もうひとりのあなたへ・・・



第8章 あなたがいるから頑張れる





部屋の窓から、朝の陽ざしが差し込む。

「ん・・・・・・」

私は寝ぼけまなこをこすり、ゆっくりと体を起こした。
昨夜は2時ぐらいまで、徹底的にレッスンをしたので、少し眠い。。
髪の毛をワシワシとかきながら、ベッド脇の時計をみると、時刻は朝の6時をさしていた。

(あ〜まだ、6時か・・・・・・・ん???)

隣を観る。
すると、隣には、寝ているハズのちぃの姿がなかった・・・。
あれ?と思い、部屋のソファの方に目を向けると、ちぃはすでに目を醒ましていたらしい。
ソファに座って、黙々と、スマフォをイジっている。

「あぁ。もう起きてたんだ?ちぃ??早いね。」

私が声をかけると、ちぃは満面の笑顔で「あ、おはようございます。梨沙さん」と答えた。
私は「あれ?」と、目を丸くする。梨沙さん・・・・ってことは。

「あ、千佐子さんですか??どうしたんですか、スマフォイジって・・・」
「ちょっと、お天気アプリ見てました。今日は一日中、快晴みたいですよ!」
「え?!お天気アプリを!!!」

私は思わず「おぉ〜!」と感心してしまう。
スマフォと言うオーパーツに驚愕しまくっていた、あの千佐子さんが、アプリを使いこなすまでに!!
成長したなぁ、千佐子さん。。

「じゃぁ、今日は最高のライブ日和ですね!!」

私がそう声をかけると、千佐子さんは嬉しそうに「はい!」と頷いた。
ピッカピカの晴天。今日はライブ日和。
そう、ついに、この日なんだ・・・・。

千佐子さんと出会って8日目。
ついに。宇都宮ライブの本番の朝が訪れたんだ―――。



  ×    ×   ×



「じゃぁ、リハ終了!!あとは、本番残すのみだね!!!!」

宇都宮のライブ会場。
まだ開演前のライブ会場で、直前リハを終える。
とりあえず、あとは、軽く食事をとってから、いよいよ本番を待つばかり。
すでにリハだけで汗だくになった顔をタオルで拭い、ペットボトルから水を口に含んでいる、ちぃ。
私がそんなちぃに声をかけようとすると、それより先に「ねぇ、知沙希ちゃん」と、ももち先輩が、ちぃに声をかけたんだ。

「あ・・・・・はい!!」

俄かに声をかけられ、ちぃが不思議そうに目を丸くすると・・・・
ももち先輩は少しだけ心配そうに眉根を寄せ、ちぃに問いかけたんだ。

「なんかさ、シャイニングの時。随分、緊張してたよね」
「・・・・・・・・・あ」
「リハであれじゃぁ、本番心配だよぉ。ほら、もっと、リラックスして!もりとち!!!」

そう言ってちぃのお尻をパーンと叩くももち先輩。
ちぃは「痛っ!」と声を上げつつも、楽しそうに満面の笑顔を見せる。

「あはは。・・・・大丈夫ですよ!!本番では大丈夫ですから!!!」
「うん、そっか、それなら良かった!まぁ、その元気さなら、きっと、大丈夫だね!!!」
「もう、バッチシですから!!観ててください!!」
「そっかそっか。じゃぁ、夜公演は期待してるからね!!!」

シャイニングのリハの時がウソのような、ちぃのいつもの元気な笑顔を観てホッとしたのか・・・・
ももち先輩は「うんうん」と頷くと、「よーし、じゃぁ!!楽屋に餃子食べに行くぞ、知沙希ちゃん!梨沙ちゃん!!」と私たちに声をかけ、意気揚々と戻って行った。
「わっかりました!!!!餃子!餃子!!」
わたしとちぃは笑いながら声を揃え、餃子コールをし、ももち先輩の後をついて行く。
だが、その刹那だった・・・・。
ちぃはチラッと一瞬だけ、私の方に目線を向け、不安そうな表情を覗かせてきたんだ。

・・・・いや。不安と言うよりは、心配と言った表情かな??

