もうひとりのあなたへ・・・




第7章 どうしてあなたはやさしいの? 




千佐子さんと出会って7日目。

「いよいよ、明日が本番かぁ・・・・・」

夕暮れの街並み。
私はぼんやりと夕焼け空を見上げながら、隣にいるちぃに話かけた。
ちぃは繋いでいた手を握りしめ、「うん。いよいよだね!」と、力強く頷き答えてくれた。

・・・・今日は午前中から撮影のお仕事があった。

午前中はちょっとだけ雨が降っていたけど、午後はすっかり雨があがっていた。
そのせいか解らないけど、今日はなんだか、驚くほど、夕焼けが綺麗だったんだ。
夕方に仕事が終わって、建物の外にでた瞬間、ももち先輩が

「お〜!むっちゃ夕陽、綺麗!!うん。明日のライブは、なんだかいい結果が出そうだね!!」

って、ちぃに笑いかけてたのが、すごく印象に残った。
ももち先輩も、ちぃのシャイニングが成功するように、むっちゃ期待してくれてるんだろうなぁ〜って感じたんだ。



私とちぃは、少し湿り気の残るアスファルトの上を、テクテクと歩く。
ちぃは私の家へのルートをすでに覚えているみたいで、私の手を引っ張りながら、国道を足取り軽く先頭切って進んでいた。
かなーりご機嫌な様子なのは、そのニッコニコの表情から汲み取れた。
鼻歌交じりに「フフ〜ン、今日も山木家で、美味しい美味しいアプリコットティ、イェー♪」と、謎の歌を口ずさんでいる。
ごめん、ちぃ。なにその、変な歌・・・・。

「なんか、ご機嫌だね。ちぃ・・・」
「え?だって、今日も梨沙ちゃんちでお泊りでしょ!?チョー嬉しい!!」

そう言って私の腕をくみ、ピッタリと肩を寄せてくるちぃ。
ムッチャカワイイ。。
でも、かわいい・・・・・・けど、解ってるのだろうか、この子・・・・。

「・・・・・・・あのさ。今日は・・・・・・あの・・・・・・・ちゃんと、ダンスレッスンするんだからね??」
「解ってるよ〜。梨沙ちゃん!!明日が本番だもんね!!」
「昨日、結局、あのあとダンスレッスンできなかったし・・・」
「それは梨沙ちゃんのせいじゃん!夜中の3時まで、ちぃの事を求めるから・・・・」
「うああああああああああ!!!」

思わず悲鳴なのか咆哮なのかなんなのか解らない叫び声をあげてしまう。
その瞬間、通りすがりの人たちが「ど、どうした!?」って目で、こちらを振り返る。
私はちぃの手を引き、早足で国道を抜け、路地裏へと曲がる。
そして、路地裏に入るなり、両手でちぃの頬っぺたを、左右にムニーっと思いっきり引っ張った。

「バカぁあああ!!!誰かに聞かれたらどーすんの!?」
「りひゃちゃんが、こーひゃって騒がなひゃ、ひゃれにも聞ひゃれないよ・・・」
「そーゆー問題じゃないですから!!」

そもそも・・・・求めたの私じゃないし!!きみですから!!!
しかも3時は盛りすぎ!!2時にはフツーに爆睡してたじゃんか、ちぃは!!!
まぁ、私はドキドキが収まらないせいで、5時まで寝れませんでしたけどぉおお!!!

「あーもう!!ともかく!!今日は本番に向けて、千佐子さんの練習だからね!!」
「うん!!まぁ、梨沙ちゃんとイチャイチャするのは、いつでも出来るしね・・・・」
「あのさぁ!!おちぃさんさぁあああああ!!!!」
「あはは。とりあえず、早く梨沙ちゃんちに行こっ!!!」

そう言って、ニコニコ楽しそうに腕を組んで来る、ちぃ。
そして、コツンと私の肩に頭を乗せてくる。
それは、わりと普段から普通にしている、わたしたちの、日常のじゃれ合い。
でも、不思議な事に。今までとは違う関係になった途端・・・・・なんだか妙に、人前でじゃれ合うのが、気恥ずかしくなってくる。
腕と腕が触れる熱すらも、昨夜の事を思い出してしまい、メチャクチャ照れくさい。

(うぅうう。なんでちぃは、フツーにくっつけるんだろ。なんか、私だけ、むっつりみたいじゃんか・・・・)

腕にちぃの体温を感じながら、意識しまくりの自分に自己嫌悪を感じつつ、2人で街を歩いていると。
ピタッ・・・・。
突然。腕を組んで隣を歩いていた、ちぃの足が止まったんだ。

「うん???」

私も足を止め、ちぃの方を顧みる。
足を止めたちぃは、まるで猫が突然足を止めて、明後日の方向を観るかのように・・・
左斜め方向を見つめ、ただじっと佇んでいた。
不思議に思い、その視線の先を追ってみると・・・・ちぃの視線の向こうには、夕焼雲に浮かぶ、東京タワーが見えていた。
普段見慣れている東京タワーだけど、こんなに綺麗な夕焼け空だと、随分と幻想的な風景に思える。

