―プレゼント―







末っ子の誕生日が来た。
ここは長女として一番欲しがっているものを上げなければ。
桃子は拳を握り締めた。

―プレゼント―

「いい、みーやん。三時までは絶対に引き止めておいてね。自然に、ばれないよう
に、遊んでて。」
「桃さぁ、別にあたしじゃなくても良くない?友理とかまぁとか、適任の人一杯居る
じゃん。」

雅の部屋で仁王立ちしている桃子。
雅は桃子の前で正座をさせられながら、桃子を見上げた。
その顔にはやる気と言うものが満ち溢れている。
私生活において食べ物以外でこんなに桃子の顔が輝くのを雅ははじめて見たかもしれ
ない。

―……ろくなことなさそう。

桃子が張り切ると何かが起きる。
それが良いことか悪いことかは起きないと分からない。
だがこの時、雅は確かに悪寒ともいえるものを感じ取っていた。

「駄目。みーやん以外には桃の手伝いをしてもらうから。」
「別に代わるよ。」
「駄目だって。考えてもみなよ、みーやん。熊井ちゃんがりーちゃんと一緒に遊んで
たら絶対ただ遊んでるだけになって、こっちに連れ戻すの忘れそうだし、まぁはすぐ
にばれそうだと思わない?」

すらすらと桃子の口から言葉が流れ出てくる。
それを見て雅は逃げることが出来ないのを悟った。
元から桃子は雅以外に行かせる気はないのだ。
そうじゃなきゃ梨沙子を半日連れて遊ぶなんて、誰でもできそうなことをここまで雅
にやらせようとはしない。
―仕方ない。
雅はため息と共に腹を括った。

「…それであたしはどこら辺で梨沙子と一緒に遊んでればいいわけ?」
「行ってくれる?良かったぁ、みーやんが行かないって言ったらどうしようかと思っ
たよ。」

―絶対に行かせる気だったくせに。

雅は呆れたように桃子を半眼で睨むともう一度同じことを聞き返した。
もちろん桃子は雅の表情など気にも留めない。
にっこりといつもの桃子スマイル満開で雅を見る。

「とりあえず家にさえ近寄らなかったら何処でもいいよ。駅一個分くらいは離れてて
欲しいけど。」
「わかった。っていうか梨沙子って今何処に居るの?まだ家?」
「当たり前じゃん、まだ九時にもなってないよ。」

あんたは家に来てるじゃないか、と雅は心の中で静かに思った。
言っても意味のないことと分かっていたからである。
痺れる足を引き摺りながら鞄に財布やハンカチなど必要なものを入れていく。
準備する雅に桃子が付け足すように声をかけた。

「あ、忘れてたけどりーちゃんに会ったら誕生日おめでとうって言ってあげてね。
みーやなら忘れないと思うけど。」
「…分かってるよ。」

―桃ちって梨沙子に甘いよね、相変わらず。

梨沙子の誕生日だというだけで、雅は朝から桃子の突撃を受けた。
しかも雅の家で誕生日会を開くらしい。
メンバー全員を集め、料理を作り、もしくは買い、プレゼントを渡し、盛大に祝おう
としている。
雅は桃子からそこまで大仰に誕生日を祝われた覚えはないし、他のメンバーを祝った
覚えもない。
つまり梨沙子だけ。
桃子の誕生日でさえそんなに派手ではなかった気がする。

「じゃあ、行ってくるね。三時くらいに家に連れてくればいいの?」
「うん、それまでに準備終わらせておくから。」

いってらっしゃいと桃子に見送られ雅は家を出た。
まずは梨沙子を迎えに行くことにして、今から数時間どうやって遊ぼうかを考える。
お金の都合があるので余り移動やお金を使う場所にいくことはできない。
大体、梨沙子の誕生日プレゼントを買ったがため今の雅にはいつもよりお金がないの
である。

―…梨沙子と相談しよう。

雅に任された仕事は二つ。
梨沙子を三時まで雅の家に近づかせないこととその後雅の家に連れてくること。
考えてみればずっと外で遊ぶ必要もないのだ。
昼過ぎまで梨沙子の家に居て、時間が近くなったら雅の家にでも誘えばいい。
うんと雅は一人で頷いて、さっきまでより少し足早に駅へと歩き始めた。

