もうひとりのあなたへ…



第2章 あなたの奇跡とわたしの日常。







ちぃの中に千佐子さんが憑りついてから、3日目。
その日は事務所のスタジオの一角で、ライブのリハーサルがあった。

「ねぇ、ちぃ。昨日のTVドラマ○○、観た??」
「あーごめん、舞ちゃん。ビデオは撮ったけど、まだ、観てないの」
「そっか。あ!ねぇ、見て!新しいスマフォケース買ってね・・・」
「へぇ。かわいいね、猫の柄だ」

何気ない、おぜちぃ2人の会話。
そんな当たり前な日常会話をする2人を、私は少し離れた場所から、不安げな様子で眺めていた。
そう。実は今、舞ちゃんと会話をしているのは、千佐子さんなんだ。
家庭教師梨沙ぴょん先生の現代語レクチャーのお陰で、彼女は御覧のとおり、見違えるほど、メンバーと会話できるようになっていた。

だけど・・・・・。

「あ、そうそう。ちぃ!昨日、ニコ動でさ・・・」
「にこ・・・・どう????」
「あぁああああああああ!!!舞ちゃん!!!昨日、つべで、道重さんの動画があがっててさぁあ!!!」
「え?梨沙ちゃん??あ、そうなんだ。良かったね、梨沙ちゃん!!!」

突然横から会話を割り込ませた私に、一瞬、舞ちゃんは不思議そうな顔はしていたけど、
とりあえず、誤魔化しは出来たっぽい。
会話はすぐに、「つべに上がった、ちゃゆのプリチー動画」の話に傾いた。
すると、千佐子さんはチラッと横目で私を観ると、小さく手を上げ「ありがとう」と声に出さずに、口を動かしてくれた。
そう。危ない時は、こうやって「山木フォロー」を入れる必要があるけど、私の英才教育のお陰か、初日のホテルロビーの惨劇がウソの様に、メンバーとの会話が成り立っていた。
まぁ。お仕事中やレッスン中は、さすがに、千佐子さんには引っ込んでおいてもらうけど、
実践会話に慣れて貰うために、休憩時間など、時々、ちぃと入れ替わって貰っていたのだった。



やがて。リハーサルはひとまず小休憩に入る。
私はスタジオの隅っこに座り込み、ペットボトルの水を口にする。
すると、隣に座っていたちぃは、私の顔を覗き込み、「ちぃにも頂戴、梨沙ちゃん」と言ってきた。
「ん、いいよ」
私がペットボトルを渡すと、「ありがとー!!」と言って、ちぃは嬉しそうに一口、口に含む。
私はそんなちぃを、じっと見つめていた。
そう。千佐子さんは、英才教育でかなり会話が上手くなったけど・・・・やっぱりちぃの、この、ゆるーーーい感じは、出せないんだよなぁ。
そんな事を思いながら見ている私の視線が気になったのか、「なに?むっちゃ観てるけど・・・」とちぃは怪訝そうに私の顔を見つめた。

「ん?別に、なにも・・・・」
「嘘だぁ!!また、なんか、人の事、子供扱いしてたんでしょ?」
「子供扱いなんてしてないよ。相変わらず、ゆるきゃらだなぁ〜〜〜って」
「ほぼ、子供扱いじゃんかーーーーー!!!!!!」
「違うよ。ゆるきゃら扱い。子供扱いってのは、こーやって・・・・・あぁもう、ちぃたん。ちぃたん。オレのかわいい赤ちゃんちぃたん!!!」

そう言って私は、ちぃの頭を抱きかかえ、髪の毛をクシャクシャ〜と撫でまくる。
その瞬間、ちぃは「ちょっとぉおおおお!!」と悲鳴をあげ、体をジタバタさせると、
「ヤダ!!髪の毛グシャグシャにしないでよ!!!」と、私の腕をポカスカ叩き、耳を真っ赤にして怒っていた。

「ムカツクーーーー!!!」
「だって。ちぃが、子供扱いしろって言うから・・・・」
「言ってません!!わたしは『するな!』と言いました!!!」

そんな、ふざけ合ったやりとり。
・・・・そうだね。
ゆるキャラ感も真似出来ないけど、
ちぃと一緒にいる時の、この感じは、さすがに千佐子さん相手だと出せないよなぁ。

でもね、普段からちぃの様子を見ているからか。
千佐子さん。かなり、ちぃの口癖とか把握してて凄いんだよね!!

