もうひとりのあなたへ・・・   



第5章 わたしとあなたは・・・







あれからなんとか、ちぃを泣き止ませて・・・・。

結局みんなの元に戻ったのは、30分後ぐらいになってしまった。
戻るなり開口一番に「おそーい!!!もりとち!!」と、ももち先輩に怒鳴られたけど。
本当に怒ってると言うよりは・・・どちらかと言うと心配の方が勝ってるのは、一目瞭然だった。
ちぃはももち先輩の前に立ち、ペコリと頭を下げる。

「すみませんでした、ももち先輩・・・・遅くなってしまって」
「まぁ、でも・・・。ももちがあまりに素敵な先輩すぎて??感動の涙が止まなくなる気持ちは、解るけどね!!」
「そ、そうなんです。ももち先輩が、優しすぎて??感動しちゃって??涙が止まらなくなっちゃったんです」
「だよね、だよね!!じゃぁ、しょーがないね!!ももちが素敵すぎるせいだわ!!もりとちは悪くないわ~!」

そう言いながら、恐縮しているちぃの頭をポンポンと叩き、ももち先輩は悪戯な笑顔を浮かべた。
怒る気なんて本当はこれっぽっちもなくって・・・『心配したんだぞ!』って表情で、何度もちぃの頭を撫でていて、ほっこりする。
やっぱり、ももち先輩は優しいや・・・。
そんな2人の様子を眺めながら、舞ちゃんは無邪気な笑顔で、ちぃに言ったんだ。

「大丈夫だよ、ちぃ!!そもそも、ももち先輩。『知沙希ちゃん。遅いけど平気かなぁ・・・』って、めっちゃオロオロしてたから!」
「オゼキ!!!!なんだってぇえええ!???」
「なんでもありません!!!!ももち先輩!!舞は、何も言ってません!!!」

自分のツンデレっぷりを暴露され、若干顔を赤らめながら舞ちゃんを睨みつけるももち先輩。
思わず体ごと反対方向を向き、「ヤバっ!」って顔で硬直する舞ちゃん。
そんな2人のやり取りを見て、スタジオ内にドッと笑顔が零れた。
ちぃも、そんなももち先輩と舞ちゃんのやりとりを見て、楽しそうに破顔の笑みを浮かべていて・・・・なんだか安心した。

こうしてリハーサルスタジオは、いつものカントリーの雰囲気に戻り、
私たちは改めて、最後のリハをスタートすることになったんだ!!
最終日のリハをスタートすると、まず最初にももち先輩は、

「じゃぁ、ももちと知沙希ちゃんのパートが入れ替わるから。シャイニングの場位置や、ダンスの確認した方がいいよね」

と言った。
確かに。ももち先輩は私たちと同じ、バックダンサーのポジションになるので、ダンスがかなり変わるよね。
ももち先輩は「じゃぁ、梨沙ちゃん。バックダンサーチームのフリ、教えて~」と私の元へ歩み寄って来た。
スタッフさんも、ももち先輩の提案に賛同したみたいで、とりあえず、私たちはシャイニングの練習から開始することになったんだ。

「じゃぁ、もりとちが、前ね!!」

後ろに下がり、私にバックダンサーチームのダンスを教わりつつ、ももち先輩は、ちぃに指示を飛ばした。
ちぃは「解りました!!!」と元気に答え、ももち先輩の場位置に、代わりに立つ。

「じゃぁ、試しにやってみようか」

そう、ももち先輩が口にした瞬間。ちぃは一瞬「・・・・ん?」って表情で首を傾げた。
そして、ちぃはこそっと私の方を振り返ると、私に伺うような表情で、二本指でピースサインを作り、それをクルッと裏返した。
それはおそらく・・・・


『千佐子さんとちぃで、入れ替わった方がいい??』


と言う、問いかけのサインなんだろうと解った。
あぁ、そっか・・・。本番では千佐子さんが歌うんだもんね。シャイニング。
確かに、千佐子さんにやって貰った方がいいよね。。
私はちぃのサインに対し大きく何度も頷き、千佐子さんに入れ替わって貰えるようアピールするが、


・・・・・・・・・。


ふと、その瞬間。
私はとある「重要な部分」に気づいたんだ。。

あれ?ってゆっか・・・。
千佐子さんって、そう言えば・・・・シャイニングのダンスとか・・・・出来るの・・・・かな・・・・??