++++

―ピンポーン

雅の耳にも慣れ親しんだ音が響く。
こんな朝早くから失礼かなとも思ったが着てしまったし、戻ることも桃子が居る限り
できるはずがない。
押してからちょっと戸惑ってしまった雅の前で、扉がゆっくりと開いた。

「はい?どなたですかー?」
「…梨沙子、ごめん朝から。あたし、雅だよ。」

もしかしたら、という予想はしていた。
もしかしたら梨沙子はまだ寝ているかもしれないと。
だがまさか一応九時も過ぎているのにパジャマの寝起きですみたいな梨沙子が出てく
ると思うだろうか。
いや、思わない。

「み、みや?!」
「おはよう、梨沙子。」

ちょっと気まずかった。
梨沙子のパジャマ姿を見たのは別に初めてではない。
雅のパジャマ姿だって梨沙子には見られている。
でも梨沙子の慌て方が雅に見てはいけないものを見てしまった気にさせた。

「わ、うわわわわ。えっと、えっと、ちょ、ちょっと、ちょっと待ってて、みや!」

雅を見つめ、その後に自分の格好を確認する。
そしてもう一度雅の顔を見る。
その動作を何回か繰り返してから梨沙子はやっと現実を把握したかのように慌てて雅
にそう言った。

「ちょ、梨沙子?」

雅の前でバタンと大きな音を立てて扉が閉まった。
梨沙子に声をかけようと伸ばした手は届かず、力無くもとの場所へと戻る。
待っててと言われたのに勝手に中に入れるはずもなく、雅はその場に立ち尽くした。
中からはばたばたと梨沙子が騒いでいる音が微かに聞こえてくる。

―やっぱ普通こんなに朝早くから家になんて来ないよねー。

ましてや連絡も約束もしていない。
桃子が手を回しているかと思ったが違ったようだ。
今必死で着替えてたり、顔を洗ってたりする梨沙子を中の騒ぎから想像する。
いつもその手の役目を引き受けるのは雅だったので簡単に様子を思い浮かべることが
出来た。

「みやー、いいよ。中に入って〜。」

雅の想像の梨沙子が着替えを終えるとほぼ同じくらいに現実の梨沙子から声がかかっ
た。
再び開いたドアの狭間からひょいと梨沙子の顔が出てくる。
その顔は先ほどまでの眠そうな顔ではなく、さっぱりしている。
服だってパジャマではなく私服だ。

「…お邪魔します。朝からすみません。」

雅が中に入るとまず梨沙子のお母さんが目に入った。
桃子のせいとはいえ突然梨沙子の家を訪ねたのは雅だ。
玄関に上がる前にぺこりとお辞儀と挨拶をし、それから梨沙子に連れられて部屋へと
向かった。

「みやが突然尋ねてくるなんて珍しいね〜。今日なんか用事あったっけ?」
「えっと、とりあえず梨沙子今日誕生日でしょ?だから誕生日おめでとうくらい言い
たいなって思って。」

梨沙子に誕生日を意識させていいのかと雅は一瞬困った。
だが誕生日おめでとうと言うのが許されるくらいなのだから大丈夫だろう。
それに雅がそう言った瞬間に梨沙子の顔が分かりやすいほど嬉しそうに笑ったのを見
て、雅はそんな事はどうでも良くなってしまった。
はてなが飛び交っていた表情が満面の笑みに。
雅と一緒のときの梨沙子は本当に表情の変化が激しい。
桃子から言われたことだったろうか、雅はそのことにほんの少しだけ優越感を持って
いた。
ありがとうと言って雅に抱きついてくる梨沙子の勢いに少しふらつきながら受け止め
もう一度言う。
すると梨沙子は益々嬉しそうになって、雅もつられたように嬉しくなった。

「ねぇねぇ!今それを言いに来たって事は、みやは今日一日あたしと遊んでくれる
の?」
「…うん、まぁ一応そのつもりだけど。梨沙子は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、それにみやが一日オフで遊んでくれるのって滅多にないからみやと一
緒にいたい!」

梨沙子の目がキラキラと光りだす。
比喩ではなく雅には本当にそう見えたのだから凄い。
梨沙子は何しよう、何しようと呟きながら部屋の中をぐるぐると回っていた。
時々戻ってきては、これとか楽しくない?あ、みやだったらこっちのほうが好きかぁ
等と言ってまた探しに戻る。
雅は、今日は梨沙子の誕生日だし別に何でもいいかなと思いながら梨沙子の様子を眺
めていた。

―……っていうか梨沙子のテンション高すぎじゃない?