すると。ちぃも千佐子さんの成長が気になったのか、
周りに誰もいないかを垣間見た後、私の傍に顔を寄せ、「ねぇ、そういえばさ。さっき入れ替わってた時、平気だったの?」と尋ねてきた。
私はペットボトルの水を含み、コクリと首を縦に振り、答える。

「うん!むっちゃフツーに、メンバーと会話出来てた!!」
「え?凄い!!ホントに??」
「むすぶと会話するときなんて、『ヤバイ、ウケル、草はえるwww』も使いこなしてたもん!!」
「・・・・・・・むしろ、なんで、そんなワードをレクチャーしてんの?梨沙ちゃん」
「あ、いや。なんとなく」

珍しく、ちぃの最もすぎるツッコミに、わたしは思わず「サーセン」と頭を下げる。
確かになんで、こんなの、教えたんだろう・・・。
まぁでも!!とりあえず、たまーに山木フォローが必要だけど、かなりなんとか、成り立っているのは事実!!

「やなみんの時は、『こっちは喋らないで、勝手にしゃべらせとけばOK!』の助言も、ちゃんと実践出来てたしね」

そう、やなみんの、私でも理解不能なポケモントークを、ちゃんと相槌と笑顔だけでいなしてた。
ある意味、すぐに逃げ出す他のメンバーよりも対処出来てたよ!と笑うと、
ちぃは、「へぇ・・・・・」と目を丸くして

「いいなぁ。ちぃも観てみたいな」

と呟いた。
私は首を傾げ、ちぃの顔を覗き込む。

「ん?見てみたいって??」
「だって、ちぃ。千佐子さんと実際に喋ったの、ホテルの時だけだもん」
「・・・・・・・あ。そっか。千佐子さんが表出てると、ちぃは寝てる状態だもんね」
「うん。すっごーーい遠くの方で聞こえてるけど。ぜんぜん、わかんないぐらい、聞こえない」

そっか・・・。
自分が余りにも、千佐子さんとフツーに会話しまくってるせいで、すっかり忘れてたけど。
千佐子さんは私とちぃの会話を聞いてるけど、ちぃは私と千佐子さんの会話が聞こえてないんだよね。

「いいなぁ。梨沙ちゃんはいっぱい、千佐子さんと、会話出来て」
「ちぃ・・・・・」

ちぃは座ったまま後ろの壁に寄りかかると、ぼんやりと虚空を見上げた。
見えないけど、多分そこら辺にいるであろう千佐子さんを、探しているようにも思えた。

「ねぇ・・・・ちぃ。寝てる間ってさ、どんな夢をみているの??」

夢を見ている状態って言ってたけど、フツーに私たちが夢見ている状態とはやっぱり違うのだろうか?
私が問うと、ちぃは「うん、ちょっと不思議なんだけどね・・・」と前置きし、

「昔の夢を見るの。大正時代・・・いや、昭和の初期なのかな?わかんないけど、昔の夢」
「え??どー言う事??」
「多分、千佐子さんの記憶から来る夢なんだと思う・・・・」

ちぃ曰く、自分が今まで見た事ないような・・・・社会の教科書とかに白黒写真で出てくる、昭和の初期の街並みとかが夢に広がっているらしい。
なんでだかは解らないが、多分、千佐子さんがちぃの意識を乗っ取ってる状態だから。見る夢も、千佐子さんの記憶ベースなんじゃないか・・・との事。
確かに。
夢ってのは深層意識から来るものだから・・・・。
意識が乗っ取られてる間は、観る夢も、千佐子さんの記憶ベースになるってことか。

「それって・・・・どんな夢なの??」

なんとなく気になって、ちぃに問いかける。
すると、ちぃは「うん・・・」と表情を微かに曇らせた後、ゆっくりと、こう、答えた。

「サナトリウム。私がね・・・・ううん・・・・13歳の千佐子さんがね。咳と戦って、歌の練習してた」
「・・・・・・・・・・・・」
「すっごい似てた!13歳の頃の千佐子さん、むっちゃ、ちぃに似てるんだよ?ビックリした」
「そっか。13歳の頃から、結核と戦ってたんだ・・・・」

そう言えば、13歳の頃が一番、ちぃの顔に似てたって千佐子さん、言ってたな・・・。
今では抗生物質があるから、不治の病じゃなくなったけど。
結核が人間最大の恐怖だった時代が、確かに存在したんだね・・・・。
ちぃは体育座りの状態で、自分の膝を抱え込み、おもむろに呟いた。