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「ちょっと、梨沙ちゃん。どーすんの!!?」

リハーサルの休憩中。
私とちぃはとりあえず、先ほどの使われていない会議室に再び駆け込み、緊急会議を開いた。
2人で床の上に座り込み、あぐらをかく。
そう!!シャイニングのダンスと場位置確認をすると言うので、とりあえず、ちぃから千佐子さんに入れ替わって貰った結果。

まぁ、予想通りと言えば予想通りなんだけど・・・・。

入れ替わってから1分後には、また、ちぃに入れ替わって貰わなければどーにもならないぐらいに!!
それはもう、どーにもならなかった!!

「ねぇ、どうする?梨沙ちゃん」
「まぁ、考えてみれば・・・アイドルのダンスなんて、今ままで、見た事もやった事もないから、当然だよね。。」

私はポツリと呟く。
そう、結果。たった1分の間に、ももち先輩に3回ぐらい「もりとち、ふざけてんの!?」って、キレれられるぐらい、どーにもならなかった。
千佐子さんはシャイニングのダンスなんてこれっぽっちも知らないんだから、それは、本当に仕方ないんだけど。。
ただ周りから観ると、ちぃは普段、ダンス覚えが早い分・・・・余計、ふざけてると思われるよね。

私たちが話し合いをしていると、あまりにも申し訳なく思ったのか、一瞬、千佐子さんがちぃと入れ替わり
「申し訳ございませんでした、梨沙さん」・・・・と、私に頭を下げてきた。
私は慌てて、ショゲている千佐子さんをとりなした。

「き、気にしないでください!!いきなりダンスやれって言われても、そりゃ、ムリですよね!!むしろ、ごめんなさい!!」
「本当に、情けないです・・・・」
「大丈夫です!!千佐子さんに責任はありません!!あなたは何も、気にしないでください!!!」

千佐子さんではなく、そこらへんを今まで全く考慮してなかった、私の責任だもん。
私は自分の浅はかさに、思わずため息をついた。
あぁあああ。歌の事ばっかりで、ダンスの事とか、1ミリも考えてなかったぁああああ!!!

とりあえず。今日のシャイニングの場位置確認やフリの確認は、全部、ちぃに任せたけど・・・・
本番では当然、歌い手の千佐子さん自身にやってもらうしかないんだよね。
ダンスとかフォーメーションとか全部。。

私が、どうしたものやら・・・・とため息をつくと、
再び入れ替わったちぃは、不安げに私の顔を覗き込み、
「次の通しで、リハ終わっちゃうよ?ライブ当日のリハだけで、大丈夫かな?」と問いかけてきた。
そう。。明日はリハはお休みで、明後日が宇都宮ライブの本番なんだよね。
当然・・・私はぶんぶんと、大きくかぶりを振り、答える。

「いや。絶対ムリでしょ?!当日のリハだけじゃ!!」
「で、でも・・・・ももち先輩のパート・・・ダンスは殆どないから・・・」
「それでも、それなりにはあるし。当日だけじゃ、絶対覚えられないって!!」

そもそも・・・。
千佐子さんに覚えてもらうべきは、シャイニングのフリだけではない。

「お立ち台に登ったり、場位置もキッチリ、覚えて貰わないとだし・・・・」
「ねぇ、梨沙ちゃん。もしかして・・・・千佐子さんにとって、歌よりも、こっちの方が難易度高かったんじゃない??」
「・・・・・・・・完全に盲点だった~!!」

