「ありがとう」の重さ





「ありがとう」って言葉は嫌いじゃない。
言われると嬉しいし、言ってヤな気分になる事なんてあるわけない。
だけど。言われるとなんだかくすぐったくって、言うのがなんだか気恥ずかしい。そんな時もある。

だからってワケじゃないけど・・・。
あたしはどちらかと言うと、「サンキュー!」って言うのが多いかな?
それか、「ありがとっ」で止めちゃったりとか・・・。

不思議だよねー。
「ありがとう」と「ありがとっ」なんて、大して変わらないのにねぇ。ぶっちゃけ、1文字違いだし。
でも、重さが違うって言うか・・・「ありがとっ」なら簡単に言えるのに、「ありがとう」って言うのは中々言えない。
『言葉』には重さがあると、あたしは思う。
なんだか重くて、中々口に出せない、いくつもの感謝の言葉・・・。


だから・・・眞佳ちゃんを見ると、いつも不思議に思うんだよね。


どうして眞佳ちゃんは、あんなに素直に、『言葉』を言えるんだろう?
「ありがとう」「ごめんなさい」「だいすきだよ」
素直じゃないあたしたちは、なんだか恥ずかしくってさ、眞佳ちゃんみたいに、そんなこと中々言えないじゃん。
だから、素直に『言葉』を言える眞佳ちゃんが、あたしは羨ましいと言うよりも・・・不思議で仕方ないんだ。
そう。この日だって・・・そうだった――。




×   ×   ×




「あーもう!むっかつくーーー!!!!」

あたしはその日、まっ昼間っから、おでん喫茶『恩あだ姉ちゃん』に入り浸り、コンビニケーキを持ち込んで自棄食いしていた。
え?そもそも、なんでおでん喫茶にケーキを持ち込んで食べてるっか・・・って?
まぁ、それはいつもの事だからどーでもいいよ。ここは持ち込みOKの喫茶店だからね!(あたし達の中では)
店員の眞佳ちゃんも慣れたモノで、当たり前のように、あたしの座っているテーブル席に、「どうぞ、今日花ちゃん」と言って、お水を1杯出してくれた。

「ありがとっ、眞佳ちゃん」
「今日はお1人なんですね?」
「うん、まぁ、ちょっと。色々あって・・・自棄食い」

すると。
あたしの言葉を聞き、このおでん喫茶の店長であるあねちゃんが、
「つーか、オマエ!なんでおでん喫茶にケーキ持ち込んで自棄食いしてんだよ!おでん食えよ!!」
と、今更な事を噛み付いてきた。
はぁ?おでん食えって・・・このギラギラした太陽の中で?おでん?

「食うわけないじゃん。あっついなぁ!!そもそも、おでんなんて自棄食いしたら、口の中、ヤケドすんじゃん!!」
「そうですよね。ダチョウ倶楽部のおでんコントになっちゃいますよね」

隣で眞佳ちゃんがニコニコと答える。
ね!そうだよね、眞佳ちゃん。おでんなんて一気食いしたら、上島竜平さんになっちゃうよね。
殺す気かっ!!

そんなあたしと眞佳ちゃんの会話を聞きながら、あねちゃんは、
「んだよ。そもそもお前ら、自棄食いなんてしなくても、フツーにおでん、食わねぇーじゃん。」とブツブツ呟きながら、
半分デロデロになっているちくわぶに、串を刺している。
そー言われてもねぇ〜。おでんなんてそもそも、冬しか食べないしねぇ〜。
つーか、客が来ないせいで、煮込みすぎてデロデロになってるちくわぶとか、食いたくねーし。

「じゃぁ、今度さ、ケーキ作ってよ。あねちゃん。そしたら食べるからさ〜」

そう。そもそも喫茶店なのにおでんしかないのが問題だと、今更だけどあたしは思う。
今更だけど、なんでおでん喫茶なのさ?ここ。
でも、あねちゃんは、よく解らないけど、もの凄〜く、おでん喫茶である事にこだわりがあるらしい。

「はぁ?!オマエ、うち、おでん屋だぞ!?なんでケーキなんて置くんだよ!!!」
「だって、おでん、食いたくないもん」
「おでん食いたくない?!だったらなんで、オマエはうちに来るんだよ?!!」
「涼しいから」
「ちょっ、おまっ!!うちは木陰か?!鍾乳洞か?!!」

クーラーは効いてるから涼しいし、お客居ないから静かでいいんだよねぇ、この店。
居心地は凄くいいんだよ。だから立ち寄るんだけど・・・。
あとは・・・おでんの火を消してくれたら、もっと涼しくなっていいんだけどなぁ〜。
そんな感じで、あたしとあねちゃんが『ケーキを置け!置かない!』で言い合いをしていると、
洗ったお皿を布巾で拭いていた眞佳ちゃんが、俄かにハッとした表情を浮かべると、お皿を持ったままの右手を、高らかにあげたんだ。