「色んな時代の千佐子さんの夢を見るんだけどさ。半分近くがサナトリウムの夢だったな」
「・・・・・・・・・・」
「千佐子さん、むっちゃ、歌、上手いんだよ!?子供の頃から上手くってさ、あの上手さは、小田さん超えたね!!」
「マジで!?それは凄い!!!」
「むっちゃ声量もあって、伸び伸び歌えてて・・・。でも・・・」

そして、ちぃは真剣な表情で虚空を見上げ、言葉をつづけたんだ。

「ある日を境に、体力も肺活量も減って、声がどんどん出せなくなって・・・・見てて辛かった」
「・・・・・・・・・そっか」
「だからね。やっぱり叶えてあげたいなって思った。ステージでみんなの前で歌ってみたい。その思いを・・・」
「うん。そうだね・・・・ちぃ・・・・」


なんか、不思議な気がした。


私は千佐子さんと話せるから、今の千佐子さんを知る事が出来る。
でも、ちぃは、千佐子さんと話すことが出来ない
だけど、代わりにちぃは夢を見る。
そして、夢の中で。ちぃは、昔の千佐子さんを知る事が出来るんだ・・・。


「でも、出来たらちぃも。今の千佐子さんと会話したいなぁ」
「・・・・・・・・・・」

ちぃの呟き。
私は無言のまま頷き、何か方法はないかを考える。
ちぃと千佐子さんが会話をする方法・・・か。
でも、1つの体を2人で使ってる以上は、同時に会話なんて出来ようもないし・・・。
私は俯いたまま、ぼんやりと方法を考えていると、
ちぃは体育座りのまま、俄かに背筋を伸ばし、顔を上げた。

「あ!!みんな戻ってきたみたいだよ。そろそろ、リハ再開の時間だね」

スタジオから離れてた、ももち先輩や舞ちゃんたちが戻ってくるのが見えた。
ちぃは、よっと足を上げると、反動を付けてピョンと軽快に立ち上る。
そして座ったままの私に、右手を差し出してくれた。

「はい、梨沙ちゃん!」
「・・・・・ありがと、ちぃ」

私はちぃの右手を掴む。
そして、ヨイショっと声を上げ、ちぃに引っ張り上げてもらう。
ちぃは、そんな私を観ると、楽しそうにケタケタと笑っていた。

「おばーちゃんじゃん!!」
「あのねぇ。19歳の乙女を捕まえておばーちゃんはないわ〜!ももちせんぱいならともかく・・・」
「あ!!ももちせんぱい!!いま、梨沙ちゃんが・・・・!!!」
「いやぁ!!今日もお若くて、お肌ピッチピチですね、ももちせんぱ〜い!!!!」

戻って来たももち先輩にちぃがチクろうとしたので、速攻で誤魔化す!!
しかし、ももち先輩は「ほぅ?梨沙ちゃん???なにが、ともかくだって??」と、すでに臨戦態勢だった。
まさかすでに聞こえてたとは!!なんと言う地獄耳!!!
そしてももち先輩はぶんむくれた表情を浮かべ、、私にこう言ったのであった。

「あぁ〜あ。せっかく、みっしげさんから、お菓子貰ったのになぁ〜!!!」
「・・・・・・・・・・・・え?」
「今、事務所の中でたまたま会ってさ。『みんなにあげるね』ってチョコレートくれたんだよね」
「ほ、ホントですか?!!」
「だが、お前に食わすチョコレートはない!!・・・・ふなちゃん、食いな!!」

そう言って小分けになったチョコを2つとも、むすぶに手渡すももちせんぱい。
むすぶは最高の笑顔で「いいんですか!?やったぁ〜!!」と、私に見せつけるように、チョコを片手にCM女優のようなポーズを見せる。
そ、そんな!!これは、いくらなんでも、あんまりな仕打ち!!!

「ちょっと、むすぶ〜〜〜!!!それ、私の!!!返して!!!」

私は涙目でむすぶにお願いするが、
むすぶは極めてしょっぱい顔で、「いや、むすぶが貰ったものだし・・・」と拒否る。
だが、絶対にあきらめない!!私はなおも食い下がる!!!

