ESCAPE



「もー!いい加減にしなよ、りーちゃん!」

それは2時間前のこと。
レッスンスタジオで、桃と梨沙子がちょっとした言い合いをしていた。
まぁ、言い合いと言っても・・・悪いのはやっぱり梨沙子で、桃はそんな梨沙子を叱ってるだけ。
桃は何も悪くはないんだけどね。
梨沙子もそれは解っているんだろう。だけど、それでも意固地な梨沙子は謝る気配はなかった。
しばらく無言のにらみ合い。
だが、やがて桃は諦めるように、ホンの小さなため息をついた。

「ホント。子供だよね、りーちゃんは・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

梨沙子は何も言えず、ムスッとした表情のまま、桃を見るだけだった。
桃もこれ以上言っても仕方ないと判断したのか、それだけ言うと、再び佐紀ちゃんの元へと戻り、一緒にダンスの振りのチェックを始めた。それが終わりの合図とばかりにみんなもそれぞれ、フリの練習を再開した。
そんな形で、ひとまず言い合いそのものは終結した。

・・・だけど。

レッスンは1時間の休憩時間に入った。
みんなが各々でくつろぐ中、梨沙子がスタジオの部屋から出て行く姿が目に入る。
どこへ行くんだろう?
明らかに梨沙子が落ち込んでるのはわかってたし、なんとなく気になったから、私も梨沙子を追ってスタジオから抜け出した。
てっきりトイレにでも行って泣くのかなぁとか思っていたけど、予想に反し、梨沙子はスタジオの廊下を抜け、外へ出ようとしていた。
私はさすがにびっくりして、梨沙子に声をかけた。

「ちょ、ちょっと!梨沙子、どこ行くの!」
「みや・・・」

梨沙子は私がつけていたことに驚いた様子だったが、すぐに目線を落とし、かぶりをふる。

「べつに、いいじゃん。休憩時間なんだし・・・」
「よくないよ!どこ行くの、梨沙子!」

休憩時間だろうとなんだろうと、無断で建物を抜け出していいワケがない。
私はちょっとキツめに、梨沙子に問いただした。
梨沙子は膨れっ面のまましばらく閉口していたけど、やがて諦めたように呟いた。

「外・・・」
「だから、外になにしに行くの?」
「・・・・・・・わかんない」

梨沙子はそういってかぶりを振った。

「わかんないって。わかんない事、ないでしょ?」

この子はワケの解らない子ではあったけど、理由なしに逃げたりはしない。
私はジーッと梨沙子を見つめた。
すると梨沙子は困ったようにしばらく俯いていたけど、やがて顔をあげ、呟いた。

「ねぇ、みや」
「ん?」
「一緒に、行こうよ・・・」
「・・・・・・・・・・・え?」

梨沙子が潤んだ目で私を見つめる。
なんていうか、まるで迷子の子犬のような目だった。

「一緒に行こうよ、みや」
「・・・・・・・・・・・・・」
「みやと一緒にいたい」

そう言ってすがる様な目で、梨沙子は私の手を取った。
そして、そんな梨沙子の手を、私はどうしても払うことが出来なかった。

「ん・・・わかった」

私は小さく頷くと、そのまま梨沙子と一緒に手を繋ぎ、レッスンスタジオから抜け出したんだ。



―――― ESCAPE ―――



ひと気の少ない公園。
レッスンスタジオからそう遠くない公園で、私と梨沙子は何するでもなく、2人で時間を過ごしていた。
冬の空気は冷たく、私たちの手を悴ませた。

「寒いねー」
「そうだね、みや・・・」

白い息が宙を舞う。
手を擦りながら公園のベンチに座る梨沙子と私。
別に公園に居たいワケじゃなかったけど・・・レッスンの休憩中にジャージ姿のまま抜けてきたせいで、2人ともお財布なんて持ってきてなかった。これじゃ近くの喫茶店にも入れない。
かと言って、ここでボーっとしてるだけなのも寒かった。

「お金、もってくれば良かったね」

そう言いながら、なんとなく自分のジャージのポケットを探ってみる。
すると、ポケットには500円玉が1枚だけ入っていた。
そういえばレッスン終わった後すぐに飲み物が買えるようにと、ジャージのポケットに500円を忍ばせていたんだっけ。
ラッキーと思いながら私は立ちあがると、すぐ側にあった自動販売機へと歩み寄った。