そうだよね。わたしたちは慣れてるから、出来るけど。
アイドルのダンスなんて、初めて観るような人に・・・・そんなイキナリだよね・・・。
あぁ。あと、歌詞も完璧にしないとだし。。

ハァ・・・・と深くため息をつく。
シャイニングのももち先輩パートを頂戴すると言う、超重要ミッションを終えたあとに。
まさかこんな、最難関の砦が待ち構えているなんて、まったく考えてもいなかったよ。


・・・・・・・・・・。


とはいえ。
あれこれ考えていてもしょーがないとも、私は思った!!
泣いても笑っても。もう、本番で千佐子さんには、やってもらうっきゃないのだから!!!
否応でも、千佐子さんには、シャイニングのダンスとフォーメーションを覚えて頂く以外、他にない!!


私は「よし!!」と自分を奮い立たせ、床から立ち上がる。
ちぃは会議室の床にあぐらをかいて座ったまま、そんな私の顔を、不安そうに見上げていた。
部屋の中には、私の決心の叫びだけが、響き渡っていた!!

「よし!!!こーなったら、仕方ない!!!今晩、泊まり込みで・・・みっちり特訓しよう!!ちぃ!!!」
「え???こ、今晩??・・・・ど、何処で特訓するの?」

私の突然の提案に、ちぃは大きく目を見開き、問い返してくる。
・・・・・・・・・うん。
思い付きで言っただけなので、どこで特訓するかまでは、まったく考えてなかったよ。
でもまぁ・・・・わざわざ、栃木にある、ちぃのおうちまで行ってもしょーがないし。
まぁ、する場所なんて・・・決まってるよね。

私はコクリと頷くと、座ったままのちぃを見下ろす。
そして、目を丸くし「どこ?どこ?どこ?」って感じで、私を見上げているちぃに・・・・おもむろに右手を差し出したんだ!

「ちぃ・・・・・今夜。私のうちに、泊まりな!!!!!」
「り、梨沙ちゃん・・・」

そう!!もう、選択肢は1つしかない!!
私たちに課せられたミッションは、『千佐子さんに、シャイニングのダンスとフォーメーションを覚えて貰う』その一点!!
その為には、もう、泊まり込みで特訓あるのみ!!!

「ちぃ!!今夜は私の部屋で・・・・朝まで一緒に・・・やるよ!!!」
「り、梨沙ちゃんの部屋で・・・・あ、朝まで一緒に??や・・・ヤる???!」

ちぃは何故だか解らないけど、私の言葉に対し、むっちゃ声を裏返らせていた。
そして、何故だか解らないけど耳まで真っ赤にしながら・・・・ちぃは私の右手をギュッと握り、そのままゆっくりと立ち上がった。

私の真正面に立つ、「あれ~?ちぃちゃん。耳真っ赤っか~!!」状態な、ちぃ。
つーか、なんでこんなに真っ赤になってんの?この子??

私は「どーするの?来るの?」って感じで、窺うように、ちぃの顔を覗き込んだ。
ちぃは、しばし目線を下に落とし、何かを考えている様子だったが・・・。
やがて。ちぃはニッと口角を上げると、真っ赤になりながら私の顔を見つめ・・・こう言ったんだ。

「うん・・・・解った。私、今晩・・・梨沙ちゃんちに泊まるね!!!」

そう言って、ちぃは真正面からむっちゃ嬉しそうに、私の体に抱きついてくる。
私は抱きついてくるちぃの頭を、ポンポンポンと3回ほど撫でた。

うん!!!こーなったら、もう、やるしかないよね、ちぃ!!

そう。前途多難ではあるけど、あれこれ考えてもしょーがないと私は思った!!
ともかくやるべきことは!!今夜みっちり・・・・千佐子さんに、シャイニングの特訓だああああ!!!









