(2006年03月06日付 日記)


小説 【スーサイドジェネレ〜ション】




「近所のお兄ちゃんがさぁ、自殺したんだよね」
突然のももの言葉に、あたしは言葉を失うより他なかった。



  ― スーサイド ジェネレ〜ション ―



その日は久しぶりのオフだった。
朝起きて、いつものように学校で勉強して・・・そのまま自宅に帰ろうと思ったんだけど、そういえば今日はももに相談したい事があったんだと思い直して、
放課後、ダメ元でももにケータイを入れてみた。
急だから、友達と約束入れちゃってるかなぁ〜って不安だったけど、
電話の向こうのももはなんでもないように「うん、いいよ。みや」と言って、すぐに了解をしてくれた。

――オフなのに友達と約束ないんだ?

ふと頭の中でそんなことを考え、一瞬の沈黙が走る。
その不自然な間をすぐに感じ取ったのか、「今日、ホントは約束あったんだけど、友達にドタキャンされたの!」と、ももは直ぐさまフォローした。
別に言い訳しなくていいのになぁ〜。なんて思いながらも、余計なことを言うとももがムキになるだけなので「そっかぁ〜」と、相槌だけ交わし、あたしは話を進めた。
「じゃぁ、どこで待ち合わそうか?」今日は金曜日だし、きっと渋谷なんかは混んでるだろうなぁ(まぁ、あそこはいつも混んでるか…)とか考えながら、
待ち合わせ場所にアレコレ考えあぐねていると・・・

「じゃぁさ、ももん家で遊ばない?」

ケータイかけながらジュースでも飲んでいるのだろう。わずかにストローで吸い込むような音を立てながら、ももは電話越しにそう言った。
ももとプライベートで遊ぶのは勿論初めてじゃないけれど、ももの家にお呼ばれするのは初めてだったので、その返答はあたしにとって、結構意外だった。
「え?いいの?」と問いかけると、ももは「うん」と呟き、
「まぁ、あんましゴージャスな家じゃないから、期待はしないでね」と笑った。
「そんな事ないよ。それじゃ、お邪魔しちゃうね」
正直、今日しようと思った相談事は、あんまり他人には聞かれたくなかったから、お店とかで話すよりもももと2人きりの空間で話したかった。
だから、ももからお家にご招待してくれるのは凄くありがたかったんだ。


 




   ×             ×               ×






ももの家の最寄の駅へ到着すると、学校から一旦自宅に戻ったらしく、ももがスウェット姿に着替えて改札口で待っていてくれた。
薄いピンクの上下のジャージ。髪の毛を右寄りに一本縛りして、退屈そうに携帯をイジリながら壁に寄りかっているももは、
芸能人と言うよりも地元の部活帰りの女子中学生って感じで、一瞬、ももなのか解からなくて声をかけあぐねた程だった。

「ごめん。もも!待った?」

あたしが声をかけると、ももはゆっくりおもてを上げてあたしの顔を確認し、笑顔で小さくかぶりを振りながら手にしてた携帯を閉じた。
パールホワイトの携帯がパチンと音を立てた。

「ううん。5分ぐらいだから大丈夫だよ」
「出来る限り急いだんだけど・・・・」
「あたしが早く来てただけだから、気にしないでよ」

そんな当たり障りのないやり取りを一言二言交わした後、あたしたちはももの家に向かう事にしたんだ。
それは駅前の大通りを裏道に抜けて、ほんの2・3分のトコロ。意外と駅から近い場所に、ももの家はあった。
家には誰もいないらしく、ももはチャイムを鳴らさずにポケットからおもむろに鍵を取り出して、扉を開けた。
そして、「どーぞー。入って、みや」そう言ってあたしを家の中に誘導してくれた。
「ありがとー、もも」
そうしてあたしが案内された部屋は、ももの家のリビングだった。


整理整頓された室内は、実際の広さ以上に大きく感じられた。
電気は付けてないのに意外なぐらいに明るい室内。
小窓から薄い光が差し込んでいて、テーブルの上に活けてあるお花を照らしつけていた。
なんのお花だろうと覗き込んでいると・・・

「ポインセチア」

キッチンから麦茶を運びながら、ももが答えてくれた。

「ママ、最近お花にハマってるんだって」
「へー。そうなんだ?いいねぇ」

そう言ってポインセチアにそっと触れると、柔らかな香りが漂ってきた。
「いいなぁ〜。お花とか飾ってあって」
あたしが言うと、ももはあたしの前に麦茶の入ったコップを置きながら、凄く意外そうに答えた。
「えー。でも、みやのうちなんかも、お花とか飾ってありそうなイメージだけどなぁ」
「ううん。ウチのママ、花粉アレルギーだから全然飾ってないよ」
「そうなんだ?アレルギーじゃぁ、仕方ないよね」
そう言ってももは、残念そうに肩をすくめた。

そんな感じであたしたちは、楽屋話のさらに延長の様な下らない話を、ももが台所で剥いてきてくれた桃を食べながら、しばらくの間繰り広げていた。
どっちもオシャベリなあたしたちの、尽きることない雑談トーク。
でも、今日はそんな下らない話をしにきたワケじゃない・・・。
それを知ってか、やがてオシャベリなあたしたちのなんでもないような会話は、一旦話が尽きて、なんとなくの沈黙が走った。
2人で無言のまま、ゴクゴクっと喉を鳴らす音だけ立てて麦茶を飲んだ。

(今がいいチャンスかな?)