そう。ももち先輩はこういうとこ、さすがだと思う・・・。
最終リハ。シャイニングの時だけ、実は、ちぃは千佐子さんと入れ替わっていたんだ。
2夜かけて猛特訓しただけあって、千佐子さんは、シャイニングの歌詞もダンスも場位置も、ちゃんと覚えることが出来た。
少なくとも、山木部屋でやってた間は、もう完璧な状態にまで仕上がったと思う。

だけど。

いざ、メンバーやスタッフさんに囲まれて、ステージ上でリハをやるとなると、話は全く違った。
事情を分かっている私は、シャイニングの間、千佐子さんがガチガチに緊張していたのは、すぐに察した。
でも、ももち先輩はさすがだ。事情を知らなくても・・・・シャイニングの間だけ、ちぃの様子がヘンだった事は見抜いていたようだった。




その後――。


お昼ご飯の餃子を食べたあと、私たちはまず、昼公演を終えた。
パートに変更のない昼公演は、なにも問題なく、恙なく終えることが出来た。
ももち先輩のシャイニングの美声に、いつも通り、会場には大歓声が上がっていた・・・・。

そして、昼公演が終わった後の、会場ステージ。

ふと気づくと・・・・誰もいないハズのステージに、誰かが立ち、客席側を見渡している姿が見えた。
不思議に思い近寄ると、そこにいたのは、ちぃだった。
いや。正確に言うと、ちぃではない。。

「ちぃ??・・・・・・千佐子さん??」
「あ!!・・・・梨沙さん・・・」

声をかけると、千佐子さんは一瞬ビクっとしていたが、声をかけたのが私と解ると、すぐにホッとした様子を見せた。
私はゆっくりと歩み寄り、ステージから客席側を眺める彼女の隣に立つ。
客席は、昼公演の熱気が夢だったかのように・・・・誰一人いない、静寂の空間が広がっていた。
千佐子さんはぼんやりと客席側を見つめながら、呟くように、私に言ったのだった。

「1回目の公演の時、ずーっと、ライブの様子を見てました」
「そうですか。どうでした??」
「凄かったです!!お客様の前で歌い踊るみなさん、本当に素敵でした!!」

そう言って、ハァと感嘆の息を漏らす千佐子さん。
彼女は興奮で真っ赤になった顔で「お客さんも、メンバーのみなさんも、キラキラと笑顔で。胸の奥が熱くなるようでした!!」と語ってくれた。
しかし。
その笑顔はにわかに不安を帯びた表情になり・・・・彼女は私に、こうも言ったんだ。

「それだけに。私にちゃんと出来るのか、不安になります」
「千佐子さん・・・・・・」
「たった1曲だけなのに。足が竦んでしまい、喉がカラカラになって、逃げ出してしまいそう・・・」

そう言うと千佐子さんは
「あ、ごめんなさい。折角あなた方が私の為にステージを用意してくださったのに。こんな事言うの、最低ですよね」と呟き、申し訳なさそうに頭を下げた。
そんな千佐子さんを観て、私は慌てて「そんなことないです!!緊張して不安になるのは、誰にもありますから!」とフォローを入れる。
うん。そもそも、初めてのステージなんて、緊張するの当たり前だし。ナーバスになるのは、普通の事。
「私もね、緊張しぃなんで・・・・緊張するの、むっちゃわかります!!」
と言って、私は千佐子さんへと笑いかけたんだ。
すると。千佐子さんは物凄く意外そうな表情を浮かべ、私を見つめた。

「そう、なんですか??梨沙さんでも緊張されるんですね。ステージでは、凄く、堂々とされてましたから」
「まぁ、かなり慣れましたからね。でも、今でも。足が震えそうになる時があったり・・・」
「本当ですか??」
「そういう時はね。人という字を掌に3回書いて、飲み込むんです!!緊張がバァアアアってほぐれますよ!!」
「ふふふ。本当ですか?それ?」

私が教えた「緊張しないおまじない」を聞き、半信半疑で笑っている千佐子さん。
私が「本当ですって、やってみてください!!」とごり押しすると、
千佐子さんは、「えぇ、わかりました」と微笑み、自分の掌に「人」の字を3回書いて飲み込んでくれた。