・・・・というワケで。
ちぃを連れて、今週2回目の山木家訪問となった。
家につくとママは、「わぁ!!また知沙希ちゃん、来てくれるなんて、ホント、嬉しい!!」と、むっちゃ大喜びで・・・
すでにキッチンのまな板の上で、鯛を塩釜とハーブで包み込む、謎の作業をしていた。


えっと・・・ごめん。
私、電話で、「今日はご飯いらない」と・・・3回ぐらい言ったよね?ママ。


どうやら。ちぃが来ると言う事実に浮かれ、私の電話越しの説明を全く聞いてなかったっぽい。
ホテルのケーキ屋さんで買って来たっぽい、ラズベリーとフランボワーズのケーキも用意されていた・・・。
なんかもう。。いったい私は、電話で、誰と会話をしていたのだろうか・・・・・と、もはや不安になってくるよ。

「あのさ、お母さん。帰りにコンビニでサンドウィッチ買ってきたから、ごはんいらないって言ったよね?私?」
「えぇ!??ウソ、言ってたっけ!!?え?で、でも、サンドウィッチなんかじゃ、お腹膨れないでしょ?」
「いや。ダンスレッスンするから、お腹あんまり膨れても困るし・・・」

うん。せっかくの『鯛の塩釜焼きローズマリーの地中海風味』だけど・・・ダンスレッスンの前に、食べるのはさすがにツライ。。
申し訳ないけど、このごちそうは、パパとお兄ちゃんと3人で食べて貰うようお願いし・・・・とりあえず私たちは、部屋へと向かったんだ。



こうして。
ようやく、私の部屋に到着すると・・・。

ちぃは、むっちゃ浮かれながら「やっぽー!!梨沙ちゃんの部屋、2度目~!!」と叫びながら、私のベッドの上におもっきりダイブをした。
バフッと言うマットレスの音がし、ちぃはうつ伏せのまま「ベッド、チョー柔らかい!!さすが山木家!」と、枕を抱きかかえ、はしゃいでいる。
ってゆっか・・・下の階からクレーム来ると嫌だから、あんまりドタバタしないでくれるかな?きみ・・・。
私はベッドの縁に腰をかけ、人のベッドの上で勝手にくつろぎまくっているちぃのお尻をポンポンと叩くと、

「じゃぁ、ちぃ。千佐子さんと入れ替わって。練習始めるから・・・」

と、淡々と告げた。
すると、その瞬間。
ちぃは枕を抱きかかえたまま、むっちゃムッとした表情で体を起こし、私を睨みつけてきたんだ。

「はぁ!?もう、入れ替わるの!?ウソでしょ?!」
「だって、入れ替わらないと・・・。練習できないじゃん」
「でも。朝まで、一緒にやるって言ったじゃん!!梨沙ちゃん!!」
「いや。だから、朝まで特訓をやるから・・・・早く入れ替わんないと・・・」
「は??やるって・・・・・特訓の事なの??」
「むしろ、あの会話の流れで、特訓以外に何をやると思うの??」

私があきれ顔で答えると、
ちぃはムゥとした表情で、なにやらほっぺを膨らませている。そして、
「そりゃ。特訓の事だと、ホントは気づいてましたけどぉ!!」そうキレ気味に言うと、ちぃは手に抱えていた枕を、私の方へ投げつけて来た。

瞬間、ボスッと私の顔面に枕がぶつかる。

ちぃはさすがに顔面にぶつける気はなかったみたいで、「あ・・・・」って表情を浮かべるが・・・・。
なんかもう。さすがの私も、ムカっときて「ちょっと、ちぃ!!」と怒り、ちぃの頭を小脇に抱え、思いっきりヘッドロックする。
すると。ちぃはヘッドロックを嫌がり、むっちゃ、ベッドの上で暴れていた。