そんな事を思い、あたしは今日ももに会いに来た本題を切り出そうと口を開いた。
だけど・・・・・・・その0.01秒早くに、ももがポツリと、その言葉を呟いたんだ。

「近所のお兄ちゃんがさぁ。自殺したんだよね・・・」
「・・・・え?!」

それはほんとに、あまりに突然の意外すぎる発言だったので、あたしは自分の言いたかった言葉を桃と一緒にゴクリと飲み込んでしまった。
そして訝しげに伺いながら、あたしは確かめるようにももの言った言葉を口にした。
「自殺・・・?」
「そう。自殺」
ももは神妙な面持ちで、コクリと頷いた。
「知り合い・・・なの?」
「うーーーん、知り合いと言えば知り合いだし。他人といえば他人かな」
まどろっこしい口ぶり。
どういう関係なんだか、さっぱり掴めない。
「どーゆうこと?」
「近所の文房具屋のお兄ちゃんなんだよね。小学生の頃、文房具屋さんで何度か見かけたことがあるんだよ」
「・・・で?」
「それだけの関係」
そう言ってももは、「自殺した近所のお兄ちゃん」のお話を、淡々とあたしに語り始めたんだ。

もも曰く、「自殺した近所のお兄ちゃん」は、近所の文房具屋さんの息子さんらしい。
駅前大通りのコンビニを左に曲がって、パン屋さんの前の横断歩道を渡って、ガソリンスタンドの間を入って、つきあたりの3件隣りの文房具屋さんの長男。
そんな地元のマイナートークを口に出されても、さっぱりあたしには場所が解からないけど、とりあえずももの家の近所の文房具屋さんらしい。
「その文房具屋さんの斜向かいの10階建てのマンション。そこから彼は飛び降りたんだって・・・」
どうやら古いマンションだから入り口にオートロック機能がなくって、だから簡単に入り込めるらしい。
「もももちっちゃい頃に友達と、何度もかくれんぼとかで入ったことあるもん」そう、ももは付け加えた。
その言葉を聞きながら、小さい頃に自分達が遊んでた思い出の場所から、人が飛び降りる。
それはどんな気分なんだろう?と、あたしはぼんやり考えていた。
すると、
「10階から飛び降りたお兄ちゃんの頭はグシャッとヘシャゲて!!」
そう言ってももは手に持っていたフォークを、お皿の上の桃へザクッと刺した。
「それはまるで、潰れた果物のようだったんだって!!!!」
そして語りながら平然に、モグモグとフォークに刺した桃を口へと含むもも。
その一方で、デザートの桃を食べる気力を今の語りで完全に削がれるあたし・・・。


なんで桃を食べながら、そーゆう事を話せるのかなぁ、この子・・・。


意外とデリケートなあたしと、デリカシーの欠片もないもも。
あたしがウンザリした表情で桃の乗ったお皿をももの方へずらすと、
「ん?どうしたの?みや。もう食べないの??」
無神経なももは桃を口に含んだまま、モゴモゴとあたしにノー天気に問いかけた。
あたしはため息混じりに頷く。
「うん・・・。もも、食べていいよ。お腹いっぱい・・・」
「ん?そう?んじゃ貰うね」
そう言ってあたしのお皿から自分のお皿に桃を移し、山盛りになった桃を見て満足そうに頷くもも。
一方で、山盛りになった桃が少しだけ茶色く傷んできて、
それがまるでバラバラになった人間の死体が腐敗してきてる様に思えて、ますますウンザリしてくる、意外とデリケートな上に想像力豊かなあたし。
「ほら、茶色くなってきちゃったよ。早く食べなよ」
さっさと桃を目の前から見えなくして欲しくて、ももに食べることを促す。
ももは「あ、ホントだー。傷んできちゃってるぅ!!」と残念そうに叫ぶと、フォークで2切れまとめて貫通させ、口の中に頬張り始めた。
そして・・・
「でもひゃぁ、みや。彼はなんひぇ、死んだのかなぁ?」
ちゃんと飲み込んでから話せばいいのに、口いっぱいに桃を頬張りながら、呟くようにももは問いかけた。
口の中でモゴモゴさせながら喋るももは、(本人に言うと怒るだろうけど)どっからどー見ても小学生にしか見えない子供っぽさだった。
あたしは呆れた様に椅子の背もたれに寄りかかると、首を傾げ、ため息と一緒にももの問いに答えた。
「さぁ・・・なんでだろーね」
って言うか、あたしに聞かれてもねぇ。
近所のももですら、対して知り合いでもない文房具屋のお兄さん。
あたしには彼の自殺の理由なんて、知る由もない――。






やがて。
桃を食べながら喋るのはやはり話しづらい事に気づいたのか、ももは黙々とお皿の上の桃を片付け始めた。
部屋にはももが桃を食べる音と、時計が時刻を刻む音だけが響いていた。
さすがベリーズの食いしん坊担当(?)のももだけあって、あっという間にお皿の桃を平らげると、今度は台所からシューアイスを2つ持ってきた。
ホントよく食べるな〜。と思いながらも、なんとなくお口直しがしたくて(まだ桃の味が、口の中に残っているんだよね)あたしも有り難く1個いただく事にした。
口に含むとシューアイスのバニラの香りが、口いっぱいにひんやりと流れ出た。
「桃がね、前にお肉屋さんで買い物がてら仕入れてきた情報によると・・・」
って・・・早っ!
いつの間にこの子、食べ終わってたんだろう・・・。
あたしが半分も食べきらないうちに、ももはすっかりシューアイスを平らげていて、話の続きを語り始めたんだ。
「最近、彼。なんと!恋人と別れたらしいんだよ!!」
テーブルに両手を置き、身を乗り出して力説するもも。
あたしは口元を押さえて、シューアイスをちゃんとゴクッと飲み込んでから(口にモノが入ったまま喋るのは汚いもんね)答えた。
「へぇ、そーなんだ。じゃぁ、それが自殺の理由じゃない?」
だけど。
ももはあたしの答えに「チッチッチッ!」と指を振った。
「そう思うでしょ?と・こ・ろ・が!!」
そして、周りには誰もいないのに何故かももは声のトーンをいくらか落として、ヒソヒソ声であたしに語ったんだ。
「恋人と別れた原因はね。どーやら・・・彼のほうからフッたらしいんだよ」
ちなみにこれは、お肉屋さんに買い物に来ていた美咲ちゃんのママから聞いた情報・・・と、ももは最後に付け加えた。
って言うか、美咲ちゃんってのがそもそも誰なのか知らないけど(多分地元の友達なんだろーな)ももは一体、近所のお店で何をやってるんだろ・・・。
そんなあたしの最もな疑問に、ももはこれっぽっちも気づく事無く、尚も畳み掛けるように語り続けていた。
「ね?自分でフッておきながら、自殺とは考えにくいでしょ?だから、自殺の原因は他にあるんじゃないかと、ももは睨んだんだよね!!」
「あっそう・・・」
なんだか圧倒されて、思わずおざなりな返事になってしまうあたし。
そー言えばもも、最近、土ワイにはまってるって言ってたなぁ・・・と、ぼんやり思っていた。




