もうひとりのあなたへ…  




序章 あなたのいた部屋。







初めから、悪い予感はしていたんだ――。



神戸にイベントで行った夜。
本当は当日、そのまま帰る予定だったのだが、
交通事情のトラブルがあり、急きょ、私たちカントリー・ガールズは、ホテルに一泊することになってしまった。

いきなり泊まる事になったのに、メンバースタッフ分空いてるホテルなんてさ、しょーじき、ちょっとアレなホテルなんじゃないかって・・・私は思っていた。
でも、実際に行ってみると、思ってた以上に小綺麗なホテルだった。
駅からはタクシーで行かないとダメなぐらいの距離だけど・・・部屋から海が見える、小高い丘の上にある、なかなかに素敵なホテル。

まぁ・・・考えてみれば、
あんな絶好のロケーションの小綺麗なホテルが、当日に駆け込みで泊まれた時点で、怪しかったよね?ちぃ・・・。


そう・・・。
そのホテルの603号室。
そこで私とちぃは、初めて「幽霊」と言うものを、目撃してしまったのだ!!!







「うぁあああああああああああああああああ!!!」


私は半狂乱で、ちぃのベッドの上に飛び込み、ちぃの体に抱きついた。
そう・・・。
夜中たまたま私が見つけてしまった幽霊らしき姿は、壁際に置かれた、ちぃの白いキャリーバッグのすぐ隣にいたんだ。
そこには、細身で浴衣を着た、髪の毛ぼさぼさの、青白い女性の後ろ姿。

あぁ・・・まだ、死にたくないのに・・・・。
わたしは、もっと、歌いたいのに・・・。

繰り返し聞こえる、か細い声と、ケホケホと漏れる咳の音。
私はちぃに死に物狂いで抱きつき、ただただ、震えるしかなかった。

「うあああああああああ・・・ち、ちぃ・・」
「り、梨沙ちゃん・・・・お、落ち着いて・・・・」

2人で体を寄せ合ったまま、互いに縋りつく。
すると。その幽霊は、ベッドの上で震える私たちの存在に気が付いたようだった。
ボサボサの髪の毛を揺らし、おもむろにこちらへ振り返ると同時に・・・幽霊は、消え入るような声で言ったんだ。

「あなたたち、誰・・・・・?」

瞬間。
恐怖の余り、私はフラッ・・・と意識を失ってしまった。

「り、梨沙ちゃん!!!!!」

ちぃが私の体を抱き止める。「ちょっと!ちぃを置いて、先に倒れないでよぉ!」・・・薄れゆく意識の中で、ちぃの叫び声が聞こえた。
と、同時に、私の目には・・・・。
私を抱き止めるパジャマ姿のちぃとは別に、壁際にいる青白い顔をした、浴衣姿のちぃ・・・両方が見えた気がした。


え・・・・・ちぃが2人いる・・・・・


その記憶を最後に。
私の意識は、深く深く沈んで行った。。







そして、そんな私が目覚めたのは。
翌日の朝。
雀の声が、窓の外からチュンチュン聞こえてきて・・・・私はいつもの朝のように、ゆっくりと体を起こしたんだ。

「・・・・・・・・・・あれ??今の・・・・夢???」

ホテルの明り取りの窓から、暖かな日差しが差し込んでいた。
起き抜けで頭がぼんやりしている。
私はボサボサになった髪の毛を手櫛で直しながら、隣のベッドを振り返ってみると・・・何事もなかったようにグースカ眠っている、ちぃの姿があった。
枕を抱きかかえて、むっちゃ幸せそうに眠っている、ちぃ。
あれ?やっぱり夢かな??・・・・まぁ、そう、だよね???あんなの、そりゃ、夢だよね??

私は「ハァ〜〜〜」と、深くため息をつく。
なんだ、夢だったのか、あれ。
あぁ、でも、夢で良かった。チョー怖かったよ!!!!

とりあえず私は、夢であった事に安堵を感じながら、なんとなくベッドサイドの時計に目を向けたんだ。
時刻は朝の8時ぐらいを指していた。

「8時かぁ・・・・」

そう呟いた瞬間。
私は、体中の血が一斉に引いて行くような錯覚を覚えた。

え?8時!!??
ちょっと待ってよ??
今朝の集合時刻は確か、8時10分・・・・だったはず!?

