もうひとりのあなたへ…  


第4章 あなたなら大丈夫! 






それは、出会って6日目の朝。
窓から太陽の光が眩しく差し込んで来る。

キッチンからはルイボスティの香りが漂い、
お部屋のBGMには道重さんのスイートプリチーボイスで、シャバダバドゥ~が流れる中・・・。
私は部屋のベッドの上にあぐらをかき、瞑想をし、精神を統一していたのであった。

あぁ、瞑想をしていると心が洗われるようだ・・・・。
この穢れなく雄大な心持ちを、なんと言えばいいんだろう?

明鏡止水。泰然自若。晴雲秋月。道重再生。

うん!!こうしてると、よく解らないけど、決心がつく気がする!!
「心に迷いがある時は座禅だよ!!」って、鎌倉の寺社巡りが好きな、意識高い系の友達も言ってたしね!!



「・・・・・・・・・・・・よし!!」



私は一人気合いを入れて叫び、ベッドから降りる。
この2日間ずーっと、千佐子さんに歌って貰う曲を何にするか考えていたんだけど・・・。
もう、あれこれ考えても仕方がないと思った。
明後日が本番の宇都宮ライブだ!!!決めるっきゃない!!やるっきゃない!!!

私は気合いたっぷりに鏡台の前に座り、
ストレートに降ろされた、自分の茶髪の髪の毛をツインに結わき始めた。

決心のツインテール!!!

そして、机の上に大切に置かれた『道重さんから頂いたチョコレート』に、
「では行ってまいります!!道重さん!」と90度に頭を下げ、私はリハーサルへと向かったのであった!!

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リハーサルスタジオへ向かうと、すでにももち先輩以外のメンバーは揃っていた。
メンバーとスタッフさんに一通り挨拶を交わしたあと、私は最後に、ちぃの元へと向かう。
ちぃはかなり早い段階からジャージ姿に着替え、体育座りのまま、スタジオの端っこに待機していた様だった。
今日のちぃは珍しく、パステルなピンク色のTシャツを着ていて、なんだかカワイイ。
そして、そんな体育座りするちぃの足元には、今回のツアーのセットリストの歌詞カードが散乱していて、
まだちぃも、何を歌って貰うか決めあぐねてるんだろうなぁ・・・と、私は思った。

「おはよ、ちぃ!」

私が悠然と声をかけると、ちぃは顔をあげ、笑顔で「あ、梨沙ちゃん。おはよう!!」と返して来た。
だが。返事するや否や、すぐに私の髪型がいつもと違う事に気づいたらしく、にわかに「あ!」って表情を浮かべたんだ。

「わ!梨沙ちゃん。今日、ツインテールじゃん!!むっちゃ、かわいい!!!」
「ホントに?ありがとう!!」

私はそう言って、ちぃのすぐ隣に腰をかけ、あぐらをかく。
ちぃはもの珍しそうに私の方を見つめながら、「おぉ~。ツインテール似合うよね、梨沙ちゃん」と言ってくれた。
私にとってツインテールは、ここぞと言うときの勝負ヘアーなので、似合うと言って貰えるのは本当に嬉しい!
そして、それはちぃも解っていたみたいで。
私が珍しくツインテールで現れた事に何かを感じ取ってくれたらしく、私の髪の毛をサワサワと触れながら
「ってゆっか、どうして今日、ツインテールにしたの??」と、尋ねて来た。
鋭いちぃの問いかけに、私はコクリと頷いたんだ。

「うん。あのさぁ、ちぃ・・・・・」
「なに??」

体育座りのまま膝を抱き、隣にいる私の顔を覗き込んで来るちぃ。
私はもう一度強く頷き、ちぃに・・・と言うよりも・・・自分に言い聞かせるように、言葉をつづけた。

「わたしね。昨日の夜から、ずっと考えてたんだけどさ」
「うん・・・・」
「やっぱり。千佐子さんには、シャイニングを歌わせてあげたいな・・・・って、思ったんだ。」
「・・・・・・・・・・」