「元はと言えば、わたしのじゃん!!!」
「そう言われてもなぁ。せやな、土下座でもしてくれたら・・・・」
「返してください!!!(土下座)」
「ちょっ!!一瞬でホントに土下座しないで、梨沙ちゃん!!!むっちゃ悪人みたいやん、わたし!!」

動揺しまくりながら、慌てて私を引っ張り起こし、チョコレートを手渡してくれるむすぶ。
そして、超レアアイテムの「ちゃゆのチョコレート」をGETし、高らかにガッツポーズをする私。
そんなやりとりを、他のメンバーは大爆笑しながら見ている。
ももちせんぱいも「ほんと、梨沙ちゃんは、みっしげさんが絡むとしょーがないなぁ」と呆れながら、楽しそうに笑っていた。


・・・・・その時。


私は道重さんのチョコレートを掲げながら、ふと、ある事を思い出した。
以前、ももち先輩と道重さんが、コットンクラブでイベントやってた頃の事。
確か、ももち先輩は、道重さんと楽屋で・・・・。

「・・・・・・・・・・・!!!」

そうか、その方法があるじゃん!!
私は心の中で快哉を叫んだ!!さっすが!!!私たちの頼れるPM!!!さっすが!!女神道重さま!!!




やがて。。再開されたリハも終わり。
みんなが帰り支度をする中・・・私は満面の笑顔を浮かべ、ちぃの腕をギュッと掴んだ。
すると、ちぃは不思議そうに首をかしげながら、私の方を振り返った。

「ん、どうしたの?梨沙ちゃん」
「あのね、ちぃ!!!わたし、いい事考えたんだけど!?」
「へ??」
「千佐子さんと、ちぃが会話する方法!!!!!」

ちぃは一瞬、キョトンとした表情を見せた。
だが、次第に表情はパーッと明るくなり、満面の笑顔を浮かべたんだ。

「え?!本当に??!」

私の顔を嬉しそうに覗き込むちぃに、
私は得意げに頷き、その方法を伝えたのだった。






千佐子さんと出会ってから、4日目の夕方。
ちぃは事務所で私と会うなり、むっちゃ嬉しそうな笑顔を浮かべ、一冊のノートを私に見せてきた。

「観て、梨沙ちゃん!!!交換日記!!!」
「おぉ〜。さっそく始めたんだ!!?」

ニッコニコな笑顔で交換日記を自慢してくるちぃは、
さながら、学校の先生に自分がやった宿題帳を得意げに見せてくる、小学生のようだった。

そう、交換日記。
これは、1つの体を共有し合うちぃと千佐子さんが、言葉を交わすために、私が提示した方法だった。
以前、ももち先輩と道重さんが、コットンクラブの楽屋で手紙の書き置きで交流をしていたと言う、
鼻血ものの大萌えエピソードからリスペクトさせて頂いた方法!!
交換日記をすることで、ちぃと千佐子さんで、互いに情報交換が出来るハズ。

嬉しそうに交換日記を差し出して来たちぃに、私は「読んでいいの?」と聞くと、
ちぃは「えっとね。このページだけ、観ていいよ!!」と言って、最初のページを開いてくれた。
そこには、よく見慣れたちぃの文字と・・・・まったく見慣れない、書道の先生の様な達筆な文字が交互に綴られていた。

「わっ!字ぃ、うま!!!!」
「やっぱ、大正時代を生きた人は、字の上手さが違うよね!!」
「凄い。時々、旧仮名づかいとか混ざってるね!!」
「しょーじき、時々、読めないね!!」

そう言ってアハハと笑う、ちぃ。
だけど、千佐子さんもなるべく読みやすいように書いてくれてるみたいで、思ってたよりも、全然読めた。
ってか。ちぃ自身、最初の方は何を書いていいのか解らなかったのか、
いの一番に、千佐子さんに「好きな食べ物はなんですか?」とか聞いてるのが、ちょっとカワイイなって思ってしまった。
それ聞いて、どーすんのさ?ちぃ!!

「へー。結構、やりとりしてるね!!」
「書いたら入れ替わってみたいな感じで、1時間ぐらい続けたからね」
「5分おきに、ちぃの中身が入れ替わる感じ?想像すると、ちょっと笑えるね、なんか!!」
「うん、でも・・・・お陰で、一番聞きたかった事も聞けたし。良かったよ」

そう言って、嬉しそうに肩を竦めるちぃ。
へ〜。一番聞きたかった事かぁ。どんな事なんだろう??
例えば・・・・千佐子さんのお姉さんの事とか、そう言うの聞いたのかな??
だとしたら、私もちょっと聞いてみたいな・・・・と思い、私はちぃに問いかけたんだ。

「ねぇ。その、一番聞きたかった事って、どんなことなの?」
「うん?あのねぇ。。ちぃがトイレ入ってる時も、まさか、浮遊霊状態で近くにいるんですか??って・・・」

・・・・・・・・・・・・。
なんか、一番聞きたかった事の内容が斜め上すぎて、
私は思わず沈黙してしまう。

「えっと・・・・。そこなの?ちぃ。一番、知りたいの・・・???」
「あのさぁ!!!梨沙ちゃんは体を共有してないからいいだろうけど、しょーじき、トイレが一番、見られてるのか気になったんだから!!!」