「梨沙子もなんか飲む?」
「じゃぁ、缶コーヒー」
「・・・・・・・・・コーヒー飲めるの?」

梨沙子ってコーヒー飲んだっけ?
意外に思い問いかけると、梨沙子は一瞬の間のあと、自信なさげに頷いた。

「コーヒー・・・飲めるもん」
「・・・そう。私はコーヒー嫌いだからお茶にするね」

どー見ても梨沙子がコーヒー好きには見えないけど、飲めるというのだから止める必要もない。
私はコーヒーは苦くてあんまし好きじゃないので、おとなしく緑茶を飲むことにした。
すると、梨沙子は小さく「あっ・・・」と呟くと、俯きがちに言葉を続けた。

「・・・・・・・・やっぱ。私も、お茶にする」

そんな梨沙子に、私は思わずふきだしてしまった。
すると梨沙子は顔を真っ赤にして、拗ねた子供の様に私を睨み付けた。
なぐさめる為に一緒に来たハズなのに、余計、梨沙子を怒らせちゃったかな?
ヤバッ。私はごまかすように、肩をすくめた。

「あはっ、ゴメンゴメン」

そう言って私は、自販機の口からアルミ缶を拾い上げると、「いくよー」と言って、梨沙子にポンッと投げ渡した。
緑色の緑茶の缶は僅かに狙った場所から軌道を逸らすが、梨沙子はベンチから腰を浮かせ、手を大きく伸ばす。
すると缶は見事に梨沙子の手の中へと、スポッと収まった。

「おー、梨沙子、ナイスキャッチ!」
「へへっ」

梨沙子はさっきまでの拗ねた表情はどこへやら。
無邪気に笑顔をこぼし、楽しそうに肩をすくめていた。








暖かいお茶が体の中に染み渡った。
私たちはお茶を飲みながら、公園のベンチで2人で肩を並べて座っていた。
特に会話もない。ただボケーッと座ってるだけ・・・。
遥か向こうのベンチには、やはり同じように座ってるだけのカップルが見えた。
でも、彼らは凄く楽しそうに笑いあっていた。
カップルってのは、こーゆー時、どーゆう会話をしてるんだろう?
会話を聞いてみようと思って耳を済ませたけど、聞こえてくるのは近くの公道から聞こえる車の騒音だけだった。

私はクイッとお茶を飲み干す。
横を見ると、梨沙子はまだ美味しそうにお茶を飲んでいる最中だった。
私は大きく振りかぶって、カラになった缶を自販機の隣のゴミ箱に投げ捨てる。だけど、やっぱり缶は軌道を外れて自販機にぶつかって、地面に転がり落ちた。
どうやら、私は缶を投げるのが凄くヘタらしい。
私は小さくため息をつき、仕方なく缶を拾いに立ち上がろうとした。すると、梨沙子が先に缶へと駆け寄ると、私の代わりに缶をゴミ箱に捨ててきてくれた。
そして、笑いながら私の元へ駆け寄ってくる梨沙子は、なんだかボールを拾ってきた犬みたいで可愛かった。
「ありがとー、梨沙子」
「うん」
梨沙子はすっごく嬉しそうに笑った。
なんていうか、梨沙子と2人でこーやって笑いあっているのは、凄く楽しかったし、時間は湯水のように過ぎ去っていく。
だけど、楽しければ楽しいほど・・・やっぱり私は思う。

「ねぇ、いつまでこーしてるつもり、梨沙子」
「・・・・・・・・」
「そろそろ帰ったほうがいいんじゃない?」

だけど、梨沙子は大きくかぶりを振るだけだった。

「・・・・・ヤダ。まだ帰んない」
「なんで?」
「・・・・・・・・」

理由を聞いても、梨沙子は俯いて黙ってしまうだけだった。
もしかしたら理由なんてなくって、ただ逃げ出したかっただけなのかもしれないと思った。

「・・・・・・ったく。ガキんちょなんだから、梨沙子は」

思わず口に出た言葉。
だけど、それを聞くと梨沙子は、ポツリと呟いた。

「みやも、桃も・・・子ども扱いしないでよ」
「え?」
「・・・・・・・もう、大人だもん」
「梨沙子?」

ふと、私の頭の中に、レッスンスタジオで桃の言った言葉がよぎった。

(ホント。子供だよね、りーちゃんは)