「あ!マスター!!じゃぁ、わかりました!!!眞佳、いい案を考えましたよ!!」
「ん?なんだ?眞佳?いい案って・・・」
「あれですよ!おでんケーキ作ればいいんですよ!!そうすれば今日花ちゃんも喜ぶし、おでん喫茶的にも・・・」
「ちょっと待て!!眞佳!!それは本当に『いい案』なのか!?」

眞佳ちゃんの発言を聞き、おもっきり声を裏返させているあねちゃんだけど、
あたしはモグモグとショートケーキを口に含みながら「あ、いいじゃん!!それ!!」と答える。
うん、いい、それ。おでんケーキ。チョー斬新!!味はともかく、絶対ウケる!!

「じゃぁさ、はんぺんをスポンジ代わりにして、イチゴの代わりに牛スジを乗せてさ〜」
「わ!いいですね、今日花ちゃん!!!それ!!」
「ちょい待て!!今日花!!テメー!!適当に眞佳を煽ってんじゃねーぞ!!おい!!」

同調され大喜びしている眞佳ちゃんとは裏腹に、顔を真っ赤にして怒鳴りつけてくるあねちゃん。
いや、でも、これからの飲食業は斬新さも大切だと思うよ、あたしは。
すると、「わ〜、これ、ぜったいいけますよ!!」と、なんだかすっかり、その気になってる眞佳ちゃんの横で
「つーか、ホントに作ったら、オマエら食えよ!!おでんケーキ」と、あねちゃんがヤケクソ気味に吠えている。
うん、そーね。その時は安彦と未知と、トランプかなんかで罰ゲーム選んで食べるよ。うん。

そんな事を言っていると、眞佳ちゃんはふと食器の洗い物を止め、奥から2杯目の水を持ってきてくれた。
それを観て、「眞佳〜。そんなヤツに水なんてあげなくていいから」と言っているあねちゃんを無視して、
眞佳ちゃんは心配そうにあたしの顔を見つめると、「あの・・・。ところで今日、安彦さんと未知さんと、なんかあったんですか?」と尋ねてきたんだ。

「確か今日は、3人でカラオケに行くとか話してませんでしたっけ?昨日」
「あぁ〜。まぁ、そうなんだけどねぇ〜。ちょっとくだらない事で安彦たちとモメてさぁ」
「え?!揉めたんですか?!!あ、安彦さんたちと?どうして?!!」
「いや。ほーんと、くだらない事なんだけど・・・」

そう。元々は今日、3人でカラオケのハズだったんだけど。
学校で、超絶くだらない事で揉めたんだよね。
あまりにもくだらないから、しょーじき、話したくないんだけど・・・。
「どうしてですか!なんで揉めちゃったんですか!?大丈夫なんですか?!!」
と・・・眞佳ちゃんが今にも泣きそうな顔で、心配そうにあたしを見るから、仕方なく、あたしは揉めた原因を語り始めた。
それは、学校の休憩時間のことだったんだ・・・。





×   ×   ×





お昼の休憩時間。
学食にコロッケパンを買いに行った安彦が教室へ戻ってくる。
そして、机に座っているあたしに、一緒に買って来てとお願いしといた、パックのジュースをポンと投げた。

「ほいっ。今日花!リンゴジュース」
「サンキュー!安彦」

そんな、いつもどーりの昼休憩時間。
あたしと安彦はファッション雑誌をピラピラとめくりながら、いつもどーり、一緒に昼食を取っていた。
すると、「安彦ー!!!!!」そう怒鳴りながら教室に現われたのは、なんだか剣幕な様子の未知だったんだ・・・。

「あれ?未知。どこ行ってたの?」

あたしが問いかけると、未知は「ちょっと他のクラスの子と会ってたんだけどさ」と前置きし、
ツカツカと安彦の前にやってきた。そして、
「つーかさ、安彦!!全然、話違うし!!!」と言って、突然安彦に文句を言い出したんだ。
突然の展開に、あたしがさっぱり状況が掴めなくてキョトンとしていると、安彦も怒鳴られる意味が解らないらしく、「はぁ?なにが??」と聞き返した。

「なにが?・・・じゃねぇよ!全然、話が違う!!」
「だから、なにがだよ?!」
「安彦の言ってた事と、他のクラスの子の言ってた事。全然ちげーし!!」
「だーかーらー!!なにが違げーんだよ!!!」

意味が解らず、イライラして怒鳴り返す安彦。
確かに、あたしもサッパリ意味がわからない。どーしたの?この人。突然現われたと思ったら。
何が話が違うんだか・・・。

すると。
大剣幕の未知から告げられた言葉は、驚くほど「どーでもいい」言葉だった。

「イナイレ3!!スパークよりボンバーのが面白いって、みんな言ってるし!!」
「はぁ?」
「安彦がスパークの方が面白いって言ったから、あたし、スパーク買っちゃったじゃんか!!」

・・・・・・・・・・・・。
つーか。
心底、死ぬほど、どーでもいぃいいいいいいいいい!!!!!
え?なに?この人、こんなどーでもいい事でキレてるの?!意味わかんない!!