うーーーん。ま、まぁ。確かに・・・・ね。
ちぃに憑りついてない時は、可視出来ない浮遊霊状態で、ちぃの周りにいると言っていた。
ってゆっか、今も、周りにいるんだよね?・・・・多分。
この状態でトイレに行くと・・・・た、確かに、ちぃの立場だと、むっちゃ、気になるかもしれない。言われてみれば・・・!!
ふむ。これは憑りつかれてる本人にしか、絶対浮かばない質問かもしれない!!

「え?で・・・・ど、どうだったの??結果は??」

この解答を私が聞いたところで、しょーじき、どーでもいいっちゃどーでもいいんだけど・・・・。
なんとなく、話の流れ上、結果を聞いてみる。
すると、ちぃは胸の真ん中に両手を当て、ものすごーくホッとした表情を浮かべ、答えたんだ。

「えっとねぇ。『お手洗いの際は、扉の前で待機しておりますので、心配しなくても大丈夫ですよ』って書いてあったの!!良かったぁ!!」
「そ、そっか。それは良かったね・・・・」
「でも、扉の前にいられると、今度は音がちょっと気になるから。出来れば、もうちょっと離れてて欲しいって、書いといた!!」
「そっか!!それは良かった!!!ちぃ!!!」

なんだろ?なんなんだろ!このどーでもいい会話!!!
いや、ちぃにとっては生活を脅かすレベルで気になる質問なんだろうけど・・・。
なんか、私の知りたかった質問、絶対、そこじゃない!!


すると。


私の心の声を察したのか、察してないのか・・・・(多分、察してない)
ちぃは日記のページを捲り、「あとね、あとね!!ちぃがどうしても聞きたかったのは・・・」と言いながら、日記を上から下まで順繰りに目を通していく。
そして、「あ、これこれ!!!」と一人呟き、ちぃは私に向けて、その質問を読み上げたんだ。

「千佐子さんへ。昨日のライブリハーサルでカントリーの曲をやりましたが・・・・千佐子さんは、どの曲を本番で歌いたいと思いましたか?」
「・・・・・・・!!!」
「この質問。2番目に聞きたかった質問なんだぁ」

そう言って、日記を見つめながら目を細める、ちぃ。
そんなちぃを見ながら、私は思わず心の中で叫んだ。
そ、そう!!それだ!!私が聞きたいの、そこら辺の質問!!それが聞きたかった!!!

ちぃがこの状態になったのも、元はと言えば、千佐子さんにステージに立たせて1曲だけ歌わせてあげたいって理由から。
言うなれば、それが最終目的だもんね。
どうせ1曲歌って貰うなら、千佐子さんが気に入った曲を、本番のステージで歌わせてあげたいよね。
・・・・・・・・・・・・・。
ってゆっか、むしろ、その質問よりトイレの方が上って・・・・さすがにどーなのよ?!ちぃ!!!


「え??で・・・・なんて返答が・・・あったの??」

わたしが生唾を飲み込み、恐る恐る聞くと・・・。
ちぃはコクリと頷き、その返答が書かれたページを見せてくれた。
そこには、すごく綺麗な達筆で・・・・「シャイニング」と書かれていた。

「シャイ・・・ニング・・・・」
「メロディが切なくて、凄く好きだって。この曲を歌えたら、きっと、気持ちいいでしょうね・・・・って書かれてる」
「そっか。シャイニングか・・・・」

そっか。
確かに、声楽を習ってた人なら、この曲をみんなの前で気持ちよく歌い上げたいと思うよね。
ももち先輩も、あの曲歌うのが一番気持ちいいって言ってたし。。
この曲を歌う千佐子さんを私も観てみたいし、ちぃの代わりにステージに立って、この曲を思いっきり歌わせてあげたいと私は思った!!

なんだけど。
ただ、あの曲ってさ・・・・・。

「・・・・ぶっちゃけ、うちら。バックダンサーポジションだよね、ちぃ。。」
「それなの、梨沙ちゃん!!どーしよっ!ちぃのパート♪SHINE YOU’RE SHINING〜〜しかないんだけど!!マジで!!」

そう!大げさではなく。
本気でマジで、ちぃのパート、そこしかないんだ・・・・シャイニング!!!