ちぃはある程度、私の決断を予想していたのかもしれない。
特に驚く様子はなかった。
だけど、予想と現実は別問題。ちぃは難しそうな表情を浮かべ、こう、答えたんだ。

「でも。ちぃのパート、♪SHINE YOU‘RE SHINING~しかないけど・・・・いいの?」

うん、確かにそうなんだ。
一番のネックはそこなんだよ!!
ライブでちぃの代わりに歌って貰う以上は、どーしても、歌割りというものがある。
原曲でいう所の・・・藤本さんパートは、ももち先輩が担当している。
ちぃはAメロすらパートがない以上、千佐子さんがシャイニングをどんなに好きでも、この曲をライブで歌ってもらうのはどうだろう・・・とずっと思っていた。
だけど・・・・。

「解ってる。。だから今日はさ・・・・一世一代の大勝負に出ようと思ったんだ!!」

私は己の決心を固めるように力強く答えた。
それを聞き、ちぃは大きく目を見開き「え?」って表情で、こちらを顧みた。

「一世一代の・・・大勝負???」
「うん。だからね、ちぃ。もしも、私が殺されてしまったら・・・・あとは任せた!!」
「・・・・・・・・・え???・・・・ちょ、ちょっと待って!?なにをする気?!梨沙ちゃん!!」

私の不穏すぎる言動に、ちぃは思わず私の肩を掴み、声を裏返らせた。
その表情に「ちょっと待って?何言ってんの?この人?? 」と書いてある・・・。
とりあえず、ちぃはなんだかよく解らないまま、「ちょっと梨沙ちゃん!!?」と、腕をつかみ、私を止めるが。
私は泣き笑いを浮かべると、隣にいるちぃの体を正面からギュッと抱きしめた。
その瞬間、ちぃの体がびくっと固まった。

「え・・・・り、りさちゃ・・・・ん???」
「元気でね。ちぃ・・・・さようなら」

そう言うと、私は意を決して立ち上がる。
あぁ。なんか、頭の中にスマイレージさんの「タチアガール」が流れてくる!!
今の和田さんもお美しいが、当時の和田さんの少女感も実に素晴らしい・・・・って、そんな事はどーでもいいんだぁああ!!
そう、私が死を覚悟し、勇気を振り絞って、その足で向かった先は・・・・!!!!

「あ、あのぉおおおお!!ももちせんぱいぃぃい!!!!?」
「は??」
「お、おはよぉございます!!」
「はい、おはよう。」

そこには、ももち先輩がいた。
ももち先輩は、丁度、今しがたスタジオに到着した所で。荷物をテーブル台の上に起きながら、不審そうな目で私を見ていた。
その目はなんだか、殺し屋のような鋭すぎる眼光を秘めていて・・・・・私は正直、足の震えが止まらなかった。

「どしたの?梨沙ちゃん。むっちゃ声、裏返ってるけど・・・」
「そ、そうですかねぇえ!?いつも、こんな感じですよぉお!?」
「まぁ、普段から裏返り気味だけど・・・・今日は特に、ひどいよ??」

解ってます・・・。
もう、第一声の「あのぉおおおお」から声が裏返りまくってるのが自分でも解って、正直、その時点から心が折れかけてました!!
でも!!ここで逃げるわけにはいかんのです!!!

精神一到!!何事か成らざらん!!