「・・・どうです??緊張ほぐれました???」

私がワクワクした表情で、彼女の顔を覗き込み問いかけると、千佐子さんは「うーーん」と首を傾げた後、
「そうですね。ちょーっぴしですけど、緊張ほぐれたかも」と言って、クスクスと笑っていた。

「ありがとうございます、梨沙さん・・・」

彼女はそう言って笑顔をみせると、まっすぐに、私の目をじっと見つめて来た。
柔らかで真っすぐな表情で見つめる、眼差し。
そして彼女は、にわかに、私にこう問いかけたんだ。

「あの。前からお聞きしたかったんです・・・・」
「なんでしょう??」
「梨沙さんは、何が切っ掛けで、アイドルを目指されたんですか?」
「え?わたしですか???」

まさか急にそんな質問が来るとは思わず、私は「えっと・・・そうですね」と僅かに言葉を詰まらせた。
じっと私の言葉を待つ、千佐子さん。
急に聞かれるとアワワワしちゃうけど・・・・・アイドルを目指した理由。なんだろう。。
・・・・・・・・・。
うん。やっぱりまぁ、私の場合はコレだよね・・・・。

「私は、そうですね・・・・。道重さんに憧れて、ハロプロに入ったって感じですね」
「道重さん。。あ!!梨沙さんの部屋に大量に貼ってある、あの美しい、ブロマイドの方!!?」
「そうです!!あの女神の肖像の様なブロマイドの方です!!」

道重さんが通じた事で、思わず嬉しくなって声を張り上げる。
が・・・・・よくよく考えると、自分の部屋の痴態を、むっちゃ千佐子さんに見られてたんだなぁと思うと、ちょっと恥ずかしい。。
そういえば、壁から天井まで、もりもりと道重さんのポスター貼ってるもんなぁ・・・・。
でもまぁ、道重さんが通じるなら、話は非常に早い!!

「アイドルになりたいとか、歌手になりたい言うより、ハロプロに入りたかったんです。道重さんみたくなりたくて」
「そうなんですね。・・・道重さんのように」
「ちぃは逆に、『アイドル』になりたくて、下積みとかもしてる子なんで・・・・・・その点はタイプが違うかな」
「そうみたいですね。交換日記で、ちょっとだけ、知沙希さんに伺いました」
「はい・・・。でも、私は下積みもしてないし。高校生でいきなり、研修生に入っちゃったタイプなんで。最初は大変でしたね・・・」

それはもう、今の千佐子さんみたいに、不安がいっぱいで。
ただのバックダンサーでも足とか震えちゃうし、緊張でMCとか噛みまくっちゃったり。
年下の子の方が、ずっと、経験値が多くて先輩だし・・・・・・で。。

「それは、研修生からカントリーに上がっても。。最初は、逃げ出したかったり、心折れる事ばっかりでした」
「そうだったのですね・・・・」
「歌もズバ抜けて上手いワケでもないし、ダンスだって上手い人はもっと沢山いるし」

どうすればいいのか解らなくて、不安になる時もいっぱいあった。
どうしても自信が持てなくて、心折れそうになったり。泣きたくなったり。逃げ出したかったり。

「でもね、そんな時に、ももち先輩が言ってくれたんです」
「ももちさんが??」
「そう。『そんなの。超〜スーパーアイドルのももちだって、他のメンバーに負けてる部分はいっぱいあったよ?』・・・って」

そう、ももち先輩が私に言ってくれたんだ。






ももち先輩と2人で食事に行った時を思い出す。
どうしても相談したくって、2人きりで食事に行って。私が「自分に自信が持てない」と半泣きで相談した時があった。
メンバーの足とか引っ張ってるんじゃないか・・・・って、私は不安で不安で、しょうがなかった。
その時に、ももち先輩はオムライスをモグモグと頬張りながら、私にこう言ってくれたんだ。

「そんなの。超〜スーパーアイドルのももちだって、他のメンバーに負けてる部分はいっぱいあったよ?」と。。

ぼーので、あいりんの歌の安定感ヤバいわー・・・とか。
佐紀ちゃんみたいに、どーやったらダンスが上手くなるんだろう・・・とか。
表現力と言えばりーちゃんだよね・・・とか。
セクシーさじゃ、みやの足元にも及ばないなぁ・・・とか。

