もうひとりのあなたへ…   





第1章 きみによく似たあなた。








新神戸を9時16分発、東京行きの新幹線。
朝の新幹線は、スタッフさんもメンバーも完全に眠りこけていた。

そんな中。

私とちぃは2人席で、顔を寄せ合い、みんなに聞かれないよう声のトーンを限界まで落とし、ヒソヒソ声で会話を繰り広げていた。
ちぃはさっきから、半泣き状態で、「どうしよう、ちぃ、幽霊に憑りつかれちゃった・・・」と、しきりに呟いていた。
私は恐怖に戦いた表情で「と、憑りつかれた・・・・って・・・・」と、思わず身じろいだ。
と、憑りつかれたって事は・・・・なに?つまり、ちぃの中に今、幽霊が・・・・ゆ、幽霊が・・・??

「どーしよう!!梨沙ちゃん!!!」

そう言って私の腕に縋りつくちぃ。思わず私は「ヤダ!さわんないで!!」と振りほどく。
その対応にショックを受けたのか、ちぃは大きく目を見開いて「酷い!!梨沙ちゃん!!チョー冷たい!!」と声を荒げた。
えっと・・・・あっと・・・・。
私も咄嗟の恐怖とは言え、さすがに今のは申し訳なく思い、「あ。ご、ごめんね?つい・・・・」と謝り、ちぃの肩に手を触れると・・・

「そうですよ。怯えないでください」
「え???」
「わたしは別に、憑りついて殺したりなんかはしませんよ??・・・梨沙さん?」
「ピ、ピギャアアアアアアアアアアア!!!!」

明らかにちぃの反応ではない。
ちぃの中身がいま、『謎の幽霊女』である事に気づき、私は思わず悲鳴を上げると・・・・

「梨沙ちゃーーーん!!!なに、新幹線で奇声をあげてんのぉお!??」
「す、すみません!!ももちせんぱい!!!!!すみません!!」
「もりとちと言いさ、なんなの、さっきから、2人ぃいいい!!!!」

私の奇声もさることながら、それ以上の音量で、車内にももち先輩の説教が響き渡る。 
幽霊も確かに怖いが、とりあえず、ももち先輩の雷が一番怖いのは間違いない!!
私は可能な限り体を通路側に引き、恐る恐る、窓際に座るちぃ・・・・・いや・・・・・ちぃの中にいる『誰か』に問いかけた。

「い、いま・・・ちぃじゃ・・・・ないんです・・・よ・・・ね?」
「えぇ、違います。知沙希さんは今、意識の奥でスヤスヤと眠ってらっしゃいます」

そう言って、クスッと笑う幽霊女。
・・・・・・・・・。
ってゆっか。私はふと、疑問に思う。私はさっきから、ちぃの事は「ちぃ」としか呼んでないのに。

「・・・・・・なんで。ちぃの名前が『知沙希』って・・・・知ってるんですか??」

メンバーもスタッフさんも、誰もちぃの事を「知沙希」と呼んでないのに・・・・。
私が訝し気に問うと、彼女は口元に手を添え、上品に笑い声を立てた。

「フフフ。昨晩、知沙希さんに お伺いしましたの。私の名をお伝えしたら『わっ!名前も似てる、私たち!』って、とても驚かれて」
「名前も・・・・似てる??」
「申し遅れました。わたくし、千佐子(ちさこ)と申します」

知沙希(ちさき)と千佐子(ちさこ)。
確かに名前が似ている。
そして、さっきちぃは「わっ!名前『も』似てる、私たち!」と驚いてたと、千佐子さんは言った。

怖いのであんまり、思い出したくないが・・・。

昨夜、意識を失う直前に私が見た幽霊は・・・・ちぃと瓜二つの顔だった。
恐らくあの幽霊が今、ちぃの中に憑りついている、千佐子さんって事なのだろうか?

「あの。ち、千佐子・・・・・・さん??」
「はい、なんでしょうか?」
「えっと。どうしてあなた、ちぃの体に・・・・と、憑りついたんですか?」
「え?どうしてって・・・。顔が似てるからか、不思議と波長が合ってしまったんでしょうね。観た瞬間、解りました。あ!この子の中に私は入れそう!!・・・って」
「は?!ちょ・・・ちょっと待ってよ!!!入れそうだからって、ちぃの体を奪うとか!!?なに、それ!!?」

千佐子と名乗る幽霊。
彼女のあまりに勝手な言葉に、私は思わず言葉尻を荒げてしまった。

その瞬間。

新幹線の通路越しから、私の腕にトントンと手が触れられ、私はビクっとして振り返った。
するとそこには、むすぶがあきれ顔を浮かべながら、通路越しに手を伸ばしている姿があった。

「え???むすぶ・・・・」
「ちょっと、梨沙ちゃん。(ヒソヒソ)ももちせんぱい、ブチギレ寸前だから・・・シー!!」
「あ・・・・」

恐る恐る、むすぶの2つ隣の窓際に座るももち先輩を垣間見る。
そこには、ジトーっとした目で、私を睨みつけているももち先輩。
そのまなざしから、「やーーまーーきーーぃいいい??」と言う声が今にも聞こえて来そうで、私は思わず「ひぃ!」と目をそらしてしまった。
そして俯きながら、「すみません、すみません、ももちせんぱい、すみません」とお経の様に唱えると、
むすぶは大ウケした様子で、笑い声の代わりに、小さな音で、両手をパンと叩いた。

「まぁ、とりあえず、あれや。東京駅まで・・・・シー・・・やで?梨沙ちゃん」
「了解です・・・・むちゅ」
「ってかさ、『入れそうだから、ちぃの体を奪う』って・・・・2人で、どんなエロ会話しとんねん!!」
「あ、いや!!ベ、別に、へ、変な意味では!?」

声を荒げてしまったせいで、よりにもよってその部分が、むすぶに聞こえてたらしい。
むすぶは小さく肩を揺らしながら「りさちぃ、エロいわ〜!!」と笑い声をあげる。
だが、その瞬間。今度はももち先輩のジト目が、自分に移ったのが解ったのか、むすぶは「ヤバッ」って表情を見せると、即座に狸寝入りを始めた。


確かに・・・。
これ以上喋ってると、東京駅到着後、ももち先輩の大説教タイムが始まってしまいそうだし。
そもそも、他のお客さんにもリアルで迷惑をかけてしまいそうだ。
ってゆっか、すでにかけてるよね!!

