ばかっぷる
意味:
@ばかな人×ばかな人
Aばかな話をするカップル
B馬鹿らしいくらいイチャつくカップル
@ABを併せ持つと『ばかっぷるっ!!』へと変化する。
 
 
 
―ばかっぷるっ!!―
 
 
 
 
「ねぇねぇ。」
 
この頃ベリーズの楽屋では警戒されている声音がある。
それが今放たれた雅の甘えるような声に他ならない。
基本的にシャイな雅はこんな声を出すことは少ない。
目的も、使う対象もはっきりと決まった声だ。
 
「うん?なぁに?」
 
それに対応するのはいつも友理奈である。
ニコニコと楽しそうな笑顔に雅の頬があからさまに緩む。
格好付けで、クールに見えやすい雅がこういう表情をすることは少ない。
むしろ友理奈と付き合いだすまでほとんど見ることのなかった表情だ。
雅は荷物を置いてすぐに友理奈の元へと歩いていた。
どれだけ友理奈に夢中なのが良く分かる。
 
「うわぁ、まただよ……。」
 
二人の様子に茉麻が静かに呟いた。
雅の甘えたような声が聞こえた時点で若干の距離を取っている。
聞こえる心配は非常に少なかった。
苦虫を噛み潰したような顔に誰とは言わず苦笑した。
 
「まぁ、しょうがないじゃん。」
「喧嘩されるよりはマシだし、面白いし。いいんじゃない?」
 
佐紀が軽いフォローに入る。
桃子は二人の様子が面白いのだろう。
瞳が肉食獣のように輝いていた。
佐紀はそれに気付いているのか、軽く桃子を小突く。
しかし軽く肩を竦めて笑う姿は僅かに諦めが入っているようだった。
 
「そりゃ、そうだけど。もうちょっと場所考えて欲しいわけ。」
 
千奈美がたれ目がちな目尻をきつくして、二人の様子を見る。
何度も繰り返されるやり取りに千奈美でなくとも飽き飽きしていた。
見ているほうは何もできないのだからそれも仕方ない。
むしろ見せられること自体が苦痛に近いものになっていた。
 
最近になって付き合いだした二人。
何が楽しいのか分からないやり取りでよく笑いあっていた。
それ自体に不満はない。幸せそうなのは良いことだし、邪魔できるようなことでもない。
ただ周囲のことをもう少しだけ考えてほしいと千奈美は感じていた。
 
「なんでお茶って緑なのかな?」
 
真剣な顔をして雅が尋ねた。
その内容に思わず突っ込みたくなるが耐える。
これより下らない質問だって何度もメンバーは耳にしていた。
つまりは耐性がついていたのである。
 
「葉っぱが緑だからじゃない?」
 
そんな周囲とは関係なく雅たちの会話は進んでいた。
雅の素朴な疑問に友理奈が少し首を傾げる。
暫く時間が空いたかと思うと一度大きく頷く。
それから自信たっぷりに言い切った。
聞いている方は何処からそんな自信が出てくるのだろうと疑問に思いたくなる。
だがそれこそが友理奈の特徴だったし、魅力の一つだ。
 
「あたしちょっと飲み物買ってくる。」
「あ、千奈美。一緒行く。」
 
はぁと小さく溜息を吐いて千奈美が席を立つ。
呆れが見え隠れする様子に佐紀は慌てて立ち上がった。
千奈美がいなくなるなら便乗しようと言う魂胆である。
 
千奈美たちの行動は素早かった。
もうこれ以上聞きたくないという風に楽屋を出る。
友理奈を憎からず想っていた千奈美だ。
その行動も仕方ないのかもしれないと佐紀は思った。
 
「え、じゃこれ葉っぱの色ってこと?」
「きっと、そうだよ。だってお茶っぱって色でたら捨てるじゃん。」
「確かに……なるほど。」
 
ぱたんと扉が閉まる。
友理奈と雅の良く分からない話は続いていた。
雅は友理奈の話に感心したように相槌を打っている。
きっと雅以外あんなに素直に友理奈の話を聞ける人は少ないだろう。
 
「もぉたちはどうする?梨沙子。」
 
千奈美たちが出て行くのを見ながら桃子は少し後ろを振り返った。
桃子の座っている後ろ、ソファには梨沙子と茉麻が並んでいる。
奇しくも友理奈たち二人が一番よく見える位置だった。
 
じっと梨沙子は二人を見ていた。
メンバーが何か言っていても一言も発しなかった。
元より口が達者な性格ではないし、メンバーへの不満を口に出すようなタイプではない。
特に自分の色恋沙汰が絡めばと口数が少なくなるのも自然である。
 
「……行こうかな。」
「ま、無難な判断だよね。」
 
ふっと視線を外して梨沙子が言った。
微笑を浮かべている顔には少し無理が見えたが桃子は何も言わなかった。
茉麻が梨沙子の言葉に同意して何度か頷き返した。
「おっけー。」と答えて桃子は自分には若干大きい椅子から降りた。
軽い着地音がして、ソファを振り返る。
梨沙子と茉麻は既に扉の方へ移動しているようだった。
 