桃が梨沙子に言った言葉だ。私はなんとなく、状況を理解した。
どうやら、この言葉に梨沙子は拗ねて怒って逃げ出したらしい。
私はなんだかおかしくなった。
この程度の事に怒って逃げ出すなんて、桃の言うとおり、なんて梨沙子は子供なんだろう。
私は青空を見上げたまま、小さく1つ、ため息をついた。

梨沙子。
すぐ怒るし、すぐ泣くし、すぐ拗ねる梨沙子。
ガキんちょで、けっこー頭悪くって、わがままで・・・でも、かわいくって仕方なくって。
なんていうか、梨沙子はまるで妹のようだった。
梨沙子は怒るかもしれないけど、桃や佐紀ちゃんは仲間って思う。
でも、梨沙子はなぜか妹のようにしか思えなかった。
今までだって、桃をライバルと思うことは何度もあった。だけど、梨沙子はライバルとは思わない。
本当は私にとって梨沙子が一番のライバルなのかもしれないけど・・・やっぱり梨沙子は妹で、ライバルは桃だった。

だけど・・・。
ちらっと隣の梨沙子を見る。
クリッとした大きな目で、まっすぐ遠くを見すえる梨沙子。
時々だけど、そんな梨沙子の横顔にドキッとする事もある。ホント大人になったな・・・って思う。
特に私たちは、ここ1年で随分大人になった。
周りの大人たちからも、私たちはよく、大人っぽくなったねって言われる。

でも、それでもやっぱりそんな自分たちが、どーしようもなく子供に思える時が、何度かあった。
外見は大人っぽくなっても、やっぱり私たちはまだまだガキんちょ。

それは、例えば桃。例えば佐紀ちゃん。
桃は誰よりも気が強くて、誰よりもしっかりしてると思う。
もし桃がいなかったら、ベリーズはこの厳しい芸能界で、どうなってたんだろうって思う。
そして、佐紀ちゃん。
佐紀ちゃんはホントは気立ての優しい子なのに、みんなを叱ったり指導したり、リーダーとして頑張ってくれた。
そんな2人を見るたびに、2人は大人だなと思うし、自分たちはホント子供だなと思う。
実際2人と比べると、梨沙子は比較にならないぐらいガキんちょだった。


「みんなズルイよ・・・」


梨沙子はポツリポツリと呟いた。
みんな、どんどん大人になってく。
だけど自分だけが、どーしょうもなく子供で頭に来る。
大人な桃や佐紀ちゃんがなんだかズルくて羨ましいと、梨沙子は言う。
確かに、その気持ちは解らなくもなかった。私もそれは時々思う。
だけど、

「・・・でもさ。桃や佐紀ちゃんはもう、中学生だもん。やっぱ違うよ」

そう、中学生と小学生は決定的に違う。
私たちは英語の授業すらない。桃や佐紀ちゃんが頭を悩ませてる、期末テストってモノだって私たちは知らない。
そして私たちの知らないモノを、桃たちは知っている。
だから、桃や佐紀ちゃんが大人なのは仕方ないよ・・・と私は言う。
それでも、小学4年生の梨沙子を悩ませるタネはそれだけではなかったようだ。

「でも、愛理ちゃんだって・・・」
「愛理ちゃん?」

何故ここで愛理ちゃんの名前が出るのか解らなかった。
だけど、

「この間のクリスマスのとき・・・」

梨沙子は寂しそうな眼差しで、私を見つめた。
その眼差しを見て・・・あぁ、あのときか。
すぐに何のことかわかった。
あの時も梨沙子は、こんな眼差しで私を見つめていたんだ・・・。




「サンタさんはいるよ」

クリスマスの日。
仕事の関係で久しぶりにキッズが全員そろった時の事。
楽屋で「小さい頃、サンタさんを信じてたかどーか」そんな事をみんなで話し合っていたんだ。
そのとき、愛理ちゃんが自信たっぷりにそう答えた。「サンタさんはきっといる」・・・って。
「なんで、そー思うの?」
桃が不思議そうに問いかけると、愛理ちゃんは笑った。「今ね、ミュージカルやってるの」
そして、今やっているミュージカルの舞台、「34丁目の奇跡」について、愛理ちゃんはとっても楽しそうに語ってくれたんだ。
クリスマスのイルミネーションみたく、キラキラ色とりどりの笑顔で話してくれる愛理ちゃん。
サンタを信じる気持ちが奇跡を起こす。そんなお話だよって教えてくれた。
それを聞いて・・・なんだろ?使い古された、だけど、とても優しくて暖かいストーリーなんだろうなって・・・愛理ちゃんの話を聞きながら、思ったのを覚えてる。
だから、かもしれない。

