする事も出来ないよね・・・・。

なんとなく、沈黙してしまう。
慰める事も出来ず、何も提案する事も出来ず・・・私はミルクティを口にしながら、その場に目を伏せた。
ちぃは膝を抱えたまま、ぼんやりと俯いている。
その状態が3分ほど続いた・・・・・・その時だった。



――――RRRRRRR



不意に、ボックスの部屋の中にアラーム音が鳴り響いた。
ソファの上で膝を抱えていたちぃは、びっくりして両足を降ろし、体を起こした。
アラームはどうやら・・・・ちぃの鞄の中で鳴り響いているようだった。

「なに?誰かから電話??」

私が問いかけると、ちぃは鞄をゴソゴソしながら「ううん、着メロじゃないと思う」と答えた。
ちぃ曰く、電話の着メロ系は、全部、着うたにしているらしい。
確かに。私からの着うたは『気まプリ』にしてると言ってたし・・・電話やメールの着信は、機械音にはしてないらしい。

「なんだろ?スケジュールのアラームかな??」
「そうなんだ。なんか今日、予定あったの??」
「うーん。特に今日はスケジュール登録してないと思ったけど。なんか入れてたっけ??」

やっと鞄の奥からスマフォを取り出せたらしい。
ちぃは急いで鳴り響くアラームを止め、画面を見る。
するとその瞬間、ちぃは「え・・・・・・・?!」と声を裏返らせ、その場にフリーズした。
呆然と画面を凝視するちぃを、私は「どしたの?」と正面から不思議そうに覗き込む。

「ちぃ??」
「・・・・・・・・」
「ちぃ?ねぇ、どうしたの??」
「千佐子さん・・・・・」
「・・・・・・・・は????」

予想もしなかった言葉に、私は目を大きく見開き、ちぃの顔を凝視した。
すると、ちぃは唇を微かに震わせ、私と目線を合わせると、おもむろにスマフォの画面をこちらに向けた。
スマフォのカレンダー機能の今日の日付。今、この時間。
そこには、スケジュール予定が登録されていた。
そして、スケジュールタイトルには、「大好きなお2人へ・・・・・千佐子より」と、書かれていた。

「・・・・・・・梨沙ちゃん、これ」
「うん・・・・・」

私はちぃの目を見つめ、力強く頷く。
すると、ちぃは私に頷き返すと、登録されているスケジュールを開いた。
そこに記されていたのは、千佐子さんからのメッセージ。
内容はたった1行。「もし良かったら、お二人で動画のフォルダを観てください」と書かれていたんだ。

「梨沙ちゃん・・・・・・」
「ちぃ。。動画フォルダ・・・・開いて・・・・」

ちぃはスマフォを操作し、動画のフォルダを開く。
すると、何個も動画が保存されている中に・・・・ちぃが全く撮った覚えがないと言う、不思議な動画が1つ入っていた。
私たちは、互いに顔を見合わせた。
そのあと、私は急いで席を移動し、正面から、ちぃのすぐ隣の席に移る。

そして。
ちぃは紅茶のカップを背に、テーブルの上にスマフォを立てかけ、その動画を再生をした。



再生された動画。それは――
スマフォ覚えたての千佐子さんが、一生懸命自撮りして撮った・・・・わたしたちへの、最後のメッセージだった。





動画が再生される。
すると、片手にスマフォを掲げ、一生懸命、自分の顔をフレームに収めている、ちぃ・・・・。
いや、千佐子さんの姿があった。
不慣れで時々、フレームアウトしたりしてるけど・・・。
きっと、私たちが普段やっている自撮りの感じを、見よう見まねで行っているのだろう。。

千佐子さんは「ここらへんで大丈夫かしら?」と呟くと、カメラに向かってニコッとほほ笑んだんだ。
そして、「知沙希さん、梨沙さん・・・。これ、ちゃんと撮れてますか??ブレてたらごめんなさいね」と言って、例のごめんねポーズでお茶らけていた。