ももち先輩にも、他の子に敵わない部分は、幾らでもあった。
ももちはスーパーアイドルだけど、パーフェクトアイドルではなかったからね・・・・と。

「『でも、負けてる部分もそりゃあったけど、私は一度だって、他のメンバーの脚を引っ張ってるとは思わない』・・・って、ももち先輩は言ったんです」

だって、敵わない部分もそりゃあったけど、他の子にない部分を山ほど持ってる自信がある。
みやにはよく、「もものダンス変〜!」とか「キモい〜!」とか笑われたけどさ。その反面、「ももが

いるから助かったよ!」って言ってくれた時も・・・・
・・・・・・・・・。
まぁ、あの子、ツンデレなのでほとんど口に出された事はなかったかな!!あはは。
でも、口にしなくても解るし。たぶん、感謝してくれてた。それはメンバーみんな。確信している。

そして、ももち先輩は私に言ったんだ。
その時の優しい目も、力強い声も、美味しそうなオムライスも・・・・鮮明に覚えている。

「梨沙ちゃんにはさ。ももちが『羨ましぃ!』って思うぐらい、まさってる部分がいっぱいあるじゃんか。」
「そう、、ですか??」
「うん、そう!!!それなのに。なんで自信持てないのか、意味わかんないよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「梨沙ちゃんは自覚ないかもしれないけど、ももち、梨沙ちゃんに相当、助けられてるもん」
「ももちせんぱい・・・・」
「スーパーアイドルのももちに感謝されてるなんて・・・・自信どころか、得意に思ってもいいと思うよ??」

そう言って。冗談ぽく笑ってたももち先輩。
その言葉が、エールが、どれだけ自分に自信をもたらせてくれただろう・・・。
あの瞬間。不思議なぐらい、私の不安は、吹っ飛んだんだ。


  ×    ×   ×


「なんだろう。アイドルを目指してたワケではない私が、こうして頑張っていられるのは・・・」

ももち先輩もそうですし。メンバーも家族も友達も、ファンのみなさんも。
応援してくれる人たちがいるから、頑張れるのかな?
言葉が、エールが・・・・不安を吹き飛ばし、自分を奮い立たせてくれるみたいな。。

「・・・・・って。ちょっとクサイですね、わたし!!」

思いっきり自分語りをしてしまった気がして、急激に、めちゃくちゃ恥ずかしくなる。
ホントに千佐子さんって聞き上手なんだよなぁ。なんかつい、色々話しちゃうんだよね。あーもう!恥ずかしい!!
・・・・・・・・・・・・・。
でも、目の前にいる千佐子さんは「そんなことないです。物凄く解ります!」と言って、何度も頷いてくれた。
「凄く解ります・・・・」と、何度も。。
そんな千佐子さんに私は、自分がされた質問と同じ質問を、なんとなく返してみたんだ。

「あの・・・・千佐子さん」
「はい??」
「千佐子さんはどうして。歌手を目指されていたのですか???」
「・・・・・・・・・私は。そうですね。切っ掛けは、子供の頃に姉と一緒に見に行った歌劇でした」

大正時代。
日本に西洋文化が新しい風を吹き込んでいた時代。
関西に住んでいた千佐子さんは、お姉さんと一緒に、発足して間もない『宝塚少女歌劇団』を観たと言う。。
まるで夢の様な世界に、子供心は一瞬で捕らわれてしまったと、彼女は言った。
歌劇団に入りたくて、いっぱい、歌の勉強をして。仲の良かったお姉さんは、千佐子さんをずっと応援してくれていた。
だけど。その後、彼女は、結核になってしまう。

「前にも言いましたっけ?・・・・お二人を観ているとね、わたし、優しかった姉の事を思い出すんです。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「知沙希さんにとってあなたは、姉であり、恋人であり・・・なんでしょうね。。」
「お姉さんは・・・・どんな人だったんですか?」
「そうですね。とても優しい姉でした。結核になったあとも・・・・友達は離れてしまったけど・・・最後まで姉は側にいてくれました。