「あの・・・・千佐子さん。新幹線の他のお客さんに迷惑かかるとマズイし。とりあえず、話はあとでにしません?」

うん、聞きたいことは山の様にあるんだけど。
他のお客さんに迷惑かけてはいけないし、ってゆっか、ももち先輩がマジ恐怖なので・・・新幹線に乗っている間は、黙っていましょうと提案を投げかけてみる。
だが千佐子さんは、私の提案に対して、ものすごーく不思議そうに首を傾げていた。

「え??しんかん・・・せん?しんかん、せん・・・・って・・・なんのことですか?」
「は??新幹線って・・・・この乗り物ですけど?」
「乗り物??ここ、部屋じゃなくて、乗り物なの??・・・・・・え?!わっ!!なんですか、これ!?景色が流れて行ってる!?えぇえ?!?!?」
「ちょっ!!だから、大声、、ダメ!!!!」

千佐子と言う幽霊は、私に言われるまでここが「新幹線」と言う名の乗り物である事に気づいてなかったらしい。
私の言葉を聞き、窓の外に流れて行く景色に気づいたのか、何やら大興奮をしていた。
窓枠に張り付いて、子供の様に景色にかぶりついている。
なんなんだ??生前に・・・・・新幹線とかに乗った事のない幽霊なのだろうか?

まぁでも・・・。
とりあえず、黙って景色を見入ってくれてる分には問題ないか。
窓の外を見ている千佐子さんは放置して、私は持ってきていた小説でも読むことにした。



そして・・・1時間ほど経つ。



小説の半分ほど読み終え、
ふと私が隣の席を観ると、千佐子さんも疲れたのか、いつの間にか静かに眠っていた。
私は恐る恐るに、彼女の顔を覗き込んだ。
寝顔はもちろん、いつもの愛らしい、ちぃの寝顔なんだけど・・・・。

千佐子さん・・・?
いや、今はちぃなのかな??
寝てる状態って、どっちになるんだろう??

疑問を感じながら、スヤスヤと眠っているちぃの顔を見つめていると、
俄かにツツーっと・・・・眠っているちぃの右目から、涙がこぼれたのが解った。

「え・・・・???!」

一瞬、ちぃを起こそうかと、手を伸ばしかけるが・・・・。
その表情は、別に苦しんでいる様子とかはなかった。
ただ・・・・寝言なのだろうか??眠っているちぃは、にわかに、「お姉ちゃん・・・」そう、呟いたんだ。

「お姉・・・ちゃん??」

これって、ちぃがお姉ちゃんの夢をみているのかな?
それとも・・・??

私は伸ばしかけた手を元に戻す。
今、どうなっているのか解らないけど、とりあえず、東京駅まで寝かせといてあげよう・・・そう思った。


私は眠っているちぃの向こう、新幹線の窓の外に目を向ける。
物凄いスピードで景色が流れて行く。
そんな流れて行く景色の中に、一瞬、『三島』と言う駅名表示の看板が見えた・・・。
あぁ・・・あと50分ぐらいで東京だ。
私は心の中で思わず、やれやれ・・・と呟いた。






東京に着くと・・・。
その日はお昼から2か所の雑誌取材を受け、解散となった。

まだ時間も早いし・・・本当だったら、「ちょっとみんなで食事でも、どう?」と誘いたいとこではあったけど、
この状態のちぃを連れて、全員で食事は、さすがに危険であろう。
とりあえず、他のメンバーとはバイバイして・・・私はちぃと2人で、食事に行くことにしたんだ。

渋谷の街並みを歩く。
夕食にはまだ早いぐらいの中途半端な時間帯だけど、時間帯なんて関係なく、渋谷はいつ来ても人が多い。
スクランブル交差点で、ちぃはすれ違う人をフラフラと交わしながら、私の肩がけのバッグを掴んで歩いていた。

「ねぇ・・・・ちぃ」
「ん?」
「今。ちぃで、いいんだよね・・・??」
「うん、そだよ、梨沙ちゃん。ってか、さっきからそうじゃん!」

確かに。
取材の時も、千佐子さんはいちども現れてはいなかった。(まぁ、取材中に出てきても困るけど)
とりあえず自分が見た限り、新幹線以来、一度も出てきてはいないと思うのだが・・・・

「なんか、人混み躱すの下手だから・・・・もしかして、千佐子さんかな?って」
「ひっど!!どーせ栃木県民は、人混み慣れてませんよー!!!!」

そう言って、笑いながら肩をぶつけてくるちぃ。
そんないつもの雰囲気に、私はなんだか安心して「ごめんごめん」と笑った。
そう。同じ体に共存しているけど、やっぱり、ちぃと千佐子さんでは、空気が全然違う。
ちぃの時はゆるーい空気感になるが、千佐子さんの時は、なんとなく清楚で大人びた雰囲気になる。


あの人って、いつの時代の人なんだろう・・・??


私はふと、疑問を感じた。
さっきの様子だと、『新幹線』と言う言葉そのものを、全く知らない様子だった。
とりあえず、自分たちと同じ、平成生まれではなさそうなんだけど・・・。
ってか新幹線って、いつ出来たんだっけ?近代史、苦手なんだよねぇ・・・わたし。


そんな事をぼんやり考えているうちに、私たちは目的の喫茶店へたどり着いた。
ここは、学校の友達に教えてもらった、紅茶が美味しいと言う喫茶店。
ドアを開けると、ウッド作りのオシャレな店内から、茶葉のかぐわしい香りが広がってきた。

「ここさ、紅茶の美味しい店なんだって」
「へーー!!そうなんだ!!梨沙ちゃん!!」

そう告げると、ちぃは嬉しそうに店内を見渡しながら、♪夢の世界へ連れてって〜と、小声で歌い出す。
Buono!さんの「紅茶の美味しい店」と言うタイトルの曲。
それを口ずさんでいる時点で、確実に中身がちぃである事が解るので、なんだか安心してしまう。
私が♪あなたの声についてゆく〜と、コーラスを被せてあげると、ちぃは「おっ!」って感じで目を丸くし、むっちゃ嬉しそうに笑っていた。

そうこうしているうちに・・・。
従業員さんに「おまたせしましたー!!」と案内をされ、私たちはテーブルに着く。
案内された席は、お店の隅っこで窓際の席という、お話しするにはベストな席だった。

私はアイスミルクティ。
ちぃは散々悩んだ末、アイスミントティーを注文した。
「紅茶の美味しい店」で有名なお店なだけあって、運ばれて来た紅茶は、どちらもBuono〜!と叫びたくなるぐらい、本当においしかった。

私たちは紅茶を味わいつつ、一緒に出てきたドライマンゴーを1つずつ口にする。
ドライマンゴーの程よい甘みが口に広がる。
私はその後もう一度、アイスミルクティを口に含むと、ゆっくりと・・・話の口火を切り始めたんだ。

「あのさ、ちぃ・・・・」
「うん」
「千佐子さんが出てる間ってさ・・・・ちぃは、どうなってるの??」

まず一番の疑問。
さっきの新幹線の様に、千佐子さんが前面に出ているとき、ちぃの方は一体、どうなっているんだろうか?
そして今は、千佐子さんはどうなっているのか??