動画に映る千佐子さんの姿――。

チラっと隣にいるちぃを垣間見ると、
ちぃは真っ赤な目で唇を噛み、じーっと画面を見つめていた・・・。


画面に映っている背景は、どうやら、私の部屋のようだった。
後ろに道重さんの、女神の様にお美しいブロマイドが写り込んでいる。

「えっと・・・今は、宇都宮ライブの日の早朝でーす。まだ、梨沙さん。ぐっすり、眠ってらっしゃいますね!!」

昨日の朝??
私はふと、思い出す。
そう言えば私が起きた時、千佐子さん、ちぃのスマフォをイジっていた・・・。
千佐子さんは私の寝顔をチラっと映し「カワイイ寝顔ですね!」と言って含み笑いをした後、
再び自撮りをし、まるで朝のお天気キャスターの様な、爽やかな笑顔を覗かせた。
そして、彼女は、動画の中でこう語ったんだ。


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フフフ・・・・梨沙さん、知沙希さん。突然で驚かせてしまいましたか??
梨沙さんが、リハーサル動画を見せて下さったときに、スマフォで動画というものが撮れると知り、
なんとかトリセツと奮闘しながら、使い方を覚えました!!
頑張って、みなさんの見よう見まねで、自撮りと言うものをしながら撮ってみてます。

どうしてかと言いますと・・・・。
私ね。ずーっと、ひとつだけ、心残りがあったんです。
それは、知沙希さんに直接、言葉で「ありがとう」を伝えられなかった事です。
梨沙さんには直接「ありがとう」を言えるけど、知沙希さんには、文字や伝聞でしか「ありがとう」が伝えられない。

それがどうしても、心残りだったんです。

でも、どんなにあがいても、1つの体を共有する私たちは、直接お話しすることは出来ないから。
せめて、こうして動画の形で、知沙希さんへの「ありがとう」を言葉でお伝えしたいなって思ったんです。
画面がブレてしまわないように、ちょっと腕がプルプルしますけど・・・頑張って録画します!!


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そう言って、画面の向こうで笑う千佐子さん。
ちぃそっくりで・・・・・だけど、ちぃよりちょっと、大人びた表情を見せる彼女。
たった1日しか経ってないのに、なんだか無性に、その表情が懐かしく思えてしまう。。

そして。
私はふと、隣に座るちぃを垣間見る。

ちぃは下唇をギュッと噛みしめ、今にも泣きそうな表情で、じっとスマフォ画面を凝視していた。
それは、毎日鏡で見ているハズの・・・・・だけど、それは初めて観る、もうひとりのじぶんの姿だった。



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えっと。まずは、知沙希さんから・・・。
知沙希さんとお会いした時は、まだ、私は幽霊の姿でしたね!
見ず知らずの赤の他人の幽霊の為に、大切な体を、大切な時間を、私に与えてくださってありがとうございました!!

神戸の夜。
もしも、あなたに出会わなければ・・・・わたしはずっと、あの場所に取り残されたままだったかもしれません。
あなたが私の時間を再び動かし、そして、あなたが私の夢を叶えてくれました。

優しくて明るくて大好きな・・・・・わたしとそっくりだけど、わたしとは違う、もうひとりのわたし。
あなたに出会えて、本当に感謝しています。
あなたなら、これからも、もっと沢山の人を幸せにし、沢山の夢を叶えられるでしょう。
大好きな知沙希さん。本当に本当に、ありがとうございました。 
どうか。梨沙さんとお幸せに・・・。






・・・・・・・・・。
涙で画面が見えなくなったのか。
そこまで観て、ちぃはスマフォに手を伸ばし、動画を一時停止した。

そして、
両手で顔を覆うと、ちぃは背中を震えさせていた・・・。

私は隣からちぃの肩を引き寄せると、頭をポンポンと優しくたたく。
すると、ちぃはにわかに私の体へと抱きつき、そのまま、肩に顔を埋めた。
しばらくの間・・・・私はその状態で、ちぃの背中を何度もさすったんだ。

「ねぇ、ちぃ。。千佐子さんもおんなじだったんだね」
「・・・・・・・・・・・うん」
「千佐子さんも直接言葉で、ちぃに伝えたかったんだよ。ありがとうを・・・」
「・・・・・・・・・・・うん。うん・・・・」

ひっくひっくと、声をしゃくりあげながら・・・・素直に頷くちぃが赤ちゃんみたいで、ホントかわいい。
ギュッと抱きしめ、しばらく背中をさすってあげると、少しだけ落ち着いたようだった。
真っ赤な目をゴシゴシとこすり、ちぃは微かに笑顔を覗かせ、私に言ったんだ。