こんなワケの解らない事でキレられ、
短気な安彦も、すでにマジギレ寸前の状態になっているようだった。

「はぁ?!知らねーよ。そんなの!!あたしはスパークが面白かったんだよ!!」
「でも、みんな、ボンバーつってるし!!!」
「知らねーよ!!!あたしはスパークしか持ってないから、ボンバーなんて知らないし!!」
「はぁ?!ボンバー持ってないのに、スパークの方がボンバーより面白いって言ったの?!安彦!信じらんない!!」

あーもう、うっさい!!!!
つーか、こんな事で揉める方が、どちらかっつーと信じらんない!!!
暑いのに死ぬほどくだらない事で、マジ揉めないで欲しいんですけど!!!

「つーかさ、2人とも死ぬほどどーでもいい事で、揉めないでよ!!!」

あまりのどーでもいい口論に、
あたしは思わず、2人の揉めあいに横槍を入れてしまう。
すると、揉めあっていた2人が同時にあたしの方を振り返り「は?どーでもいい?!」と声をシンクロさせて、剣幕の声をあげた。

「どーでもいいとか、酷くない?今日花?!!」
「だって、チョーどーでもいいじゃん!くだらない!!」
「酷っ!!どーでもいいとか、チョー酷い!!今日花!!」
「はぁ?」
「ね!安彦!!どーでもいいとか、くだらないとか、酷いよね!!」

と、何故か口論の対象が飛び火する始末。
超〜メンドすぎる!!!!
そもそも、揉めてたくせに、なんで急にあんたらが一致団結するのさ!!!
なんなの?この展開!!!?

あたしはなんだか、本気で付き合ってられなくなり、
机の脇にかけてあった学校の鞄を持ち上げ、席を立ち上がった。

「もーいい!今日のカラオケなし!!あたし学校、フケるわ!!」
「はぁ?!なんだよ、それ!!」
「もー、マジ、どーでもいい!!ホント、めんどくさい!!」

・・・と言うわけで。
未知と安彦のせいで、果てしなくくだらない揉め事が勃発し・・・。
激しくめんどくさくなったあたしが、頭にきて学校を午前中でフケた・・・と。
それがまぁ、自棄食いに至るまでの、全てのいきさつ。






×   ×   ×





「まーーじ、くだらねぇええええええええ!!!!」

あたしが経緯を語り終えた瞬間、
おでん喫茶『恩あだ姉ちゃん』に響き渡った第一声が、あねちゃんのソレだった・・・。
つーか、だから最初からあたしが「くだらない理由」だって言ったじゃん!!!
なのに、改めて『くだらない扱い』されると、確かに果てしなくくだらなすぎて、さすがに自分で恥ずかしくなってくるんですけど!
「お前らさぁ〜。もっと有意義な事で口論しろよなぁ〜」
「てゆっか、あたしじゃないし!最初に揉めだしたのは、未知だし!!」
「お前らが普天間問題や拉致問題で口論するとはおもわねぇ〜けど、ここまで、スッカラカンの口論だとは・・・」
「もー!うっさいなぁ!!いいじゃん、ほっといてよ!!」
つーか、なんだよ、フテンマって?食べ物?美味しいの?

「あぁ〜あ。なんかも〜。1人でカラオケでも行こうかなぁ〜!!!!」

安彦と未知はメンドクサイわ、あねちゃんにはバカにされるわ。
あたしはかったるくなって、椅子に座ったまま、ググーっと両手を上にあげ、背伸びをする。
このままカラオケ行って、1人モーニング娘。でもやってよーかなーなんて思っていると・・・。
その瞬間。目の前でお盆を抱きかかえたまま、心配そうに目を潤ませてあたしを見つめている眞佳ちゃんと、不意に目が合った。
眞佳ちゃんはあからさまに狼狽した様子で、あたしの顔を凝視していたんだ。
「ん?なに?どーしたの?眞佳ちゃん」
その様子をあたしが不審に思い、眞佳ちゃんに声をかけると・・・。

「きょ、今日花ちゃん。す、すぐ、安彦さんと未知さんと仲直りしよっ?」
「へ?・・・なんで?」

思わず素っ頓狂な声を上げる。
でも。そんなあたしとは裏腹に、眞佳ちゃんは至って真剣な表情で、こう答えたんだ。

「だ、だって、ケンカだなんて!!もしこのまま、ずっと、仲直り出来なかったらどうするんですか?!!」
「え?い、いや・・・大丈夫でしょ」
「わかんないですよ!!このままずっと、お互いがすれ違い、憎しみあい、蔑みあい、罵りあいになったらどーするんですか!!」
「えぇええ?!!そんな大げさな!!だ、大丈夫だよ!!眞佳ちゃん!!」