「ちょっと、ヤダ!梨沙ちゃん!!髪の毛、乱れる!!」
「ちぃが枕をブツけてくるからでしょ!!」
「だって・・・梨沙ちゃんが、もう入れ替われとか言うからじゃ~ん!!!」
「そりゃ、千佐子さんの特訓の為に、ちぃを部屋に呼んだんだから。当然でしょ!?何言ってんの!?」
「・・・・・・・もう、解ったよ!!梨沙ちゃんのバカ!!・・・・千佐子さん、入れ替わって!!」

ちぃがそう叫んだ、刹那。
ヘッドロックをされ、ドタバタしていた、ちぃの動きがピタリと止った。
そして。今まで暴れていたちぃとは裏腹に、今度は物凄~く遠慮した声で、ヘッドロックした私の脇から、
「あ、あのぉ・・・。り、梨沙さん??」と、窺うような声が聞こえたんだ・・・。

「うん??」
「えっと・・・・あのぉ・・・・」
「あ!!!ち、千佐子さん?!!」

私はヘッドロックの状態を速攻で外し、慌てて身じろいだ。
あまりに身じろいだせいで、一瞬、ベッドから落ちそうなぐらいバランスを崩し、必死で体勢を持ちこたえる。
目の前にいるちぃ・・・・ではなく、千佐子さんは・・・・私のヘッドロックから解放され、凄く恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
私は申し訳なくなり、千佐子さんに謝罪を入れる。

「ご、ごめんなさい!!ちぃがワガママ言ってたもので。つい、ヘッドロックを!!」
「い、いえ。私もなんか、変なタイミングで入れ替わってしまって・・・」
「痛くなかったですか?本当にすみません!!!」
「いえ、全然痛くはなかったです!!むしろ、ちょっと嬉しかったです。。」

そう言って、千佐子さんはクスクスと笑い声を零した。
え??嬉しい??
私が不思議そうに千佐子さんに目を向けると、彼女は苦笑いを浮かべながら、こう言ったんだ。

「いえ。私ね。梨沙さんと知沙希さんのじゃれ合い。とっても好きなんです」
「え?」
「ほら。お二人の間って、心許しあった者同士の、特別な空間って感じがして。そんな空間に、私もちょっと混ぜて貰えた気分で、嬉しいです」
「そう・・・ですか?」
「とはいえ、ヘッドロックされて嬉しいとか言うと・・・・変な人みたいですよね、私」

フフっと、楽しそうに笑う千佐子さん。
そして彼女は、「じゃぁ、特訓、始めましょうか・・・・梨沙さん!」そう言って、小さくガッツポーズをした。
無邪気な笑顔でガッツポーズをする千佐子さんは・・・まぁちぃの体なんだから当たり前と言えば当たり前だけど・・・
なんか。今まで以上に、ちぃに似ているなって、私は思った。
そんな千佐子さんの笑顔につられ、私も思わず「はい!!がんばりましょうね!!」そう言って、最高の笑顔でガッツポーズを返したのであった。



こうして・・・・
ついにスタートした、千佐子さんのシャイニングのダンス練習。



まずは。リハでのちぃの動きを、スマフォで再生しながら、順繰りにフリを教えて行くことにした。
そう。マネージャーさんに今日のリハの間、ちぃの動きをスマフォの動画で撮影してもらえるよう、お願いしておいたんだよね。
ちぃのパートを覚える以上は、今日のリハでのちぃの動きを確認しながらやるのが一番だろうと思ったから。
自分のスマフォを立てかけ、今日のリハの様子を再生すると、千佐子さんは「えぇええ?!なんですか、これ!!凄い!!!」と、物凄くビックリしていた。

「え?今日のリハーサルの様子じゃないですか!!これ!!!」
「えぇ。スマフォの動画で撮影しといてもらったんです」
「動画・・・。これもスマートフォンの為せる技なのですね。。恐るべし、スマートフォン!!」