「へぇ・・・・今日の東京タワー・・・・綺麗だねぇ」
「そう、だね。梨沙ちゃん・・・・・」
「??」

私はじっと、ちぃの横顔を見つめる。
ただ一点。東京タワーを見つめているちぃは・・・・夕焼けのオレンジが横顔に映え、なんだか、いつもよりも大人っぽく見えた。
ちぃはしばしの間、東京タワーを見つめていると・・・・・ふと、私の方を振り返り、こう、問いかけてきたんだ。

「ねぇ、梨沙ちゃん。。あのさ・・・・梨沙ちゃんちに行く前に、ちょっとだけ、東京タワーに行かない??」
「は???東京タワー???なんで?????そんなの、いつでも行けるじゃん??」
「まぁ、そうだけど・・・・・そうだよね・・・・・」

そう言って、ちぃは残念そうに目線を伏せた。
ってゆっか、会社が赤羽橋にある以上、東京タワーなんていつでも行けると思うんだけどな・・・。
まぁ、でも、確かに。。
毎日のように東京タワーをみてはいるけど、こんなに夕焼けが綺麗な東京タワーは初めてみるかもしれない。。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

なんだかすごく残念そうに俯いているちぃを見ていると・・・・。
まぁ、夜は長いしね。
ちょっとぐらいなら、寄り道しても減るもんじゃないしって・・・・そう、思ったんだ。

「ん〜〜。わかった。ちょっとだけ・・・・東京タワー、観に行こうか??」
「え!?い、いいの?!」
「ちょっとだけだよ??すぐに、私のうちに行くからね!!」
「うん、解ってる。ありがとう、梨沙ちゃん!!」

そう言って、破顔一笑。
ちぃは満面の笑顔で嬉しそうに、私の腕に引っ付いてくる。
単純な子だよ。嬉しい時はニッコニコ。悲しい時はションボリ。怒ってる時はプンスコ。

でも。。結局わたしは、ちぃに甘いんだよなぁ・・・。
この幸せそうなニコニコの笑顔を観れるなら、なんとなーく、許してしまうんだよね。

「じゃぁ、行こう!!梨沙ちゃん」

頬っぺたを赤らめながら・・・。
ちぃは私の手をキュッっと握りしめて来た。
握り返してあげると、それはもう、嬉しそうにほほ笑んだ。
ミスター耳赤も、なんだか夕焼けの赤のせいで、いつも以上に真っ赤っかに見えてしまう。
こうして、私たちは一路、東京タワーへと向かったんだ。







東京タワー大展望台。
まぁ、ホントは、特別展望台ってところもあるんだけどね。
今日は夕焼けの綺麗さも手伝ってか、エレベーターが随分と混んでるみたいなので、大展望台までにしたんだ。
でも、この高さでも十分すぎるぐらいに、今日の夕焼け空はめーっちゃキレイだった。
ちぃは子供の様に大興奮をしながら、「凄い!!チョー高いよ、梨沙ちゃん!!」と言って、展望台のガラスにへばりついている。
別に東京タワーとか、初めてじゃないだろうにね・・・・。
ほんと、こういうとこ、お子様で可愛いよなぁ〜〜〜と、つくづく思ってしまう。

「そっか。喜んでもらえて良かったよ」
「入場料もおごってもらっちゃって・・・・ごめんね」
「いいっていいって!!カワイイちぃの為だもん!」

そう言って頭をクシャクシャっと撫でると、なんだか嬉し恥ずかしそうに肩を竦め、真っ赤になって俯くちぃ。。
なに、この反応。むっちゃカワイイ。
ちぃは手すりに両手を置き、食い入るように、ガラス窓の向こうに広がる景色を見つめている。
私もちぃの隣で、手すりに肘をつくと、ぼんやりと外の風景を眺めた。


さっきまで夕暮れ時だった空は、いつの間にか随分と沈んでいて、様々な色が次第に移ろい出す。


緋色、丹色、茜色、瑠璃色、藍色、金糸雀色。
色んな色が複雑に混ざり合い、溶け合い、幻想的なグラデーションを生み出す。
そうするうちに、夜の帳は降り、サンセットは闇に沈み、マンションの明かりだけが存在感を放ちだした。

なんだろう??夕焼けが織りなす自然の色も綺麗だったけど、
夜景が放つ、人工的な光も・・・・凄く綺麗だと、私は思ったんだ。





・・・・・しばしの時間、2人の間で無言の空間が続く。





観光客の雑踏だけが響く大展望台。
私とちぃが、ただぼんやりと、夜景だけを眺めていると・・・・
ふいに、隣にいたちぃが、私に問いかけて来たんだ。

「ねぇ、梨沙ちゃん・・・・」
「なに??ちぃ・・・・・」
「あのさ。梨沙ちゃんは、さ。。千佐子さんの事・・・・・・どう思ってるの????」
「・・・・・・・え???」

唐突な問い。
私がキョトンとしてちぃの方を振り返ると、ちぃは苦笑いを浮かべながら肩を竦めていた。

「ごめん。変な質問だったね・・・・」
「どうって・・・どう言うこと??」
「なんだろ、、、どうして。あんなに千佐子さんに、優しくしてあげるの??」
「・・・・・・・・・・なに、嫉妬??」

