―りーちゃんの健闘(観察)日記―






梨沙子が桃子の元に現れたのは八月の初め。
夏休みの宿題もそろそろやらなければなと思いつつ、
ついつい先延ばしにしてしまうような時期だった。
桃子もそんな時分に違わず佐紀の所に行っては宿題を手伝ってもらっていた。

ぺろぺろと佐紀の母が出してくれたアイスキャンディーを舐め、桃子は梨沙子の話を聞く。
佐紀の部屋は涼しく、夏の桃子にとって絶好の場所だ。
毎年用がある時は佐紀の家に連絡を取ってというほど桃子は入り浸っていた。
最も家は隣であるため、どちらにせよ余り変わらない。

「ふ〜ん。つまり、りーちゃんはみやが何を欲しがっているのか聞きたいってことだよね?」
「うん、みや学校で何か言ってない?」

佐紀が梨沙子に麦茶を出す。
コップには露点を越えた分の水滴がつき、桃子はそれを習ったなと思いつつ見る。
こうやって見ると簡単なことなのに、文章になるとサッパリ分からない。

「みや?特に言ってないよ。」
「そっかぁ〜。何が喜ばれるか全然わかんないんだ、困ったなぁ。」

―……あ、もうない。

口からだし木の棒を眺める。
先ほどまで確かに桃子に清涼感をもたらしてくれていたものは既にただの木片であった。
手近に在るゴミ箱にそれを捨てると、桃子はぼんやりと梨沙子達に目を向けた。

そんな桃子に佐紀が苦笑し、要点だけまとめた内容を桃子に伝えてくれた。
桃子は快適すぎる佐紀の部屋に呆けきった頭を何とか動かそうと顔に手を当てる。
そして二、三度佐紀の言葉を反復しやっと話題が飲み込めた。

「みーやんの誕生日、何日だっけ?」
「二十五だよ、桃。」

やはりいまいち動ききっていない。
毎年祝っているというのに、肝心の誕生日が分からなかった。
きょとんとして首を傾げる桃子に佐紀は少し呆れながら言う。
桃子はその言葉によってやっと毎年の風景を思い出す。

「あー、そうだ。そうだ。
いつも夏休み終わりの忙しい時期にプレゼントを必死になって探した覚えが。」
「…桃、あたしの宿題ほぼ写してるじゃん。」

身も蓋もないことを佐紀が呟いた。
確かに桃子は真面目に宿題をしたことはない。
しかしそこは言葉の綾というものではないだろうか。
たった今出てきた慣用句を使い反論するも、佐紀に敵うはずもなく流される。
桃子は視線だけで文句を言うのに止まった。

「りーちゃんが聞きに来たってことは、桃もそろそろプレゼント買わないといけないよね。」
「……お金、在る?」

佐紀の視線が今まで忘れていたくせに大丈夫かと桃子を責める。
しかし桃子はそんな佐紀を一瞥するとにっこりと微笑んだ。

「ない、けど大丈夫。」
「言っとくけどあたしは貸さない。絶対貸さない。」
「大丈夫だよ、共同で買うんだから。」
「ちょ、桃?」

何時そんなこと決めたのと佐紀が尋ねる。
生まれたときからと佐紀にさらりと返し桃子は梨沙子に微笑みかけた。
今の問題は桃子たちではなく梨沙子だからだ。

「去年は何をあげたの?」
「……去年は確か、ぬいぐるみ。」

うさぎのと梨沙子は小声で付け足した。
桃子はそれを聞き、梨沙子らしいと納得する。
うさぎのぬいぐるみを赤くなりながら雅に渡す梨沙子はそれだけで可愛いと桃子は思った。
カランとコップの中の氷がとけ音を立てる。
梨沙子に出された麦茶はもうほとんどなかった。

「今まであげたの、覚えてるだけ言ってみて。」
「去年がぬいぐるみで、その前が置き時計で、その前が文房具?」
「三年前までしか覚えてないんだ……。」
「だって、毎年あげてるし。みやから貰ったものなら言えるんだけどなぁ。」

ため息をつき俯く梨沙子を見て桃子は苦笑した。
思えば常に何か貰ったり上げたりしている二人組みだったからだ。
本人達、特に雅は意識してないかもしれないが。
好きなおかずを上げるレベルから始まる細々としたやり取り。
自然に交換されるおかずを見ながら桃子はさすが幼馴染だと思ったものだ。