「彼はなぜ、死んだのかな・・・」

2回目。
何度聞かれてもあたしには解からないものは解からないけど、
今のはどちらかと言うとももの独り言に近い感じだったので、そのまま黙っていた。
あたしは無言のまま、麦茶の入ったコップをカランと鳴らす。
いつの間にか氷が物凄くちっちゃくなっていて、麦茶の上のほうが解けた氷で薄まっていた。
あたしはコップを回して薄まってる部分を混ぜ合わした後、解けた氷ごと麦茶をクイッと飲み込んだ。
そして・・・フゥと息をつくと同時に、ももにあたしの方から初めて疑問を問いかけてみた。

「ねぇ?もも・・・」
「ん?な〜に?みーやん」
「まさか、もも。お兄さんの死は、他殺だと思ってるの?」
「えぁ??」

何故、ももは大した知り合いでもない文房具屋のお兄さんの死に、こんなに疑問を抱いているのだろうか?
あたしはお兄さんの死の理由よりも、むしろそっちの方が凄く不思議だった。
で・・・。それはももがお兄さんの死を、自殺ではなく他殺だと思っているからなんじゃ?そう思う理由が何かあるからなんじゃ?
あたしなりにそう思っていたんだ。
だけど、
「まっさかぁー!!・・・自殺じゃん?」
意外なぐらいアッサリとお兄さんの死が自殺である事を認めるももに、あたしの疑問は簡単に一蹴されてしまう。
「やっぱり自殺なの?」
「警察がそう言ってるんだから、自殺じゃん?・・・知らないけど」そう言って飄々と麦茶を口に含むももに、あたしはすっかり脱力して、ため息ひとつ。

(肝心な所で投げやりな探偵さんだなぁ・・・)

やる気があるんだかないんだか解からない素人探偵さんに、すっかり拍子抜けのあたし。
だけどももは、「でもさぁ・・・みや」そう言って、ゆっくりとあたしに諭すように語り始めたんだ。
「自殺ってのは結局。その人間をさぁ、『死ななきゃいけない状況』に追い詰めた『理由』があったって事でしょ?」
「え?」
「つまり、その『理由』が彼を殺した犯人のようなモノじゃん!!・・・で、ももはね。その理由ってヤツを知りたいの」
そう言って口を真一文字につむぐ、妙に真剣な眼差し。その眼差しと語り口調に圧倒され、「なるほどね・・・」あたしは思わず相槌を打ってしまった。
肝心なとこは投げやりなのに、妙なとこで説得力があるなぁと、思わず感心してしまう。
だけど。
ももの言葉に納得する一方で、やっぱり根本的な部分は結局、腑に落ちないままでもあるんだけどね・・・。
あたしはテーブルに肘を着くと、右手に顎を乗っけてももの顔をマジマジと見つめる。
するとももはキョトンとした表情で「どーした?」と問い返すように、目を丸くした。

「ねぇ、もも・・・」
「なーに?」
「で、結局さぁ・・・。なんでそんなに、ももはそのお兄さんの死に拘るの?」

マンションから飛び降りて自殺した、文房具屋のお兄さん。
彼を『死ななきゃいけない状況』に追い詰めた、なんらかの『理由』がきっとある。
それを知りたいと、ももは言う。

だけど。

家が近所ってだけで、関わり合いなんて何もないままに過ごしてきた文房具屋のお兄さんの死に、なんでももがこんなに拘ってるのか?
やっぱりあたしには解からなかった。

(結局。土ワイにハマってるももの、単なる興味本位なんだろーな・・・)

そんな事を考えているあたしだったけど。
実際ももの口から帰ってきた答えは、驚くほどに、あまりにも意外すぎる答えだったんだ。
「ももね。彼が自殺する前、彼とお話したの」
「え?」
それは一瞬の間。そして・・・
「えぇ!!!ウソ?!!!!」
ビックリしてあたしがテーブルについてた肘を離した瞬間、
麦茶の入ったコップに手がぶつかり、コップが大きな振動とともに不安定に揺れた。
あたしはアワアワとコップを押さえてなんとか倒れるのを阻止したけど、僅かに麦茶が零れてしまったのは防げなかった。
そんな焦りまくりのあたしとは対照的に、
「だいじょーぶ?みや?」ももはしごくなんてことない様子で、近くにあったティッシュでサッサッとテーブルの上の麦茶を冷静にふき取ってくれた。
そもそも、自分の発言にそれほどの重要性も感じてないらしく、「みや。制服に零れなかった?」と、マイペースにあたしの制服の心配をしてくれるぐらいだった。
「う、うん。だいじょーぶだけど・・・ってか、それってどーいうこと?!」
「ん?なにが??」
「いや、何がじゃなくってさぁ!!自殺する前に、彼と話したって・・・」
「あぁ。それね」
そう言うとももはテーブルを離れ、麦茶が滲みこんだティッシュを台所のゴミ箱までテクテクと捨てに行った。
そして、零れてしまったあたしの麦茶の代わりに新しい麦茶を冷蔵庫から取り出すと、コポコポとコップに注いでいった。
それらの行動は時間にすれば30秒足らずの動作だったけど、話の途中で切られて気になって気になって仕方のないあたしには、
もの凄く長い時間のように感じられて、なんだか妙にまどろっこしかった。