私が問いかけると、
ちぃはドライマンゴーを口にくわえながら、しばし、難しい表情で考え込んだ。

「ん〜。あんまりよくわかんないんだけど。・・・・なんか、夢見てる状態。夢を見てて・・・凄く遠くの方で、誰かの声が聞こえてる感じ」
「遠くの方で?それって、外の声??」
「多分・・・。梨沙ちゃんぽい声が聞こえてたから。でも、会話は全然聞こえない!凄く・・・電波が悪くて、遠くて聞きとれない電話って感じ」
「あぁ〜〜。そう言う感じか」

ちぃにしては、凄く解りやすい例え!!
私が「それ、解りやすい」と感心すると、ちぃはむっちゃ得意げに「でしょ〜〜??」と腰に手を当てた。
そして褒められ気を良くしたちぃは、引き続き説明を続けてくれたんだ。

「それで、夢を見てるんだけど・・・。千佐子さんが意識から退くと、急に目が醒めるんだよね」
「つまりそれって、千佐子さんが退いてくれない限り、目が醒めないってこと??」
「うーーーん。あ、あとは、朝のロビーの時みたいに。叩かれたりすることで、フツーに目が醒める感じ」
「そっか。なるほどね・・・・」

それらの説明を聞き・・・私は思わず顔をしかめた。
ちょっと待って?つまり、千佐子さんが退くか、誰かに強制的に叩き起こされない限り、ちぃは自力で、覚醒出来ないって事??
自力で、自分の体を取り戻せないって事??
それって、殆ど体を乗っ取られてる状態って事なのでは・・・・??
それ・・・物凄く危険な幽霊に、憑りつかれてるって事なんじゃ???

でも、ちぃはあまり、事の深刻さを解ってないらしく。
「ホント、ここのミントティ、むっちゃ美味しいね!!幸せ〜!!」と目を細めている。
うん。前から「もりとち」は無防備な生き物と思ってはいたけど、改めて、なんて無防備すぎる生き物なんだ・・・。

私は「あのさぁ、ちぃ・・・」そう言って、テーブル越しにちぃに顔を近づける。
ちぃは、なになに?って表情を浮かべ、耳を寄せてきた。
そう。さっきのちぃの話からすると、片方が主導権を握ってる間、もう片方の人格には声が聞こえてないらしいけど、念には念を。
一応顔を近づけ、私は小声でちぃに話しかけた。

「なに、梨沙ちゃん・・・」
「このあとさ。お寺にお祓いして貰いに行こうよ。マズイよ、このままじゃ」
「え?お祓い!???い、いいよ。そんな、大袈裟な!!!」
「いや、大袈裟じゃないから!!あなた、憑りつかれてますから!!!」

やっぱり、この無防備な生き物は、事の重大さをさっぱり自覚してない!!

私は思わず声を荒げ、「あなた、霊に憑りつかれてるんだよ?解ってるの?!」とちぃを怒鳴りつけた。
除霊しよう!!除霊!!!こんなの、シチューサラサラの霊どころじゃないから!!

「あなたに、危険な霊が憑いてるの!!ちぃ!!」

思わず机をバーンと叩き、力説をする!!
すると。隣のテーブルにいたカップルが、むっちゃヤバい人を見るような目で、こちらを2度見して来たのが解った。
え?ヤダ・・・・・・・隣のカップルに、完全に、怪しい霊感商法女と思われてる気がする・・・私。
私はコホンと咳払いし興奮を抑え、周りに聞こえないよう声のトーンを限界まで落として、もう一度、ちぃに告げたのであった。

「あのさ・・・本当に霊に憑かれてるんだよ?ちぃ。ヤバイよ?冗談じゃなく、本当にお祓いしないとダメだよ」
「え・・・でも・・・・お祓いまではしなくても・・・・いいよ・・・」
「なんでよ??だって、体、乗っ取られちゃうよ?!!!」
「だ、大丈夫だよ。多分、千佐子さん、いい人だと思うし・・・・」
「あのねぇ〜!!!憑りつかれたばっかりで、何を根拠に『いい人』と思うワケ??」

なにを言ってるんだ、このゆるきゃらは!!
お人よしにも程がある!!!
こーゆータイプこそが、本当に霊感商法に騙されて、水晶玉買わされちゃうんだよ!!
それに・・・・。

「そもそもさぁ〜。いい人だったら、なんで人に憑りつくのよ?!」

いい幽霊は見守りこそすれ、相手に憑りつくとかしないでしょ?たぶん。
人に憑りついてる時点で悪霊の類だと私は思う。
しかし。ちぃは小さくかぶりを振ると、私にこう答えたんだ・・・・。

「そ、それは・・・・・私が・・・歌手だから・・・・」
「ん??」

歌手だから??
それと、憑りつかれるのと、なんの因果関係が・・・??


しばしの間。私はキョトンと、ちぃを見つめる。
そう言えば・・・ホテルで千佐子さんの幽霊を見た夜。
ホラーが苦手すぎの私は、速攻で気を失ってしまったので、その後の顛末を全く知らない。
起きた頃には、ちぃはすでに、千佐子さんに憑りつかれた状態になっていたんだ。

・・・・・・・・・・。

そう。新幹線でも。確か千佐子さん。ちぃの下の名前をすでに知っていて・・・。
「昨晩、お伺いしましたの。私の名をお伝えしたら『わっ!名前も似てる、私たち!』って、とても驚かれて・・・」って言っていた。
もしかして、私が気絶した、あの日の夜に・・・・。

「ねぇ、ちぃ。・・・あの夜。千佐子さんと・・・何があったの??」

もしかして、あの夜に、ちぃと千佐子さんとで、何かやり取りがあったのでは??
私が深刻な面持ちで問いかけると、
ちぃはなんとも言いづらそうな表情を浮かべ、目線をわずかに伏せた。
そして、10秒ほどの沈黙の後、ポツリポツリと、その日の夜にあったお話を語りだしたのであった。






ちぃは言った。

「あの日の夜ね。梨沙ちゃんがポンコツだから、速攻で気を失っちゃって・・・・」

・・・・・・・・・。
うん。
ポンコツ呼ばわりはさすがにイラっとしたけど、
まぁ、私が速攻で気を失ったのはホントすぎるので、悔しいが否定できない。
ポンコツいうな!!・・・と文句言うのは、心の中だけに留め・・・・ちぃの話の続きを待った。

「ちぃもね、最初はむっちゃ怖かったんだけど・・・・幽霊が振り向いたらさ、ちぃ、そっくりだったの!!」
「あ〜〜〜〜」
「私、びっくりしちゃって!!で、向こうもむっちゃ、ビックリしてた!!」