そう言って感嘆の声を漏らす千佐子さんが、むっちゃカワイイ。
千佐子さんの中でスマフォは、もはや完全にオーパーツの様な扱いになってるよね。
まぁでも、確かに。電話も出来るわ、動画も取れるわ、写真も取れるわ、メールも出来るわ、ネットも観れるわ・・・・
言われてみると、スマフォって凄いなぁと、私もつくづく思うよ。

とはいえ。今日は「スマフォ凄い話」をするために、私の部屋に来てもらったのではない!!
雑談は早めに切り上げ・・・・。
私は動画を再生しながら、ダンスのポイントを1つ1つ説明していった。

「いいですか?千佐子さん。ここは、タターンタターンで指をバーン」
「えぇと・・・・なんか難しいですね。動きが解らないです・・・」
「指で大きく、空中にハートを描くんです。ここ」
「・・・・・ハート?あ、なるほど!!ハート描いてるのですね、コレ!!」

この様に、ちぃの動きを動画で見せながら、シャイニングのフリを私が教えるところからスタートしていくのだが、
予想はしていたが、千佐子さんはダンス経験が当然ゼロなので、全てが初めてすぎて、大苦戦をしていた。

「ここは。右、左と、両手を順にクロスさせて・・・・グルっと・・・」
「これ、すごい、難しいですね!!」
「うーん。でも、リズムに合わせて・・・慣れちゃえば全然できますよ」
「そう言うものですか?」
「はい。千佐子さん、歌がこれだけ上手いって事は、元々リズムは取れてるから・・・慣れれば大丈夫です!」

こうして、ダンスパートを順繰りに教えて行く。
うん・・・・。
ももち先輩のやってる藤本さんパートなら、ダンスはあんまないと思ってたけど、
こうやって教えると、意外とあるんだなぁ・・・・と私は思った。
ってか、ダンス経験ゼロの人に教えるのって、こんなに大変だとは思わなかったよ。。
私がハロプロに入ったばっかりの頃とか、ダンスの先生は教えるの大変だったんだろうなぁって・・・今更ながら感謝だね。


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こんな感じで・・・。
動画を見ては教えての繰り返しで、私たちは3時間ほどレッスンを続けた。(ちぃとの入れ替わり休憩も挟みつつね)
でも、これだけ続けると、かな~りコツは掴めてきてる気がするんだよね!!
足でリズムを取るのも、随分様になってきたと思うもん!!!

とはいえ、

覚えることは、まだまだたくさんあるし。千佐子さんもかなり煮詰まって来てるし。
てゆっか、私もしょーじき、ちょっと疲れてきたし。
なので、私は台所からアッサムの紅茶と、ママの買ってきたラズベリーとフランボワーズのケーキを部屋に持ち込み、デザート休憩をとる事にしたんだ。
そう!疲れた時は、やっぱこれだよねぇ!!
・・・・・・・・・・・・・・。
ん?お菓子禁止令??
いやいや、ケーキはお菓子じゃなくてデザートなので、まったく何も、問題ないですからね??




私たちはソファの上にまったりと寛ぎ、紅茶とケーキを口にする。
紅茶には黒砂糖を入れたので、アッサムの濃い目の味がいい感じに甘くなってて、疲れが一気に抜けて行く気がするよ・・・。
そして、ケーキに乗ったラズベリーの酸味とフランボワ-ズのムースの程よい甘さ。
あぁ~これはまさに、魅惑のハーモニー!!