「はい、みーやん。麦茶」

そう言って目の前に再び置いてくれた、新しい麦茶。
だけど今はそれどころじゃない。
一応ももに「ありがと」だけは言っておきつつ、麦茶に手はつけず「で、どーゆーことなの?もも」と、話の続きを促すように問うた。
ももは小さく頷くと、宙空に目を向け、その時の事を思い出しながらだろうか・・・「えーっとね。あれは3日前・・・」そう言って、ゆっくりと話し始めたんだ。
「パン屋さんでイギリスパンを買ったあとに、文房具屋さんの前を通りかかったんだけど。その時にたまたまお葬式がやっててさ。あたし、びっくりしちゃったんだよね」
するとももは眉間に皺を寄せ、僅かに口元を歪めた。
「だってそこにはさ・・・。1カ月前、コンビニで話しかけてきた文房具屋のお兄さんの遺影が飾ってあったんだもん!!!」
「え?1カ月前ぇ???」
あたしが思わず声を裏返らせ復唱すると、ももはもの凄くキョトンとした面持ちで、コクリと頷いた。「うん1ヶ月前」
「じゃぁ。自殺する前、彼とお話したって・・・1カ月前のことなの?」
「うん。そうだけど?」
なんてことないように頷くももに、今日何度目かの脱力・・・。

(なんだ。自殺する前って、そんな前かぁ。てっきり自殺する数時間前とかなのかと思ったじゃん・・・)

ももはそんなあたしの脱力っぷりをこれっぽっちも気にする事無く、「でね、みや・・・」と言うと、淡々と言葉を続けていった。
「1ヶ月前。あたし彼にコンビニで会ってさ。向こうにね、『君ってベリーズ工房の子なんだってね』って話しかけられたの」
「へ〜。ベリーズの事、知ってたんだ?」
あたしが感心したように呟くと、ももはとっても嬉しそうに頷いた。
「そう知ってたの!!なんかね。雑誌で偶然見て、「近所の子だ」って気づいたんだって!」
あたしたちはハロプロを好きな人たち以外には、中々存在を知られることはない。
近所のお兄さんが、たまたま雑誌でベリーズ工房を知ってくれた。たとえ「偶然」でも「たまたま」でも。知って貰えることはあたしたちにとって、それはとても嬉しい事。
「でね!もも、嬉しくってさぁ「はい!」って言ったらね「がんばってね」って言ってくれたの」
ももが言うには、その後「ありがとうございます!」と言って、彼と握手をしたらしい。こうして1ヶ月前の彼との出会いは、それで終了。
そして1ヶ月後に、ももはたまたま彼のお葬式の前を通りかかる事になる・・・。





「ふーん、そうなんだ・・・」
あたしはそう呟きながら、再び麦茶のコップをカランカランと鳴らす。
新しく入れてくれたばっかの麦茶は、まだ氷がおっきくて、ぶつかり合った氷の音が気持ちよく室内に響き渡った。
でも、あたしの気持ちはイマイチパッとしないままではあった。

(でもそれって、とるに足らない芸能人と一般人の会話じゃん・・・)

「ねぇ、もも。だから・・・それくらいの出会いで、なんでそんなに拘るの?」
「え?」
「結局さ。彼はホンの一瞬、言葉を交わしただけの人でしょ?なのにどーして・・・」
「うーーーーん。なんでと言われると・・・」
ももは困ったように顔を顰めていた。
もしかしたらももも自分で、拘る理由がよく解かってないのかもしれないと、あたしは思った。
「うーん。なんでと言われると難しいんだけど・・・・」そう言ってももは、僅かに肩をすくめ、答えた。
「ホラ。ほんの少しでも関わった身としてはさぁ。彼が死んだ理由ぐらい、やっぱ知りたいのさ」
「・・・・・・・・ふーん」あたしはなんだか曖昧に頷いた。
正直。解かるような解からないような・・・微妙な感じ。
でも、このまま話しててもなんだか埒が明かない感じがしたし・・・。
ももがここまで「彼の死に拘る理由」がさっぱり掴めないままに、とりあえずあたしは、「彼が死んだ理由」の方を先に考えることにした。
「ねぇ、もも。彼って、いくつなの?」
「さぁ?」
「年齢も知らないの?」
「だって、コンビニで話したのが初めてだもん」
まぁ、確かに。地元の人間全てとつながりがあるわけじゃないモンね・・・。
って言うか。年齢も知らない。コンビニで初めて言葉を交わしただけの人間の死に、ホントになんでここまで頭を悩ませてるんだろ、この子?・・・てゆっか、あたしもだけど。
「多分、見た感じ、大学生ぐらいかなぁ?」
「ふーーーん」
大学生か。
大学生がどんな感じの学生ライフなのか全く知んないけど、大学生じゃイジメとかの線は薄いよね、多分。
かと言って恋愛沙汰の路線は、彼が自ら彼女をフッたって時点で、すでに消えてるワケだし・・・。
フゥ〜と深くため息を付く。
彼を自殺に駆り立てた理由。そのワケ。一体なんなんだろ?
結局。理由を知るには、あたしたちは彼を知らなすぎるんだよね。(そもそもあたしは、彼をももの話でしか知らないんだけどね・・・)


そんな感じで。
あたしがあれこれと考えを巡らせていると、 「もしかしてさ、自分の未来に不安を感じたのかな?」そう言ってももは椅子に凭れかかり、大きく伸びをした。
体がこってるのか首筋がバキッと物凄い音がして、「うわっ!」と、ほんの少し本人自身がビックリしてる様だった。
「・・・・・・・・・・自分の未来に不安、かぁ」
あたしが呟くと、ももは自分の首筋をさすりながら「うん」と頷いた。「ありがちな話ではあるけど・・・ね」
確かに、ありがちな話。
そもそも。自分の未来にホンの少しでも希望を抱いてる人間は、絶対に死のうなんて思わないからね。
自殺する人間なんて、大抵が未来に不安と挫折を感じて・・・感じて・・・。
あっ!?
その瞬間、頭の中ですっかり忘れかけていた事を、あたしは急激に思い出したんだ。

(・・・って。そーだよ!あたし。なんでももと、こんな事話し合ってるんだ?!)