私はキュッと唇を噛み、無理やり、心を落ち着ける。
落ち着け、山木!!朝の明鏡止水っぷりを思い出すんだ、梨沙!!
私は自分の折れそうな心を奮い立たせ、ゆっくりと、ももち先輩へ話の口火を切ったんだ。

「じ、実はですね!わたし、山木!!週末のライブの件で、ももちせんぱいに、ご相談がありまして!!!」
「うん。どんなご相談??」
「えっと・・・今週末のライブは・・・・宇都宮でライブじゃないですか?!」
「そうだねぇ」
「あの。宇都宮と言えば、栃木!!栃木と言えば、我らが森戸知沙希!!!そして、森戸知沙希と言えば・・・栃木未来大使じゃないですかぁ!!」
「はいはい。そのとーりだね」

なんか・・・・。
しょーじき、私ももう、自分で何を言ってるんだかよくわからなくなってきていた。
ももち先輩もももち先輩で、すでに「何言ってんだ?この人??」って顔してるし・・・。

チラリと周りに目線を向ける。

視界の隅で舞ちゃんとやなみんは、体を寄せ合い、むっちゃハラハラした様子で、私とももち先輩のやり取りを見つめているし。
むすぶは半笑いを浮かべながら、「うわっ、梨沙ちゃんがまた、わけわからん事しとる!」って、謎の期待に満ちた目でこっちを眺めている。
そしてちぃは・・・・・両手で胸元を押え、こちらを不安いっぱいの表情で見守っている。
てゆっか、マネージャーさんやスタッフさんも、「何やってんだ?山木・・・」と、むっちゃ、ザワザワしているし。

しょーじき、心は完全に折れかけていたけれど、ここまで来たらもう、後にも退けないと思った。
だから、私は大きく息を吸い込む。
そしてゴクリと固唾をのみ込むと・・・・勇気を持って・・・ももち先輩に・・・この言葉を伝えたんだ!!

「なので。ももちせんぱい!!宇都宮の夜公演は、どうか・・・・森戸凱旋スペシャルと言う事で・・・」
「うん・・・」
「ちぃにシャイニングを、ソロで歌わせてあげてくださいいい!!!」

それはもう、スタジオに響くぐらいの大声で宣う!!
瞬間。メンバーもスタッフさんも、みんな、「は??」とビックリ仰天の面持ちだった。
ちぃに至っては「ちょっ!!梨沙ちゃん!!!」と叫び、ハッとして自分の口元を抑えている。
そして、部屋中が驚愕のあまり、シーーーーーンと凍り付いたのが解った!!


それは・・・・・・・・・・。
10秒??
いや、5秒ぐらいの間だろうか?


確実に無音の空間が続いていた。
ギュッと目を閉じたまま、私はももち先輩の反応を待つ。
しょーじき、私はももち先輩の反応が、怖くてしょーがなかった。
「何言ってんの?梨沙ちゃん。バカなの?アホなの?死ぬの?」ぐらい、言われるかと思ったんだ。
だけど・・・・。
現実は物凄~~~く、予想外の展開を見せていた。
ももち先輩はしばしの沈黙の後、「森戸凱旋スペシャルで・・・シャイニングを・・・ソロ・・・・」と呟くと、

「あ~!!凱旋だから、知沙希ちゃんにソロ曲?なるほどぉ・・・・その発想はなかったわ!!」

そう・・・・。
物凄く意外な事に、ももち先輩は思いのほか、好意的な反応をみせたんだ。

「へ・・・・・?」

説教を完全に覚悟していた私は、なんだか、肩の力が抜けてしまう。
そんな私の恐怖心とは裏腹に、ももち先輩は目の前で「なるほどね!凱旋でそう言う特典があると、集客に繋がるよね。」と、大阪商人の様な目で頷いていた。
どうやら、ももち先輩の商人魂に私の提案は、思いのほか、琴線に触れていたようだった・・・。


あれ??これ、もしかして、イケるのでは・・・・??


私はここぞとばかりに「ですよね~?ももちせんぱい!!」と後詰をしていく。
うわっ!これ、キタかも!!ってゆっか、これ、絶対、イケますやん!!!

