もうひとりのあなたへ・・・・    


    第3章 あなたと、わたしと、きみの時間。







千佐子さんと出会って5日が経った。
その日は、私は午前中だけ大学で授業があり、午後は丸々時間があった。
夕方にちぃとラジオ収録があるので、それまでずいぶん時間が空く予定なので、
私はちぃに「早めに合流して、ちょっと遊ばない?」と誘うと、ちぃは大喜びで「うん、いいよ!」と言ってくれた。
とりあえず私たちは、パンケーキが有名なお店に行くことにしたんだ。

そこは私が前から1度行ってみたかったお店で、
私はアールグレイパンケーキ。ちぃは抹茶もちパンケーキを注文。
むっちゃふわとろで美味しいパンケーキを2人で食べながら、道重さんや鞘師さんのクリアスタンドキーホルダーを一緒に並べて写真撮ったり、
どーでもいい会話を2人で笑いながら話したり、お昼からのんびりとした時間を過ごしていた。

「ホントに美味しいね、梨沙ちゃん。ここのパンケーキ」
「でしょ?!良かったー!喜んで貰えて」
「チョー美味しい!!」

そう言ってモグモグとパンケーキを口に含む、ちぃ。
元はと言えば私が行きたいと誘ったお店なので、お口に合わなかったらどうしようと思ってたけど、
ちぃはとても美味しそうに、抹茶もちパンケーキを頬張ってくれているので、ちょっと肩の荷が下りた気分だった。
でも、観てるとちぃの方のも、凄く美味しそうで惹かれてしまう・・・。
私が今食べているのは、アールグレイのパンケーキ。
ちょっと紅茶の苦みがあって、それでいてクリームの甘さとふわふわ感がマッチして物凄く美味しいから、尚更、別のメニューにも期待感を抱いてしまう!

「あー、そっちも美味しそう。ねぇ、ちぃ、ちょっとわけわけしない??」

私が言うと、ちぃは「いいよ!ちぃもそっち食べたい!!」と頷いた。
そしてちぃは、フォークとナイフでパンケーキを切り分けすると、フォークで一切れ分を取り、「はい!梨沙ちゃん!」と言って、私の口元に差し出してくれた。
私は差し出されたパンケーキをパクリと口に含む。

「・・・・・・ん!!おひしひ(おいしい)!!」
「でしょ?!」
「うん。もひもひ!(もちもち)」

口元を片手で押さえ、もぐもぐしながら答えると、ちぃは聞き取れなかったのか「なんだって?」と聞き返し笑っていた。
そう、私のはもうちょっとふわとろなんだけど、ちぃのは名前の通り、ちょっともっちりしてて、触感が違う!!
私は自分のパンケーキも1ピース分切りわけし、「はーい」と、ちぃの口元に差し出す。
ちぃは「ありがとー!」と嬉しそうに笑い、同じようにパクっと頬張った。そして・・・

「おひしひー!!あのね、こうひゃのあひが、あまひゃとまっひして・・・」
「ごめん。何言ってるか、全然わかんないから!!」

そう言って2人で、ドッと笑いあう。
なんだか最近は千佐子さん絡みでちぃとは話すことが多かったので、
こうやってくだらない会話で時間を潰すのは、なんか、ちょっと久しぶりな気もした。
ちぃも今日は心なしか、むっちゃ饒舌でハイテンションな気がする。

「あ、そうだ!聞いて!今朝、ぽんちゃんがね!!!」

そう言って嬉しそうに、自宅で飼っている犬のぽんちゃんの、「チョーカワイイ!トーク」を私に聞かせてくれる。
私はパンケーキをもぐもぐしながら、ちぃのお話に相槌を打った。

そんな折。パンケーキを口にしながら、私はふと、ある事が気になったんだ。
いや、まぁ、全然たいしたことじゃないんだけどさ。
そう言えば、パンケーキって、いつ日本に来たんだろう?大正時代ってあったのかな??
千佐子さんって・・・・・食べたことあるのかな?パンケーキ。・・・って。

うん。千佐子さんと出会ってから、
私は『これって、大正時代はあったのかな?』とか、気になる事が多くなった。
TVとかラジオとか冷蔵庫とか。それで、ちょっと気になって、ググってみたりするようになった。
ちなみに、TVは昭和14年。ラジオは大正14年。家電としての冷蔵庫は昭和初期が最初・・・らしい!(wiki調べ)