あたしがももに会いに来た、本当の理由。
あたしは別に、見たこともない誰だかも解からない人間の自殺の動機を探るために、わざわざももに会いに来たんじゃないんだよ。
そう。そもそもあたしはこんな事を話しに来たんじゃなくって・・・
「あ、あのさぁ、もも!」
「ん?」
あたしがようやく、今日ももに会いに来た本題を切り出そうとした瞬間だった・・・
ピンポーン。
あたしの呼びかけを遮る様に、玄関のチャイムがタイミングよく鳴り響いたんだ。
「あ、誰か来たみたい」
ももは「ごめんね、みや。ちょっと待ってて」と言ってリビングを離れると、パタパタと玄関へと向かって行った。
誰だろう?と思ってあたしが様子を伺っていると、やがて廊下から「ママ、お帰り〜」「誰か来てるの?」と言う言葉のやり取りが聞こえ、
ももんちのおばさんが帰って来たんだと解かった。
もものお母さんが帰って来ちゃったんじゃ、結局、これ以上ももに相談は出来そうにないよね。
なんかもう、あたしはため息しか出なかった。
しばらくして、廊下からギシギシと2人分の足跡が響いてきた。バタンとリビングの扉が開くとそこには、
もものおばさんが買い物袋を3つほど提げて立っていて、あたしを見るなり「あらぁ、雅ちゃんじゃない」とニコッと顔を綻ばせた。

「あ、こんばんわー。おじゃましてまーす」

あたしはペコリと頭を下げた。
もものお母さんとはツアーの楽屋とかで何度かお会いしたことがあって、顔見知りではあった。
一緒に食事したりした事も何度かある。ももに似て、なんだか面白いお母さんだったって印象が強い。(ウチのママも、「桃子ちゃん親子、面白いわよねー」って言ってたし)
そうそう。笑った時の顔も、なんだかももに似てるなぁ〜と思ったんだ。
するとおばさんは、見覚えがあるようなスマイルをあたしにニコッと零して「ごゆっくりね、雅ちゃん」そう言って台所へと向かって行った。
唯一ももと似てないトコは恰幅の良さで、おばさんは見るからに重そうな買い物袋3つもなんのその、平然と台所の床へドンドンと音を立てて置いていった。
そして物凄い手際の良さで、買い物袋の中のたっくさんの品物を次々と冷蔵庫の中へしまって行ったんだ。
あんな大量の品が冷蔵庫の中に入りきるのかな?あたしは凄く不思議だったんだけど、そこは台所のプロ。
まるでテトリスみたいに、おばさんは開いた隙間に次々と大きさにあった品物を埋めていった。
その一方。
ももはおばさんの隣にチョコンと立つと、お土産に甘いものを買ってきてることを期待してるのか、
まだ冷蔵庫にしまってない分の買い物袋の中を勝手に覗き込みながら「ねぇ〜ねぇ〜。ママー!何買って来たのー?」と、しきりに問いかけていて、なんだか妙に面白かった。

普段「大人だよ?」と言い張ってるももは、あたしたちの前では凄く子供っぽくって。
だけどお母さんの前では、もっともっと甘えんぼうで子供っぽいんだなぁと、解かった。
明日、佐紀ちゃんたちに言いふらしてやろ〜。

しばらくして買い物袋の中から何かイイモノを発見したのか。
ももは「お惣菜はっけーーん!」と叫ぶと、勝手に買い物袋の中から何か取り出してあたしの所へソレを運んできた。
ももが近づくと凄くオイシそうなニオイがして、ちょっとお腹がなってしまった。
「なに?ソレ」あたしが尋ねると、ももは「ジャジャーン!!レ〜バ〜ニ〜ラ〜い〜た〜め〜」と、ドラえもんの真似?(似てない)をした。
そんなももがあまりにも子供っぽくて、どーやらあたしは赤ちゃんを見るかのような目でももを見てしまったらしい。
「なによー。みやー!」と、ももはあたしを見ると見るからにムッとした様子で口を尖らせたんだ。

台所では冷蔵庫に詰め込み作業をしている、もものおばさん。
リビングでは勝手に持ってきたレバニラのお惣菜をさっそくつまみ食いしているもも。・・・そして、あたし。
なんか『嗣永家のいつもの夕食前の風景』って感じの空気になってしまい、妙にマッタリな感じ。
「ホラ、桃子!あんまり食べ過ぎると夕食入んなくなるわよ!!」
「大丈夫、別腹だもん!」・・・と。
きっといつも、こんなやり取りしてるんだろーなー(って言うか、レバニラが別腹って凄いよね)みたいなやり取りもなされ、
その中に自分が混ざってるのがなんだか不思議な感じがした。
すると、「ごめんね雅ちゃん。ウチの子、ホント子供で」そう言ってもものおばさんが、あたしにふいに話しかけてきた。「みんなにも迷惑かけてるんじゃない?」
そんな予想外の突然の問いかけに、あたしはアハハと笑うことしか出来なくて、ももは「ちょっとみーやん。フォローしてよぉ!」と、あたしの向かいでプンプンしていた。
一方のもものおばさんは、自分の娘がこんな感じでグループのメンバーと仲良くやれてる事に凄くホッとしてるみたい。
「ホント楽しそうねぇ」と、台所からももを見て目を細めながら「今日は2人でなにして遊んでたの?」とたずねてきた。
ももはレバニラをモグモグと食べながら、
「ん〜。今ね、みやと近所のお兄さんの自殺について考えて話してたの」と、答えた。
「は?近所のお兄さんの自殺?」おばさんは不意に怪訝な表情になる。
きっともっと和やかな子供らしい会話を想像してただろーから、そりゃ怪訝にも思うだろうなぁと、あたしは思った。

