忘れもの


準決勝の夏が終わり、決勝の秋が過ぎ、冬が来て・・・。
それは、とある寒い日の夕暮れだった。


『オーッス!!今日花!!
未知と駅前のカラオケ来てっから、
追試終わったら、即、駆けつけてね♪ 
あビーーム!!』



学校からの帰り道。
坂道をのんびりと下りながら、「りょうかーい。すぐ行くー!」と、安彦からのメールに返信を返す。
今日は冬休みの前日だった。
あたしはガッコの期末テストの追試を即終えて、安彦たちの待つ、駅前のカラオケボックスに向かっていた。

(・・・あ!くれぐれも言っておくけど。あたしが追試なのは、テストの日にインフルになったからであって、
あたしも頭は良くないけれど、安彦と未知よりは遥かにマシなんだからね!!!)

あたしは、すっかり冬の装いの町並みを歩く。
雪は降ってはいないけれど、通り過ぎるお店の窓に霜が降りてる。
今日は随分寒い日だった。
あったかいお鍋とか、おでんが食べたいな〜と思った。
つーか、こんな日こそ、恩あだ姉ちゃんに行くべきだと思うんだけど、
残念ながら今日はカラオケ言ってから、鍋蔵でしゃぶしゃぶの予定だった。ごめんね、姉ちゃん。

ぼんやりそんな事を考えながら歩いてると、
街から、♪も〜いくつ寝ると〜の歌が流れてくるのが聞こえた。
あ、そうか。もうそんな季節なんだ・・・早いな。


あたしは空を見上げる。


なんだろ?今年は随分とあっという間だった気がするな。
充実した1年だった。特に夏以降!!
アノコウタに出て、みんなでチョ〜頑張って・・・。
春夏秋冬・・・色んな出会いとかあって、むっちゃ楽しかったなー。

よし!早くカラオケに行こう!!
行って、安彦と未知と、今年を振り返ったり、歌ったり、美稲の文句言ったり、歌ったりしよう!!
歩くピッチを少しだけ早める。
川沿いの国道を急ぎ足で進む。
早足で歩くと呼吸も早くなって、白い息が冬の薄暗い空を昇っていくのが解った・・・。




だけど・・・。
その早足は、1分も経たずに止まる。
そう。不意に、何処からか歌が聞こえてきたんだ。
それは♪も〜いくつ寝ると〜の歌ではなく、どっかで凄く聞き覚えのある歌だったから。


♪春夏〜秋冬〜毎日〜
♪あたしの道〜思いながら〜
♪春夏〜秋冬〜毎日〜
♪知らないでいた〜忘れ物〜


「あれ?この曲って確か・・・」

アノコウタ。
あれの準決勝で、弁天チームが歌ってたヤツだ・・・。
確か、あの歌は弁天のオリジナルの歌詞だったハズ。
それがなんで・・・?

あたしはなんとなく気になって、その場に立ち止まった。
そして、あたりをキョロキョロと見渡す。
すると・・・国道沿いに流れる川に遊歩道があって・・・そこに、良く見知った顔の女の子が立っていた。
彼女は妹を連れてるみたいで、手をつなぎながら、歌を歌ってあげているみたいだった。

♪春夏〜秋冬〜毎日〜
♪知らないでいた〜忘れ物〜

あたしは国道を離れ、遊歩道へと向かう。
彼女は歌に夢中で、あたしに気づいていないようだった。
あまりにも夢中で楽しそうだったから、
だからあたしは、歌が一通り終わるのを待ってから、そっと彼女に声をかけた。

「眞佳・・・・・ちゃん?」
「え?・・・・・あ!今日花ちゃん!!!」

眞佳ちゃんはビックリとした面持ちで振り返った後、
あたしの顔を見るなり、満面の笑顔を浮かべた。

「あれ、今日花ちゃん。いつから・・・」
「あ、うん。なんか楽しそうに歌ってたから、急に声掛けちゃ悪いかなぁって」
「そんなことないですよ。声掛けてくださいよぉ〜。歌聴かれてた方が、恥ずかしいです〜」

眞佳ちゃんはそう言って恥ずかしそうに顔を赤らめた。
隣にいた妹さんが、眞佳ちゃんのスカートを引っ張りながら「ねぇ、誰〜」と聞いているから、
あたしはしゃがんで妹さんを覗き込み、「あたしは今日花。おねーちゃんの友達だよ」と答えた。
でも、妹さんはちょっと人見知りみたいで、恥ずかしそうに眞佳ちゃんの背中に隠れてしまった。
眞佳ちゃんはそんな妹さんの頭をポンポンと叩き、「この子はタマちゃん」と教えてくれた。