姉がいたから、苦しくても頑張って、闘病生活送れたんです。
だから、応援してくれる人がいるから頑張れる気持ち、とってもわかります。
そう、彼女は言葉を続けた。

「あれから80年。姉はもう、きっと、亡くなっているのでしょうね・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「でも、今は。あなたがいるから・・・・私は、こうやって頑張れるんです」

そう言ったあと。千佐子さんは「あ・・・」と言葉を漏らすと、
大切そうに両手で自分の胸に触れ、こう呟いた。
「・・・もちろん、知沙希さんもね!!」
そう言って笑う千佐子さんは、さっきまでの不安そうな表情はウソみたいに、晴れやかな笑顔をみせていた。。


彼女はハァ〜と大きく息を吐き、
まっすぐに私の目を見つめ、こう言った。

「不思議・・・。さっきまで、すっごい緊張していたのに。今は震えが止まりました」
「良かったぁ。きっと、緊張しないおまじない、効いたんですよ!!」
「ふふふ・・・・そうですね」

そう嬉しそうに笑うと、千佐子さんは♪LALALA〜と綺麗な歌声で発声練習を始める。
声の震えもない。伸びやかな声。これならきっと、大丈夫・・・・と、私は確信した。

「じゃぁ・・・そろそろ準備しましょうか。ついに本番ですよ!!!!」

そう言って笑いかけると、彼女は「はい!」と力強く頷いた。
そろそろ開場時刻になっちゃうしね。みんな入ってくるし。急がなきゃ!!!
私は踵を返し、ステージを離れようと、一歩足を踏み出した。

だけど、その瞬間だった――。

不意に、私の歩を止めるように。。
私は千佐子さんに、右手をギュッと握られたんだ。

「・・・・・え???」

突然の事に、私が立ち止まり、ゆっくりと振り返ると・・・・
そこには。溢れ出る涙と共に私を観る、彼女がいた。
彼女はポロポロと涙を流しつつも、あくまでも気丈な笑顔で、私にこう言ったんだ。

「梨沙さん。今まで。本当に・・・ありがとうございました」
「千佐子さん・・・・??」
「あなたたちと過ごした時間、優しさは・・・・・・わたし、決して忘れません!!」

手を握ったまま・・・深く深く頭を下げる。
彼女の涙が零れ落ち、ステージ上をポツポツと濡らす。



・・・・・・・・・・あぁ。そっか。



その様子を見て・・・なんとなく、私は解ったんだ。
あぁ。きっと、これが。彼女との最後の時間なんだって・・・・。

私は、彼女の手を強く強く、握り返した。
彼女も名残惜しそうに、私の手を握りしめる。

早く楽屋に戻らなきゃいけない・・・・。

だけど、あと数秒でいい。。
もう少しだけ、このままで居ようって、そう、思ったんだ。






そして、時刻は18時を回った。
宇都宮の夜公演は、ついにスタートした――。

いつも通りの昼公演とは打って変って、夜公演は今までにない緊張が体を襲う。
勿論、ちぃもかなり緊張しているみたいだったけど・・・私もちぃも、絶対にミスれないと言う気迫があった。
シャイニングまで、ミスは絶対に許されない!!
彼女の最初で最後の舞台の為に・・・・私たちは、場を盛り上げ、最高のお膳立てをしなければいけないんだ!

でも、それは私たちだけじゃないみたいで。

舞ちゃんも、やなみんも、むすぶも・・・・そして、ももち先輩も。
なんだか、いつもと気合いが違った。
みんなはみんなで、宇都宮の夜公演、「ちぃの特別な公演」の為に、最高のステージを作ってくれようとしているのが解った。


そして・・・・その時が来る!!


シャイニングの1つ前の曲が終わった瞬間。
昼公演の時と、ももち先輩とちぃの場位置が入れ替わってる事に、何人かの鋭いファンの方たちが気づいた様だった。
最前付近のよく見る女の子も「あれ??」って顔で、不思議そうに首を傾げている。
そんなお客さんの様子を見て、ちぃとももち先輩が、いたずらっ子の様な笑顔で顔を見合わせ、笑いあっていた。

そして、その直後――。
ちぃの表情が、いつものちぃから、大人っぽい千佐子さんの表情に変化したのが、私に見えた。

昼間と同じように・・・・そのまま、シャイニングの前奏が始まる。
それは何も変わらない、今回のツアーのセットリスト。
だけど。昼と違って、ももち先輩がダンサー側に入り・・・ちぃがセンターで前に立った瞬間・・・会場中に、物凄いどよめきが起きたんだ!!