あたしとしては愚痴程度のつもりだったのに・・・。
眞佳ちゃんが余りにも素直に心配しまくってくれてるので、逆にこっちがうろたえてしまう。
だ、大丈夫だって、眞佳ちゃん。そんな大げさな!!
そもそも、イナイレ3が原因で揉めただけでも恥ずかしいのに!!
この上、それが原因で後生の別れとかになったら、いくらなんでも物笑いの種だってば!!
こんなくだらないケンカはいつもの事だし、くだらないケンカの後はいつも、ほっといても1日経てば何事もなかったようになるんだから・・・ウチラは。
だから、何も心配する事なんてないんだよ・・・こんなくだらないケンカ。

でも――。

目の前にいる眞佳ちゃんは・・・。
本当に本当に心配そうな顔で「お願い。安彦さんたちと。明日までに必ず、仲直りして!今日花ちゃん」と、あたしにお願いをする。
そんな眞佳ちゃんが、あまりに真剣で不安そうで泣きそうだったから、あたしは思わず
「うん・・・。わ、解った。あとでちゃんと、安彦たちと仲直りするから・・・ね?」と答えた。
てゆっか、もはや、どっちが慰める側で、どっちが慰められる側なのか解らなくなって来た感じ。
すると、眞佳ちゃんはあたしの顔を見上げ、「え?本当に?仲直りしてくれます?!よかった〜!!」
そう言って、今にも泣きそうだった眞佳ちゃんの表情は、一瞬でパァ〜と明るくなる。
そして、眞佳ちゃんは、まっすぐにあたしの目を見て、こう答えたんだ。



「ありがとう。今日花ちゃん」



・・・・・・・・。
そう。これだ。この時もそう。
そして、そんな眞佳ちゃんを見て、あたしはいつも、不思議に思うんだ。

どんなくだらない事でも、どんなささいな出来事でも――。
どんな時でも眞佳ちゃんは、素直な言葉で「ありがとう」と笑顔をみせる。

素直じゃないあたしたちには、中々人に伝えられないような言葉も、眞佳ちゃんはいつだって素直に、人に伝える事が出来る。
いつも思う。この子ってなんなんだろう?なんでウチらと、こんなに違うんだろ・・・?



あたしがそんな事を思いながら、じっと眞佳ちゃんを見つめていると、
眞佳ちゃんはその視線にちょっとビックリした表情で「ど、どうしました?今日花ちゃん?眞佳の顔、なんかついてますか?」と尋ねてきた。
「青海苔・・・さては青海苔ですね?!眞佳の歯に青海苔がついてるんですね?!!」
「あ、ううん、ちがっ!!そーゆーんじゃないんだけど――」
あたしはそう言ってから、クスッと笑みをこぼし、こう続けた・・・。

「なんかさ。眞佳ちゃんって変わってるよね」
「そうですか?眞佳、変わってますか?」
「うーん。変わってるって言うか・・・中々さ、『ありがとう』って言いづらくない?」
「え?どうしてですか?なんで言いづらいんですか?」
「うん・・・なんか・・・重いって言うかさ・・・」

まぁしょーじき。あたしもよく、わかんないんだけどね。
ホントに言葉に重さがあるのかわからないし、どの言葉にどれだけの重さがあるかも知らないけど。
でも、なんとなく。あたしは、言葉には重さがあると思うんだ。
言葉には言いづらい言葉や照れくさい言葉。中々素直に伝えられない言葉があって。
例えば・・・。
『ありがとう』の言葉の重さとか。
『ごめんなさい』の言葉の重さとか――。




「言葉の重さ・・・ですか?」

あたしの言葉を聞き、眞佳ちゃんは不意にそう呟くと、「ねぇ、今日花ちゃん・・・」と言って、あたしにニコッとやわらかい笑顔を見せた。
その笑顔は、真夏のヒマワリと言うよりは・・・ちっちゃくてかわいらしい、初夏のカスミソウみたいな笑顔だった。
ちなみに、余談だけど・・・。
今日咲く花と書いて『今日花』のあたしは、ママやパパがあたしが生まれた時に、「今日咲く、真夏のヒマワリの様な明るい笑顔の子になるように」と付けた名前だから、
うちらは笑顔のタイプもま逆なんだなぁ〜なんて、眞佳ちゃんの笑顔を見ながらあたしは思ったんだ。