川の向こうに夕日が沈んでいく。
タマちゃんはそこら辺を忙しく走り回ったり、遊歩道に生えている雑草に興味をもったりしながら、
おねーちゃんに教えてもらった歌を、嬉しそうに、ちょっぴし拍子の合わないリズムで歌っている。
あたしと眞佳ちゃんは、遊歩道のベンチに腰をかけながら、そんなタマちゃんを楽しそうに見守っていた。

「さっき、タマちゃんに教えてた曲」
「はい」
「弁天が準決勝で歌ってた歌だよね?」
「そうです。ダニーボーイの日本語版で『忘れもの』。水島さんが作詞したって聞きました」
「水島って・・・香港行っちゃった子?」
「そうです。だから長雲さん。この曲をとっても大事にしてました」
「そっか」
「あたしも練習の時にこの曲教えてもらって。凄いステキな曲だなぁ〜って・・・」

そう言って眞佳ちゃんは、嬉しそうに目を細めた。
そんな眞佳ちゃんを見ながら、あたしも大きく頷いた。
うん。そうだね、眞佳ちゃん・・・。
あたしもこの曲、凄くいい曲だと思う。
つーか、準決勝で弁天がこの曲歌ってんの聞いた時、ヤバ、絶対勝てないし!!と思ったもん。

「アノコウタ・・・なんか、懐かしいね」

あたしが問いかけると、
眞佳ちゃんは「ホントですよね」と頷き、そしてクスッと笑った。

「まだ、3ヶ月ぐらいしか経ってないのに・・・ずっと前のことみたい」
「うん・・・。あ、そうだ。長雲さんとか空手の人とか・・・弁天の合唱部の子たち、元気?」

そんなに深く交流があったワケではないけれど。
やっぱり、一緒に歌った仲だもん。気になってはいた。
すると。
眞佳ちゃんは一瞬、表情を曇らせた後・・・。

「うん。元気だと思います」
「思います?」
「眞佳、もう、合唱部にいないから・・・」
「え?そうなの?」
「元々バイトとかあって。部活をやれる身ではなかったですから・・・」
「あ・・・・」

なんだか。
物凄く申し訳ない事を聞いてしまった気がして、あたしは声を詰まらせた。
そうだ。眞佳ちゃんは歌を歌うのが好きだけど。
あの時も、あたしらが美稲からお金を巻きあげ・・・じゃなくって・・・お金を前借したから
アノコウタまでの間だけ、音楽部に入れてあげられたんだ。
毎日遊んでるようなうちらと違って、バイトして妹の面倒を見て、眞佳ちゃんは・・・。

「ご、ごめ・・・眞佳ちゃん」
「え?なんで謝るんですか?今日花ちゃん?」
「だって・・・」
「あたし。今日花ちゃんたちに本当に感謝してるんです。謝って貰うなんておかしいですよ」
「眞佳ちゃん・・・」
「短い間だけど。合唱部に入って長雲さんたちに出会って、この歌を教えて貰えて、凄い嬉しかったんです!!」

そう言って、
眞佳ちゃんはベンチから立ち上がると、
遊歩道の川沿いに並ぶ柵に寄りかかり、そこに両肘をついた。
あたしはと言うと・・・ベンチから立ち上がり、柵の隣に寄りかかり、そんな眞佳ちゃんの横顔を見ていた。

「それにね、今日花ちゃん。あたしが一番。歌で好きなトコは」
「・・・・・・・・・」
「歌は、何時でも何処でも、どんな時でも歌えるトコなんです」
「・・・・・・・・・」
「バイト先でお皿洗いしながら口ずさんで、妹と遊びながら口ずさんで・・・」

そう言うと・・・眞佳ちゃんはゆっくりと『忘れもの』を口ずさんだ。
川面がオレンジ色に染まる。
夕日がスポットライトみたいに、眞佳ちゃんを照らす。
日本武道館のスポットライトの中で歌う歌手よりも・・・。
夕日のスポットライトで歌う眞佳ちゃんの方が、綺麗かもしれないとあたしは思った。