佐紀がちらりとこちらを見てくる。
その視線はどうするという問いかけが含まれていた。
桃子もどうしようと佐紀に視線を返す。
呆れた表情で佐紀に見られまた桃子は一人苦笑した。

「うーん、それじゃ取りあえず上げてまずい物を考えてみない?」
「……?なんで欲しいものじゃないの?」
「だってみや、りーちゃんに貰ったなら大体喜ぶし。」
「確かに上げて怒りそうなものを避ければ、あとは何でも喜ぶかも。」

桃子の提案に梨沙子は首をかしげ、桃子と一緒に二人を見てきた佐紀は同意した。
雅は佐紀と仲がいい。
だから雅が恥ずかしがり屋であることはとっくに知っていた。
雅は梨沙子とそんなに頻繁に遊ぶわけでもない。
だが梨沙子が何かして一番喜ぶのは雅だったし、また梨沙子が褒められて一番嬉しいのも雅だった。

表面にそれが出るかは別として。

つまり雅に上げるプレゼントは雅が嫌いなものでなければ何でも良かった。
どれでも雅は喜ぶのだから。

「……いっそのことりーちゃんを上げちゃっ。」
「桃、何を言おうとしたのかな?」

ギロリと佐紀の目が桃子を見た。
佐紀の手はいつの間にか桃子の口を塞いでいて、桃子は冗談で言った言葉を止めるしかなくなる。
見ていてじれったい二人を進展させようという想いが無いと言えば嘘になるが。
桃子は口を塞がれたまま、自分の方をきょとんとした顔で見る梨沙子に苦笑いを送る。

「何て言ったの?聞こえなかったぁ。」

幸いにも聞こえていなかったらしく、梨沙子は首をかしげながら尋ねる。
佐紀は聞こえていないらしい様子に桃子の口から手を放すと梨沙子に気にしないでと伝えた。
愛想よく梨沙子に笑ったかと思うとすっと桃子の方を向き、口をパクパクさせる。

―変な事、教えるな。

口を読むと多分そう言っていた。
最もこんな事が出来るのは幼馴染という関係による所が大きいのだが。
桃子はわかってますよとでも言うように大きな動作で肩をすくめる。
佐紀は過保護なのだ。
桃子は気分を切り替えると何時も通り少し人をからかうような笑みを顔に浮かべる。

「ん〜、ならさぁ……アクセサリー類は?」

無難なとこでと付け加える。
女の子なら嫌いな人のほうが少ない。
それに雅がそれらを嫌いでないこともはっきりと分かっていた。

「やっぱ、そういうのがいいのかなあ。」
「ま、結局は気持ちの問題だと思うよ。りーちゃんが一生懸命に選んだならみやは絶対に喜んでくれるって。」
「そうそう。そんなに心配することないってぇ。」

少し顔を曇らす梨沙子を微笑ましく思いながら桃子と佐紀は言葉をかける。
ほんのちょっとしたことで表情が変わる梨沙子がとても可愛かった。
雅のこと限定に限りなく近いのは否めないが。
それもなぜか梨沙子らしくて桃子は隣にいる佐紀と目を合わせて微かに笑う。

―りーちゃんってほんと、一生懸命だよねぇ。

口に出さなくても伝わる言葉。
桃子はそこに梨沙子達とはまた少し違う自分たちの繋がりを見た。

「りーちゃん、ガンバ!」
「桃たちも応援してるから。」

絶対に心配ないとは思うが、不安そうな顔をしている梨沙子を励ます。
押しの弱い梨沙子にならば丁度良いと思った。

++++

「で、佐紀ちゃん。どうだったの?」
「うーん、大成功とまではいかないけど成功なんじゃないの。」

今日は八月の二十五日。
いつものごとく清水家に入り浸っていた桃子は、出されたメロンを食べながら目で尋ねる。
桃子は帰宅部のため今日はずっと家にいたが、佐紀は部活のため学校に行っていたのだ。
ちなみに佐紀と雅は同じ部活である。

「ほら、みやって恥ずかしがりで、素直じゃないから。」
「それは予想できたけどぉ……どんな感じだったのか知りたいんじゃん?」

苦笑いを浮かべる佐紀に桃子は少し肩をすくめる。
すごく照れるだろうことは分かっていた。
桃子が知りたいのはどんな風に照れていたか。
本気で嫌がるとは露とも思わないので、桃子の顔は悪戯に作られていた。
今度ひそかにからかってやろうなどとは少しも思っていない。

