手を繋いで歩くのは少し恥ずかしい。
伝わる熱に存在を意識せずにはいられなくなるから。
腕を組むのはちょっと悔しい。
だって絶対に自分から組めないとわかっているから。
だから指が触れるくらいが調度いい。
そう雅は思っている。
 
 
 
―繋ぐ指―
 
 
 
雅のことを意識し出したのは何時からだろうと桃子は考える。
ライバルとして考え出したのは凄く前だ。
それこそグループが結成されて直ぐと言っていい。
だけれどそういうのではなくて。
桃子が今考えているのは何時から雅が自分にとって必要な人になったか。
愛おしくて手放せない存在になったかということだった。
 
「みーやん。」
 
騒がしい楽屋で声をかける。
珍しく早めに全員が揃った楽屋は入り乱れていた。
たまたま近くに来た雅に一歩近づき、気づかせる。
目が合って桃子はにこりと笑った。
 
「みー……。」
 
―やん。
 
もう一度呼ぼうとした名前は途中で途切れる。
雅が知らぬ顔で桃子から顔を逸らしたからだ。
ぷいと違和感無く自然に行われた動きに気づいたのは桃子だけだっただろう。
これだ、と桃子は一人苦笑した。
雅は皆といるときは基本的に構ってくれない。
桃子が一人でいようと、誰といようと関係ないような顔をする。
今だって雅は千奈美と佐紀の二人と一緒に騒いでいる。
さっきの逸らし方からして暫くは遊んでくれ無そうだと思う。
 
―誰かいないかなぁ。
 
視線を周囲にめぐらせる。
雅はいつものように千奈美と佐紀の二人と一緒だ。
茉麻は友理奈と何かを話し込んでいる。
ここで梨沙子が見つかれば桃子は梨沙子の元に行ったのかもしれない。
梨沙子も桃子と同じで一人でいるときが多い子だったから。
しかし見つからず、仕方ないと桃子は場所を変えることにした。
 
財布を持って楽屋を出る。
暖房を入れっぱなしの部屋と違い廊下は少し気温が低い。
低いと言っても寒いほどではなく、むしろ楽屋が異常なほど暖かいのだ。
換気も何もしないしそれも当然である。
今度こっそり窓を開けてみようかと考える。
きっと、寒い!閉めてっと大騒ぎになるに違いない。
目の前にその場面が有々と想像できて桃子は苦笑した。
 
「どれにしよう。」
 
自販機はそれ程遠くない。
近くには座れるようにソファもあって休憩所のようになっている。
余り人通りも多くなく一種の穴場だ。
桃子も良く来るし、他のメンバーもそれは同じだろう。
梨沙子もここに居るのかと思ったがその姿はなかった。
自販機の前に立って色とりどりのパネルから飲み物を選ぶ。
何かを飲みたくてここに来たわけではないので少し迷う。
温かいものが飲みたかったので無難にココアにした。
 
―もうちょっと甘い方がいいなぁ。
 
ソファに座って一口飲む。
自販機のココアは何処か味気ない気がして、唇を尖らせる。
雅がここにいれば味も変わったのだろうと桃子は思う。
白い壁とキレイにワックス掛けされた床が酷く無機質だった。
 
「みーやんの、おたんこなす。」
 
ざわめきの遠い場所に急に寂しくなる。
素っ気無い恋人の文句が出た。
返事くらい、笑い返すくらいしてくれても良いのに。
雅の恥ずかしがりな性質は分かっている。
これでも前より自分のことを気にかけてくれているのも感じている。
それでもやはり側にいて欲しいときにいないのは悲しかった。
 
「ちょっと、陰で悪口とかどーよ?」
 
たまたまだろうか、直ぐに雅が曲がり角から顔を出した。
そんなに大きな声で言った覚えはないが静かなこの場所では響いたのだろう。
軽く呆れたような顔で雅が桃子の隣に座る。
 