そうだね。
例え合唱部に入らなくても。
金出してカラオケとか行かなくても。
歌うのは何処でだって出来る。
眞佳ちゃんは今までだってそうしてきたし、これからもきっとそう。

♪忘れ物不意に気がついて〜
♪振り返る坂の途中〜

歌っている眞佳ちゃんを、ぼんやり見つめていると、
眞佳ちゃんは不意に、あたしの方を振り返った。
なんだか眞佳ちゃんの横顔を見つめていた事が恥ずかしくなり、あたしは思わず目線をそらしてしまう。
すると、眞佳ちゃんはクスっと微笑んであたしに言った。

「今日花ちゃんって・・・いつも本当に優しいですね」
「へ・・・?」
「気にしてくれたり、心配してくれたり、構ってくれたり。なんでそんなに優しいんですか?」
「・・・・・・・・・・」

なんでそんなに・・・?
あたしは思わず首をかしげる。
そういわれると、考えたこともなかったなぁ。
なんでだか解んないけど、眞佳ちゃんと話してると落ち着くんだよね。
眞佳ちゃんが寂しそうだと悲しいし。眞佳ちゃんが楽しそうだと嬉しいし。
それはきっと・・・。

「友達・・・だからだと思う」

あたしが言うと、眞佳ちゃんは嬉しそうにニコッと笑った。
「そっか。そうですよね!今日花ちゃんと眞佳は友達ですもんね!!!」
嬉しそうにそう言うと、眞佳ちゃんは
「タマちゃんおいで〜。そろそろお姉ちゃんと帰るよ〜!」
と、タマちゃんを呼んだ。
タマちゃんは嬉しそうにテクテクと眞佳ちゃんの下へ駆け寄ると、キュッと眞佳ちゃんの手を握り締めた。

「じゃぁ、今日花ちゃん。また」
「うん。明日は恩あだ姉ちゃんに行くよ〜」

そう言って手を振ると、
眞佳ちゃんと一緒に、人見知りだったタマちゃんも、あたしにブンブンと手を振ってくれた。
それがなんだか無性に嬉しかった。
2人を見送った後、あたしはベンチに置きっぱなしにしてたカバンをひょいと拾い上げる。

「忘れもの・・・かぁ〜」

小さくため息を付く。
白い息がすっかり暗くなった空へと、舞い上がった。


――なんでそんなに優しいんですか?


眞佳ちゃんに聞かれた質問。
あたしはバカで丸富で、あんまり頭の回転が速くないから。
すぐ咄嗟に浮かばなくて、『友達だから』としか言えなかった。
眞佳ちゃんは凄く嬉しそうに笑っていた・・・けれど。
本当はそれだけじゃない気が・・・自分で、凄くしていたんだ。


それは、春夏秋冬・・・毎日・・・
知らないでいた。つい今しがた気づいてしまった、忘れ物のような感情・・・。


川沿いの遊歩道に、冷たい風が吹き抜ける。
あたしはハァと吐息をかけ、手のひらを擦り、自宅への帰路をすすんだ。


(忘れもの FIN)






―お・ま・け―


「つーーーーかさぁ!!」

ここは駅前のカラオケボックス。
空しく流れるは、歌い手のいない、カラオケのイメージビデオ。
すっかり歌い飽きた安彦と未知は、
不機嫌そうに炭酸飲料をあおり、そして、アノコウタ決勝を思わせる見事なユニゾンで、
部屋中に響き渡る声を上げた。


「「今日花ぜってぇ、カラオケ来んの、忘れてねぇ?!!!」」


そう。
ここ駅前のカラオケ広場では・・・。
キョーマナのラブい展開など露知らず、
すっかり今日花ちゃんの中で『忘れもの』と化した、残念な2人が、丸1時間放置されていた。

「いっくら電話しても出ねぇーし!!どーなってんの?安彦!!」
「あたしが知るかよ!!死んで!!アイツ、死んで!!」

すっかり、カラオケボックス内でおかんむりの『忘れもの』の2人。
そんな今日花が、残念な『忘れもの』の2人に気が付くのは、眞佳と別れて15分後。
忘れもの不意に気が付いて、振り返る坂の途中・・・。


「やっば!!どーしよ!!絶対、安彦と未知、キレてる!!!!」


不意に気が付いて、
チョ〜全力ダッシュで坂を駆け下りる今日花の姿があった・・・。



(ホントにFIN)