あまりのどよめきに、千佐子さんが怯えてしまわないか、一瞬心配したけど。
それはいらない心配だったみたい。
チラっと振り返り、私と目線を合わせた後、彼女は落ち着いた様子でマイクを口元にあてた。
そして、彼女がAメロを歌い始めた瞬間に・・・・・・ざわめいていた会場が、シーンと静まり、誰もがその歌に引き込まれていた。


ダンスも練習通り、ちゃんと出来ている。
フォーメーションも間違えることなく、ちゃんと熟している。

そして歌も・・・・・。

気持ちよさそうに歌い上げる、その晴れ晴れしい表情。
あの日、メンバーやスタッフさんの前で歌った日・・・あの時以上に、全ての思いを込めた、最高の歌声だった。

その凄さは・・・・いつもはサイリウムを振ったり、フリコピをしたりするお客さんたちが、
その時だけはみんな身動き一つせず、固唾をのんでじっと見守っているその様からも・・・・・十分に感じられた。

そして、それは私も。。
その歌声に、目頭が熱くなる思いを、私は感じていたんだ・・・・。



  ×    ×   ×



こうして。シャイニングの歌が終わった。
後奏が終わった瞬間に、静まり返っていた会場内からは、割れんばかりの大歓声と拍手が聞こえてきた。

拍手喝采の中、今にも泣きそうな思いを噛みしめ、私は千佐子さんを見つめる。
すると、今にも泣きそうな私とは裏腹に、彼女は全く泣いてはいなかった。
彼女は大歓声の中、最高の笑顔と晴れ晴れしい表情で、客席側を見渡していた。

そして、彼女は俄かに私の方へ目線を向けると、ニコッと笑顔を見せ、
それから・・・彼女は客席に向かって、深々と頭を下げる。
その瞬間。お客さん達からは、さらに大きな拍手が沸き起こっていた。


それは5秒ほど・・・・・
彼女は深く、深く、頭を下げ続けた。


そして、次に再び、彼女が顔をあげた瞬間・・・・・
割れんばかりの拍手をしていた会場のお客さんたちは一転・・・・・・みな、一斉にざわめき始めたんだ。

そう・・・・。
さっきまで晴れやかな笑顔だった彼女は、再び顔をあげた瞬間には、涙でボロボロになっていた。
お客さんも、メンバーも、スタッフさんも・・・・その急激な変化に動揺をみせた。

一方。私はすぐに解ったんだ。
顔をあげた瞬間。そこに立っていたのは、すでに千佐子さんではなく、ちぃである事に・・・。

「ちぃ・・・・・!!!」

すぐに私は駆け寄り、ちぃの肩を抱き寄せる。
ちぃは、今にも嗚咽をあげて号泣しそうなのを、なんとか堪えているのが分かった。
完全に慟哭してしまっては、このあと、まともに歌えなくなる。
ともかく、必死にこらえようとするが、どうにもならず、涙はボロボロと零れていた。
すると。抱き寄せる私の腕の中で、ちぃは、私だけに聞こえるぐらいの声で・・・・ボソッと呟いたんだ。

「梨沙ちゃん・・・・ち・・・・・ちさこさん・・・・」
「うん。。わかってる・・・・・・・わかってるから・・・・」

ギュッと肩を抱き寄せる。
そう。私もちぃも、なんとなく、わかってた。
あの時の晴れ晴れしい、彼女の表情。
そして、全てに感謝するように、深く深く頭を下げた、彼女のその姿。。