「うーーーーん。千佐子さん、ライブでそのパート歌うだけで、満足してくれるかなぁ?・・・・・梨沙ちゃん」
「いや、これはさすがに、申し訳ないでしょ?!!」

そうかぁ。よりによって、歌いたい曲、シャイニングかぁ・・・・。
せっかくだから、千佐子さんが歌いたい曲を、歌わせてあげたいけど。うーーん。
わかごめとかなら、ちぃのパート多いんだけどなぁ。
でも、さすがに大正生まれの方に、「もう、あなたって、いつもそう!」をやらせるのは、無理だよねぇ・・・。
とはいえ。シャイニングはパートなさすぎだし・・・・とりあえず、他の曲に替えてもらうのが妥当だよ・・・ね。

「まぁ・・・何を歌って貰うかは、一旦、保留しとこ!私も何がいいか、探しとくよ、ちぃ」

そう告げると、ちぃは「うん・・・・」と小さく呟いた。
その表情には、『出来れば一番歌いたい曲を歌わせてあげたい…』って書いてあるけど。こればかりはね。

「そうだね。ちぃもなんか、探してみる!!」

そう言って、ちぃは無理やり笑顔を覗かせ、ゆっくりと頷いたのだった。






その日の夜。
お風呂上り、私は部屋にいつもどおり、サユミンランドールのサウンドトラックを流した。
道重さんの美しいエンジェルボイスを耳にしながら、肌に化粧水をまぶし、鼻歌交じりで髪の毛をタオルで拭く。
そして、机に飾られた、昼間獲得した道重さんから貰ったチョコレートをニヤニヤみつめつつ、
私はノースリーブに下がジャージのまま机に向かった!!

「さーて。じゃぁそろそろ、学校のレポートでもやろっかな・・・!!」

そんな事を一人呟きながら、椅子に腰かけた瞬間。


――♪うさちゃんピース!!うさちゃんピース!!!


部屋にスマフォの呼び出し音が鳴り響く。
あれ?誰からだろ・・・・・と思ってスマフォを手にすると、画面には「知沙希」と書かれていた。

「あれ?ちぃだ・・・・。どーしたんだろ??」

画面をフリックし、もしもし??と電話に出る。
すると、受話器の向こうから聞きなれた、ちぃの声が聞こえた。
だが・・・・声は聴きなれていたのだが・・・

「もしもし?ちぃ??」
「あ、あの・・・・梨沙さん??」
「え?・・・・ちぃ・・・・うん?あれ?もしかして?!」

聞きなれた、ちぃの声。
だが、明らかに、口調が違った!!!
そうだ。ちぃじゃない!!もしかして、この喋り方は・・・・もしかして??

「え???ちさ・・・こ・・・・さん??」
「あ、はい!!そうです!!良かった、繋がった!!凄い!!!」

電話の向こうで、千佐子さんが大興奮してるのが解った。
ってゆっか、私も大興奮。
まさか、あの千佐子さんが、スマフォを操れるようになるだなんて!!!

「えぇえええ!!凄い!!!電話かけられるんですね!?」
「はい、おかげさまで!!!せっかく使えるようになったので、試しに、梨沙さんと電話をお繋ぎしてみようと・・・・」
「そうだったんですね!!凄いですよ!!え?間違えずに、掛けられました??」
「あ、はい。ちょっと、操作が難しくて・・・・10回ほど、間違えてももちさんに電話入れてしまったんですけど・・・なんとか!!!」
「はぁ?!!!ももちせんぱいに、10回!!?」
「あ、でも。1度も、出られなかったんで、大丈夫です」
「そ、そうですか・・・・」

じゃぁ、10回分のちぃの不在着信が、ももち先輩のスマフォに残ってるのか・・・。
・・・・・・・・・・・・・。
うん、、まぁ、なんて言うか・・・・・・・ちぃ、ガンバ!!☆

でも。。
ももち先輩に間違い電話はともかく!!
大正生まれの千佐子さんが、こうやって私に電話をかけてくれてるのは、中々感慨深いよね。
「本当に凄いですよ」と私が言うと、千佐子さんは嬉しそうに「梨沙さんと知沙希さんのお陰です」と答えた。
そして、千佐子さんは、ゆっくりとした口調で・・・・私に、こう言ったんだ。

「でも、凄いですね。電話って!!」
「ん??」
「わたしは栃木。梨沙さんは東京にいるのに・・・・。こうやって、直接、話すことが出来る」
「・・・・・・大正時代って、電話ないんでしたっけ?」
「ありました。でも、自宅とかには、殆どなくって、銀行とか郵便局とか・・・あと、町に公衆電話がありましたね」
「へ〜〜〜。公衆電話、あるんですね」
「あと。その時代は、電話の交換手の方に、電話を繋いでいただくのです」
「そうなんだ!!直接かかるワケじゃないんですね?!へぇええ!!!」