だけど当のももは、全くおばさんの様子を気にしてないらしい。
「うん」と頷いた後、お惣菜をゴクッと飲み込み、言葉を付け加えた。
「ほら、ママ。例のさぁ、自殺した文房具屋の長男だよ!」
「文房具屋の・・・?」
するとその瞬間。台所にいたおばさんは何か思い出した様子で「あっ!!」と声をあげ、ももの方へ大きく振り向いたんだ。
「そういえば、あんた!!この間お肉屋さんで、聞き込み調査してたんでしょ?!!」
「うぇ?!」ももは大きく目を丸くした。「なんで知ってるの?ママ!!」
「なんで知ってるのじゃないわよ!今日、お肉屋さんで笑われたわよ!『可愛らしい探偵さんがいらしてたわよ』って。もう、恥ずかしい!」
あぁ・・・。例の美咲ちゃんのママからももが話を聞いたと言うお肉屋さんの事かな?と、おばさんとももの間で話を伺いながら、1人冷静に納得するあたし。
地元で聞き込み調査をするちびっ子探偵のももは、お肉屋さんでちょっとした話題になってたらしい。
「もー!他のお客さんにまで笑われたわよ!あんま恥ずかしいことしないでよ、桃子」
「別に・・・。買い物ついでに雑談してただけだもーん!!」
ももはプーッと頬を膨らませて否定する。
「それにさ。ママもお兄さんの自殺の原因。知りたいでしょ?」
だが、その時だった。
あたしとももがずーっと話し合って悩み続けていた議題は、驚くほどあっさりと、おばさんの口から真相が告げられる事となったんだ。


「自殺の原因??・・・大学受験に失敗したからでしょ?」


「え?!」
「えぇ?!」
瞬間。ももと一緒に、思わずあたしまで驚きの声を上げてしまった。
おばさんは不思議そうにあたしの顔をチラリと垣間見た後、(どーしたの、この2人?)と言った表情を伺わせながら、コクリと相槌を打った。
「えぇ。大学受験失敗のせいらしいわよ」
「そーなの?ママ。ホントに?」
「えぇ。魚屋さんで聞いたわよ」
どうやら昨日。もものおばさんは魚屋の女将さんと近所の奥さんと3人で魚屋の軒先で30分ぐらい立ち話をしたらしい。
そしてその時に、この間自殺した文房具屋の長男のお話になったとの事。おばさんはその時の話を、あたしたちに語って聞かせてくれた。
って言うか。もものお母さんも結局、ももと同じことしてるんじゃん。親子だなぁーって思って、あたしはなんだかソレが凄く可笑しかったんだけどね。
・・・・・・・・・。
で、そんなもものおばさんの聞き込み曰く。
文房具屋のお兄さんは21歳で、今年4度目の受験に失敗したらしい。
浪人の苦しみやストレスからしばらく鬱気味になってたらしく、死ぬ2週間ほど前から誰とも会う事を拒み、それが理由で彼女とも分かれた。
そして。あの日彼は、元々の鬱気味と受験の失敗が相成って衝動的に自殺してしまったとの事。
これがもものお母さんが情報通の魚屋さんから新鮮な魚のネタと一緒に仕入れてきた、ご近所トークの最新ネタらしい。
そう、結局・・・。
蓋を開けてみれば、鬱。受験の失敗。自殺。意外なぐらいに典型的な、彼の自殺の動機だった。

そんなもものおばさんの話を聞き――。
ももは気負ってたものが一気に抜けたのか、椅子に座ったまま椅子からグテッと両手を垂らすと、ハァ・・・と小さくため息をついた。
すっかり脱力してグッタリのももは、なんて言うか、「懐かしアニメの名場面100撰」で見たことのある、燃え尽きた矢吹ジョー(って名前だっけ?)のアレみたいだった。

「なんだぁ、原因判明しちゃったね・・・みや」
「そだね・・・」あたしは頷く。

って言うか・・・完全に燃え尽き気味のももを見ていると、なんって言うか人間ってヤツは、「何かにたどり着く事よりも、何かを探求してる間」が一番の充実なんだな・・・と。なんだか哲学者の様な事を、あたしは思ってしまった。
そんな、すっかり脱力気味のももに、おばさんは呆れたように台所から声をかけた。
「まったく。赤の他人の自殺をおもちゃにするんじゃないわよ、桃子!」
だが、「おもちゃなんかにしてないよ!ももなりに真剣に捜査してたんだもん!!」
ムキになってそう答えたあと、ももはテーブルにクタッと顎を乗せて凭れた。そして、あたしと目線だけを合わせて、「ホントだよ?みーやん・・・」と言った。
そんなももにあたしは口元をあげて微笑むと、小さく頷き返してあげた。
「うん・・・解かってる」
それはウソでも建前でもなく。
お兄さんの死に拘り続けるももは、確かにこの子なりに真剣だったんだろうなと、あたしは実際思っていた。
この燃えつきぶりが、何よりの証拠の様な気もしたんだ。