「ねぇ、知ってる?今日花ちゃん」

すると・・・。
あたしがそんな事を思っていると、眞佳ちゃんはもう一度、あたしの名前を呼んだ。。
その顔はすっごくニコニコしてて、「ん?なに?」あたしが不思議そうに首を傾げると、眞佳ちゃんはこう答えたんだ。

「言葉の重さには、方程式があるんですよ?」
「え?方程式?」
「例えば・・・『ありがとう』って言葉の重さをどうやって出すのか?ちゃーんと計算式があるんです」
「ウソ!!ホントに?!!眞佳ちゃん」

思わずあたしは身を乗り出す。
自分自身『言葉には重さがある』とは思っていたけれど、まさかそれに、重さを出す方程式があるなんて。
それはさすがのあたしも、考えもしなかった・・・。
「え?え?それ、どうやって出すの?」
あたしが目をまん丸に見開いて眞佳ちゃんに問いかけると、「それはね・・・」眞佳ちゃんはそう言って微笑んだ。

「例えば。大好きな友達が・・・今日花ちゃんが・・・眞佳に凄く優しくしてくれて。」
「うん・・・」
「そうすると、眞佳は思うんです!『わー嬉しい。なんで今日花ちゃんは眞佳に、こんなに優しくしてくれるの?凄く嬉しい!!』・・・・・・って」

そう言って、ニコニコの笑顔であたしを見る眞佳ちゃん。
その笑顔は本当に嬉しそうで・・・なんだか心の中がキュッとなった。

「その『わー嬉しい!凄く嬉しい!!』って気持ちに・・・、今日花ちゃんへの、眞佳からの感謝の気持ちを足すんです」
「嬉しいって気持ちに、感謝の気持ちを・・・足す?」
「そっ!今日花ちゃんがしてくれた事への『嬉しい気持ち』に、今日花ちゃんへの『感謝の気持ち』を足した分。それが、『ありがとう』の重さなんです」
「・・・・・・・・・・・」

嬉しい気持ちに、感謝の気持ちを足した分・・・。
あたしは今まで『ありがとう』って言葉は、自分からの感謝の気持ちの重さだけだと思ってたけど。
そっか。確かにそうかも・・・ね。
嬉しいって気持ちが大きければ大きいほど、『ありがとう』の言葉は増すんだ。

「そしてそれは・・・『ごめんね』も、そう」
「え?」

不意の言葉に、あたしは眞佳ちゃんを凝視する。
眞佳ちゃんは小さく頷くと、柔らかい口調で、その言葉を続けた。

「例えば、大好きな友達と・・・安彦さんや未知さんと・・・ちょっとした事でケンカをしちゃって・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「なんでケンカしちゃったんだろって『後悔の気持ち』に、安彦さんたちと『早く仲直りしたい気持ち』を足した分。それが『ゴメンねの重さ』なんです」
「眞佳ちゃん・・・」
「まぁ、これは全部、眞佳が勝手に作った公式ですけどね」

最後にそう言って、眞佳ちゃんはクスクスと微笑む。
勝手に作った公式。
でも、こんな考え方。あたしは今まで考えもしなかった・・・。
多分きっと、眞佳ちゃんじゃなきゃ考えもしない。あたしたちには、一生思いつかない事のように思えた。

「眞佳ちゃんって、やっぱ・・・・・・変わってるね」

あたしがフッと顔を緩ませ答えると、
眞佳ちゃんは照れくさそうに肩をすくめて笑ったんだ。

「うふふ。マスターにも、よく言われますっ」




×   ×   ×




この店に入り浸って4時間ぐらい経過した。
あんまり居座りすぎると悪いかなぁ・・・と思う必要がないぐらい、お客さんが全く来ないので、あたしは引き続き居座る。
眞佳ちゃんは、「店の前の掃除してきますね、マスター」と言って、外で箒がけをしていた。
そんな眞佳ちゃんを店のドア越しに見つめながら、あたしはと言うと・・・テーブルに肘をつき、ケータイ電話をイジっていた。
未知と安彦へのメール。一言、『今日はごめんね』と打つが・・・。

「・・・・・・・・・・」

なんとなく。やっぱり送るのが気恥ずかしくて、削除してしまう。
謝りのメールを打っては消して、消しては打っての繰り返し。
すると――。

「別にいんじゃね?送らなくても」
「・・・・・・・・」
「どーせ、くだらねぇケンカなんだから。謝らなくても明日になりゃ忘れてんだろー。アイツら、バカだから」

食い手がなくて溶け出してるおでんをおたまで救出しながら、あねちゃんがあたしに声をかけた。
「まぁね。そのとーり、なんだけどねぇ」あたしはあねちゃんの図星な意見に、クスっと笑った。
眞佳ちゃんには「2人に謝っとくよ」と言ったけど、必要ないとあたしも思う。
こんなくだらないケンカ。謝る方が恥ずかしい気がするし・・・。
でも、さっきの眞佳ちゃんの言葉を聞くと、素直に謝った方がいいのかな?って気持ちにもなる。
なんでケンカしちゃったんだろ?って『後悔の気持ち』に、『早く仲直りしたい気持ち』を足した分。それが『ゴメンねの重さ』・・・かっ。