「そう。凱旋のたびに、その子をフィーチャリングした曲を入れれば。絶対に、その子のファンは来ると思うんですよ!」
「おぉお、さすが、ファンの気持ちを知る女。山木梨沙だわ~!!」
「えぇ!!私も、その制度があれば絶対、山口遠征したと思いますもん!!」
「うんうん。まぁ、そうだろうね、梨沙ちゃんは」
「というワケで。今週末の宇都宮ライブから、その、凱旋制度・・・採り入れましょう!!ももちせんぱい!!」

そう言って私は、パーンと手を叩く!
意外にも、ももち先輩は、超~ノリ気であった。
うん!これは確実にイケると、私はそう、確信をしていたんだ!!!
だから、それはもう必死で、後詰をしまくった!!

・・・・・・・・・・。

だけど。
そう簡単に思い通りになってくれないのも・・・・また。ももち先輩であった。









「でも・・・さぁ・・・・」

私が説得しまくる中、不意にももち先輩は呟いたんだ。
急にももち先輩が放ってきた逆接の接続詞に、私は思わず「・・・・な、なんでしょう??」と身構える。
え?で、でもってなに。むっちゃ不穏な予感なんですけど・・・・、
急な逆接に、私が『な、何を論破されるんだろう・・・』と言った面持ちで構える。
しかし、ももち先輩の論破の矛先は、私ではなかった。
ももち先輩はにわかに、ちぃの方へ振り向くと、こう、言い放ったのであった。

「知沙希ちゃん。シャイニングの高音部分・・・そもそも、出るの??」
「え?あ、そ、それは・・・・」

まさか自分の方に矛先が向くと思わなかったのだろう。
ちぃは露骨にテンパリを見せる。

「それは・・・・・」
「ソロでやる以上は、ある程度のクオリティを超えないとダメだよ?知沙希ちゃん、高音苦手でしょ?平気??」
「あ、あのぉ・・・・」

完全に困り切った様子で私の方を垣間見る、ちぃ。
ももち先輩は「凱旋の子をフィーチャリングする発想は面白いけど・・・別の曲の方がいいんじゃない??」と助言をした。
その言葉を聞き、ちぃはキュッと悔しそうに唇を噛むが、どうする事も出来ず、目線を伏せた。

ダメだ。このままじゃ、論破される・・・。

私は生唾を飲み込み、一歩前に歩み寄ると、
「だ、大丈夫です!!ちぃはこの日の為に、むっちゃシャイニング、練習したんです!」と、ちぃの代わりに啖呵を切ったんだ。


すると。


ももち先輩は勿論。
メンバーもスタッフさんも、一斉に私の方を顧みた。
ちぃは「梨沙ちゃん・・・・」と、もう泣きそうな目で、私の方を凝視していた。

一方。ももち先輩は程なくして、物凄く意外そうな表情を浮かべ、
「へーー。そうなんだ?知沙希ちゃん??」と、ちぃに興味深そうに目線を向けていた。
そう。私はもう、とりあえず、ももち先輩に言い負けないよう・・・・攻めるしかなかった。

「な、なので、今からちぃが・・・ももちせんぱいに、シャイニングを歌ってお聞かせします!!」
「え??!り・・・・梨沙ちゃん??」

勝手にお聞かせしますとか言われ、動揺を隠せないちぃ。
周りにいるメンバーやスタッフさんは、まさかの展開に、驚き半分興味半分で、ザワザワし出す。
そして、ももち先輩も。後輩たちの驚きの進言に、むっちゃワクワクした様子で
「おぉおおーー!!それは是非聞きたいわぁ!!知沙希ちゃん!!」と笑っていた。

その一方・・・。
あからさまに、ちぃは狼狽していた。

私はゆっくりと狼狽するちぃの元へ歩み寄ると、ちぃは涙目で私を見上げた。
もう、とりあえず、チャンスは今しかないし。やるしかない。
私はちぃに歩み寄ると、そっと小声で・・・・「大丈夫。大丈夫だから・・・・千佐子さん・・・」と声をかけた。
その瞬間。ちぃの泣きそうな表情がスッと消え、俄かに千佐子さんの表情へと変化した。
だが。彼女もやはり、動揺を隠せない様子だった・・・。

「・・・・り。梨沙さん?わ、私・・・・」
「平気です。心配しないでください。あなたなら、大丈夫ですから・・・」

そう言って私は千佐子さんの手を、両手でギュッと握りしめる。
そして、安心させるように、目を見て何度も「大丈夫です」と繰り返した。
昨日、あなたのシャイニングを聞いた瞬間に、私は確信したんだ!!
大丈夫。あなたなら、絶対に平気です!!