なので、私は、むっちゃ気になった。
大正時代や昭和初期は、パンケーキ、あったのだろうか?
千佐子さんは食べた事あるのだろうか?ないなら、是非、食べさせてあげたいなぁ・・・って。

そんな事を考えながら、私はフォークを咥えたまま、目線をパンケーキに落とす。
残り4分の1ぐらいになったパンケーキを観ながら、ぼんやりと考え込む私を見て、ちぃは
「梨沙ちゃん。どうしたの?」と問いかけてきた。
私は「あ、うん・・・」と生返事をすると、「あのさ、ちぃ・・・・」と言葉をつづけた。

「うん、な〜に??梨沙ちゃん」

ちぃは目を丸くして、ニコニコとこちらの様子をうかがう。
私は「あのね・・・」と呟き、ちぃにこう言ったのだった。

「ちょっと、千佐子さんとチェンジしない??」
「・・・・・・・・・は?!」
「いや。ほら!千佐子さんにも、パンケーキ、食べさせてあげたいじゃん!!」

大正や昭和の初期にパンケーキがあったかどうかは知らないけど。
とりあえず、こんなに甘くてふわとろなパンケーキは、少なくともなかっただろうしね!!
なので、やっぱ食べさせてあげたいなぁって思い、私が提案すると、目の前のちぃは、なんだか知らないけど、むっちゃ、不機嫌そうな顔をしていた。
え?!なに?!なんかむっちゃ、しょっぱい顔、されてるんですけど、私?!
私は思わず、ちぃに問いかけた。

「あ、もしかして・・・・パンケーキあげるの、イヤだった?ちぃ??」
「いや、違う。そう言うワケじゃないけどさ・・・」
「大丈夫だよ。私のパンケーキをあげるから、千佐子さんには」
「違うって。別にあげるのは全然いいんだって・・・・」

ちぃは、そう言って小さくかぶりを振り、肩をそっと竦めた。
なんなんだろ?あげるのは全然いいなら、別にいいじゃんか、ね。
私は伺う様にちぃの顔を覗き込んだ。そして・・・

「じゃぁ、いいじゃん。ちょっとチェンジしようよ、ちぃ。千佐子さんにパンケーキ、食べさせてあげよっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・そだね。解った」

ちぃは、なんだか納得してないのか。しょっぱい表情のまま、コクリと相槌を打つと、「千佐子さん。じゃぁ、チェンジしますよ?」と呼びかけた。
すると。しょっぱい表情をしていたちぃの表情がにわかに変化し。
私の前には・・・・・やっぱり、むっちゃ、しょっぱい顔して私を見ている、千佐子さんが現れた。
え?!何故!?なんか、千佐子さんにまで、いきなりしょっぱい顔されてるんですけど!?わたし!?

「ど、どうしたんですか?千佐子さん??」

ちぃはともかく。まさかの千佐子さんにまでしょっぱい顔をされる展開。
動揺しまくりながら、私が問うと、千佐子さんは「あ・・・・いえ。どうしたと言うわけではないのですが・・・・」と答え、肩を竦めた。
そして千佐子さんは。にわかにクスっと笑い声を零し、私にこう言ったのだった。

「梨沙さんて、もしかして・・・・ちょっと、鈍感ですか??」
「え?!そんなこと、ないと思いますけど・・・・・・」

何故か急に鈍感扱いされ、たじろぐ。
え・・・。確かに、ちょっとヌケてるとは、ももち先輩とかから、よく言われたりするけど。
鈍感は別に、言われた事ないと思うんだけどな・・・?