「・・・・・・・・・・ねぇ、あねちゃん」
「ん〜?なんだ?」
「眞佳ちゃんって変わってるよね〜」

前からいっつも思ってたけど、あの子ってなんであんなに素直なんだろ?
すっごく純粋ですっごく素直で。どんな気恥ずかしい言葉も、まっすぐ相手の目を見て、まっすぐに伝える事が出来て・・・。

「あたしたちは素直じゃないからさ〜。中々、眞佳ちゃんみたいに、素直に言葉を言えないよね」
「まぁな。おめーら丸富の3バカはとくに、素直さの欠片もねーもんなぁ〜」
「うっさいなぁ〜。どーせうちらは、純粋培養じゃないよ!」

そう言ってあたしは一瞬ぶっちょうづらを浮かべた後、「うちらバカだから。謝らなくても、1日で忘れちゃうから」と笑った。
安彦も未知もあたしも、ケンカはしょっちゅうだけど、謝った事なんて全然ないと思う。
好き放題言って、みんなで一斉にムカついて・・・その時は「謝った方がいいのかな?」って思うんだけど、実際は翌日には、3人ともケロっとしてるんだよね。
だからうちらは、謝ったりとか感謝の言葉を言ったりとか、そーゆーの全然ない。だから、眞佳ちゃんが凄く不思議なんだよね・・・。
そんな事を、あたしが楽しそうに笑いながらあねちゃんに語ると・・・。

「逆に・・・アイツはさ。わかんねーんだよ。こーゆーの」
「え?アイツ?」

不意の言葉に、あたしが思わず声を裏返すと、
あねちゃんは、淡々と大根を桂剥きにしながら、独り言の様にその言葉を続けた。

「ずっと友達いなかったから、眞佳。わかんねーんだな。お前らみたいな『言葉にしなくても分かり合える』そんな関係があるって事」
「・・・・・・・・・・・」
「オマエらみたいな、バカだけど、ツーカーな間柄?そーゆーの、わかんねーんだよ」
「あねちゃん・・・」
「だからさ、眞佳は言葉にすんだな。初めて出来た友達に、一生懸命、いろんな事をさ、いっぱい伝えたいんだ。アイツ」
「・・・・・・・・・・・」
「オマエが眞佳を不思議に思ってるように。眞佳も、言葉に出さなくても通じ合ってるオマエらを、不思議に思ってるんじゃねぇのかな〜」

あねちゃんの言葉に、なんだか心の中が鷲づかみにされたような、そんな感覚を覚える。
そっか・・・。そうなのかもしれない。
自分は安彦や未知みたいに、口の悪いことばっか言い合っても、なんだかんだで通じ合ってる仲間がいるから、
そう言うの・・・考えたこともなかったんだ。
あたしたちは普段、口の悪いことばっか言ってても通じ合うからさ、逆になんとなく、互いに素直に言葉を伝えるのが恥ずかしいんだけど・・・・。
ずっと1人だった眞佳ちゃんは、どんな些細な事でも、どんなくだらない事でも、素直に言葉にして相手に気持ちを伝える。
それ以外のすべを、眞佳ちゃんは知らないから。一生懸命、言葉であたしに伝えようとする。


――カランカラン。


不意に玄関の扉が開く音がして、掃除を終えた眞佳ちゃんが店内へ戻ってきた。
外はやっぱ暑いみたいで、眞佳ちゃんの額には、汗が滲んでいた。
戻って来た眞佳ちゃんはタオルで汗をぬぐった後、トテトテとあたしの席に駆けてくると、
「ねぇねぇ、今日花ちゃん。店の軒先のひまわり、すっごいおっきくなってましたよ!」
と、俄かに声をかけて来たんだ。
「え?ひまわり?」
「はい!すっごい大きいんです!今日花ちゃんぐらいおっきくなってました!」
と言って、眞佳ちゃんは嬉しそうに笑っている。

店の軒先のひまわりか・・・。
ってゆっか、あたしは毎日来てるのに、軒先にひまわりがあるのすら知らなかったな〜。
つーか、あたしぐらいのでっかいひまわりって。それ、自分で言うのもなんだけど、相当デカいね。
「え?ホントに?じゃぁ、帰りに観てみるね」
あたしが眞佳ちゃんにそう言うと、眞佳ちゃんは嬉しそうに頷いた。
うん。真夏のでっかいひまわりがあたしなら、やっぱり眞佳ちゃんは初夏のカスミソウなのかもしれない。
柔らかくて可愛くって小さくて、でも、太陽の光を浴びてキラキラ輝くカスミソウ。