そっかぁ。いちいち交換手につないで貰うなんて、すっごい不便!!
あぁ、でも、こんなの全然知らなかった!!
大正時代の事なんて、中々知る機会もないし・・・知ろうとも思わなったよ、今まで。。

すると、
電話越しに千佐子さんは大きく感嘆の息を吐き、
物凄く感動した様子で、言葉をつづけた。

「私の時代は、こんなに身近に、当たり前に電話を使えるわけではなかったので・・・今は素晴らしい時代ですね」
「・・・・・・・・・・・・」
「好きな時に。好きな人に。好きなように話すことが出来て・・・・」
「そうですね。ホントに・・・・」

そう、だね。思えばそうかもしれない。
私たちは当たり前で電話を使い、ヒマになれば、当たり前のように友達に電話をする。

でも、昔は違った。

大正時代は、よっぽどの家柄だったり、公共施設でなければ電話なんてかけられなかったし・・・。
もっと昔。
江戸時代とかは・・・電話なんてそもそも、なかったから。
こうして東京と栃木にいながら、言葉を交わすなんて、きっと、キセキの様な事だった。。

「梨沙さん・・・・本当に優しいですよね」

不意に・・・耳元で聞こえた。
わたしは思わず「え?あ、そ、そうですか?」と問いかけると、
千佐子さんは小さく笑い声をあげ、はっきりと、こう告げてくれたんだ。

「はい。とても!だって、知沙希さんも、交換日記で書いてましたよ?梨沙ちゃんは凄く優しくて大好き・・・・って」
「え・・・・ちぃが??」
「解ります。私も『本当にそうですね』って書きました。だって、見ず知らずの私の為に、こんなに力になってくれる」
「・・・・・・・・・・・・」
「でも、知沙希さんも優しいですよね?お二人とも凄く優しい。そして、お二人とも、凄く大好きです!!」
「あっ・・・。あの・・・ありがとうございます・・・・」

ちぃの声で聞こえる、千佐子さんの真摯すぎる言葉に・・・・なんだか急激に照れくさくなって顔が熱くなる。
こんなに真っすぐな言葉で伝えられると、めちゃくちゃ恥ずかしいと言うか、なんと言うか・・・。
でも、千佐子さんは全く恥ずかしくないみたいで、私の事を、物凄くまっすぐに褒めてくれた。
それは本当に、メチャクチャ恥ずかしいけど、でも、それは正直、凄く・・・・・嬉しかった。

なんだろう??

私たちは当たり前の様に電話でさ、いつでも、好きな時に、誰かに言葉を告げることが出来るでしょ?
だから逆に・・・・なんだか素直に、言葉を伝えられなかったりする。
でも、千佐子さんは、千佐子さんの時代は・・・・いつでも好きな時に・・・・自由に言葉を伝えられるワケではなかった。
だからこそ、伝えられる瞬間。そのキセキの様な瞬間に、大切な言葉を、素直に伝えるんじゃないか・・・・なんか、そんな気がした。


そんな事を思っていると・・・。
ふと、電話越しに、聞きなれた曲の、聞きなれたメロディが、私の耳に聞こえた。

「♪SHINE 夜中〜 互いに心〜」
「????!!」
「♪通わせ合う為〜 電話は 進化したの〜」


ここ・・・シャイニングの・・・私のパートだ。


わたしが何も言わず、ちぃの声で聞こえてくる、そのパートに耳を傾けていると、
歌い終えた千佐子さんは、クスっと小さく笑い、電話越しに私に言った。

「梨沙さんが歌ってらした小節。ここ、凄く好きなんです、わたし!!」
「そう・・・なん・・・ですか?」
「歌声も好きですし、歌詞も好きです。私、このスマフォ?っていうの観て、本当にそう思ったんです。夜中に互いに心を通わせ合うため・・・電話は進化したんだと!!」
「・・・・・・・・・・・」
「こうして当たり前に誰もが電話を持って、当たり前にこうして夜中に心を通わせあえる。本当に、奇跡みたいです!!」
「・・・・・・・・・・・」

そう・・・・そうです、よね?
あぁ。確かに・・・・そうかもしれない。

私たちは本当に、生まれた時から、当たり前の様に受け入れていた事だったけど。
東京と栃木にいるのに・・・・・こうやって、心を通わせ合える。
それって、実はもの凄い、奇跡ですよね??