「え?私のどこら辺が、鈍感だと思いました??」

私が焦りながら問いかけると、
千佐子さんは口元を抑え、凄く楽しそうに笑った。

「フフフ。鈍感だと自分で気づいてない辺りが、ちょっと、鈍感かな?って」
「へ??」
「でも・・・・・ありがとうございます。私なんかの為に気を使っていただいて」

そう言って、目の前にあるパンケーキに目線を向ける千佐子さん。
私とちぃのやり取りは見てたみたいで、状況は把握しているようだった。
私は「そう。せっかくだから、千佐子さんにも食べて欲しいなぁって思いまして・・・」と伝えると、
とても嬉しそうな笑顔で小さく頷き、「是非、いただきます」と言って、パンケーキを口に含んだ。
もぐもぐしながら、しばらく触感や味を堪能すると、やがて千佐子さんは「わ!すっごく美味しい!!」と私に笑顔を見せてくれた。

「え〜!パンケーキって、こんなに甘くてフワフワなんですね!!美味しいです!!」
「良かったぁ。甘すぎませんでした?」
「一瞬、思ってた以上に甘くて驚きましたけど。甘いの大好きなので、わたし。次の瞬間には『美味しい!』って。。。」
「そっか。いつの時代もやっぱ、女子は、甘いものが好きなんですね」

うん。平成も大正も関係なく、甘いものは、いつの時代も女子の大好物らしい。
喜んでもらえて、ホントによかった!!
でも、せっかく甘い物好きと言ってくれてるのに、パンケーキがちょっとしかなかったのが、なんか、申し訳ない気持ちになる。
私は千佐子さんに「あ、そうだ。せっかくなので、追加オーダーしません?わたし、おごりますよ!!」と伝える。
せっかくだし。他のスイーツも食べて貰おう!!

「ここ、パフェとかアイスとかもありますから!」

すると、千佐子さんは遠慮気味にかぶりを振り
「え?そ、そんな申し訳ないですから、大丈夫です」と答えた。
でも、「いいですって。せっかくだから、追加しましょうよ〜!」と私がメニューを渡して笑顔を見せると、
千佐子さんは遠慮気味にメニューに目を通し、しばし悩んだあと、「あっ・・・」と言う表情を浮かべると、おもむろにアイスのページを指さし、答えてくれたんだ。

「あ・・・・・・・・・・では。お言葉に甘えて。この、チョコミントアイス・・・・お願いしてもいいですか?梨沙さん」
「もちろんですよ!!あ、店員さん!!!オーダーお願いしまーす!!!」

すると。アイスだった事もあり、注文後、かなりすぐに持って来てくれた。
千佐子さんの前に置かれるチョコミントアイス。サクサクのウエハースが脇に添えられた、意外とシンプルなアイスだった。
でも、甘いものの口直しには、ピッタリかもしれない。

千佐子さんは到着したアイスを物珍しそうに見ながら、「へ〜。これがチョコミントアイスなんですねぇ」と呟いた。
てゆっか、モノを知らないっぽいのに、なんでチョコミントアイスを選んだんだろう・・・・と私が思っていると、
私の顔を見つめ、千佐子さんは俄かに、申し訳なさそうに、頭をペコっと下げたのだった。。

「あの、ごめんなさい。梨沙さん。せっかくオーダーしていただいたのに、私、急に、お腹いっぱいになってしまって」
「・・・・・・・・・・・え??」

お腹いっぱいに??え??
私が目を丸くし不思議そうに千佐子さんを見つめると、彼女は「すみません」と肩を竦めたんだ。
そして・・・。

「だから、私、知沙希さんと入れ替わりますね。こちらのアイスは、知沙希さんにおごってあげてください」
「え?え?え?」
「いいですか?パンケーキなくなっちゃった代わりに、あなたからのおごりと言って・・・・知沙希さんにあげてくださいね」

え?どういう事??
お腹いっぱいだから入れ替わるって言っても、体を共有してる以上、ちぃになってもお腹いっぱいなんじゃないのかな??
私は状況が解らないまま、千佐子さんを凝視する。
すると、千佐子さんのニコニコな表情は消え、一瞬で、しょっぱい顔をしたままのちぃに入れ替わる。

「・・・・・・あ。梨沙ちゃん」

ちぃは相変わらず、ちょっとぶんむくれたままの表情で私を見る。
そして、そのまま、目線を下に伏せた瞬間・・・・
「あれ?」目の前に、チョコミントアイスが置いてあることに気づく。
ちぃはきょとんとした面持ちで、私の顔を見つめ、問いかけたんだ。

「梨沙ちゃん、これ、どうしたの?」
「チョコミントアイス」
「それは解るけど・・・・」
「えっと。パンケーキなくなっちゃったからさ。。その・・・・私のおごり」

千佐子さんに言われたまま、私はちぃに告げる。
すると、その瞬間。
ぶんむくれていたちぃの表情が、それはもう、一瞬で弾け飛んだ!