そう・・・・。確かにそう。
私も消えて行く意識の中で、ちぃにそっくりな幽霊を観た気がしてたんだけど。
あれはやっぱり、夢ではなかったんだ・・・。

「なんか。私も一瞬だけ観た気がするんだけど・・・・そんなに、やっぱ、似てるの??」
「うん!!私より、ちょ〜っと大人っぽいけど。もう、チョー似てるんだよ!!」
「へ〜。あの時、もっとちゃんと観ればよかったなぁ」
「よく言うよぉ!!ちぃを置いて、速攻、気絶したくせにぃ!!」

唇を尖らせ、悪戯っぽく笑う、ちぃ。
図星すぎて反論の余地もないので、私はとりあえずアハハと笑って誤魔化し、話の続きを催促した。
ちぃは「あ、うん。そんでね・・・・」そう呟き、喉が渇いたのか、ミントティではなくコップの方の水を一口、口に含んだ。
そして。その後の展開をゆっくりと、時に興奮気味に、語ってくれた。

「なんか、あまりにもちぃに似てるからさ・・・怖いよりも、『え?!なんで?!』って気持ちの方が先行しちゃってね?いっぱい話しかけちゃった!!」
「ど、度胸あるね・・・・ちぃ」
「なんで??!だって、私にむっちゃ似てるんだよ!?凄くない?!」

そして、好奇心の塊になったちぃは、幽霊相手に色々質問をしたらしい。
名前とか年齢とか、なんでここにいるのかとか、色々と。
その時に、『千佐子』と言う名前を聞き、自分の名前が『知沙希』であることを、教えたのだとか。

「ねぇ、千佐子さんって、年齢はいくつだって??」
「20歳って言ってた。大正9年生まれだって」
「え?!大正9年!????」

そう。。新幹線を知らないから、確かに、相当前の人だとは思ってたけど。
まさか、大正生まれだとは!!!
え?それって生きてたら、100歳ぐらい行くんじゃないの!?
でも、年齢が20歳って事は・・・・。

「ハタチの時に、亡くなった方ってこと??」
「うん。結核・・・・で、亡くなったみたい」
「そっか。結核は当時、不治の病だもんね・・・」

確か樋口一葉とか石川啄木とか、みんな結核で死んでるんだよね。
中学の時に習ったなぁ・・・懐かしい。

そんな事を考えていると、隣の席にいたカップルが、丁度お茶を終えたのか席を立ちお会計に向かった。
その様子を、私とちぃは横目で伺う。
ごめんね、せっかくのデート中だったのに。隣の席に、怪しい霊感商法女がいて・・・。
私は心の中で詫びをいれるが、隣が居なくなった事で、ちょっとお話ししやすくなった事にしょーじき、安堵する。
ちぃも話しやすくなったみたいで、声のトーンをさっきよりも、少し上げて話の続きを始めた。

「でね。私たちが泊まったホテルのあった場所に。昔、サナ・・・・ト・・・なんとかがあったんだって」
「サナトリウム??」
「それ!!さすが梨沙ちゃん!!!」

結核患者の療養所、サナトリウム。
そう言えば泊まったホテル、海が見える小高い意外といい場所にあった気がする。
サナトリウムが昔あったって、なんか、わかりみ溢れる感じだった。確かに!!

「じゃぁ、サナトリウムで亡くなったんだ・・・」
「うん。結局、回復しなかったって」
「そっか・・・・」
「だから、音楽の夢は果たせなかったって・・・・」
「え?音楽の夢??」

突然出たワードに、私は思わず声を裏返らせ、首を傾げた。
するとちぃは「あ、まだ、話してなかったね・・・・」と前置きをし、説明をしてくれた。

曰く。

千佐子さんは、子供の頃から歌手を夢見て、声楽を学んでいた。
周りにも物凄く期待され、子供ながらに有名歌劇団からお声もかかっていた。
だが、志半ばで、結核にかかり療養。
それでも夢は諦めなかったけど、不治の病には勝てなかった・・・・との事だった。

「その無念があって、もうずーっと・・・あの場所で成仏出来てないって言ってた」
「そうなんだ・・・・・」
「1度でいい。1曲だけでいいから。舞台に立って、みんなの前で歌ってみたい・・・って、泣いてた」
「なるほどねぇ・・・・」

私はそう頷きながら、スマフォで某検索サイトを開き、昨夜泊まったホテル名で検索を入れてみた。
すると、泊まったホテル名に続く検索候補は『○○ホテル 心霊』とか『○○ホテル 幽霊』など、不吉な単語で占められていた。
それを観て、私は心底、納得したのであった。
あぁ〜どーりで綺麗なホテルだったのに、当日にメンバースタッフ全員分、駆け込みで泊まれたと思ったよ!!
ある意味、ネットの有名人なんだね、千佐子さん・・・・。

「それで彼女に、ちぃが歌手である事に気づかれて、妬まれて、憑りつかれちゃったの?」

歌手になりたくて80年間成仏できなかった霊が、
アイドル歌手をするちぃを羨んで、呪って、憑りついた。そういう事なのだろうと、私は思ったが・・・・
ちぃは「うーーーん」と微妙な表情を浮かべ、「ちょっと違うかな・・・」と首を振った。

「気づかれてと言うか・・・・・・むしろ、自己申告と言うか・・・・」
「はぁ!?自分で言ったの?!!歌手になれなかったのを未練に、成仏できないと言う霊に!?私、歌手です。キャハッ!って!?」
「そ、そんな言い方はしてないけどさ!!名前も顔も似てて、歌手目指してるのも一緒とか、なんか嬉しくて・・・・思わず『私、アイドル歌手なんです!』って言っちゃっただけ」
「な、なんで自ら、そんな妬まれるような事を・・・・」
「でも、千佐子さんは全然、妬むとかなかったよ!!それどころか・・・」

それどころか。
千佐子さんはちぃが『歌手』である事を知り、とても喜んだと言う。(さすがに、アイドルの意味は解ってなかったらしいが)
「わっ!本当ですか?!私とそっくりなあなたが・・・舞台上で歌ってるなんて。想像すると、まるで自分の事の様に嬉しい!」と。
そして、彼女は泣きながら言ったのだ。「私には叶えられなかった夢。そっくりなあなたが、沢山、叶えて下さい。」・・・と、応援してくれた。

「だから、千佐子さんは絶対、悪い人ではないよ!」

と、ちぃは繰り返し言った。
・・・・・・・・・・・・・。
まぁ、確かに。その、ちぃの話を聞く限り、悪い人とは思えないけどさ。
でも。結局・・・。

「千佐子さんは、ちぃに憑りついたんでしょ?」

それって結局、妬まれたんじゃないの??
私が核心を突くと、ちぃはムゥ・・・とした表情で、口を噤んだ。
そして、何やらものすごーく言いづらそうに、キョトキョトと視線を泳がせている。