「うわぁああああ!!!ヤバイ!!ちぃ!!ヤバイ!!!寝坊してる!!早く起きて!!!」
「・・・・・ふぇ?」

隣のベッドで、むっちゃ幸せそうに眠り続けるちぃに呼びかける。
すると、ちぃは体を起こし、寝ぼけまなこを擦っていた。
「あら・・・ここ・・・・どこ・・・・。私は・・・あれ・・・??」
ちぃはどうやら本当に寝ぼけてるみたいで、なんか、ワケ解らない事を言っている。
でも、ごめん、ちぃ!!しょーじき私も、寝ぼけてるちぃに構ってるヒマはないんだ!!!!

とりあえず洗顔と歯だけ磨いて・・・。
化粧なんてしてるヒマはない!!
私は荷物をキャリーバッグに乱雑に詰め込み、大急ぎで着替える!!

「私、先行ってるから!!寝ぼけてないで、早く来るんだよ??ちぃ!!ホテルのロビー!!」
「ホテルの・・・ロビー・・・・?」
「集合場所だよ!!いいから早く、準備しな!!!私、先行って、謝っておくから!!」

ヤバイ!!8時10分すぎた!!
急いでキャリーバッグを転がし、ホテルの廊下を速足で抜け、一目散にロビーに向かうと・・・
ももち先輩が、腕組み仁王立ちして「遅ーーーい!!!」と声を荒げていた。
うわぁ。今日に限って、ももち先輩は早いのかぁ!!
いつもは、ももち先輩の方が遅刻して「ももちゃんゆるしてにゃん」とかやって誤魔化すのに。たまに早いと、すぐ、これだよぉ・・・・。

「あーー!!スミマセン!!ももちせんぱい!!!うっかり、目覚まし、掛け忘れちゃって」
「まったくぅ。。もりとちは!?」
「た、多分、そろそろ来ると思います!!!!あ、来た!!ちぃ!!早く!!!」

こっちは競歩並みのスピードで来たと言うのに。むっちゃ、のそのそと歩いて、ロビーへと現れるちぃ。
ってゆーか、それ以上に。「ちょっと待って??なにやってんの?あの子???」・・・・と、驚きを隠せなかったのが・・・
そう・・・・ロビーに現れたちぃは、何故か、何も持たずに手ぶらだったんだ。
しかも、パジャマ姿のまんまだし!!!!

ももち先輩が愕然とした様相で「ちょっと!なんで、キャリーバッグ持ってないの!?」と怒鳴ると、
ちぃはキョトンとした表情で

「え?きゃりー・・・ばっぐ??とは、どう言った物でしょうか?」
「は???」
「ごめんなさい。わたし、事態が全く、掴めてませんの・・・」
「・・・・・・もりとち??」
「もり・・・と・・・ち・・・・と言うのは、何の事でしょうか??」

寝ぼけ・・・てるのか??
舞ちゃんとむすぶが顔を見合わせ、互いに首をかしげる。
やなみんが私に「ちぃちゃん・・・どうしたんですかね?」と問いかけてきて、私も解らないと言った様子で小首を振った。
まぁ、ちぃは元から、ちょっと色々ゆるいけど・・・・。今日のゆるさは尋常じゃない!!!
私はとりあえず、ちぃの頭をポンポンと撫で「どうしたの?ちぃ?」と問いかけた。

「なんなの?ちぃ??まだ、寝ぼけてるの??」

すると。
ちぃは私の顔を、しばしジッと見つめた後、私にこう言ったんだ。

「えっと・・・・あ!もしかして、あなたは、昨夜の?!」
「え?昨夜??」

うん??昨夜の・・・・とは、いったい??
正直、なにがなんだか解らないけど・・・。
あまりのちぃの行動の埒の明かなさに、ついにももち先輩が、ブチギレた!!