「え!?ホントに?!わっ!!いいの?梨沙ちゃん?!!」

声のテンションがむっちゃ上がっている。
私はそのテンションにちょっと気圧されながらも、「あ、うん、勿論だよ」と頷いた。
ちぃはともかく上機嫌で、「やった!チョコミントアイスだ〜!!」と嬉しそうにスプーンを取った。
そう言えば、チョコミントアイスって・・・・舞ちゃんも好きだけど、ちぃも好物だったね。

「梨沙ちゃん、ありがとう!!嬉しい!!」

そう言ってニッコニコな笑顔を何度もこちらに向ける、愛らしいちぃを見ながら、
私は「どーいたしまして」と、最高の笑顔を返した。








喫茶店を出ると、時刻はまだ、14時手前ぐらいだった。
ラジオ収録までは充分時間はある。
ちぃはアイスをおごってもらえたからなのか、喫茶店を出る時も、随分と上機嫌だった。
私の手首を右手でギュッと握り、さっきから、鼻歌交じりでピーナッツバタージェリーラブのメロディを口ずさんでいた。
そして、「ねぇ、まだ、ちょっと時間あるよね?どーしよっか?」と私に問いかけてきた。

「洋服でも見に行くのもいいし、あ、ペットショップ観に行くのもいいね!!」

そう言うと、ちぃは右手を今度は私の腕に絡めて、ピッタリと体を寄せてきた。
そして「ねぇ、どーするの?」って表情で、私の顔を覗き込んできたんだ。

うん。洋服、ペットショップ。どっちも捨てがたいし、どっちも見に行きたいな・・・。

でも・・・残念ながら、今日はどっちも却下!!
何故なら今日は「ある目的があって」、私はそもそも、ちぃを早い時間に誘ったんだ。
私は覗き込んで来るちぃに、ニコッと笑顔を向ける。
そして、私はちぃに、こう告げたんだ。

「それもいいけど・・・・この後、カラオケ行かない??ちぃ」
「え?カラオケ???」

私の提案はかなり予想外だったらしく、ちぃは一瞬、キョトンと目を丸くしていた。
そんなちぃに、「うん、カラオケ!!」と言ってコクリと頷き、私はカラオケ屋さんへ行く理由をちぃに説明したんだ。


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目的のカラオケ屋さんは喫茶店から歩いて5分ぐらいの位置にあった。
予め場所を調べておいたので、すぐにカラオケ屋さんに辿り着く。
案内された部屋は女性専用フロアにあるみたいで、部屋を覗くと随分とオシャレ女子のお部屋みたいな内装だった。

「へー。靴脱いでスリッパに履き替えるんだね!!」

初めて来たカラオケ屋さんなので、勝手がわからず、私は少々戸惑う。
土足禁止の部屋みたいで、ピンクが基調の内装に絨毯とかも引かれている。
とりあえずお部屋のソファに腰かけ・・・
「なんか、友達の家に遊びに来たみたいな気分になるね!」
私がそう言うと、ちぃはピョコンと私のすぐ隣に座り「うん!そうだね」と笑った。

そして、
落ち着く間もなく私の方を振り向くと「ねぇ、梨沙ちゃん。ちぃも一曲だけ、最初になんか歌っていいかな?」と問いかけてきたんだ。
私は「勿論いいよ!!選びな?」とタッチパネル式のリモコンを手渡す。
「やった!」そう言って、ウキウキの様子でリモコンで曲を探しているちぃを見ながら、何を歌うのかな?と、私は考える。

モーニングさんとかアンジュルムさんとかBuono!さんとか・・・。
あ、それとも、ちぃは色んなアイドルさんが好きだから、他所のアイドルさんの曲かもしれないな。。
エビ中さんとか、ベビメタさんとか。
私がそんなことを期待をしながら、店員さんが部屋に届けてくれたアイスティを口にし、待っていると・・・
モニターに表示されたタイトルは・・・・・・まさかの「初恋サンライズ」だった。
・・・・・・・・・・・。
何故だっっ??!