あたしは隣の椅子から、学校の鞄を持ち上げる。
「あ、じゃぁ、そろそろ帰るね」
随分居座ったし、帰り際にひまわり見ていきたいし。
あたしがそう言うと、食事なんてしてないあたしに「ありがとうございましたー」と言ってくれる眞佳ちゃんと、
「ありがたくねぇよ。場所代払え!」と突っ込んでいるあねちゃん。
つくづく思うけど、あねちゃんもアレだよね。口が悪くて素直になれない、ウチら寄りのタイプだよね。絶対!!
だから、ウチらと一緒で、素直で言葉を大切にする眞佳ちゃんを気に入ってるんだろーな。

そーんな事を思いながら、店を出るすがら。
あたしはふと、足を止め「あ、そーだ。眞佳ちゃん!」と、振り返る。
「はい?なんですか?」
首をかしげ、キョトンとした目で見る眞佳ちゃんに、あたしは笑いかけた。

「あのさ。今日は心配してくれて、ありがとう・・・」

こんなくだらないケンカなのに――。
眞佳ちゃんが一生懸命心配してくれた事への嬉しい気持ちに、あたしからの感謝の気持ちを足す。
まっすぐ目を見て、あたしが素直に告げたその言葉に、
眞佳ちゃんは今日一番の嬉しそうな、はじける笑顔を見せたんだ。







×   ×   ×







そして・・・そんなことがあった、翌日の朝。
いつもと変わらない教室と、いつもの朝の風景。
あたしが教室へ足を踏み入れると、安彦と未知が、いつもどおり、教室の1番後ろの席で楽しそうにくっちゃべっていた。
結局、あれから2人に謝ることは出来ないままだけど・・・。
2人の元へ、あたしがなんて事ないような顔で、いつもの様に近寄って行くと・・・。
「オーッス!今日花。おはよっ!!」
昨日のケンカなんて何処吹く風。
いつものように元気な挨拶と共に大きく手を上げる未知と、
「おはよっ今日花。来るのおっせぇよ〜」と、いつものように憎まれ口を叩く安彦。
そう・・・。
ケンカをしても『ごめんね』なんていらない、1日で忘れてしまう、バカで単純な仲間達・・・ってね。

「おはよー。安彦、未知。2人は珍しく早いじゃん」

いつもはどちらかっつーと、あたしより遅刻常連なのにな。
そう思いながらあたしが、机の上に鞄を置き、
1時限目の数学の教科書を、机の中から取り出そうとすると・・・。

「あれ?」

あたしの机から教科書と一緒に出てきたのは、
前日、安彦と未知がくっだらないケンカをした火種となった、イナイレ3(スパーク)だった・・・。

「え?なんであたしの机の中に?」
「だって、今日花。今日、誕生日じゃん」
「へ?そういえばそうだけど・・・もしかして、プレゼント?!」
「そ。安彦のせいで、スパークになっちゃったけど。別にいっしょ?今日花」
「・・・・・・・・・・・・」

未知の言葉を聞き、ふと、昨日の出来事を思い出す。
ボンバーの方がスパークより面白いと言う噂を聞いて怒ってた未知。
それを聞いて、「知らねぇーよ!」とキレていた安彦。
あたしはそんな2人に、こう言ったんだ。「どーでもいいじゃん!くだらない!!」って・・・。

そっか――。
あれはあたしへの誕生日プレゼントだったのか。
なのに「どーでもいいじゃん!くだらない!!」とか言っちゃったんだ、あたし。
だから、2人が「チョー酷い」って怒ってたんだ。プレゼントを「くだらない」って言われれば・・・。
そっか・・・そう考えると悪い事しちゃったな。

「あ、あのさ!安彦、未知・・・」
「ん?」

2人はキョトンとした目であたしを見る。
そんな2人を見つめながら、心の中に浮かぶのは、昨日の眞佳ちゃんの言葉。
『嬉しい気持ち』に、『感謝の気持ち』を足した分。それが――。



ありがとう。



俄かに、あたしの心の中に浮かぶ言葉・・・。
嬉しい気持ちと感謝の気持ち。2つ合わせた方程式。
だけど・・・。
その言葉を口にする寸前。
目の前にいる安彦は、ケタケタと笑い声を上げ、こう言ったんだ。

「あ!つーか。次の、あたしの誕生日は倍返しね!!」
「・・・え?」
「DS本体でいいよ。お風呂でやってたら、水没してぶっ壊れちゃったんだよね」

と言って「マジさいてー」と呟く安彦に、「お風呂でやったの?!チョー、バカじゃん!!」と未知が呆れたように笑っていると。
「はぁ!?未知にバカ扱いされたくねぇし!!!」
そして、安彦と未知のお定まりの口論の始まり・・・。
そう。眞佳ちゃんのお陰で、いつもより、ホンのちょっと素直になれそうだったあたしを、一瞬で素直じゃないあたしに戻したモノは、
バカで単純で、ちっとも素直じゃない、仲間達。