雅は自分自身に問いかけた。
何でこんなに嬉しそうなのだろう。
パタパタ、パタパタ、そういう効果音が付きそうなくらい嬉しそうに部屋を歩き回
る。
ちなみに雅は最初この部屋に入ったとき、梨沙子に机の所に座らせられたので部屋の
真ん中に居る。
つまり雅の周りを梨沙子はさっきからくるくる回っているのだ。
そんな梨沙子は前誰かが言っていたようにまるで子犬みたいで。
雅は思わず苦笑してしまった。梨沙子に尻尾が見えそうだ。

「梨沙子、別にうちここに居るから。急に帰ったりしないから、ゆっくりでいい
よ。」
「でも、でもでも!みやとゆっくり遊べるのは今日しかないんだもん!」
「そんなこと、ないと思うけど?」

今日出来なくても、まだ休みはあるし休みじゃなくても仕事の合間もある。
梨沙子と遊ぶことはそんなに難しいことではないと雅は思う。

「そんなことある!みやは仕事の時、あたしとあんまり遊んでくれないじゃん。」
「そりゃあ、仕事中だし。」

遊べないじゃん、と雅が言うと梨沙子はガクッと肩を落とした。
雅には何故梨沙子がそんな事を言うのか良く分からない。
本当に不思議そうにそう言う雅の様子に梨沙子は諦めたのかまた部屋をうろうろし始
める。
同じように遊び道具を持ってきたり、雑誌を持ってきたり。
雅は梨沙子の行動に初めこそ首を傾げていたが、いいかと自分を納得させて梨沙子を
見ていた。

そして時間はあっという間に過ぎて今の時刻、二時五十分。
今から雅の家に向かえば丁度三時を過ぎて桃子に言われたとおりの時間帯になるだろ
う。
雅はあの後梨沙子の家でお昼ご飯まで頂いてしまって、申し訳なさで一杯だった。
朝から尋ねてきたばかりかお昼ご飯まで、と断ろうとしたのだが梨沙子と梨沙子の母
に押し切られてしまった。
それに三時になったらおやつまで出てきそうな雰囲気に雅はなるべく早くここを出た
かった。

「梨沙子ー、今からあたしんちに来てくれない?」
「いいよー!みやの家に行くの久しぶりだね。」

うわー楽しみ、と梨沙子は顔を輝かせながら言う。
雅は心の片隅で桃子たちの心配をしながら梨沙子に準備を促す。
すると梨沙子はいつもからでは考えられないくらいテキパキと動き、ものの数分で準
備を終えた。
雅は用意の終わった梨沙子の手を引くと、梨沙子の親に挨拶をして自分の家を目指
す。

「梨沙子、今日楽しそうだよね。そんなに誕生日が嬉しいの?」
「っていうかみやと遊べるのが嬉しいんだもん。」

―え、そこなの?

満面の笑みだった。
だから雅も突っ込むことが出来ない、余りに梨沙子が嬉しそうに笑うから。
一瞬固まってしまった雅に気づかずに梨沙子は歩みを進める。

―そんなに嬉しい?あたし梨沙子とはほぼ一緒だと思うんだけど。

やはり雅には分からない。
今日、梨沙子がハイテンションな理由も、今こんなにはしゃぎながら雅の家に向かう
理由も。
雅は心の中で首をかしげた。
そのとき少し前のほうから梨沙子の声が聞こえてきて雅は慌てて梨沙子のもとに走
る。
遅いと頬を膨らます梨沙子に謝り再び並んで歩く。
そしてまたもや雅はその疑問を水に流したのだった。

++++

パンパンパンと玄関に入った梨沙子に向かってクラッカーの音が弾ける。
雅は梨沙子の後ろに居た。
何かあると直感で分かった雅は梨沙子を最初に家に入れた。
案の定クラッカーが鳴らされ主役である梨沙子は桃子に連れて行かれそうになってい
る。