さっぱり選曲理由はわからないが・・・、
私はとりあえずハロヲタの嗜みとして、歌うちぃの横で、全力でサンライズジャンプを飛んでおいてあげる。
恐らくちぃは、これ(サンライズジャンプ)を期待してたらしく、サンライズジャンプを飛んであげた瞬間、超至近距離で私を指さしてむっちゃ爆笑していた。
でも。指さして笑われたのは遺憾だが・・・・しょーじき、ちょっと楽しかったのでまぁいいや!サンライズジャンプ!!
歌い終わったちぃも、「ヤバイ!!ちょー楽しかった!!・・・・梨沙ちゃんが!!」とご満悦のご様子だし。
そうか。ちぃに楽しんで貰えて何よりだよ。。
とりあえず「サンライズジャンプ面白っ!!」って希空にLINEを送っておこう!!と私は思った。


「あーー面白かった!!」

そう言って満足げにソファに座り、隣に座る私にじゃれつく様に肩をぶつけてくる、ちぃ。
そして『1人真顔でサンライズジャンプする梨沙ちゃんのモノマネ』と言う、なんだかよく解らないモノマネを延々やっている。
そんなにツボだったのか・・・。ちぃは相変わらず、笑いのツボが、ユーチューバー好きの小学生レベルで浅いよね。
うーーん。明日お仕事に行ったら、きっとむすぶあたりに、無駄に拡散されてるんだろうな・・・・このモノマネ。

そんな感じで、
「初恋サンライズ」で爆笑して満足したのか、ちぃはウーロン茶を口に含み、ハァ〜と楽しそうに大きく息を吐く。
そして私の方に振り返ると、「じゃぁ・・・そろそろ千佐子さんに入れ替わってもらうね」と言った。

「うん、よろしく!」

すると。程なくして、目の前にいるちぃの表情が、スッと変化した。
そして入れ替わるなり、千佐子さんはカラオケの機械の方へ目線を向け、感嘆の声をあげたんだ。

「へ〜!!凄いですね〜!!自動で色んな曲の伴奏がながれるのですね。この機械は!!」
「えぇ。そうなんですよ。カラオケって言うんです」
「そうですか、カラオケ。今は本当に便利なモノがいっぱいですね!!!」

そうですね。
大正時代はきっと、あっても、レコードとかなのかな?
リモコン1つで、何千曲の中から、伴奏を選ぶことが出来る。
自分では自覚出来ないけど、現代は本当に便利なんだろうなぁ〜と、千佐子さんと話してるとしみじみ思うや。

千佐子さんは、へ〜凄い!と呟きながら、物珍しそうにカラオケの機械やモニターを覗き込んでいる。
私はタッチパネル式のリモコンを自分の手元に寄せ、検索メニューを開くと、そんな千佐子さんに話しかけた。

「あの・・・。今日、カラオケ屋さんに来たのは・・・千佐子さんにライブで歌う曲を、練習してもらおうと思ってなんです」
「あ、はい。喫茶店の後、おっしゃってましたね」
「日記には『シャイニングがいい』と言う事を、書かれていたと思うんですけど・・・」

なんとなく言葉尻を濁す。
すると、千佐子さんはすでにちぃから交換日記内で説明を受けていたらしい。
「あ、存じてます。『歌パートが少ないので、シャイニングは無理かも・・・ごめんなさい』って、知沙希さんが日記に書かれてました」
と、答えた。

「すみません、千佐子さん」
「いえ!謝らないでください。気を使って頂いた、そのお気持ちだけで十分ですし・・・それに・・・」

そう言うと、
千佐子さんはニコッとほほ笑みかけ、私にこう言ってくれた。

「カントリーさんの曲は、素敵な曲が沢山ありますもの。どの曲でも、私は充分、嬉しいです!!」

千佐子さんはどうやら、
ちぃの家で、すでに、カントリーのCDやDVDで曲を沢山聞いてくれてたみたいだ。
「恋はマグネットなんかも、切なくて素敵ですよね〜」と呟いていて、とても大正生まれの人とは思えず、なんだか笑ってしまう。
実際、千佐子さんは本当に色んな曲を調べてくれてるみたいで、
「ブギウギLOVEも好きなんですが、リズムが早すぎて、私には難しいかも」と苦笑いを浮かべていた。

