大事なのは気持ちです


いや、まぁ、ねぇ。
そんなに期待してはいなかったけど。
それでもこれはちょっと酷いんじゃないかぁ。
 
佐紀は前を歩く桃子を見ながらそう思った。
 
 
 
 
―大事なのは気持ちです―
 
 
 
 
「ももー……どこ行くのさ?」
「いーから、いーから。」
 
ぐいぐいと引っ張られる。
毛糸でふわふわとした感覚が伝わる手。
体もすでに厚手のコートに覆われている。
ふーと吐いた息も白く染まって散った。
寒さも深まった11月末。
そう今日は他ならぬ佐紀の誕生日である。
 
「だから別に誕生日プレゼントなんていらないって。」
「ダメなのー、それじゃもぉの気が済まない。」
 
それなら最初から用意しておいてよ。と喉元まで出掛かった言葉を押し込む。
それが出来なかったから自分はここに居る。
当然過ぎる事実に溜息が出そうになった。
気が済まないと言った桃子はただニコニコと笑っている。
何故かその顔を直視できなくて佐紀はマフラーに顔を埋めた。
 
佐紀が桃子に連れ出されたのは何処にでもあるような商店街だった。
それほど人がいるわけでもないし、寂れているわけでもない。
ほどほどに人がいて、店もある。
何でここにしたんだろうと思いながらきっと近かったからだと勝手に決めた。
 
「ていうかさ、別に今日じゃなくても良かったんじゃない?」
 
目の前を歩く桃子の背を見ながら声をかける。
呆れたような声音になってしまったのは仕方ない。
佐紀だって疲れているのだ。今日は午前中から仕事だった。
その仕事はもう終わっていて時間は既に夕方に近づいている。
疲れているはずなのに桃子は少しもそんな様子を見せない。
元気に佐紀を引っ張っていく姿は見慣れたものだ。
 
仕事上がりにメンバーが小さいながらパーティみたいなものを開いてくれた。
その時桃子以外のメンバーからプレゼントを貰った。
皆それぞれ考えて渡してくれたようで、全て佐紀が欲しいものだった。
後であげるねと一人くれなかった桃子は今佐紀と一緒に歩いている。
たぶん買ってないんだろうなとは薄々感づいていた。
何故か毎回桃子は後で渡すからだ。
 
「ううん、佐紀ちゃんの誕生日は今日だもん。」
 
ふるふると桃子が首を振る。
嗣永桃子という人間は掴みどころが無い。
飄々としていて完璧なほどにぶりっ子だ。
そんな人間と一緒にいて安心してしまう自分が佐紀には少し驚きだ。
長い付き合いがそうさせたのか佐紀は桃子に対して一定の安心感を持っていた。
 
「今日、プレゼントしたい。」
 
にっこりと笑う姿に一瞬言葉を失う。
それは笑顔の桃子が余りに完璧すぎたからかも知れない。
アイドルとして正しいくらい彼女の笑顔は完璧だった。
それにふと違和感を覚える。いつの間にか足は止まっていた。
しかしそんな佐紀を引き戻すように佐紀の手に力が伝わる。
顔を上げるとやはり桃子が笑っていた。
「ほら行こう。」という言葉と共に佐紀は再び歩き出した。
 
まず見たのは雑貨屋だった。
可愛い小物入れやアクセサリーがあって、どちらかと言えば桃子の趣味だった。
一通り店内を回ってみたが桃子が何かを買った様子はない。
佐紀は少し首を傾げた。
 
次に見たのはショップだった。
こじんまりとした店だったが中々に可愛い服が揃っていた。
桃子は佐紀そっちのけで服を見てとっかえひっかえした。
どっちが可愛いと聞かれ、適当に答えたりもした。
佐紀のものを探している姿ではなかった。
 
その店を出て小腹がすいたからとクレープを食べる。
おいしいねと言う顔は機嫌が良い様だった。
桃子の手にあるのは一つの袋で中には服が入っている。
佐紀の誕生日プレゼントでないことは明白だった。
 
「あのさ、もも?真面目に探してる?」
「探してるよぉ、これ以上ないほど真剣に。」
 
桃子の手には一つの袋、佐紀の手には二つの袋。
両方とも桃子の荷物である。
何故か今日の主役であるはずの佐紀が荷物持ちをしているわけだ。
桃子と買い物に行く時は大体がこんな風だった。
慣れていると考えた自分に佐紀は苦笑した。
 
―もう、暗くなり始めてるし。
 
時間はすでに日暮れだ。
ふと見上げた空は赤から段々と暗い色を混ぜ始めていた。
それにも関わらず人通りは少なくなった様子はない。
むしろ多くなった気さえして佐紀は少し首を傾げた。
ちらりと桃子が時計を確認する。
食べ終わったクレープの紙は近くのゴミ箱に捨てた。
 