そう言って、私はニヤニヤしながらちぃの頭をポンポン叩くと、
ちぃは真っ赤になって、「違うよ。そんなんじゃないけど・・・・」とかぶりを振った。
そしてちぃは、ポツリポツリと、答えたんだ。

「嫉妬とかじゃない。ただ・・・どうして、見ず知らずの幽霊に、あんなに優しく・・・・」
「あのね。それをキミが言う???」
「それはそうだけど。その・・・・・」

正直、体ごと貸してあげちゃうちぃの方が、百倍「どうして??」って感じなのにねぇ。。
まぁでも、確かに。
自他ともに認める『幽霊大嫌い』の私が、どうして、千佐子さん相手だと全然平気なんだろう・・・とは思う。
でも。それは、きっと・・・・・。

「ん〜。好きだから・・・・かな?」
「え???」

私の言葉を聞き、目を丸くして私を凝視してくる、ちぃ。
そのビックリ仰天の面持ちに、私はいたずらっぽく笑い、ポンポンと2度、ちぃの頭を撫でたんだ。

「・・・・・・・・・ちぃの事が」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「そして勿論、千佐子さんの事もね」
「りさ・・・・・ちゃん・・・・・・」
「2人とも大好きで、2人とも大切だから、2人とも助けてあげたいの。それじゃだめ??」

私の言葉を聞き・・・・。
ブンブンとかぶりを振ると、ちぃは微かに涙ぐみ、手すりの上におでこをくっつけ俯いた。
俯いてはいるものの、横からみると、顔を真っ赤にしているのが分かった。。

「ありがとう・・・・梨沙ちゃん」
「別に。ちぃの事が好きなのは今更じゃん。泣かないでよ〜・・・」

そう言って、俯くちぃの髪の毛を、隣から優しく梳かす。
そもそも、昨日の夜に散々、あんなこと、こんなことしたのに・・・・・好きって言葉ぐらいで泣かないでよ〜!!

すると。
ちぃは顔を上げ、照れくさそうに微笑むと「そうだよね。今更だよね・・・・」と笑った。
そして、ちぃはしばらくの間、私の顔を無言のまま見つめる。
耳まで真っ赤にして・・・・そのまんまるの目は、ただじっと、私の目を見つめていたんだ。

「・・・・・・・・??」

私は小首をかしげ、不思議そうにちぃを見つめる。
すると、ちぃは微かに唇を震わせ、顔を真っ赤にしたまま・・・私に、こう言ったんだ。

「ねぇ、梨沙ちゃん・・・・」
「うん??」
「お願い。キス・・・・して」
「ぃえ?????!!!」

まさかの言葉に、私は思わず、声にならない声を上げる。
ええぇえええ??こ、ここで??
ちょっと待って。ここ、東京タワーの大展望台なんですけど!!!!

「ほ、本気?!むっちゃ観光客いるんですけど!!!」

日本人観光客もさることながら・・・・
後ろの方に30人ぐらいの中国人ツアー観光客が固まってるんですけど!?!?
ここでキスしたら、完全に、観光名所レベルの注目浴びるんですけど!!!

そんな私の盛大すぎるツッコミを聞き、ちぃは
「そ、そうだよね。ダメだよね。やっぱ。。ごめんね」と言って、寂しそうにうなだれていた。

うわっ。むっちゃ落ち込んでいて、なんか罪悪感感じるし・・・・。
そもそも、わざわざこんなトコでしなくても、この後、私の部屋に行くわけだしさ。
まぁ、今日は千佐子さんの特訓がメインなので、キスとかしてるヒマはないだろうけ・・・・ど・・・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


目の前では、気落ちして、両肩を落としている、ちぃ。
私はキョロキョロと辺りを見渡す。
中国人観光客の団体は反対側の展望台の方へ向かい、
私の隣にいるカップルは、手を繋いで夜景をみながら、完全に2人だけの世界に入っている。。

「・・・・・・ちぃ」
「え?」

小さな声でちぃの名を呼びかける。
ちぃがキョトンとした目で顔をあげた瞬間・・・・私はすぐに顔を近づけ、彼女の唇に一瞬だけ唇を触れさせた。
本当に、たったの一瞬、触れるだけのキス。
だが、ほんの一瞬のキスだったけど・・・ちぃは顔を真っ赤にして私を見つめると、震える指で、自分の唇にそっと指を触れた。
ビックリした表情で見開かれた目から、次第に涙がボロボロと零れだす。
急に泣き出したちぃに驚き、私は慌てて、ちぃの肩を抱き寄せた。

「ちょっ!!!!な、なんで泣くの!?ちぃ???!!」
「ご、ごめん。梨沙・・・・ちゃん・・・。なんでもない・・・・」

そう言って、ちぃは何度もかぶりをふる。
私は「よしよし」とちぃの頭を抱き寄せ、撫でると、ちぃはギュッと目を閉じ、
しばらくの間、私の肩に頭を埋めていたのだった・・・・。




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