「だからね。サンタさんは絶対いるって・・・やっぱね、信じてみようって思った。信じなきゃ、奇跡はおきないじゃん」

そんな子供じみた事を熱く語る愛理ちゃんだったけど、不思議と愛理ちゃんが大人びて見えたんだ。
きっと、いまやっているミュージカルに遣り甲斐を感じていて、誰よりも頑張って挑んで。
だからこそこんなに熱く、サンタクロースを語れるんだろうなーって、私は思った。

1年前。
お母さんに、「いい子にしてれば、サンタさん来てくれるよ」なーんて言われた時に、私は「サンタなんているわけないじゃん。バカみたい」って言ってお母さんを怒鳴りつけた事がある。
なんだか子ども扱いされてバカにされてる気がしたから・・・。
私が怒鳴りつけたあと、お母さんは少し寂しそうな顔で俯いていた。その姿が、今も心の中に焼きついている。

私は・・・サンタを否定する事が大人だと思っていた。

だけど、真っ直ぐ純粋な目で生き生きとサンタクロースを語る愛理ちゃんを見ていると、そんな自分がいかに子供じみていたか。考えるだけで恥ずかしくなる。
大人びてるとか子供じみたとかそんな事を気にせず、揺ぎ無い想いでサンタさんを信じることの出来る愛理ちゃん。年下の愛理ちゃんは自分よりずっと遥かに大人なんだと思い、羨ましく思えたんだ。
きっとミュージカルの経験を経て、愛理ちゃんは凄く大人に成長したんだろうって、私は思った。

「愛理ちゃん、大人だねー」

素直にそう感じた私は、愛理ちゃんに素直にそう言った。
すると、愛理ちゃんは照れくさそうに「そんなことないよー」と笑っていた。
そのとき・・・確かに、梨沙子が私を見ていた気がした。寂しそうな眼差しで、じっと私を・・・。
でも、そのときはその梨沙子の眼差しに、深い意味合いなど感じてはいなかった。別に梨沙子に何を言ったワケでもないし、私は愛理ちゃんを誉めただけ。
だけど、もしかしたらあの時の私の言葉が、梨沙子を間接的に傷つけていたのかもしれない。

私も桃も、いつも梨沙子を年下として子ども扱いしていた。
なのに、梨沙子と同い年の愛理ちゃんは・・・・。
そう考えると、確かに梨沙子が傷つかないハズはないのかもしれない。そう、思った。











梨沙子はやがて俯き、唇をギュッとかみ締めた。
もしかしたら、泣き出しそうなのを我慢してるのかもしれないと思った。
私は思わず笑顔を零した。
こんな事で拗ねて、泣いちゃうなんて・・・ホント、梨沙子は子供だなぁーって思ったから。
でも、それを言ったらますます梨沙子が拗ねるだけなので、絶対に言わない。
私はベンチから立ち上がると、体を屈めて、俯く梨沙子の顔を覗き込んだ。
やっぱり、梨沙子の目はウルウルになっていた。

「でもさー、梨沙子。大人になりたいんならさ、こんな事で逃げてちゃダメなんじゃない?」
「・・・・・・・・・」
「少なくとも、みんなにナイショでレッスンスタジオから逃げ出すなんて、大人のやることじゃないよね?」
「・・・・・・・・・」
「まぁ、あたしも梨沙子と一緒に逃げてるからね。人のこと言えないのかもしれないけどさ・・」