――やがて。
テーブルに凭れたままグッタリしてるももと、そんなももをちょっと心配そうに見つめているあたし。
大丈夫かな?この子。すっかり気力抜けちゃってるよ・・・。
なんだかホントに燃え尽きてビクともしない(寝てるのかって思うんだけど、目は開いてるんだよね)もも。
おばさんが布巾を持って「ホラ、桃子。そろそろテーブルの上、片付けるわよ」とももに声をかけるが、ももはテーブルにうなだれたまま動こうとしない。
「もも〜」とあたしもももに声をかけるが、反応なし。正直、そう簡単には立ち直りそうもない気の抜けっぷりだった。
だけど。
さすがはももを生んだもものおばさん。一枚うわてと言うかなんと言うか・・・。
あたしが何を言っても上の空のももに、おばさんはいともアッサリと、復活の呪文をももの耳元で唱えてあげたんだ。
「ホラ桃子。今日は焼肉だから、すぐに夕飯の準備できるわよ。そろそろテーブル片付けなさい」
すると、それを聴いた瞬間、「え?!焼肉なの?!」今までの疲れきった様子はウソの様に、ももは椅子から飛び上がった。
「やったー!お肉お肉!!」
そう言ってすっかり有頂天になってるもも。さっきまでの消沈っぷりはなんだったんだろーか?
コンテニュー。復活の呪文。ゲームの続きをやりますか?はい。――なんかドラクエのワンシーンが頭の中で浮かんだ。
しかし、その「おばさんの言葉」はももにとっては復活の呪文だけど、あたしにとってはゲーム終了、リセットボタンの合図でもあった。
「あ!」あたしはもものおばさんの声を聞き、不意にハッとなってリビングの時計を見た。時刻はいつの間にか6時を回っていたんだ!!
「あー、ヤバイ!夕飯の時間だ!!スミマセン。あたし、帰ります」
あたしがそう言って声を上げると、おばさんは「あら、いいのよ。雅ちゃんも一緒に食べてきなさいよ」と言ってくれた。
もももそれに同調するように「そーだよ、みや。焼肉だよ!食べてきなよ」と答える。
でも、いつもならここであたしもお言葉に甘えてご馳走になっちゃうトコなんだけど・・・。
「ごめんなさい。あたしのウチも、今日焼き肉にするから夕飯までに絶対帰ってきなさいって言われてたんです」
そう。朝、ママに今日は早く帰るように念を押されてたんだよ。忘れてた!これで帰らなかったら、あとでママにどれだけ大目玉を食らうことか・・・。
すると、もものおばさんは「あら、雅ちゃんのお宅も焼肉?」と問うと、しきりにあたしの言葉に相槌を交わした。
「あらら。なら、早く帰ったほうがいいわよ、雅ちゃん!今日、ウチは100グラム300円のお肉ですもん!雅ちゃんちの方が、絶対おいしいお肉よ!」
そう言って豪快に笑う、ももおばさん。
そして、そんなおばさんの隣ではももが凄く不本意そうに眉間に皺を寄せていた。
「ちょっとママ〜。そういう事は言わないでよ!嗣永家の財政が貧しいと思われるじゃん!」
「そう言われても、ホントなんですもの」
なんだかコントみたいな似たもの親子のやりとりに(ホント、面白い親子だなぁ〜)、あたしは思わず声を出して笑ってしまう。
「アハハ。ホントはご馳走になりたかったんですけど、お母さんに怒られちゃうんで・・・」
あたしが言うと、ももは納得したように「そっか。そうだよね」2、3首を縦に振った。
そして「あ。じゃぁ、駅まで送るね、みや」と言ってくれた。
でも。もう、ももの家は夕飯の時刻なんだし、これ以上ももの手を煩わせるワケにも行かない気もした。(十分すぎるほど、お邪魔しちゃってるしね)
「あ。大丈夫!道、結構解かり易かったから。1人で帰れる」と、あたしは答えた。
実際に駅からももの家へのルートは、ちゃんと把握できていたし、1人で帰れる自信はあった。
「そう?」ももはちょっと心配そうに首を傾げる。「大丈夫?」
「うん、大丈夫」あたしが頷くと、ももは何かを考えてるようでホンの少しだけ沈黙が流れた。
そして・・・
「解かった。じゃ、玄関まで送るね」ももはそう言って、笑ったんだ。





玄関を開くと、外はいつの間にかすっかり暗くなっていた。
日は蔭り、ついさっきももと一緒に通ってきた道がウソみたく閑散として見えた。こんなに寂しい通りだったかなぁ〜と、あたしは思った。
「ねぇ。外、暗いよ。大丈夫?」そう言ってももにもう一度心配されたけど、あたしはコクリと頷く。「うん、平気」
暗いと言っても、まだ6時。駅までだって、そう遠くない。何も問題はない。
あたしは「じゃぁ・・・」と呟くと、ももに小さく手を振った。
「もも。また明日ね!」
「うん、気をつけてね。みや」ももは小さく手を振りかえしてくれた。
そしてあたしが後ろを向き、帰ろうとした、その瞬間だった。
「ねぇ、みや・・・」
「え?」
突然のももの呼びかけがあって、あたしはゆっくりと振り返った。「なに?」
ほんのちょっと開かれた玄関の扉。そこから顔を覗かせるもも。
なんだろうと思ってあたしが様子を伺っていると、ももはまるで自分に言い聞かせるかのような細い声で、あたしへと言ったんだ。

「あのね、みや・・・」
「ん?」
「みや、聞いたじゃん?なんでそんなに彼が死んだ理由に拘るのかって・・・」

そしてももは小さく息を吐くと、ゆっくり確かめるように言葉を続けた。
「あのね。ママが言うみたいに、けっして興味本位なんかじゃないんだよ?ホントだよ」
「・・・・・・・・」
そう言うと、ももはゆっくりと玄関の扉を開いた。
開かれた玄関の扉の隙間からは暖かな家庭の灯が零れていて、なんだか帰るのが名残惜しく感じた。
「ただ。なんていうのかな・・・?」
あたしは黙って、ももの言葉を待った。
ももはホンの少しだけ目線を下げて、あたしの肩のあたりを見ているようだった。
「たった一度、言葉を交わしただけのお兄さんだけどさ。もものこと『がんばって』って、応援してくれた人なんだよ?」
ももはやがて目線を上げた。
その目がおっきくキラキラ揺れていて、ちょっとだけ涙目になってるのかなぁと思った。
「だから・・・ね。彼の死を知ったとき。『ふーん。死んじゃったんだ?』で終わらせたくなかったの。ももなりにさ。ちょっと拘りたかったんだよね。彼が死んだ、その理由に・・・」
ももはそう言って前髪をかきあげた。あんまり普段見ないももの仕草だなぁと、あたしはボンヤリ思った。
「確かさ、一期一会って言うんだっけ?こーゆーの」―――と、ももは言った。
「たった一度。たった一言だけの出会いだけど、彼はももを一瞬でも支えてくれた人には違いないじゃん?だから・・・」

・・・・・・・・・・。
あぁ、そっか。そうだよね。
そう言えばそう。なんで気づかなかったんだろ?あたし。
ももってこう言う子じゃん。これがもも「らしさ」じゃん。
こーゆー子だから、この子はみんなに愛されるんじゃん。
あたしはももを見て、そう、思っていた・・・。




一期一会。




かつて。たった一度、言葉を交わしただけのお兄さんがいた。
「がんばって」その一言。
そして1ヵ月後、彼はマンションから飛び降り自殺をした。
・・・・・・・・・。
あたしは思う。
その時。
もし、それがあたしだったら・・・ももじゃなくてあたしだったら。
あたしは一体、どうしただろうか?
ももみたく、あたしは彼の死んだ意味に拘っただろうか?