きっと、もう、千佐子さんはいなくなってしまったんだ・・・・・・と。





ボロボロと涙を零すちぃを見て、メンバー達には、感動して泣いてると思われたのだろう。
むすぶは貰い泣き状態で「もぅ、ちぃちゃーん!!」と言って、ちぃに抱きついてくる。
やなみんもグスグスしながら私の傍に寄り添い、舞ちゃんは「だいじょうぶ?ちぃ??」と、優しく背中をさする。
そして、ももち先輩も、「ちょっと、もりとち〜!感動しすぎ!!」と、笑顔でぐりぐりと頭を撫でてあげたあと、
いつもの、いたずらっぽい笑顔で・・・

「もう!!知沙希ちゃんの歌が凄すぎて、次の公演から、ももちが歌いづらいじゃんかぁ!!」

と冗談を言う。
その瞬間、ちょっとざわついていた会場に、ドッと笑いが巻き起こった。

ちぃがあまりにも大泣きしているので、ファンのみんなも「どうしたんだろう?」と心配だったみたいだけど、
ももち先輩の冗談のお陰で、会場はいつもの、暖かな空気へと戻る。
そしてちぃも、ももち先輩の冗談のおかげで、少し気持ちが落ち着いてきたのだろう・・・泣き笑いを浮かべ答えた。

「そんなこと・・・・ないです。ももちせんぱいの美声には・・・ぜんぜん、敵いませんから〜」
「まったくぅ!!よく言うよねぇ!!もちとちぃ!!!」

そう言って、ちぃは、冗談っぽくももち先輩に頭を小突かれる。
でも・・・・ももち先輩も、なんだかんだ言って、ちぃのシャイニングの歌声にむっちゃ感動したみたい。
ポンポンとちぃの頭を撫で、ももち先輩は、これ以上ない笑顔をちぃに向けたんだ。

「でも!ほんと、最高だったよ、もりとち!!」
「ももちせんぱい・・・・」
「でも。次の公演はちゃんと、ももちのパートに戻るからね?シャイニング!!」

ももち先輩がそう言った瞬間、
会場に盛大なエーイングが起き、ももち先輩は「おまえらぁ!!」と、会場に向かってプンスカしている。

「オレンジは解る!!なんでピンクのTシャツ着ている人たちまで、エェエエエエって言ってるのさ?!!」

ももち先輩のツッコミに会場中が大爆笑。
むすぶたち3人も、そのやりとりを見て、手を叩いて、むっちゃ大ウケしていた。


・・・・・・・・。
なんだろうね?ちぃ。。


私は、泣いているちぃの肩を強く抱き寄せた。
あぁ・・・みんな優しいなって・・・・私は思ったんだ。

泣いてるちぃを慮って・・・ちゃんと泣きやんで次の曲に入れるまで、ももち先輩が場を繋いでくれてるのが解る。
舞ちゃんはさっきから、何度もちぃの頭をよしよしと撫で、笑顔で宥めてくれている。
むすぶとやなみんは、ももち先輩が繋いでくれてる状況を察してくれたのか・・・

「じゃぁ、次はむすぶがシャイニングを!!」
「いやいや、次は、梁川が!!!」

と、ももち先輩に進言し「10年早い!」と怒られている。
そう言えば・・・・・スタッフさんもだよね。
まだ、次の曲には入らずに、ちぃが落ち着くまで様子を見てくれているんだなぁ。
そう。。これらのやりとりを観ながら、私は、改めて思ったんだ。

私もちぃも・・・・千佐子さんの為に2人っきりで、力を合わせて頑張って来たと思ってたけど。。

思えば、ももち先輩がシャイニングのパートを譲ってくれたり・・・
舞ちゃん達もちぃの成功を応援し、こんなにも助けてくれたり。
そしてスタッフさんたちも、急なパート変更の為に、シャイニングのレッスンスケジュールを変更してくれたり。

2人だけでみんなに内緒で頑張ってきたつもりだったけど。
これは決して私たち2人だけの力ではなく・・・・
本当はみんなの力があってこその、成功なんだなって、私は改めて、そう思ったんだ――。

(そうですよね・・・・・ね?千佐子さん・・・)

声には出さず。
私は泣いているちぃの横顔をみつめ、そう心の中で、問いかけた。
その瞬間。一瞬、ちぃが・・・・千佐子さんが・・・・・笑ったような。
私はそんな気がしたんだ。


(第8章 完   第9章へつづく・・・・