「つーか・・・・。もりとち!!いつまで寝ぼけてるんだ!!起きろーー!!!!」

そう言ってももち先輩は、ちぃのおしりを右手でパーンと強くたたいた。
その瞬間、ちぃは「痛っ!」と叫び、ハッとした様子で、大きく目を見開いたんだ。
そして・・・・。

「・・・・・・・・ああああああ!!!ヤバイ!!寝坊した!!!!!」
「は???」
「どーしよ!!ぜったい、ももち先輩に怒られる!!!!うぁあああああ、どーしよー!!・・・・・・って。・・・・・・・・あれ???」

ふと我に返るちぃ。
周りには、ワケ解らない様子でちぃを見る、カントリーメンバーとスタッフさん。
ちぃは、キョロキョロと何度か辺りを見渡し「・・・・え?」と、目を丸くした。

「あ・・・・・あれ?私、起きてる??え??なんで???」
「あのさぁ・・・・もりとちぃいいいいい!!!!!!!」




とりあえず、いいからキャリーバッグ持ってこーーーーいいい!!!!




ホテルのロビーに、ドッカーンと響き渡る、ももち先輩の雷。
まずい!!このままでは、私たちにまで、ももち先輩激おこの被害が及びかねない!!
「ほら、ちぃ!!早くキャリー取りに行くよ!!!」
私は慌ててちぃの手を引き、自分たちの泊まった部屋まで、ダッシュで駆け戻る事にした。


だが・・・・。


603号室に戻り、私は愕然とした。
壁際には、ちぃの置かれたままのキャリーバッグ。
まだ、化粧道具とか洋服も、何一つバッグに戻してないらしく・・・・私は慌てて、それらを片していく。

「ちょ・・・ちょっと、ちぃ!!なんで放置したままなの?!!!」
「え?え?だ、だって、ちぃ。今、起きたばっかだから・・・・」
「嘘だ〜!!起きた時、集合10分前だから、片す余裕、ちょっとはあったでしょ?」
「え?集合10分前って、なんのこと???私、さっき、ロビーで目が醒めたばっかりだったのに・・・」
「・・・・・・・は??」
「てゆっか・・・なんで、ちぃ・・・ロビーにいたんだろう??」

私は不思議そうに眉をしかめ、ちぃを観る。
まだ、寝ぼけてるのか?・・・・と思ったが、そうでもなさそうだ。
寝ぼけてると言うよりも、ちぃの目は完全に混乱して、怯えている目だった。

「ちぃ・・・??どういう事なの??」
「わ、わかんない・・・・わかんない・・・・」

ちぃは本当に状況がつかめてないみたいで、私の問いに、しきりにかぶりを振るだけだった。
私はとりあえず、混乱するちぃの代わりに洋服を急いでたたんであげ、白いキャリーバッグの中に詰めて行く。
その時・・・・私はふと、昨夜みた夢の事を思い出した。

そうだ・・・そう言えば昨夜、変な夢を見たな?
確か、この白いキャリーバッグの隣に、幽霊がいた気がする。
あれは??本当に夢だった・・・・・のか??

「ねぇ、ちぃ。あのさ・・・」
「なに?」
「あの・・・昨夜さ・・・」
「え・・・昨夜???」

そう呟いた、その瞬間だった。
ちぃは俄かに何かを思い出した様で、「あ・・・!!」と小さく声を上げ、口元を抑えた。
さっきまで混乱して泣きそうだったちぃの目が、大きく見開かれる。
そしてちぃは、すがりつくように私の腕にしがみつくと、こう、叫んだんだ。

「そうだ!!昨夜、そうだ!!そうだよ!!・・・・あれはもしかして、夢じゃなかったんだ!!!」
「え?な、なに???ちぃ???」
「だとしたら、どうしよう!!梨沙ちゃん!!どうしよう!!わ、わたし・・・・わたしの中に!!!!!」
「え・・・・・・???」

瞬間――。
ちぃの顔つきが、突然変わったのが解った。
さっきまでの涙目で怯えていた、幼いちぃとは、まるで違う面持ち。
顔自体は勿論、ちぃの顔なんだけど・・・・・・いつもよりも、どことなく、大人びて気品のある微笑みを浮かべ、
ちぃは私にそっと、笑いかけたんだ。

「そう・・・。あなた、梨沙さんっておっしゃるのですね。ごきげんよう」
「――――!??」
「昨夜は驚かせてしまって、ごめんなさいね・・・梨沙さん」

そう言って、ちぃは・・・・
いや。その女性は、肩をすくめた。



そう。ちぃの中には・・・・・
もうひとりのあなたがいた。




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