これが本当は奇跡みたいなことだって、
どうして19年間、一度も、思わなかったんだろう・・・・私。


それから――。
もう数分ほど話をし、私たちは「おやすみなさい」と告げ、電話を切った。
切った瞬間、なんだか不思議と寂しくなる。
今まで、友達との電話を切った瞬間とか、寂しく感じる事なんてなかったのにな・・・・。

私はスマフォを机の上に置く。
そして、いつの間にか終わっていた、サユミンランドールのサントラをもう一度かけようと、椅子から立ち上ると、
再びスマフォのアラームが「うさちゃんピース!」と鳴り出した。

「え!?また??だれ???」

ビックリしてスマフォの画面を観ると、
画面にはまた、「知沙希」と表示されていた・・・。

え??また???
なんか、内容伝え忘れたのかな?
あ、それとも、もしかして、また、誤動作してんのかな??
私はとりあえず「もしもし?千佐子さん??」と言って電話に出ると・・・・電話の向こうから、むっちゃキレ気味の声で
「ちがーーう!!!ちぃだよぉお!!山木ぃいいい!!!」と、怒鳴り声が聞こえた。

「え??・・・・・あ!!本物の方?!!」
「本物だし!!ってゆっか!!なんで、まっさきに、千佐子さんの名前が出るの?!」

え?な、なんか、妙な所に噛みついてくるんですけど、この人!!
まさか、そんな部分に難癖つけられるとは思わなかった。。
私はちょっとたじろぎながら「あ、いや。今さっきまで、千佐子さんと電話してたからさ・・・」と答えると、
ちぃはキレ気味だった声色を少し落とし、電話越しに頷いたんだ。

「あ!!そうそう!!ついさっきの時間に、梨沙ちゃんへ発信履歴があったから!!!もしかして、千佐子さんがかけたのかなって思って・・・」
「うん、そうだよ。千佐子さんから電話があったの。ついにスマフォを使いこなせるようになって嬉しいから、電話したって」
「へ〜〜!!やっぱ千佐子さんがかけたんだ!凄い!!!本当に、使いこなしてるじゃん!!」

ついさっきまでキレ気味だったのに・・・。
千佐子さんがスマフォを使いこなしてるのを知り、我がことの様に喜ぶちぃ。
うん・・・・確かに。千佐子さんが「知沙希さんも、とても優しい」って言うはずだなって、妙に納得した。
発信履歴を観て、むっちゃ驚いて、私に聞こうと思ってかけたんだろうな。

あれ、でも・・・・。
発信履歴と言えば・・・・。

「ちぃさ。私の発信履歴の前は、見た??」
「え?見てない。梨沙ちゃんのが何故か履歴の一番上にあったから、驚いてかけたの」
「そっか。じゃぁ、私の前の発信履歴をみとくとイイよ??」
「なんで??」
「ももちせんぱいが、10連発になってるから」
「はぁあああ!?な、なんで、なんでそんな事に!?えぇえええ?!」
「千佐子さんが、誤操作で、ももちせんぱい怒涛の10連発してるハズ」

その瞬間。
電話越しに、ちぃの「うそでしょ!?なんでよりによって、ももちせんぱいに10連発するの!?」という、嘆きの叫びが聞こえた。
うん、それ。私も思った。相手がやなみんとかだったら、まったく問題なかったのにねぇ・・・・。
まぁでも。この時間に気づかないって事は、ももちせんぱい、多分、もう、寝てるだろうから・・・取りあえず、ごめんねメールしときな?と、ちぃに助言すると、
ちぃは「うぅうう。わかった。この後、すぐ送っとく・・・・」と、予期せぬ不幸に、涙声になっていて、思わず笑ってしまう。
わたしが小さく「ちぃ、ガンバ!」と告げると、ちぃは「うぅう・・・ガンバる」と呟いた。
そして・・・・。

「あ、じゃぁ。梨沙ちゃん・・・・・おやすみ!」
「うん。おやすみね、ちぃ」

互いにお休みを交わし、電話を切る。
切った瞬間。うん。私は思ったんだ。確かに電話って凄いって!!!
東京と栃木にいるのに、こんなに当たり前に、「おやすみ」を言い合えるんだもん。凄いや!!!

そして・・・・。

いつも当たり前の様に電話で言ってた、ちぃとの「おやすみ」だけど。
それがいつもよりも、ずっと嬉しくて、ずっと大切で、ずっと幸せな事のように、私は思ったんだ。



(第2章 完  ・・・・3章へ