「え、え、え?みやの家だよね、ここ。」
「……改めて誕生日おめでとう、梨沙子。」

梨沙子が雅を不安そうに振り返った。
雅はその様子に少し笑いながらも梨沙子の手を掴み中に入れた。
玄関の中では桃子がうるさいほど誕生日おめでとうと繰り返している。
桃子以外にもベリーズのメンバーは全員居て梨沙子を祝う。
それでもまだ現状を把握していない梨沙子に雅は優しく微笑みかけた。

「りーちゃん、誕生日おめでとう!今日はみーやんの家を借りての誕生日パーティー
だからね。」
「そういうことだから、梨沙子。早く上がってきなよ。」

桃子が遠慮なしにクラッカーを使ったせいで玄関は紙ふぶきの紙でかなり散らかって
しまった。
桃子がきちんと片づけをしていってくれることを祈りながら雅は梨沙子に手を伸ば
す。
そんなに高低さも無いが梨沙子だったら紙を踏んで転びかねない。
桃子はいつの間にか雅の前に居て早く準備をした部屋に行きたくて仕方ないというよ
うにうずうずしている。
とそこに急に戻ってきた桃子が梨沙子に耳打ちする。

「――――――-、桃からのプレゼント気に入ってもらえた?」
「うん!桃、ありがとう。」

桃子はそれだけ聞くと素早く身を翻して行ってしまった。
梨沙子はにこにこしていて、雅は梨沙子が何を貰ったか知りたくなった。
もし重なっていたりしたらまずいなと思いながら。

「梨沙子、いつ桃からプレゼントなんて貰ってたの?」
「へへへ、今日一日中ずっと貰ってたんだよ?梨沙子の一番欲しかったものー。」
「一日中貰ってたの?なにそれ?」
「……内緒だもん。」

教えないと言うように梨沙子は雅に嬉しそうに笑いかけ、桃子の後を追って行ってし
まった。
その場に一人残された雅はまた考える。
梨沙子が一番欲しかったものとは何かと。

「みーやん、早くー!!家主が居ないと始められないでしょー。」
「うん、今行くー!」

別にいっかと雅は思った。
梨沙子が嬉しそうなら、何を貰ったっていいじゃんと。
なぜなら今日は誕生日だから。
折角全員が集まったのだから変に考えずに楽しもう。
雅はそう決め、一際騒がしい部屋へと小走りに去っていった。

―梨沙子、誕生日おめでとう。これからもよろしく。





ちなみに一ヶ月前。

「りーちゃん、誕生日プレゼント何が欲しいの?」
「うーん。……あのね、笑わない?」
「笑わない。」
「あたし、みやと遊びたい。思いっきり、二人で。」
「えっ、それでいいの?」
「うん、それがいいの。」
「わかった、桃に任せなさい!」



「もも、お金かからなくて済むーとか思ったでしょ。」
「お、思ってないよ。まったく佐紀ったら変なこと言うんだからー。」
「…………そう?」
「う、うん。(ばれてる、絶対ばれてるよ。)」



りーちゃんお誕生日小説です。
いっつもあっとうございます!!ホントにもう、いつもナイスグッドな作品を戴いてスンマセン。
いやぁ、この小説はホントにツボでした。
オイラは「一方的に雅ちゃんを好きなりーちゃんと、マイペース過ぎて、そんな梨沙子に気づけない雅ちゃん」の構図が凄く大好きです。
だって、リアルりしゃみやがホントにそんな感じじゃん!!
リアルりしゃみやって、なんか凄くりーちゃんが萌えるのよね。雅ちゃんに一生懸命で、マジかわいい。
そして、そんなりーちゃんに気づいてやれない雅ちゃんが、ホント歯痒くてしかたねーのさ!!!
絶対誰もが一度は思ったはず!!!・・・・・・・・・オレが夏焼だったら・・・ってw
でもね、雅ちゃんがそんなだからこそ、りしゃみやは萌えるのよ。萌えるのよ!!!(連呼
雅ちゃんがね。見るたび毎回、りーちゃんを可愛がる様な子だったら、なんか、それはそれで萌えないの!!
業が深いイキモノなのよね。カプヲタってヤツはよ・・・。




モドル