「みーやんがいないのが悪い。」
「ヒドッ。」
 
拗ねた顔を作って文句を言えば、雅は軽く肩を竦めた。
良い感じに冷えてきたココアをまた一口飲む。
今度はさっきより甘い気がした。
雅が隣にいるだけで世界が明るくなる。
何時からかは分からないが確かにそれは事実だった。
 
「ももが帰ってこないから、ウチ迎えに来たんですけど。」
「さっき無視したくせに。」
「あれは、仕方ないでしょ。」
 
皆、いたしと雅が苦笑しつつ言う。知っているし、分かっている。
佐紀がいたのも千奈美がいたのも見えていたから。
それでも。
 
―少しくらい、いいじゃん。
 
だがこの恋人にそれを言っても意味のないことだとも理解していた。
この鈍くて、恥ずかしがりやで、それでも優しい人に桃子は何も言えない。
なぜならそれをわかって付き合ったのだし、好きになった。
むしろそのちょっと人より引く所を好きになったのかもしれない。
 
「もう、機嫌直してよ。もも。」
 
折角二人なんだからと距離が近くなる。
温かかったココアは既に空になっていた。
桃子の手に温もりが移りいつもより少し温かい。
その温度差のせいか、そっと重なった雅の手は冷たかった。
 
「うわ、ももの手温かいねぇ。」
「ココア飲んでたから、移っちゃったの。」
「へぇ。」
 
雅は温かいのが気に入ったのか珍しく桃子の手を弄る。
ニコニコとしたえ顔はまるで子供のようで見ている方まで頬が緩む。
時々見える雅の無邪気さが桃子は好きだった。
格好つけてるくせに、行動は子供みたい。
派手好きなくせに、根っこはすごく真面目で不器用。
そういうギャップがツボをついたのかもしれない。
 
「そういえばさ。」
「うん?」
 
桃子の体温が雅に移って馴染みあう。
冷たくも温かくもなくなった指は思いのほか心地の良いものだった。
雅からくっ付かれることは実は珍しい。
いつも桃子から腕を組んだり、手を握ったりしようとして大体させてくれない。
ライブの前後のテンションが高いときくらいしか繋がせてはくれなかった。
 
「今週末、暇だよね?」
 
伺うように下から覗きこまれる。
雅の真っ直ぐな瞳が桃子を貫いて鼓動が大きく跳ねた。
ずるいと心の中で呟く。雅は時々ずるいほど可愛くて、桃子は困ってしまう。
熱くなる頬を見せたくなくて少し顔を俯かせてうんと頷く。
 
「よかったぁ……迎え行くから、家で待ってて?」
「いいけど、なんかあったっけ?」
 
安堵したように雅が朗らかに笑う。
反対する理由もないし了承するも、その日でいけない用事が思いつかない。
先ほどの雅とは逆に今度は桃子が首を傾げた。
するとへ?と間の抜けた声を上げてから、押し殺すように笑う。
 
「気づいてないならいいや。」
「そうなの?」
「うん、その代わり絶対家にいてよ?約束。」
 
桃子の前に雅のすらりとした指が差し出される。
ね、と念を押すように微笑まれ桃子はその指に自分の指を絡めた。
柔らかな力が伝わって嬉しくなる。
指きりげんまんとお決まりの言葉を二人で声を揃えて歌う。
 
「「指切った!」」
 
そう言った瞬間に目が合って、照れ隠しのように微笑み合う。
桃子が雅を思うように、雅も桃子を思ってくれる。
それはきっと、とても幸せなことだと思った。
 
 
 
桃子が雅の言った日の意味に気づいたのは家に帰りカレンダーを見てからだった。
気づいた瞬間に覚えていてくれた事が堪らなく嬉しくなる。
こういうさり気無い優しさが雅から離れられない理由なのかもしれない。
 
 
―もも、誕生日おめでとう!!
 
 
底抜けに明るい笑顔笑う雅が見えた。
その姿が本当だったかは桃子しかしらない。
 
 
 
 
―繋ぐ指―終