「佐紀ちゃん、こっち。」
 
目の前に桃子の手が差し出される。
聞こえた声は酷く落ち着いたものだった。
まるでそうすることが自然であるかのように錯覚してしまう。
クレープを食べるために手袋を取った為、本来の白い肌が街灯に浮かび上がる。
差し出された手の意味が分からなくて佐紀は桃子の顔と手を見比べた。
 
「え、まだ移動するの?」
 
差し出された手から逃げるように聞き返す。
桃子はただ穏やかに笑っているだけだ。
困惑する佐紀など知らないという風に桃子が手を取る。
質問に返ってきたのは小さな頷きだった。
 
「今日ね。」
「うん。」
 
一歩二歩三歩と桃子に手を繋がれたまま歩く。
その足取りに迷いはなく今更ながら下見をしていたのだろうと気づいた。
ならばこの時間も既に桃子が計算していたものに違いない。
相変わらず抜け目がないと足を動かしながら思う。
 
「佐紀ちゃんの誕生日じゃん。」
「……うん。」
 
買い物の初めにもした会話。
同じ内容のはずなのに全てが違って聞こえた。
雰囲気とか空気とかいう奴のせいなのかもしれない。
いつも子供っぽい桃子の時折見せる大人びた部分が佐紀は好きだった。
こういう桃子を見られるのが自分だけだと知っているから。
他のメンバーに見せない面を見せてくれるから。
佐紀は何だかとても嬉しくなってしまうのだ。
 
「だけど今日は仕事だし?」
「そうだね。」
「流石にそれは休めないからさ。」
 
話している間にも二人の歩みは止まることがない。
佐紀は桃子に付いて行っている状態だが怖くはなかった。
桃子が連れて行ってくれるならば安心だからだ。
 
「ちょっとズルしちゃった。」
「普通に誘ってくれればいいのに。」
 
こんな回りくどいことをしなくても、桃子が言ってくれたなら予定を空けただろう。
そう言うと桃子は少し拗ねたような顔をした。
きゅっと繋がれた手に力が入る。
後ろから見ても唇が尖っているのが分かった。
 
「だって今日千奈美と約束あったでしょ?」
「あー、まぁ。あったね。」
 
千奈美とは仲が良い。
家同士も仲が良いので今日帰ってからもお祝いしてもらうはずだった。
確かに桃子が強引にここに連れてこなければ今頃家にいただろう。
家にいたならばきっと千奈美と早くに合流していたに違いない。
 
「もぉと二人きりの時間なんて取れないじゃん。」
 
「驚かせたかったし……。」と小声で桃子が呟く。
風に乗って届いた声に佐紀はかわいいなと頬を緩めた。
いつの間にか人通りは少なくなっていた。
いや、桃子が少ない場所を選んだというべきか。
目の前には大きなツリー。クリスマスに向けて早めのイルミネーションが灯されていた。
桃子が足を止める。くるりと佐紀の方を向いた手には小さな箱が持たれていた。
 
「17歳、おめでとう。佐紀ちゃん。」
「ありがとう、もも。」
 
照れているような、恥ずかしがっているような笑顔。
ぶっきら棒に伸ばされた手から佐紀は優しく箱を取り上げた。
仄かな重みが伝わる。
 
「開けていい?」
「うん、気に入ると思うけど。」
 
妙に自信たっぷりの桃子に笑みが零れる。
だけどそっちの方が桃子らしくて、佐紀はふふと楽しそうに吐息を漏らす。
ゆっくり丁寧に梱包を解く。
出てきたのは掌より少し小さいサイズのビンだった。
 
「香水?」
「佐紀ちゃんがこの間いい匂いって言ってたから。」
「探してくれたんだ?」
 
こくりと桃子が頷いてこちらを見る。
伺うようなその視線に佐紀は満面の笑みを浮かべた。
嬉しい。その感情を伝えるために顔を上げる。
 
「ありがとう、もも。」
 
その瞬間桃子の顔が変化する。
安堵したような、嬉しいような、ほっとした顔。
桃子なりに緊張していたのだろうかと佐紀は心の中で微笑した。
 
「ううん、これからもよろしく。」
 
また差し出された手を握る。
伝わる感触こそ、佐紀が一番慣れ親しんだもの。
ずっと昔からこの手は佐紀と一緒にあった。
ある意味何よりのプレゼント。
桃子が毎年、毎日こうやって手を伸ばしてくれるから佐紀は安心して進める。
 
―来年も一緒にいてね。
 
そう思った瞬間ぎゅっと力が込められた。
まるで返事が返ってきたみたいで、何故か佐紀は泣きそうになった。
涙を堪えるように上を向く。目に映ったのは鮮やかな紫だった。
イルミネーションにぼやけて、しかしそれでもはっきりと染まる。
そんな印象に残る紫の空だった。
 
 
 
―大事なのは気持ちです―終