「はぁ・・・・やっぱり、ケーキと紅茶は、人を幸せにしますよねぇ」

私がしみじみと呟くと、千佐子さんは「ホントですね~」と言い、隣で楽しそうに笑っていた。
そして、千佐子さんは紅茶を口に含み、ハァと息をつくと、不意に私にこう言ってきたんだ。

「でも。梨沙さん凄いですね。歌いながら踊るのがこんなに大変とは・・・・本当に尊敬します」
「そんなことは・・・・私なんてまだまだですし・・・」
「ダンスお上手ですね!」
「いやいやいや!!私なんて・・・。ちぃの方が、全然上手いですよ・・・」

そう言って肩を竦めると、
千佐子さんはちょっと意外そうに目を丸くし、答えた。

「え?知沙希さん。え?本当ですか???」
「はい。こう見えて、ウチのダンス担当なんです。ゆるきゃらだから、そう思えないでしょ?」
「ふふふ。失礼ながら・・・・甘く見ておりました。そうなんですね~」

そう言いながら千佐子さんは、ふと横に振り向いた。
そちらには鏡台があり、千佐子さんは鏡に自分の姿を映し出していた。
そうしながら千佐子さんは、自分の腕や太ももを触ってみる。

「そう言えば・・・・見た目以上に、触ると筋肉とかついていらっしゃるんですね、知沙希さんって」
「そうですね。ハロプロ入ってから、私なんかも、筋肉はかなりついたから。ダンスやってると、ふくらはぎとか凄くなりますね」
「じゃぁ。私さえ一生懸命頑張れば・・・・・知沙希さんの体なんですもん。知沙希さんのように、踊れますよね!!!」
「えぇ。体はちぃなんですから。使いこなせば、むしろ、私より上手く踊れちゃいますよ!!だから、がんばりましょう!!」

そう言って笑いかけると、千佐子さんは嬉しそうに微笑んだ。
うん、そう。体は同じ、ちぃの体なんだから・・・ね。

発声を一生懸命練習すれば、きっと、千佐子さんの様に綺麗な高音だってだせるし。
ダンスを一生懸命練習すれば、きっと、ちぃの様にバキバキに踊ることだって出来る。


だから、とりあえず、がんばりましょう!
がんばれば、可能性はいくらでも開けますから!!!


・・・・すると。
俄かに、カチャンと食器が触れる音がした。
ふと隣を垣間見ると、千佐子さんは紅茶皿とカップを膝の上に置き、目を細めてうつむいていた。
アッサムティの表面に、千佐子さんの顔が映り込んでいる。
それは、何処か寂しそうで、悲しい横顔に見えた。

「本当に・・・・梨沙さんと知沙希さんって。信頼しあってますよね」
「そう、ですね。かなり付き合いも長くなってきましたし・・・。信頼は凄くしてますね」
「見ていて羨ましいです。私は結核になって以降、信頼できる友達は、みんな、離れちゃいましたから」
「え?」
「結核はうつりますから・・・仕方のない事です」

そう言って小さくかぶりを振る千佐子さんは、どこか、諦めを孕んだような口調だった。
結核はうつるから。
そっか。そうだよね。結核って、そう言う病気なんだよね・・・。

そもそも、そう言う病気だから、サナトリウム(隔離施設)があるわけで。
当時の結核は不治の病だった。
そして、不治の病が感染するかもとなると、みんなが怯えて離れて行くのも、時代を考えればいたし方ないのか。。

「だから。知沙希さんと梨沙さんの関係性は、本当に、眩しく思えます」
「・・・・・・・・・・・・」
「信頼できる友達が傍に居て。本当に羨ましいです・・・。私には、そう言う友達がいませんので」

千佐子さんの言葉。
じっと紅茶の表面を見つめる彼女の目は、涙で滲んでいた。
晩年の千佐子さんはひとりぼっちで、サナトリウムで毎日、こうして涙を流していたのかもしれない。
・・・・・・・・。
でも、だけど。

「あ、あの・・・・千佐子さん?」

ふと、私は彼女に声をかける。
千佐子さんは目尻にたまった涙をぬぐうと、「はい・・・」と言って、私の方を見つめた。

・・・・・・・・・・しょーじき。

こんな事言うの、おこがましいのかもしれないけど、向こうはそう思ってないのかもしれないけど・・・。
私はなんとなく、彼女の発言をそのままスルー出来なくて・・・。
不思議そうに私の方を顧みる千佐子さんに、私はこう、言ったんだ。