この二人が付き合いだしてからというもの決まった構図だった。
二人が二人にしか分かり合えない世界を作る。
メンバーは楽屋を出るか、静観するしかない。
 
「ちょっとぉ〜、置いてかないでよっ。」
 
駆け足で二人を追いかける。
二人は扉の前に優しい笑顔で立っていた。
その笑顔が桃子をからかった為に生まれたものだ。
桃子は合流してからぶつぶつと文句を言う。
梨沙子も茉麻もはいはいと軽い雰囲気で笑いながらそれを聞いていた。
桃子が扉を閉める直前の楽屋はやはり雅と友理奈二人だけの世界だった。
 
「それに紅茶はちょっと紅っぽいし。」
 
ぴっと長い人差し指を立てて友理奈が説明する。
とても深い薀蓄を語っているような表情だ。
雅はただキラキラと表情を輝かせ愛しい恋人の顔を見つめる。
 
「あー!あれ!へー、熊井ちゃん頭いいねぇ!」
 
分かりやすい例えに雅が感心したように大きな声を出す。
大声が迷惑になるような他人は最早楽屋に存在しなかった。
だがこの二人はその事自体に気付いていない。
ただ二人の世界で話をしているだけであった。
 
「でしょでしょっ。褒めて!」
「凄いよ、熊井ちゃん。」
「ありがとう、みや。」
 
雅の言葉が嬉しかったのだろう。
友理奈はニコニコとした顔を更に緩めて少し身体を屈めた。
それに呼応するように雅が僅かに背伸びをして手を伸ばす。
優しい表情で年下の背の高い恋人の頭を撫でる様子は一枚の絵画のようだった。
残念なことにそれを見ていた人は誰も居ないのだが。
 
 
++++
 
 
「あー、もう、ほんと見てらんないっ。」
「まぁまぁ。仲いいのは良いことだし。」
 
ガタンと音がして自販機から缶が吐き出される。
千奈美はそれを取ると勢い良くプルタブを上げた。
そして一気飲みに近い角度で缶を傾ける。
ぷはっと息を吐く様子はヤケ酒をする親父のようで佐紀は少し笑った。
 
「ねぇ!梨沙子もそう思わない?」
「いいんじゃない?……ただ楽屋でキスするのは止めて欲しいけど。」
 
佐紀では話にならないと千奈美は壁に背を寄せる梨沙子に目を移した。
隣には桃子がいて、茉麻と何を話している。
千奈美とは違いちびちびと小さく口を付ける様子はどこか大人しい。
話を振られた梨沙子は俯けていた顔を僅かに上げてから困ったように微笑んだ。
 
「確かに、あれは困るね。お邪魔しましたって直ぐに扉閉めちゃうもん。」
 
わかるわかると茉麻が相槌を打つ。
楽屋に早めに来るメンバーにはもう馴染んでいる出来事だった。
家の遠い二人は早めに来て会う時間に充てているらしい。
毎回くじ引きをしているような心境だった。
当然、当たりは何もしていない二人で、外れはイチャイチャしている二人である。
そして二人の次に来た場合、ありがたくない程の高確率で当たってしまうくじだ。
 
「なになに!?そんな面白い事があったのっ?」
「もも以外は大体見たことあると思うよ。ね?」
 
唯一楽屋に入るのが遅めの桃子が身を乗り出してその話にがっついた。
隣の梨沙子と茉麻を交互に見てテンションを上げている。
その姿に梨沙子は苦笑して、千奈美はムッとした顔で頷いた。
佐紀は我関せずで、栄養ドリンクを飲んでいた。
 
「どうする?もう少しでみやの誕生日だし。」
「絶対なんかあるよね……。」
 
千奈美が天を仰いだ。その顔はまるで死刑を宣告された囚人のようだった。
梨沙子がまた顔を俯かせた。その表情は髪に隠れて見えない。
茉麻は佐紀を見た。すると佐紀も茉麻を見ていて顔を見合わせて微笑む。
“どうしよっか”という意味合いの笑みだった。
そんな中、ただ桃子のテンションの高さだけが浮いていた。
 
「誕生日プレゼントに『結婚しよう!』とか言って結婚届持って来たりして。」
「その場合、みやも『うん!するっ。』って言って名前書くんだろうね。」
「熊井ちゃんといるとみやテンション違うからなー。」
「うわぁっ、それ見たい!カメラ持ってかなきゃ。」
 
あり得ない筈なのに、ありそうな妄想が続いていく。
話と比例するように桃子のテンションも上がり、今にもデジカメを買いに走りそうな様相だ。
誰も話を止めることはできなかった。
緑茶の色について真剣に話していた二人だ、どうして止められよう。
 
「ていうか、二人ともはんこの存在忘れてそう。」
「むしろ出す場所知らなそう。」
「えー、流石に貰ってこれるなら分かるでしょ。」
 
つらつらと話が進んでいく。
判子忘れる派と届ける場所を知らない派に話は分かれたらしい。
それを見ながら佐紀は一人思った。
 
―それ以前に女同士で結婚できないから。
 
そこら辺、わかってる?と全員に聞きたくなる。
だが意味の無いことだとたった一人の常識人は黙って話の流れに身を任せていた。
 
―ばかっぷるっ!!―終