「・・・・・・・なに?まだ何かあるの??」

私が問いかけると、ちぃは口を噤んだまま、コクリと頷く。
そして・・・。
おもむろに口を開き、ちぃは私に、こういったのだ。

「なんか、ちぃ、悲しくなっちゃって・・・。そっくりな顔のこの人に。ちぃからも、何か応援してあげられないかな・・・って、思ってね」
「うん」
「だからね、ほら。ちぃと千佐子さん、そっくりじゃん??入れ替わっても、なんか、バレなそうじゃん??」
「・・・・・・・・うん??」
「だから、あの・・・・。『もしよかったら、1曲だけ・・・私の代わりに、ステージに立ちません?』って・・・」
「・・・・・・・・・。え??」

あまりの意味不明すぎる発言に、私が凍り付いた真顔でちぃをガン見すると、
ちぃは「そ、そんな、怒んないでよぉ・・・梨沙ちゃ〜ん・・・」とヘラヘラと笑いながら、
もうほとんど空になっているミントティを無理やりストローで吸ってから、言葉をつづけたのであった。

「い、いや。ほら、次の土曜、宇都宮でライブがあるじゃん??!だから、私の代わりに、その・・・・1曲だけ、ステージで歌ってみません??って・・・」
「えっと・・・・・・・バカなの??」
「バカじゃないですぅ!!バカって言う方がバカなんですぅ!!」

そう言って、バカっぽい小学生ギレをする、我らがもりとち。
もう、なんて言うか・・・・。
私が心の底から心配してたのがアホに思える程、ちぃがバカすぎだった・・・。

「あのさ!!ゆ、幽霊がどうやって、舞台に立つの?!!」
「そ、そうなんだよね。さすがに幽体のまま、ステージは無理だって話になったんだけど・・・」
「けど・・・?」
「私たち波長もそっくりだから、もしかしたら、あなたの体に憑りつく事は出来るかもって言われまして・・・・」

それで、今に至る・・・・と。
・・・・・・・・・。
なんだろう?きっと、こう言うのを「絶句」と言うのだろう。

私は残念な子を観るような哀れんだ顔で、ちぃを見つめる。
ちぃはさすがにバカにされてるのに気づいたのか、ちょっと半ギレになりながら、言い訳を始めた。

「そ、そもさぁ!!ちぃ、絶対、これ、夢だと思ってたのね!!!だからまぁ、どうせ夢だし、何言っても平気かな??って!!」
「もう一度聞くね、ちぃ。・・・・・・・・・バカなの?」
「だ、だってさ!!病気で歌手になれなかったなんて・・・・そんなの可哀想じゃん!!1曲だけでも夢叶えてあげたいじゃん!!なんとかしてあげたいじゃん!!」

そう言うと、ちぃは暗い表情で目線を伏せ、
「だって。歌を続けたかったのに・・・・病気で復帰出来ないなんて・・・・つらいじゃん。。」と、今一度、言葉をつづけた。
ちぃのその言葉が何を意味するのか・・・・・・私はそれ以上、何も言えなくなり、唇をキュッと噛んだ。

ともかく。

それらの経緯があり、ちぃの体に、千佐子さんの霊が憑りついている状態になったらしい。
つまり、話を統括すると・・・千佐子さんは何も悪くなくて、ちぃが単に、お人よしバカだった、だけっぽい。
口は禍の元。自爆にも程がある・・・。

「ホント、ちぃって無防備だよねぇ・・・」
「ん〜でも。自分とそっくりな人が、そんな思いで成仏出来ないで泣いているの・・・・・・梨沙ちゃん、スルー出来る?」
「まぁ。気持ちは解らなくはないけど・・・優しすぎだよ、ちぃ」

そう言って私は、氷がすっかり溶けてしまったアイスミルクティを口に含んだ。
案の定、すっかり氷で薄まってしまってる上、ミルクと紅茶の層も、すっかり分離されてしまっている。
あぁーあ、話し合いをするときはアイスミルクティは失敗だったなぁ・・・・
私がそんな事を思いながら、ストローを咥えていると、

「本当に・・・・優しすぎですよね?知沙希さん」
「ですよね。まぁ、優しいトコが、ちぃのいいとこなんだけど・・・・・・・・・って!!!!」

私はハッとしてストローから口を離す。
瞬間、ストローが少し唇に引っかかったのか、ポトッとお店の床へと落下していった。
だがストローなんて、どうでもいい。私は目を見開き、正面にいるちぃをじっと観た。
正面に座るちぃは、さっきまでと、幾分、顔つきが変わっているように感じた。

「もしかして・・・・・千佐子、さん?」
「ふふふ。しん・・・かん・・・せん??でお会いした時ほど、怯えなくなりましたね」
「ま、まぁ・・・・」
「その様子なら、お祓いされずに済みそうですね」
「!!!!!聞こえてたの??!」

ちぃは確か、自分が意識の底に眠ってる間は、こちらの声ははるか遠くに聞こえるだけと言っていた。
だから、千佐子さんにも、聞こえてないと思ったけど。
どうやら、こちら側とは、状況が違うらしい・・・・。
千佐子さんはニコッとほほ笑むと、「おそらくですけど」と前置きし、こう説明してくれた。

「知沙希さんは体の持ち主なので。私が体の主導権を握る時は、知沙希さんの意識に眠ってもらう必要があります・・・」
「・・・・・・・・・」
「でも、知沙希さんに主導権を返す時は、私は知沙希さんの意識から退いて、知沙希さんの周りを浮遊してればいいだけなので・・・その違いでしょう」

えっと、つまり・・・・。
ちぃは生きてる人間であり霊体ではないから、千佐子さんが体を操る時は、意識ごと眠って貰うしかない。
でも、千佐子さんは霊体だから、ちぃに体を譲る時は、ちぃの体から霊体となって離れればいいだけって事か。
だからちぃが起きてる間も、霊体となってそこら辺にいる千佐子さんには、私たち2人の会話は、全部筒抜けってワケか・・・・。

・・・・・・・・。

つまり、私たちの傍には、四六時中、幽霊が付きまとってる状態って事か。想像すると、怖っ!!!