私は笑いながらそう答えた。だけど、梨沙子は相変わらず笑わない。
梨沙子は今にも泣きそうな目で、私の顔を見つめた。

「ねぇ。どーすれば、大人になれるのかな・・・みや」

まるですがる様に、私に問いかける梨沙子。
そんな梨沙子を見ながら、私はなんだか不思議な気がしてた。
こんなに梨沙子が、子供っぽい自分を気にしてるなんて、今まで夢にも思わなかったから。
確かに梨沙子の事はガキんちょだって思うし、手のかかる妹のように思ってる。
だけど、私も桃もそんな梨沙子が大好きだったし、早く梨沙子に大人になって欲しいなんて思ったことない。
でも、梨沙子本人は違った。
梨沙子は子ども扱いされる事に、思いの他、傷ついていたんだ・・・。

「ねぇ、梨沙子」
「ん・・・・・・なに?」

私はガキんちょの梨沙子が好きだよ・・・。

そう伝えたかったけど、どーやって上手く伝えればいいのか、解らなかった。
そんなことを言えば逆効果になる気がしたし、余計、梨沙子が落ち込むだけの様な気がした。
だから―――。

「・・・・みや?」
「ねぇ、知ってる?大人になれる秘密の魔法」

私が問うと、梨沙子は不思議そうに私を見た。
キョトンとした目が、なんだかカワイイなぁって思った。

「・・・魔法?なにそれ?」

私はニコッと笑う。
そして、ゆっくりと顔を近づけると、ベンチに座っている梨沙子の唇に自分の唇を触れさせた。
それはホンの一瞬の出来事で・・・。
唇を離すと、梨沙子は顔を真っ赤にして私を見ていた。
何が起こったのか解らないと言った、表情だった。

「・・・・・・・・・みや」
梨沙子は自分の唇に触れる。その手は凄く震えていた。

「大人になれる魔法」

私はクスクスと笑う。
梨沙子は何も言えず、ボーゼンと私の顔を見つめているだけだった。

「なーんてね」
「・・・・・・・」
「こんな事で大人になれるんだったら、学校とかいらないよね」

私はもう一度笑った。
こんな事ぐらいで耳まで真っ赤にしてる梨沙子。
これじゃぁ大人になるなんて、ずーっと先のことじゃないかって思った。
だけど、それは私も一緒。
情けないぐらい心臓がバクバク言ってて、真っ直ぐ私を見る梨沙子の目を、まともに見つめ返すことが出来なかった。
しかたなく目線を伏せたままに、私は呟いた。

「いいじゃん、まだ子供で・・・」
「みや・・・」
「私は、そんな梨沙子が好きだよ?」

小さく息を吐く。・・・上手く伝わったかな?
鼓動を落ち着けた後、ゆっくりと梨沙子の目を見つめる。
今度は照れくさそうに梨沙子が俯いた。だけど、キュッと唇を真一文字に結ぶと、顔を真っ赤にして頷いてくれた。
そんな梨沙子の横顔は、驚くほど大人っぽかった。

「うん・・・」
「よし。じゃ、帰ろっか?梨沙子」

手を差し伸べると、梨沙子は私の手を握り、満面の笑顔を見せた。
愛らしいぐらい、無垢な笑顔。

「うん」

いつの間にか大人っぽくなった、梨沙子の横顔。
だけど、無邪気に歯を見せて笑う梨沙子をみると、やっぱりまだまだ子供だなーって思える。
そして・・・そんな梨沙子を見るたびに、今は、それでいいんだとも思った。
そんなガキんちょの梨沙子が、私はホントに凄く大好きなんだなーって。そう、感じた。







いつしか街に、雪が降り始めていた。
梨沙子と手を繋いで、街路樹の下をみんなの元へと駆け抜けた。
吐く息は白いし、風は冷たい。雪はハラハラと舞い降り、私たちの凍えて赤くなったホッペに落ちては溶けた。

でも、不思議と寒くはなかった。

繋いだ手は暖かかったし、駆け抜ける体は随分と温まって、ドキドキする心はとても熱かったから。
果たしてこのドキドキが、走ってるせいなのか繋いだ手のせいなのか。
私には解らない。まだ、解らない。そして、きっと解らない私も、まだまだ子供なんだと思った。
梨沙子と同じガキんちょなんだなーって思った。





だけど―――。





ふと、隣を走る梨沙子を見る。梨沙子も同じように私を見た。
そして、どちらからともなく2人で笑いあった。握りあった手も、自然に強くなった。

そう・・・。まだまだ子供の私たち。

だけど。
それでも少しずつ大人に成長していく自分たちを、私たちは確かに感じていた。




  ――FIN――

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