確かに。あんまりアップテンポな曲は、慣れてないから難しいのかも。
私も今回のセットリストとにらめっこしながら、なんの曲を歌ってもらうのがいいか、いくつかピックアップしたんだけど・・・。
千佐子さんに一番向いてそうなのは、実際、シャイニングなんだよね。
ただ、シャイニングはももち先輩のパートがメインで、ちぃのパートが壊滅的にないんだよねぇ。

・・・・・・・・・・。

ふと、その時。
私は昨夜、電話口で口ずさんでいた、千佐子さんのシャイニングを思い出す。
私の歌パートをちょっとだけ口ずさんでいただけなんだけど・・・本当に綺麗な、伸びのある歌だったな。
たったあれだけのフレーズでも、素敵な歌声だったのが解った。

「・・・・・・・・・・。」

なんとなく、
とても個人的にだけど、私はなんだか千佐子さんのシャイニングを聞いてみたくなった。
タッチパネル式のリモコンで、『カントリー娘。』のページから、シャイニングのタイトルを開いてみる。
シングル曲なので、問題なくカラオケには入っているようだった・・・。

「・・・・・あの」
「なんですか?梨沙さん」
「もしよかったら。今からカラオケでシャイニング入れるんで・・・千佐子さん、歌ってもらえませんか?」
「え?!シャイニングを??」
「今、私が個人的に聞きたいだけなので、嫌でしたら・・・・」

私が窺うように問うと、千佐子さんは大きく目を見開いたまま、ブンブンとかぶりを振った。
そして「嫌なわけありません!是非、歌ってみたいです!!」と、破顔一笑を覗かせたんだ。

「あ、でも。歌詞がうろ覚えかもしれません・・・」
「大丈夫です。カラオケの場合、歌詞はモニターに出るんで」
「へ〜!!凄い!!!」
「メロディさえ覚えてれば、大丈夫ですよ」

そう言うと、千佐子さんは「メロディは何度も聞いてるので、バッチリです!」と笑顔を零した。
私はそんな千佐子さんに、笑顔で頷き返す。

そっか。何度も聞いてくれてるんだ。
よっぽど気に入ってくれてるんだなぁ・・・シャイニング。

私はリモコンの予約ボタンを押す。
シャイニングのタイトルが画面に表示され、前奏と共に、モニターにカラオケ映像が流れだす。
急に流れ出した謎のカラオケ映像に戸惑う千佐子さんに、「歌詞は下に出ますから!」と笑いながら教えてあげると、
千佐子さんは苦笑いで私の方にペコリと頭を下げた。
そして、彼女は表示される歌詞に併せ・・・・シャイニングをゆっくりと大切に・・・・歌い始めた。



「・・・・・・・・・・・・」



私は、目の前で歌い上げている千佐子さんを、
ひとことも発する事が出来ぬまま、ただ呆然と、見つめるしかなかった。
次第にドクンと高鳴る、自分の心臓の音を感じながら・・・・。








すっかり日も落ちた。
あれから、カラオケBOXを離れ、ラジオ収録も終え・・・
私とちぃは駅に向かって、国道沿いを肩を並べて歩いていた。

通り過ぎる車のエンジン音やクラクションの音だけが、辺りに響き渡る。

そんな中。
収録の時のハイテンションがウソの様に、俯き黙りこくって歩く私を気にしてか、
ちぃはチラッと私の方に目線を向け

「どうしたの?梨沙ちゃん。なんか静かだけど・・・・」

と、問いかけ、私の手首をギュッと握ってきた。
私はハッと顔を上げ、「あ、ごめん。ちょっと考え事してて・・・」と言って、ちぃに目線を向ける。
ちぃは訝し気な様子で、首を傾げた。

「考え事・・・?」
「うん。千佐子さんにライブ本番で、何を歌ってもらうか・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「やっぱり。シャイニングがいいなぁ・・・って思ってさ」

あれから、私なりに色々考えたんだけど。
そんな考えを全て払拭してしまうぐらい、カラオケで聞いた千佐子さんのシャイニングは心に響いた。
やっぱりこの曲で、ステージで歌わせてあげたいなって思ったんだ。