私はスタッフさんにお願いし、シャイニングのオケを流す準備をしてもらう。
そして、シャイニングの歌詞カードを、千佐子さんに手渡した。
ももち先輩に「歌詞、見るんかい!!」とツッコまれるが、「きょ、今日は歌詞はご勘弁を!」と笑って誤魔化す。
歌詞カードを手に、不安げに私を横目で見ている千佐子さんに、私はニコっと笑い、力強く声をかけた。

「大丈夫。ぜったい、大丈夫だから!!」
「・・・・・・・・・・・」

スタッフさんに合図を送る。
それと同時にシャイニングの前奏が流れ出す。
ももち先輩やメンバー、スタッフさんの視線が、ちぃである千佐子さんに集中する。
彼女はチラっと私の顔を見た後・・・・目線を歌詞カードに落とし、そして、歌い始めた。




その瞬間。
みんなが一斉に息を呑んだのが解った―――。




3分ちょっとの間。
メンバーもスタッフさんも・・・ももち先輩も。
呼吸を忘れたかのように、シャイニングを歌い上げる彼女を、茫然と見入っていたんだ・・・。




そして、曲を全て歌い終えた瞬間。
むすぶだったか?舞ちゃんだったか・・・?
「うわっ!凄い!!」と言う感嘆の声と共に、パチパチと大きな音で拍手をした。
すると、周りのスタッフさんたちも・・・・「おぉおおおお!!森戸が覚醒した!!」と、大盛り上がりで拍手をしている。


それは予想通りの・・・・いや、予想を大きく超える反響だった。


千佐子さんは、みんなからの溢れんばかりの拍手の中、
今にも泣きそうなのを堪えるように唇を噛み、私と目線を合わせた。
私が最高の笑顔でガッツポーズをすると、千佐子さんは堪えられなくなったのか、涙を零しながら私に笑いかけてくれた。


すると。
スタジオ一面、大興奮で盛り上がる最中――

「ねぇ、知沙希ちゃん」

そう言って・・・・1人冷静な様子で、ちぃである千佐子さんに話しかけたのは、ももち先輩だった。
メンバーやスタッフさんも、その様子に気づくと、ふと騒ぎが鎮まり、2人を注目する。
対峙する2人を見て、私はにわかに思った。

まずい。入れ替わらないと・・・・。

千佐子さんのままだと、ボロが出るかもしれない。入れ替わらないと・・・。
すると、ももち先輩に話しかけられ、千佐子さんも入れ替わらないと危険だと悟ったのか、
すぐに彼女の表情は、どことなく幼い、ちぃの表情に変化したのが解った。


意識が戻り、ハッと目を見開く、ちぃ。
でも、状況があまり掴めていないようで、自分の目の前に近づいてくるももち先輩に、ちぃは動揺を隠せない様子だった。
不安げに、横目で私に目線を飛ばしてくる、ちぃ。
私は『大丈夫』と口パクをし頷き、両手を前にかざし、「そのまま」と言うジェスチャーをした。


ちぃは不安げな表情のまま、目の前に立つ、ももち先輩を見つめる。
すると、ももち先輩は真剣な表情でちぃを見つめ、こう言ったんだ。

「シャイニング・・・・すっごい良かったよ。知沙希ちゃん」
「え・・・・・」
「でも、ソロはダメ。あの曲は6人で歌う曲だし、前後の曲との兼ね合いもあるし」

確かに、言わんとしてる事は解った。
シャイニングは6人の状態で歌い、そのまま次の曲のフォーメーションに繋げるので、ソロだと繋がりが悪くなるのは最もだった。
すると、ももち先輩は「その代わり・・・・」と言い、ちぃに最高の笑顔を向け、こう言ったんだ。