しかし、わたしは不意に、疑問を抱く。
あれ?でも・・・ホテルの時は霊の姿が可視出来たけど、浮遊霊になってる時は、全然見えてないな・・・。
私がその疑問を告げると、千佐子さんはしばし考え、
「これもおそらくですが・・・・私はあの場所が臨終の場所なので。あの場所が幽霊である私にとっての、本来の居場所なんだと思います」と説明してくれた。
要するに。ホテルはあくまでも、千佐子さんゆかりのある場所だからこそ、可視出来るぐらいの強い霊力を持てるらしい。なるほどね。

「お解り頂けましたか??」

そう言ってニコヤカにほほ笑む千佐子さん。
同じ顔だけど、ちぃに比べると、やっぱり大人っぽく見えるのが不思議。
ちぃは「悪い人ではない」って言ってたし。確かに、ちぃとそっくりな時点で、悪い人には思えないけど・・・。
でも・・・・。

「あの・・・千佐子さん」
「はい?なんでしょう?」
「さっきの話からして・・・もしかして、あなた。その気になれば、ちぃの意識をずっと眠らせっぱ、乗っ取りっぱも出来るってこと??」

そう!!もしそれが出来るとしたら・・・このまま、永遠に乗っ取られてしまう可能性が出る。
ちぃは自力で覚醒出来ないとなれば、なおさら!!!
私は目を細め、じっと千佐子さんの顔を伺う。
すると、千佐子さんは私の言わんとしている事を把握したのか「確かに、そうですね」と笑い、そして、こう付け加えた。

「でも、相手の意識を眠らせるの。結構大変なんです。多分1時間ぐらいが限度です」
「そう・・・・なんですか?」
「はい。だから安心してください」

私は1曲だけ、ステージで歌えれば、それでいいんです。
知沙希さんの体をこのまま奪おうなんて、私はこれっぽっちも考えていません。

そう言って、
目の前のちぃ・・・・いや、千佐子さんは肩をすくめたのであった。







結構、長居をしてしまったらしい。
居心地のいいお店だったし、特に店員さんも催促はしてこなかったけど、
さすがに2時間ぐらい居座ってしまったのは、ちょっと、迷惑だったかな・・・と思った。
時間ももう、18時を回っていた。
ちぃはそろそろ、家に帰った方が良さそうだよね・・・遠いし。

「じゃぁ、そろそろ帰りましょうか?・・・・あれ?・・・・今、どっち??」
「ごきげんよう。・・・・千佐子です」
「やっぱ千佐子さんか〜。じゃぁ、ちぃと入れ替わってもらえます?ちぃの家の場所、ちぃじゃないと、解らないでしょ?」

そもそも大正時代の幽霊が、宇都宮線とかそーゆーの、解るワケないし。
なので入れ替わって欲しいと私が言うと、
千佐子さんは物凄く不思議そうな面持ちで、首を傾げたんだ。

「ちぃの家の場所??・・・あら、あなたと知沙希さんは、一緒に住んでるわけではないのですか??」
「え!?むしろ、なんでそう思うんですか!?」
「あ、いえ。初めてお会いした時、ご一緒の部屋だったし・・・・凄く仲良しなので、ご姉妹かと」
「あぁ・・・・。あれは、単に、遠征先のホテルが相部屋だっただけでして」

まぁ、確かに――。
大正時代の人では、女友達同士で旅行とか、発想にないんだろうな。
ましてや、アイドルグループの地方遠征で云々って説明しても、絶対、理解不能だろうし。
うーーん。私とちぃの関係は、なんと言えば、解りやすいんだろ?

「えっと。私とちぃは友達と言うか・・・・まぁ、御学友みたいな感じですかねぇ??」
「そうだったのですね。年齢も離れてそうですし、姉妹かと思っておりました」
「まぁ、確かに私の方が年齢は上ですし・・・・ちぃは確かに、妹みたいな存在ではあります。」
「そうですか。25歳ぐらいですか?梨沙さんは??」
「19でーーーす!!!!!!!」

ああああああああ!!
まさか、大正時代の人にまで、このボケをやられると思わなかったぁあああ!!!(しかも、多分、ボケではなく、マジで言われた!!)
そして私の「19です!!」と言うツッコミを聞き、千佐子さんは「え?私より、年下なのですか!?」と愕然としていたのであった。
なんたる・・・!!大正時代の人が見ても、私は老け顔なのか・・・・もう、絶望しかない!!!
私がそんなこんなで、悪気のない千佐子さんの発言に、鬼ヘコミしていると・・・

「あ。ところで、知沙希さんはおいくつなんですか?私の13歳ぐらいの頃の顔に、一番、似てらっしゃるのですが」
「そうですか・・・。ちぃはこう見えて、17歳です。」
「え?!17歳?!・・・・あら?!」

なるほど・・・。
25歳と13歳。そう見えていたのであれば、まず、友達同士とは思わないわ。納得。
ずいぶん年の離れた姉妹と思われるわ!!!納得ぅうううううう!!!

・・・・・・・・。

ってゆっか、眠ってるちぃには、この会話、聞こえてないんだよね??
13歳と思われてたと知られると、ちぃ、キレそうだから、あっちには聞かれてなくって良かった。
まぁでも、とりあえず。

「ちぃ、栃木県なんで。そろそろ帰らないと遅くなっちゃいますよ?ちぃと入れ替わった方がいいですよ」
「栃木県に、ご自宅があるのですか?知沙希さんは」
「家族と栃木に住んでるんで・・・・」
「そう。ご家族と・・・・!!」

そう呟くと、千佐子さんは、
ものすごーく不穏な事を、わたしの前で、キラキラな笑顔で宣ったのであった。

「そう。家族との触れ合いなんて・・・・ず〜っと1人だったから、凄く久しぶりです」
「え???」
「子供の頃。父や母と、童謡を歌ったりしましたわ。あぁ・・・・懐かしい!!」
「ちょ、ちょっと待ってください!?千佐子さん!???」
「はい??」
「触れ合っちゃダメ!!!絶対バレるから!!ずっと、ちぃに、体の主導権握らせてて!!!」
「えぇええええ???そんな!!!知沙希さんのご家族と交流、してみたいのに!!」
「ダメです!!!メンバーですら2秒で怪しまれるのに、一緒に住んでる家族なんて、0.1秒で、中身違う事バレます!!」
「そんな・・・。久方ぶりに、家族の会話、してみたいのに・・・・」

そう言って、キラキラな笑顔から一転、目に見えてショゲまくっている千佐子さん。
うぅううう、ま、まぁ、気持ちは物凄く解るんだけど。。
けど。メンバーの前であれば、私が全力でフォローに入れるから、どうにでもなるけど、
私がいないと・・・・ちぃが自分で意識を取り戻せない以上、修羅場になる事は、あまりにも目に見えている。

だって、大正生まれでしょ?!
大正時代とか詳しくわかんないけど・・・・多分、鹿鳴館とかで、記憶止まってるんでしょ?千佐子さん。
ぜーーったい、ムリでしょ?!

「そうですよね・・・・わかり・・・ました・・・・」

私の言いたいことを察してくれたのか、
千佐子さんは両肩を落とし、「ご家族と交流は諦めます」と小さく頷いた。
なんか、凄い凹んでるけど・・・・一応、諦めてはくれた感じ・・・・。

なんだけど。

ぶっちゃけ、すっごい不安を感じる。
今は納得してくれても、いざ、ちぃの家族と対峙したら。家族の暖かさを目の前にしたら。
我慢できなくて、勝手にちぃの体を乗っ取ってしまうんじゃないかと、不安で仕方ない。

これ・・・・。
このまま、栃木にちぃを1人で返したら、ヤバい気がむっちゃするんですけど・・・私。
それよりは、むしろ。

「あ、あの・・・千佐子さん」
「はい?」
「今日は、うちに・・・・泊まりません??」
「え???」
「あの。千佐子さんは現代の事を知らなすぎだから・・・少しうちで、現代知識をレクチャーしますよ」
「梨沙・・・さん」
「そうすれば。今度、ちぃの家族と対峙しても・・・・バレずに、会話できるかも」

しょーじき・・・・。
幽霊を部屋に泊めるって、わたし的に、どうかと思うんだが・・・・。
でも、このまま帰すより、今日はうちに泊めて、現代知識を覚えて貰った方がいいような気がして来た。
今後の為にも。今後の私が苦労しない為にも!!!