「ごめんね。ありがと、梨沙ちゃん」
「うん。。大丈夫だよ、ちぃ」
「続き・・・・観てみよう」

そう呟くと、ちぃは再びスマフォに手を伸ばし、一時停止を解除する。
再び動き出した千佐子さんの言葉は、今度は、私に向けられたものであった。



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そして。梨沙さん。
見ず知らずの私の為に、沢山の優しさと、沢山の温かさを・・・ありがとうございました。
あなたにはステージの前に直接、感謝を伝えられたらなぁって、思ってます。
でも、きっと、1つだけ。私はあなたに直接伝えられないまま、去ってしまうと思うから・・・この場を借りて、あなたに伝えますね?

私にとってあなたは、姉の様な優しい存在でした。そして、大切な友達でした。
でも、それだけではないような気がします。
私にとってあなたは・・・・初めて・・・「恋心」として、好きになった人なんだと思います。

でも・・・・わたしと知沙希さんは心も体も共有していたから、
これはもしかしたら、知沙希さんのあなたに対する「恋心」が、私の気持ちにも影響を及ぼしていただけなのかもしれません。
だけど・・・・それだけではないと、わたしは思います。
こういう形で出会っていなくても、私はきっと、あなたを好きになっていたかなって・・・・そう思います。
わたしのすぐ隣にいてくれた人があなたで・・・・本当に幸せでした。
知沙希さんを・・・・もうひとりのわたしを・・・・ずっと大切にしてあげてください。 


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「大好きな梨沙さん。ありがとう、さようなら。」

それが、自分に残された・・・最後の千佐子さんの言葉だった。
それは告白であり、別れの言葉でもあった。

妙に照れくさくて、でも、なんだか嬉しい・・・その言葉。
私が何も言葉に出来ぬまま頬を赤らめていると、
「りーさちゃーーん!」と言って、ちぃが私の膝を勝手に枕にして、寝転がって来た。
そして、膝枕の状態から、私の顔を仏頂面で見上げてくる。

「な・・・・・なに?」
「べーつにぃーーーーー!!!」
「・・・・・・・・もしかして、妬いてるの??」
「全然、妬いてませんしぃいいい!!むしろ、気づいてたしぃいいい!!」
「え?気づいてた???」

私がキョトンと目を丸くすると、ちぃは不貞腐れた顔のまま体をヨイショと起こす。
そして、顔を数センチぐらいの距離まで近づけてくると、私に、こう言ったんだ。

「そりゃそーだよ。だって、私が千佐子さんだったら、あんな優しくされたら、絶対、梨沙ちゃん好きになるもん」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「解るんだ。だって、私と千佐子さん、似てるからね!」

そう言ってちぃは、仏頂面から一転、ニコニコと笑顔を浮かべた。
そして、ちぃは、こう言葉を付け加えたんだ。


「でも、千佐子さんなら構わない。だって、もうひとりのわたしだもん・・・。」


そう言って・・・・
柔らかくほほ笑むちぃは、「むしろ、千佐子さんと、好きな人も一緒で嬉しいかな!!」と言って、肩を竦めたんだ。



   ×   ×   ×


「ちぃ・・・・・」
「へへ。梨沙ちゃん・・・・」

ソファに隣同士。思わず2人で顔を見つめあう。
あぁ・・・ちぃはなんて、優しい子なんだろう。
まぁ、元々好きだったけど・・・・こんなの絶対、惚れなおしますわ!!

私はそっと手を伸ばし、ちぃの頬に触れる。
ちぃは一瞬、「おっ!」って表情を見せた後、照れくさそうに笑い、そして、、ゆっくりと目を閉じた。
心臓が高鳴りだす。
私はゆっくりと唇を近づけ、ちぃの唇に重ねようとした・・・・その瞬間だった!!