「あのさ、安彦。未知」
「あん?」
「・・・・・・これ。サンキュー!」
「おぅ!」



そう・・・。
素直な言葉なんて要らない友達と。
素直に言葉を大事にする友達。
どっちもあたしの、大切な友達。




「あ、そーだ。今日花」

すると。
安彦が思い出した様に、俄かにあたしに声をかける。
「ん?なに?」
「今日の帰りさ、恩あだ姉ちゃん寄るから」
「そうなの?」
「うん。こないだ眞佳ちゃんに、今日が今日花の誕生日だって教えてあげたら、ケーキ作るって張り切ってたから」
「え?眞佳ちゃんが?」
すると、あたしの横では未知が
「おぉ!ケーキ美味そう!!」と言って、あたし以上にケーキと言う単語にテンションが上がっていた。

そっか。眞佳ちゃん。ケーキ作ってくれるんだ・・・。
昨日あったときは何も言ってなかったけど、そうだよね、前日にバラさないよね。
・・・・・・・・。
あ!!そっか、だからか!!
だから眞佳ちゃん昨日、泣きそうな顔で「明日までに安彦さんたちと仲直りしよっ!」って懇願してたのか。


なんだか、自然と笑顔がこぼれた。
嬉しい気持ちと感謝の気持ちが、心の中からいっぱい湧き上がってくる。
素直じゃないあたしだけど、素直になかなか口に出せないあたしだけど、
心の中で素直に思う。心の中でいつも思う・・・。



ありがとう――



あぁ、そうだ。
後で恩あだ姉ちゃんに行った時、みんなの前で言ってみようかな。
眞佳ちゃんに、安彦に、未知に、あねちゃんに。
真夏に咲くひまわりのよーな笑顔で、
この嬉しい気持ちと、感謝の気持ちを一緒に乗せて・・・。




(「ありがとう」の重さ FIN)




つーわけで、サンクユーの外伝的な感じで書きました。
最後まで読んでくれてありがとうございます。

ただ、1つだけ問題があって・・・。
何も考えず、学校のシーンを入れちゃってるんだけど・・・あれよね。
熊井ちゃんの誕生日の頃ってフツー、夏休みよねw
でも、書いちゃったあとで気づいたので、直しようもないw
なので、熊井ちゃんの誕生日は8月3日だけど、今日花ちゃんの誕生日は7月の中旬ぐらいで扱って下さいw

そして、以下は『「ありがとう」の重さ』のオマケバージョンw
最初は本編に組み込んでたんだけど、台無し感が大きかったので、本編から切り離してオマケにしましたw
せっかく綺麗に終わらせたのに、台無しすぐる!でも、せっかく書いたから一応載せとくw
まぁ、ヲチみたいなモンなんで、あんま深く考えず、目を通してくだされw


<おまけ>


こうして、大切な仲間に囲まれて
1年に1度の大切な日をお祝いしてもらったあたしだけど・・・。
なんて言うか。



言葉には重さがある!!!
時と場合によっては、その重さは、尋常ならぬ重圧を秘める!!



1年に1度の祝福の日に、あたしは改めて、心の底からそう思った。
いや・・・。
心の底から、そう、思わされた――。

「はい!今日花ちゃん!!頑張って作りました!!おでんケーキ!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「はんぺんをスポンジ代わりにして、ちゃんと牛スジを並べてみましたよ?どうですか?!」

アハハ・・・どうですかって。どうなんですか・・・これ?
ショートケーキかな?チョコレートケーキかな?
恩あだ姉ちゃんに向かうすがら。
そんなハッピーな予想合戦を繰り広げていた、あたしら3人を迎え入れたのは、まさかのおでんケーキだったんだ・・・。
うわー。はんぺんの上で揺れる蝋燭の炎が斬新〜・・・。
愕然とするあたしらの向こうで、あねちゃんがジャガイモの皮を剥きながら、
「おめーが眞佳に言ったんだから。責任とれよ」と笑っていた。
そう・・・だよね。素直な眞佳ちゃんにあんな事言った、あたしの自業自得だよね?コレ・・・。

うん・・・。
やっぱり、言葉には重さがある!!
言葉なんて重いモン、そう簡単に口にするモンじゃないよ。




ありがとう。




みんなの前で素直にそう告げるのは、まだ先の事になりそうかな。
つーか、ゴメンね、眞佳ちゃん。
しょーじき、ありがたくないよ・・・眞佳ちゃん。アハハ・・・。


(『ありがとうの重さ』 ホントにFIN)