すると千佐子さんは
感動のあまり、目に涙を浮かべ、両手で口元を抑えた。

「梨沙さん。なんてお優しい・・・・」
「あ、っと。いや、まぁ、このまま、放っておくわけにもいかないので・・・・」
「ありがとうございます!!梨沙さん!!!!」
「あ、ただ。急に連れて行くとマズいかもだし、お母さんに連絡だけいれときますね??」

そう言って、鞄からスマフォを取り出し家に電話をかける。
すぐにママが出たので、「ねぇ、お母さん。今日、ちぃが泊まっても大丈夫?」と問いかけると
ママは大興奮で「え?!知沙希ちゃん来るの!??凄い!!!え?ももちんは!??」と、
一言も名前を出してないももち先輩の名を、当たり前の様に出して来た。

「えっと。・・・ももち先輩は来ません」
『だよね!!ママ、知ってた!!でも、知沙希ちゃん1人で十分、ママ嬉しいから、OK!!』
「うん、じゃぁ、3・・・40分後ぐらいかな??・・・・帰ると思う」
『了解!!!じゃぁ、ママ、張り切って・・・ターキーの解体から、はじめとくね!!!』
「そんなに張り切らないでいいから!!!ピザでも取っといてくれればいいから!!!!」

ダメだ、この人。
メンバーのお宅訪問に、むっちゃ、張り切ってる!!恥ずかしい!!
これだからメンバーを、うちに連れて行きたくないのに、もう!!!!

まぁでも、しょーがない。
こーゆのは、なんて言うのかな?乗りかかった船って感じかな!!!
「じゃぁ、今から地下鉄で向かいますよ・・・千佐子さん」と私が声をかけるが、
千佐子さんはビックリ仰天の面持ちでフリーズし、何やら、わたしの手元を見つめていた。
え?なに??と思って自分の手元を観ると、手には、今しがた自宅に電話をかけたスマフォが握られていた。
あ、なるほど。これは確かに、大正の人はビビるよね・・・。

「これ・・・・スマートフォンです」
「すまーと・・・ほん??」
「ここらへんも、家でレクチャーします。とりあえず、うちに行きますよ?」
「は、はい!!あぁ・・・梨沙さん・・・・ほんと、頼りになる!!!」
「ははは・・・・」

まぁ、こっちとしては、出来れば関わり合いになりたくない案件なんだけどね・・・・ハハ。
でも、中身がちぃである以上は放置も出来ないし。
とりあえず私は、千佐子さんの手を引いて、地下鉄の階段を下って行ったのであった。






自分の住んでいるタワーマンションに辿り着く。
当然、千佐子さんはこの手のタイプの建物は観たことないのだろう。
マンションを見上げ、完全に凍り付いている様子だった。
とりあえず、フリーズしている千佐子さんは放置して、私は玄関口のチャイムを鳴らし、ママにロックを解除して貰おうとすると、
ママはインターフォン越しに「あー!おかえり!もう、知沙希ちゃんとい〜っぱい、話したいことあるの!ママ!!」と、すでに張り切っていたのが解った。

うん。ですよね〜。
これは千佐子さんのままで突入すると、完全にアカンやつや。
とりあえず玄関を抜け、エントランスホールに出る。
そして私は、千佐子さんに声をかけた。

「ごめん、千佐子さん。ちぃに入れ替わってもらえるかな?お母さん、むっちゃ、張り切ってるから」
「あ、はい。解りました!私もさすがに、疲れてきましたので、戻ります」

その瞬間。不意に彼女の表情が変化する。
全く同じ体のはずなのに、ホント、ちぃになると、なんか表情が緩くなるのはなんなんだろう・・・?
でも、やっぱり、こっちの緩い表情のちぃの方が落ち着くなぁ。。。
そう思いながら、私がちぃを見ていると、ちぃは俄かに私の目線に気づき。

「あ、梨沙ちゃん。あれ?どうしたの??」
「ううん、なんでもない。じゃぁ、行くよ??」
「え?行くってどこに???ってか、ここ、何処??」

今、意識が戻ったばっかりなので、当然ちぃは状況をまったく解っていなかった。
不思議そうな顔で、エントランスホールをキョロキョロと見渡している。
「あ、そっか。ちぃはずっと寝てたもんね・・・」と呟き、私はちぃに、とりあえずの目的地を説明した。

「えっと。ここはわたしの住んでるマンションで・・・今から、わたしの部屋に行くから」
「・・・・・・は??梨沙ちゃんの部屋??」
「そんで今日は、わたしの部屋に泊まってね?ちぃ」
「え・・・・・・・えぇえええええ!?!?」

ちぃはよっぽど驚いたのか、コンシェルジュのお姉さんがビックリして、カウンターからこちらを覗き込んでくるレベルの声を張り上げた。
私はコンシェルジュのお姉さんにゴメンポーズをして、頭をペコペコ下げた後、慌てて、ちぃの手を引っ張った。

「ちょっと、エントランスホールで大声あげないでよ!!他所からクレーム来るから!!」
「ご、ごめん!!ってか、え?なんでちぃ、梨沙ちゃんの部屋に泊まるの!?え?え?!」
「なに?嫌なの??」
「い、嫌じゃないけど。・・・こ・・・・心の準備とか・・・・あるじゃん!!」
「は?なんで心の準備がいるの??いいから、おいで、ちぃ」

とりあえず。
説明が長くなりそうなので、ちぃの手を無理やり引っ張り、人目の多いエントランスを離れ、自宅へ向かう。
エレベーターの中で、ちぃは「え?な、なに?この、強引な連れ込み・・・え・・・?」と、何故か妙にアワアワしていた。
ともかく、こうして・・・・私はちぃを連れ、自宅へと戻った。

自宅に戻ると、ターキー・・・・・は、さすがになかったけど!!
ママは「ちょっと急いで焼いたんだけど・・・」と、キッシュドロレーヌを用意してくれていた。
急な来客だったけど、キッシュや、ジャガイモのオイルコンフィ、ラタトゥイユを用意してくれてたみたいで。
最初は急なお宅訪問に動揺していたちぃも、10分後には食卓で美味しそうにもぐもぐしながら「うわ〜!むっちゃ豪華!マジ、理想の山木家!!」と言って笑っていた。