「宇都宮の夜は、ももちのパートを知沙希ちゃんに渡す。それでいいよね??」


ももち先輩の言葉。
その瞬間に、スタッフさんたちから「おぉ!ミキティパートが森戸に!!マジか!!」と、興奮が巻き起こった。
そんなスタッフさんたちの方を振り向き「宇都宮の夜公演だけだからね!!!!」と、スネた表情を浮かべるももち先輩。
舞ちゃん、やなみん、むすぶも、まさかの展開に「やったぁ!!ちぃちゃん!!」と諸手を挙げて大興奮をしていた。
スタジオは文字通り、お祭り騒ぎと化していたんだ。



だけど、そんな中・・・。



私はふと、ちぃを見つめる。
大興奮のスタジオの中、ちぃだけは、まるで空気から取り残されたように沈んでいた。
唇を噛み、涙を浮かべて・・・・・ただ呆然と・・・・立ち尽くしてた。

そんなちぃの様子を不審に思ったのか、
ももち先輩は「大丈夫?知沙希ちゃん??」と心配そうに、顔を覗き込んだ。
ちぃはももち先輩に声をかけられ、ハッとした様子で「あ、大丈夫です・・・・すみません」と無理やりに笑顔を浮かべた。

すると、その刹那。
ももち先輩はフッと笑顔を零し、目の前にいるちぃの事を・・・ギュッと抱きしめたんだ。

突然の事に、ちぃは抱きしめられたまま、ビックリした様子で目を見開いた。
みんなも驚いた様子で2人を見る。
そんな中。ももち先輩はちぃを抱きしめ、背中をポンポンと叩きながら、心底嬉しそうな笑顔で、こう・・・言ったんだ。

「シャイニング・・・・むっちゃ練習したんだね。知沙希ちゃん!」
「え・・・・・・・」
「私ね、本当に感動したの!ほんと、知沙希ちゃんは自慢の後輩だよ!!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

ももち先輩の言葉を聞き。。
ちぃは・・・・抱きしめられたまま、ただ、ボロボロと涙を零した。
体がめちゃくちゃ震えていて、涙を止めようがないぐらい、泣いていた。
その光景を見て、メンバーもスタッフさんも・・・・感動の師弟関係に、貰い泣きする人が続出だったんだ。
「森戸の嬉し泣き、かわいいなぁ~」って、萌えるスタッフさんも続出だった。



だけど――
私はなんとなく、解っていた。



ちぃのそれは、
みんなの思うように・・・・決して『嬉し泣き』なんかではなかった事を。
解っていたんだ――。










「ちぃが泣き止まないので、ちょっと慰めてきますね!!」

そう言い残し、私はちぃの手を引っ張って、リハーサルスタジオを後にした。
メンバーはニコニコ笑いで「うん、わかった。梨沙ちゃんよろしく!」と、手を振っている。
「嬉しくて泣き止まないなんて、カワイイなぁ森戸」とスタッフさんも笑っていた。


だけど・・・・・。


私はとりあえず、今日誰も使っていない会議室にちぃを引っ張ってゆく。
そして、電気をつけ扉を閉めた瞬間。ちぃは閉めた扉を背にし、泣き崩れたんだ。
へたり込んだまま、ボロボロに泣きじゃくっていて・・・・どうしていいか解らなかった。

「ち、ちぃ・・・・・落ち着いて・・・・・」

私は隣に片膝をついてしゃがみ込み、ちぃの肩に手を触れた。
だけど、その瞬間、ちぃは思いっきり、私の手を振り払った。
そして・・・・泣きながら、私に向かって、声を荒げたんだ。