「すっごく嬉しいんだとは思うけど、梨沙子が相手だと隠しちゃう感じ、かな?」
「みーやん、照れちゃうからね。」
「そ、梨沙子もみやの表情は読めるから照れてるのは分かるんだろうけど……。」

佐紀が困ったような、しょうがない子供を見つめるような顔をする。
それだけで桃子にはどんな様子だったのか読めた。
変化のない二人にくすくすと小さな笑いが漏れる。

「みやが喜んだのが嬉しくて仕方ないから、りーちゃんは何回も聞いちゃうんでしょ?」
「うん。それでみやは恥ずかしくて怒る、と。」

呆れたようなそれでいて優しい表情で佐紀は頷いた。
桃子は梨沙子に笑顔で迫られて頬を染める雅の姿が鮮明に思い浮かばれた。

「毎年やってる割には変わんないねぇ、あの二人も。」
「本当だよ。みやも照れる必要はないと思うんだけどな。」
「りーちゃんは可愛いからねー。」

―特にみやと一緒にいると。

心の中で呟くが、多分それは相手も感じていること。
佐紀と二人で顔を見合わせて笑いながら、幸せだなぁと思う。
佐紀がいて、可愛い後輩がいて。
来年もこんな風に過ごせたらいいなと桃子は密かに願う。

―みや、誕生日おめでとう。

メールで打った文章は少し味気ないから。
明日にでも佐紀についていって雅に直接言おうと思う桃子だった。




―終―





(ついでにその日の、オマケのりしゃみや)



州*‘ o‘リつ□<みや、誕生日おめでとう!!

ノノ ∂_∂ルつ<ありがと、梨沙子。


プレゼントを手渡す梨沙子。
内心とても嬉しいが素直に顔に出せない雅。


州*‘ o‘リ ニコニコ <へへっ、一生懸命選んだんだよ。

ノノ*∂_∂ル<……ありがと、梨沙子。

州*‘ o‘リ<ねぇ、うれしい?

ノノ*∂_∂ル カァ‐<う、嬉しい。嬉しいからそんなにくっつかないでよ。


梨沙子に満面の笑みで顔を覗き込まれ夏焼、赤面。
少し身体を離し、赤くなった顔を逸らす。


州*‘ o‘リ<え〜。なんでぇ?

ノノ*∂_∂ル<ほら、暑いし。ね?

州*‘ o‘リ<でもみやの家、クーラー全開だよ。

ゴーという音と共に涼しい風を送り込むクーラー。
部屋は夏とは思えないほど涼しかった。

ノノ ∂_∂ル<………。

ノノ#∂_∂ル<とにかく、あたしは暑いの!!


梨沙子の身体を遠ざけつつ、逆切れする夏焼さん。
梨沙子もからかいすぎたことに気づき焦る。


州;‘ o‘リ<あばばばば。

州;‘ o‘リ<く、くっつかないもん!だからそんな怒んないでよ〜。


みや〜と困ったように名前を呼ぶ。
しかし雅はそっぽを向いたまま、梨沙子のほうを見ない。
しばらく雅の機嫌は直らなかったとさ。ちゃんちゃん。




―今度こそ、終―



ベリーズのアンリアルですね。
ご本人もおっしゃってましたが、ももちと佐紀ちゃんのカンケーの方が何故かメイン気味でステキ(ハート
雅ちゃん、小説でも桃子に食われてるよw
いやでも、ホント。ももキャプのやりとりとか、メチャメチャらしくて好きです。
つか、メン後の書く桃子が凄い好きなの。強引で図々しいのに憎めないトコがなんとも本物を髣髴とさせますw
メン後さんとはコンサでお会いするたびにりしゃみやを残念なぐらい語るのですが、お互いに共通した意見として・・・りしゃみやはりーちゃんで成り立っているとw
雅ちゃんは何もしなくても、りーちゃんが雅ちゃんに必死なだけで、十分すぎるぐらいりしゃみやが萌えるとw
この小説も、雅ちゃんの為にりーちゃんが一生懸命ももや佐紀ちゃんに縋ってる姿が、健気でホントかわいいの。
ハァ〜。りーちゃんキャワいいなぁ。ももさきいいなぁ。
・・・・・・・・・・。
つか、雅ちゃんの誕生日なのに、りーちゃんとももさきにばっか目が行ってしまうオイラも、どーなのかと・・・w




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