「あの・・・・。『私にはそう言う友達がいませんので』って、言ってましたけど・・・」
「はい。。」
「私と・・・・千佐子さんは・・・もう・・・友達だと・・・・思ってるんですけど??」
「・・・・・・え??」
「だ、だって。一緒にパンケーキ食べたり、カラオケ行ったり、お泊りしたり。もう、立派な、友達関係かなぁって・・・思ったんですけど・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「だ、ダメですかね?」

そ、そりゃまぁ。ねぇ??
最初のきっかけは、ちぃが幽霊に憑りつかれちゃったから??
仕方なーく、今回の騒動に巻き込まれてしまったと、しょーじき、思うよ??

でも、仕方なーく巻き込まれて、仕方なーく面倒をみているうちに。

千佐子さん、むっちゃいい人なんだなぁって気づいて。
こうして一緒に話しているうちに、優しさとか人柄とかに惹かれるようになって。
段々、仕方なくとかではなく・・・・素直な気持ちで、千佐子さんの助けになってあげたいなぁって、思うようになって。
そして。私もちぃも、一生懸命に幼い知恵を振り絞って・・・・なんとか、たった1曲だけど、でも、最高のステージを用意してあげたい!!って。。
今、本当に・・・心から思ってる。

これって充分。
友達名乗ってもいいレベルかな?って思ってたんだけど・・・・ダメかな??



私の言葉を聞き。。
しばらくの間、千佐子さんは言葉を失っていた。
下唇を微かに噛み、涙を堪えるように・・・・彼女は、アッサムティに映る自分の影だけを、しばらくじっと見つめていたんだ。
そして、20秒ほどの沈黙がすぎ・・・千佐子さんは、息を吐く様に、ゆっくりと、呟いた。

「ホント。優しいですね・・・・梨沙さんは・・・・」
「そんなことはないですよ!!たぶん、普通だと思いますよ」
「フフ・・・・・なんかわたし、解る気がします。知沙希さんが、あなたに・・・・恋をするハズですね」
「いやいや。そんなぁ~。ちぃが私に、恋・・・・・」




・・・・・・・・・・え??




突然の千佐子さんの発言に・・・・私は俄かに言葉を詰まらせた。
一瞬、言葉の処理能力が、彼女の発言内容に追いつかなかった。

ちぃが、わたしに、恋??・・・・・え??

ポカーンとした表情で千佐子さんの方を振り返ると、千佐子さんは至って真剣な表情で私を見つめていた。
その表情に冗談っぽさは1ミリもなくって・・・・・私はちょっと、どう反応すればいいか、解らなくなっていた。

「え??ちぃが??わたしを・・・・??え???」
「・・・・・・・・」
「いや。それって、多分、ちぃが私に懐いてるから・・・・何か勘違いされてるのでは?」

ま、まぁ。
ハロプロ中探しても・・・ちぃがあれだけ懐いてるのも、平気でワガママ言えるのも、何かとおちょくってくるのも、確かに私ぐらいだと思うし??
そう言って、私はアハハと誤魔化し笑いをするが、
千佐子さんは、むっちゃしょっぱい表情を浮かべ、言葉を続けたのであった。

「やっぱり・・・・ねぇ。もしかしてとは思ってたけど。全然、気づいてらっしゃらないんですね・・・」
「え・・・・・」
「梨沙さん、本当に優しいけど、本当に鈍感・・・」

そう言って・・・。
千佐子さんは呆れたようにワザと声に出し「ハァ~・・・」と深くため息をついたのであった。
そして。クスクスっと笑い、表情を綻ばせると・・・彼女は私に、もう一度、「鈍感・・・」と呟いたのであった。



(第5章 完  第6章へ・・・・