そう告げると、
ちぃはキュッと唇を噛み、私の手首を握る手の力をわずかに強めた。
そしてボソッと、「梨沙ちゃん、優しいよね・・・」と呟いたんだ。

「え?なにが??」

私が不思議そうにちぃを見ると、ちぃはなんだか不機嫌な仏頂面で答えた。

「千佐子さんに・・・・」
「そうかな?自分ではあんまりわかんないけど・・・」
「優しいよ。。チョー優しい・・・」

そう言うと。
ちぃは掴んでた私の手首を離し、歩く速度を僅かにあげ、スタスタと私の前に進んで行った。
ちょっと、歩くの早いから!!!
私は歩調を早め、ちぃの隣へ急いで歩み寄った。
スタスタと歩くちぃは、なんだかちょっと、拗ねてるように思えた。

「ちょっと!なんでむくれてるの?ちぃ!」
「別にむくれてないし!!」
「明らかに怒ってるじゃん!!」
「うるさいなぁ。怒ってないじゃん!!」

ううう、むっちゃ怒ってるし。
「怒ってないじゃん!」とキレているちぃに、もはや私は、不合理さを感じるよ・・・。
なんで怒ってるのか意味が解らないけど・・・・私は並んで歩きながら、ぶんむくれて歩いているちぃの手を軽く握る。
ちぃはチラッと横目で睨みつけて来たが、振りほどく事はなかった。手を握られたまま、大人しく歩いていた。
私はちぃの顔を横目で見て「なんで怒ってるのか、意味わかんないけどさ・・・・」そう言って前置きをし、言葉をつづけたんだ。

「私からみたら、ちぃの方が千佐子さんに優しいと思うけど?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ステージで歌いたいって願いを叶えさせてあげるため、幽霊に体を貸してあげちゃうなんてさ。バカすぎでしょ?」

私がそう言って笑うと、ちぃは「バカじゃないし!」とプンスカした様子で私の顔を睨んで来る。
そんなちぃの反論に対し「いや。絶対バカだし、絶対無防備だよ〜!!」と答え、頭をポンポンと撫でてあげる。
こうやって頭撫でたりして子供扱いすると、結構怒るんだけど、今日はぶんむくれてる割りには素直に撫でられているなって思った。
ホントちぃは、子供みたいに感情の動きがよく解らない子だよ〜。
でも、だからこそ。カワイイし、ほっとけないし、側に居たくなるんだよね・・・・・ちぃは。

「ちぃは優しいよ。見ず知らずの幽霊の為に、フツー、協力しないよ??」
「それは。千佐子さんがちぃに似てたからだよ。初めて会った時、なんだか、私の分身みたいに思えた・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「まるで、もうひとりのわたしの様に思えたから・・・・」

もうひとりの自分が泣いてたらさ、梨沙ちゃんは見て見ぬふり出来る??
ちぃの問いかけに、私はうーんと首を傾げるしかなかった。
想像してもピンと来ないし、あくまでも想像の中だけなら、無感情にスルー出来てしまう。
でも、実際にその状況になったら・・・・・見て見ぬフリなんて出来ないのかな??

うん。。
ちぃの状況を自分に置き換えても、正直、何も想像が出来なかった。
だけど、『今の自分の状況』から言わせてもらえるのであれば・・・・。

「ちぃの中にいる千佐子さんは、私にとっても、『もうひとりのちぃ』の様に思ってるんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「そして、もうひとりのちぃを・・・・わたしも、見て見ぬふりなんて出来ないよ」

生まれた時代も性格も全然違うけど。
ちぃと体を共存している、もうひとりのあなた。
見て見ぬふりなんて、出来るワケもない。

「だから2人で協力してさ、『もうひとりのちぃ』の為に・・・・ステージ成功させてあげようよ!!」

私がそう言って笑いかけると、
ちぃは目を伏せ、ホンの微かに笑顔を覗かせると・・・コクリと頷いた。
そして、繋いでいた手をキュッと握ってくる。

そうしているうちに、やがて、大きなビルが見えてきた。
あぁ・・・・もうすぐ駅に到着だ。
私は視界に見えてきた地下鉄の入り口を観て、そっと、小さく息を吐いたんだ・・・。




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