「なんなの?!・・・・これ・・・・なんなの!?」
「ちぃ・・・・」
「なんなの、これ!!梨沙ちゃん!!!こんなの・・・・・私・・・・惨めなだけじゃん!!!」

ちぃは滅茶苦茶に泣きながら、掠れた声で、私を怒鳴りつけた。
こんなに感情を剝き出しにするちぃが初めてで、私は何も言えず、茫然とちぃを見つめた。

「違うのに!!あれは私じゃない!!あれは千佐子さんなのに!!!」
「ちぃ・・・・・・」
「こんなの・・・・・ももち先輩、騙してるようなもんじゃん!!!!」

そして。
ちぃは俯き、ポツポツと呟いた。。

「なんなの・・・これ・・・。こんな形で褒められたって、嬉しくもない・・・ホント・・・・惨めなだけじゃん・・・」

扉を背にしたまま、ちぃは膝を抱えて泣き続けている。
このままだと、過呼吸を起こしてしまうんじゃないかと、不安になるぐらい。
私はともかくちぃを落ち着かせたくて、正面から、ちぃの体を抱きしめた。。
ちぃは体を一瞬こわばらせたけど、もう、抵抗する気力もないのか、そのまま私に抱き留められていた。

「違う・・・・。私は別に、ちぃを傷つけるつもりなんて・・・・なかった・・・」
「・・・・・・・・・・」
「でも・・・・ごめんなさい・・・・」

抱きしめたまま、ちぃの後ろ髪を撫でる。
ちぃは号泣自体は収まったものの、私に体を預けたまま、すっかり憔悴しきった様子だった。
私は、ちぃから体を少しだけ離した。そして・・・・右手でちぃの左頬に触れ、親指で涙を拭ってあげる。
すると、ちぃはホンの少しだけ、私の手に頬を摺り寄せてくれたんだ。

「ちぃ・・・・・・・・・」

ふと、ちぃと目線が合う。
そして、右手に頬を摺り寄せたまま、ちぃは微かに口角を上げると・・・ゆっくりと、私に言ったんだ。

「解ってる。。梨沙ちゃんは悪くない。ダメなのは、ちぃ自身だもん・・・」
「・・・・・・・・・・え・・・??」
「歌だってそうだし。。梨沙ちゃんだってさ、ちぃより、千佐子さんと一緒の方が、楽しそうだし・・・」

そう言われた瞬間。
私はカッっとなって「やめてよ!!!そう言う事、言うのだけはやめて!!!」と・・・ちぃの事を怒鳴りつけた。
刹那。ちぃはビクっと肩を竦めると、目を大きく見開いて、私の事を凝視していた。
私はちぃの両肩を掴み、まくし立てた。なんだかこっちまで、ボロボロと涙が零れてきてしまって、どうにもならなかった。

「千佐子さんと話してるのはとても楽しいよ!?でも・・・・ちぃと一緒にいるよりとか・・・勝手に決めつけないで!!」
「梨沙ちゃん・・・・」
「どんな文句を言われたってかまわないけど・・・そう言うのだけは、ホントにやめてよ!!」
「・・・・・・・・・・・・」
「千佐子さんを助けてあげたい気持ちは本物だよ?!!でも・・・ずっと一緒にいるちぃと、比べられるわけないじゃん!!当たり前でしょ!!?」
「・・・・・・・・・・・・」

ちぃは、
しばらくぼんやりと私の顔を見つめた後、「ごめん・・・」そう、呟いた。
私はコクッと頷き、右手で自分の涙をぬぐうと、座り込んでいるちぃの隣に腰を下ろした。
そして・・・ジッと横目でこちらを窺っているちぃに対し、私はゆっくりと、話し始めたんだ。。

「あのさ、ちぃ。さっき言ってたよね?こんなの・・・・・ももち先輩、騙してるようなもんじゃん!!!!・・・って」
「うん・・・」
「でもさ、私思うんだけどさ・・・・・そんなの私たち、最初からじゃない?ももち先輩を騙してるのなんて」
「・・・・・・・え?」