「ありがとうございます。梨沙ちゃんママ!!」
「いいえぇ〜。来てくれて、ホント、嬉しい!!!」
「すみません。ももち先輩じゃなくって」
「ううん、凄く嬉しい、知沙希ちゃんが来てくれて!!だって、りさちぃ、ガチですもんね!!」
「えっと・・・お母さん。そう言う情報、何処で仕入れるの??いつも・・・」

まぁ、この人が一体、どこでその手の情報を入れるのかは知らないが。。
大喜びのママを中心に、3人で談笑が繰り広げられる食卓。
最初は動揺しまくっていたちぃも、すっかり楽しんでいるようで、もはや勝手に冷蔵庫から麦茶を出すまでに馴染んでいる。
ってゆっか、馴染みすぎ。。

こうして食事を楽しんだ後は・・・・私はちぃを連れ、自分の部屋へと戻った。
「ごめん、あんまり片付いてないけど・・・」と言うと、ちぃは部屋を眺め、「え〜全然綺麗じゃん!」と言ってくれた。
ちぃは部屋のソファによいしょと腰かけると、むっちゃテンション上がった様子で「うわ〜、梨沙ちゃんの部屋入るの。何気に初めて!!」と、興奮気味に言った。

「そりゃ、初めて誘ったしね」
「へへ。誘ってくれてありがとう」
「まぁ、あのまま栃木に帰しちゃうのも不安だったし・・・」
「ふーーん。ここが梨沙ちゃんの部屋かぁ!!」

そう言うとちぃは、俄かにソファからピョンと立ち上った。
なんだろう?と思って、テクテク移動するちぃを見ていると、
ちぃは物凄〜く当たり前のようにしゃがみ込み、人のベッドの下を、覗き込み始めた!!

「ちょっ!!!なに、勝手に、覗き込んでるの!!?」

ド、ドラクエの主人公だって、さすがに、他人の部屋のベッドの下までは覗き込まないよ!!?
私がビックリしてちぃの背中をバシっと叩くと、ちぃは笑いながら振り返り、
「いや。なんか、道重さんの変態グッズとか、隠してるのかなぁ〜って」と言った。

「隠してないから!!人を何だと思ってるの、ちぃ!!!!」
「え〜。変態だと思ってる!!」

全く悪気なく、ヘラヘラと失礼な事を宣う、ちぃ。
ったく!失礼な!!!誰が変態だ!!
そもそも、道重さんの変態グッズを・・・・もしかして?ひょっとして?万が一??・・・持っていても・・・そんな解りやすい場所には隠しません!!
わたしはソファに座り「もう、しっつれーな!」とブツブツ呟く。その様子を、笑ってみている、ちぃ。
やがて、ちぃはテクテクとこちらへ戻ると、わたしのすぐ隣に腰をかけた。
そして、ちぃは私にこう言ったんだ・・・。

「でもさ、梨沙ちゃんの部屋。一回、行ってみたかったんだよね、ちぃ」
「そうなの?」
「そうなの!千佐子さんのお陰で、梨沙ちゃんの部屋、入れちゃった!!ありがとー!千佐子さん!!」

見えないけどそこら辺にいるであろう千佐子さんに、ちぃは声をかける。
そして、満足そうにニッコニコしながら、ソファの背もたれに大きく凭れかかるちぃを横目に観ながら、
ホント、千佐子さんに比べて、子供だよなぁ・・・と思っていると。私は俄かに本題を思い出し、ちぃに告げた。

「あ、そうだ!こうしてる場合じゃない!!そろそろ、千佐子さんと入れ替わって、ちぃ」
「は?!まだ、早いじゃん!?もっと遊ぼうよ!!」
「いやいや。今日の目的は、千佐子さんの現代知識レクチャーだから!!」
「それは解ってるけど、もうちょっと、いいじゃん!!」
「千佐子さん、主導権握るの1時間ぐらいしか持たないらしいから。1時間経ったら、また入れ替わればいいでしょ?ちぃ」
「あぁ・・・・そっか。まぁ、それはそうだね」

もうちょっと遊びたくてゴネてたちぃだったが、
1時間交代制である事を聞くと、とりあえず納得したらしく、「解った。じゃぁ、いいですよ!千佐子さん!」と呼びかけた。
その瞬間。子供っぽかったちぃの表情が、フッと大人っぽく変わった。
そして入れ替わった瞬間。何故か千佐子さんは、ふふふと笑い声を零したのだった。

「ん??千佐子さん」

私が怪訝そうに眉をしかめると、
千佐子さんは、小さくかぶりを振り「あ、ごめんなさい」とほほ笑んだ。

「やっぱり、あなたたち。姉妹みたいって思ってしまって、なんか笑ってしまったの。・・・・凄く可愛くって、仲良くて。」
「そう。ですか??」
「私には姉がいたのです。なんかあなたたち観てたら、急に、懐かしくなってしまいました」
「・・・・・・・・・・・・」

考えてみれば・・・。
大正生まれで20歳の頃に死んだ幽霊・・・って事は、80年ぐらいだよね?
その間、1人ぼっちだったと考えると、自分だったらとてもじゃないけど、耐えられないと思った。
私は当たり前のように、日々、家族や友達と交流しているけど・・・
80年間1人だった人が、家族との交流を、羨ましく思うのは当然かもしれない。

「・・・・・ちぃにも、千佐子さんと同じく、お姉ちゃんいますよ??」
「え?そうなんですか!?」

私の言葉を聞き、千佐子さんは嬉しそうにこちらを顧みる。
そして「そうですか。また、私、知沙希さんとお揃いの部分、見つかっちゃいましたね」と笑った。
その笑顔を見ていると、やっぱり・・・・千佐子さんをちぃのお姉ちゃんとお話しさせてあげたいなぁって、私は思った。

「レクチャー・・・・始めましょ?基本的な現代用語さえ覚えれば、多分、ちょっとした会話ぐらいなら・・・・ちぃの家族と出来ると思うから」
「本当ですか?!」
「まぁ、怪しまれたら、速攻で、ちぃとバトンタッチすればいいし。とりあえず、そうだなぁ。。スマフォの存在から教えますね!!」
「あ!!それは!!先ほどの謎の、文明の利器ですね!!!」

こうして――。
私と千佐子さんは現代用語のレクチャー会を始めた。
時々、休憩がてら、ちぃと入れ替わって貰って・・・。

ちぃとの入れ替わり休憩時間は20分ぐらいなので、ちぃは「ちぃの時間、短い!!」とプンスカしていたけど、今日はこっちが本題だからと宥めつつ・・・
私たちは、夜中の3時ぐらいまで、現代語レクチャーをしていた。
まぁ、おかげさまで。
実質、殆ど寝ていたちぃと比べて・・・・翌日の私は、メチャクチャ眠くて仕方がなかった事は、言うまでもなかった。




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