「あ、あのぉ〜〜〜〜ですね!!」




突然、どこからともなく、声が聞こえて来たんだ!!
え?!!!!思わず、チューしようとした体勢から、2人一斉に、体を離す。

「な、なに!?だれ?!!」

ビックリして2人で一斉にキョロキョロと辺りを見渡すと・・・・
ふと目に入ったのは、ちぃのスマフォ。
さっきの声は千佐子さんだったらしい。
てっきり、さっきので動画は終了したのかと思ってたら、まだ、再生が続いてたようだ。
しばらく無音だったから、終わったのかと思ったよ・・・・。

2人して画面をみる。
どうやらしばらく無音だったのは、千佐子さんは何かを言うべきか言わないべきか、考えあぐねていたかららしい。
千佐子さんは「あの・・・・・これ、言うべきかどうか、悩んだんですけど」そう言って、画面の向こうで苦笑いを浮かべていた。

私とちぃは顔を見合わせ、互いに首を傾げた。
なんだろう・・・・??
すると、千佐子さんは唐突に「本当にごめんなさい!!」と言って、画面の向こうでごめんねポーズをしたんだ。
そして彼女は、『とある暴露』を始めたのであった・・・・。



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あの・・・・さ、最後に・・・・・・・・・・・ですね。
えっと、これは本当は、ナイショにしておこうと思ったのですけど。
このままお二人を騙したまま去ってしまうのも、やっぱり卑怯な気がしたので、ごめんなさい。ここで暴露しますね?

東京タワーでデートしたとき・・・。
あれ。実は、知沙希さんじゃなくって、私だったんです。


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「え???」
「え???」

その言葉の瞬間・・・。
私とちぃは、一斉にフリーズを起こす。


一方・・・・画面の向こうの千佐子さんは、
ずーっとペコペコと「ごめんなさい!」と言って、頭を下げていた。
えっと。。千佐子さん曰く、こういうことだった。


前日の夜。ちぃと私がアレコレしてた夜。
東京観光に出かけた千佐子さんは、東京でそびえたつ光の塔を見かけた。
それが・・・本当に美しくて。目を奪われるようで。

「ここで最後に、梨沙さんとデートして、思い出が作れたらなぁ・・・・って思ったんです」

この光の塔で・・・知沙希さんみたいに、梨沙さんと、くっついたり、手を繋いだりして、デート出来たらって。。
それで、知沙希さんの口調を真似して、知沙希さんのフリをして・・・。
ごめんなさい。騙してしまって!!
でも、あの時すごした、時間は、夜景は・・・私の宝物です
あなたとのキスも、優しい温もりも忘れません。ありがとうございました!!



―‐―そう言って。動画は本当に終了した。。



千佐子さんからの、最後の爆弾動画・・・。
そして、この後に待っていたモノは。
それはもう、、ちぃからの「詰問攻め」コーナーであった。。。

「はぁあ??梨沙ちゃん??東京タワーデートってなに???」
「えっと・・・・あ、あれれ??い、一緒に行ったよ・・・ね?!」
「いえ、まったく・・・・1年ぐらい行ってません」
「えっと。。あ、あれ、じゃぁ、ち、ちぃじゃなかったんだね??」
「うそでしょ?気づかなかったの???」
「えっと・・・・・・・・・・その・・・・まったく」
「信じらんないんですけど!!フツー気づくでしょ!!!」
「いやいやいや!!だって・・・・むっちゃ、ちぃの口調のまんまだったし!!あれ、騙されますって!!!」
「しかも!!キス!?優しい温もり!?どーゆーこと!?ちぃ以外の人と、キス?!」
「で、でも!千佐子さんなら構わないんでしょ?!だって、もうひとりのわたしなんでしょ!?」

むっちゃ激おこのちぃに、私がそう言い訳するものの、
「そう言う問題じゃないですから!!もう、信じらんない!」と火に油状態。
そして、プンスカしているちぃは、カラオケボックスのリモコンとお会計カードを手に取ると・・・

「梨沙ちゃん!!カラオケ出るよ!!!」
「え?なんで??どこ行くの??」
「東京タワー!!だって、ズルいじゃん!!ちぃも夜景観ながら、キスする!!」

と、無茶苦茶な事を言わはる。。マジですか?!
やめてーーー!!あそこむっちゃ、観光客だらけで、恥ずかしいから!!
しかし。まったく聞く耳持たない、おっかない私の彼女は、カウンターでそそくさとお会計を済ませると、、
私の腕を引っ張って、東京タワーへと強制連行するのでありましたとさ・・・。。


(第9章 完  終章へ・・・