そう、思えば・・・。
千佐子さんと出会った初日から、

ホテルのロビーの中。
新幹線の中。
リハーサル中。

最初から、私たちはももち先輩を・・・カントリーの他のメンバーを・・・騙して来た。
ちぃの中が千佐子さんである事を、バレないように、気づかれないように・・・・知恵を振り絞って。
でもさ!!それは別に・・・・メンバーを騙して、傷つける為に、していたワケではないじゃん!!
千佐子さんに1度だけ、1曲だけ、ステージに立たせてあげたい。その一心で、メンバーにナイショでここまできた。

「そうまでして、叶えてあげたかったんじゃないの?私たち・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「だったら、一緒に、最後までウソ貫き通そうよ!!メンバーみんな、最後まで、騙そうよ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それにさぁ。シャイニングで・・・・ももち先輩を騙してると、罪に思うならさ。あの歌が、本物になればいいんだよ!!」
「・・・・・・え???」

ちぃは涙に腫れた目で、不思議そうに私を見つめる。
私はそんなちぃを見て、目を大きく開き、フッと口元を上げる。
そして・・・・「だってさぁ~」そう言って・・・・私は言葉を続けたんだ。

「解ってる??確かに歌ったのは千佐子さんだけど。体は、声は・・・・あれは、ちぃ自身のモノなんだよ??」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「発声の仕方次第。やり方次第で・・・ちぃの体は、声は、あそこまで高音だって伸ばせるし、あそこまで歌い上げられる。その証明をしてくれた」
「あ・・・・・・・」
「解るでしょ??ちぃも、きっと私も・・・・もっともっと、やれるんだよ!!!発声の練習次第で・・・・」

そう。例えば同じ車でも、運転手の技術次第で、出せるタイムは変わってくる。
それと同じでさ!!
同じちぃの体でも・・・・千佐子さんの様に、小さい頃から声楽を学んで、発声の仕方を習得していれば、声の伸びも全然違くなる。

「でも、あの時歌ったのは、紛れもなく、ちぃ自身の体なんだよ?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「つまり。これからも、もっともっと、頑張れば・・・・あの歌は、本物になるんだよ!」

だから、頑張ろう!!
今は難しくても、いつかはやれる証明を、彼女はしてくれた!!!
彼女のシャイニングを聞いてたら、私もなんだか、勇気が出たんだ。
頑張ろう!!もっともっと頑張ればいつかさ・・・胸を張って、ももち先輩に、本当のちぃのシャイニングを聞いて貰える!!



私の言葉を・・・・。
ちぃは隣で膝を抱えたまま、ずーっと静かに耳を傾けていた。
その間。時折、鼻をグズグズとすする音が聞こえて、私は笑いながらポンポンとちぃの頭を撫でた。

「ね・・・がんばろっ。ちぃ」

そう言って私が、片膝をつき、ちぃの顔を覗き込もうとした刹那――。
私の鼻先に、ちぃの前髪がパサッと触れた。

「え・・・・・。」

そして、次の瞬間。
私の背中にちぃの腕が回され、ちぃは私の肩に・・・・その顔を埋めたんだ。

「ちぃ・・・・」
「・・・・・・・・・・」

何も言わず。ちぃは背中に回した腕を、ただ、ギュッと強めた。
私も・・・・縋りついてくるちぃの背中に、優しく腕を回す。
ちぃの体は微かに震え、顔を埋めた肩が、次第に濡れてくるのが解った。

「も~。大丈夫?ちぃ??」

私は笑いながら、ちぃの髪の毛を何度も何度も撫でてあげる。
参ったな。早く泣き止ませて、メンバーのトコに戻らないとなんだけどな・・・。
私は一瞬、そう心の中で思ったけど、
「ま、いっか」
そう小さく呟くと、私は今一度、ちぃの髪の毛を優しく撫でたんだ。。




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