それとも、

やっぱりももだからこそ、こんなに、たった一度きりの出会いに拘れるのだろうか??
もも、だからこそ・・・。





「ねぇ、もも・・・」「ん?」
なんとなく、あたしはももに聞いてみたくなった。
「ねぇ。あたしとももはさぁ、一期一会なのかな?」
だけど。
そんなあたしの問いかけに、ももは間髪いれずにプルプルとかぶりを振った。
「違うよ。一期一会は一生に一度の出会いでしょ。でも、あたしとみやは、これから何度も続いて行くカンケーじゃん。一期一会とは違うよ」
そして、ももは言う。それは、いつになく真剣な眼差しだった。
「たった一度言葉を交わしただけのお兄さんにだって、あたしはこれだけ拘るんだよ?」
ももは笑う。それはいつもの、ももの笑顔。
「もし、みやが死んだら。あたしは一生、その理由に拘り続けるんだと思うよ??絶対に」
「・・・・・・そっか」
あたしは笑顔で頷いた。
その言葉は、不思議なくらいあたしの心を晴れさせてくれた。
やっぱり今日、あたしはももに会いにきて・・・・・・ううん。あたしは人生でももに出会えて、ホントに良かったって思ったんだ。



遠くから車のクラクションが聞こえる。
あたしはしばらく無言で虚空を見上げていた。さっきまで暗かった道。いつの間にか夕闇に街灯が灯っていて、あたしたちを照らしつけていた。
この街に闇はなくて、光はいつだってあたしたちを照らす場所がある。
「一期一会か・・・」ももは真顔で呟く。あたしは「うん?」何を言うんだろうと思ってももの顔を見たが、
ももの口から零れた言葉はあたしの予想を反する・・・だけどある意味、予想どおりなももの言葉でもあったんだ。
「あーあ。・・・イチゴが食べたいなぁ」
そんなももが、やっぱり『らしい』なぁと思って、あたしはなんだか凄く可笑しかった。
笑い声は尽きる事無く、夜のとばりに包まれていった。







×           ×            ×







そして――。
ももとバイバイしたあと、あたしは駅に向かって歩いていた。ちゃんと迷う事無く、3分ほどで駅前大通りにたどり着けた。
大通りから少し向こう側には、駅の建物が見えた。駅まではあと少しだった・・・。
だけど。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
あたしは駅には向かわず、コンビニを左に曲がった。
そしてパン屋さんの前の横断歩道を渡って、ガソリンスタンドの間を入って、つきあたりの3件となりの文房具屋さん。
その斜向かい。
ももが言ってたとおり、そこには「10階建てのマンション」があったんだ。


このマンションか・・・。


近づくのはちょっと怖いので、あたしは少し遠めにそのマンションを眺めた。
マンションの下には花束がいくつか置かれていて、きっと花がなければ、ここが自殺の現場とはわからないだろーなぁと思った。
あたしは上空を見上げる。10階から飛び降り。凄い高さ。きっと怖かっただろうな。
ここから飛び降りるなんて、物凄い勇気だよね。
だけど勇気は幸せの為に使うものだって、誰かが言っていた。マンガのキャラクターだったかな?
死を選んだ彼の勇気は、きっと勇気とは呼ばれない。


未来に悲観しての飛び降り――か。


あたしは思った。
彼は飛び降りる直前、何を思ったんだろう?と・・・。
彼は飛び降りる前に、今までに出会った人たちの事を、思い出しはしなかったのだろうか?・・・と。





今日、あたしがももに会いに来たのは理由があった。
あたしはももにたっくさん、相談をしたかったんだ。
これからのこと。加護さんの件とか舞波の卒業もあって、不安を感じていた。この先の未来とか。
勿論、死にたくなるほどの悩みじゃないし、そんな思いつめた気持ちはない。でも、あたしはあたしなりに悩んでいたんだ。
たくさん相談したくて、いっぱい悩みを抱えて、でも年下の梨沙子にはこの手の相談はやっぱ出来ないから、ももに会いに来た。
でも。
なんだか関係のないことばっか話してさ、結局、ももに悩みの相談はなに1つできなかったんだけど・・・不思議なくらいにね。気持ちは清々しかったんだ。

なんか。どーでもいい気がした。
未来の不安とか。
あの子と話しているうちに、不安なんてどこかに消えていっちゃったんだ。
たった一度の出会いに、これだけ拘ってくれる人がいる。
それは、なんだか物凄い気持ちの支えの様な気がしたんだ。
1人で悩む必要はない。1人で抱え込む理由はない。
あたしにも。あたしにだって。ちゃんと拘ってくれる人は、必ずいるんだから――。




名前も知らない。顔も知らない。どんな人生を送ってたかも解らない、自殺した彼。
彼にもね。きっと。彼の事を拘ってくれる人がいたに違いないと思うんだ。
それは例えば、彼の恋人。親兄弟。友達。
彼は死ぬ直前に思い出さなかったのかな?彼らのことを。自分に拘ってくれる人たちのこと。
そうすれば。きっと。何かが違ってた気がする。・・・・だから。

思い出して欲しかった。
彼が出会った、沢山の「拘ってくれる」人たちを。

そして。

知って欲しかった。
たった一度だけの「がんばって」って言葉に、これだけ、あなたに拘ってくれた女の子がいるって事を・・・。




   ― FIN ―