―ハクトウカ―



桃の節句、言い換えればひな祭り。
それは女の子の日で。
また桃子の誕生日に一番近い行事であった。


―ハクトウカ―


「灯りをつけましょ、ぼんぼりに〜。」

かちゃりと扉を開け、最初に聞こえてきたのはその歌だった。
この時期にもっとも相応しい、小さい頃から慣れ親しんだメロディー。
だから友理奈も自然その続きを口ずさんだ。

「「お花をあげましょ、桃の花〜。」」

綺麗に二人の声が重なって。
その瞬間に桃子が友理奈のほうを振り向いた。
桃子が友理奈を認識した瞬間にふと気を抜いたように笑って、友理奈も笑い返した。
「おはよ。」とお互い軽く挨拶をしてから荷物を置き桃子の側に寄る。
運がいいと友理奈は感じた。

「びっくりしたよー。行き成り声が増えるんだもん。」
「ごめんね、つい歌いたくなっちゃって。」

桃子と友理奈以外まだ誰も来ていないようだった。
荷物は友理奈と桃子の分しかなかったし、集合時間まで時間がある。
友理奈としてはこんなに早い時間に桃子が来ている事に驚いたのだ。
友理奈自身、早く着きすぎたと思っていたから。

「ももちは何でこんな早い時間にいたの?」
「うん?たまたまだよ、たまたま。」

桃子の視線が友理奈を見て、逸らされ、それからもう一度友理奈を見た。
その動きで何となくわかった。
早く来れば、メンバーと早く会うことができる。
何時来るか分からないけれど。
何時現れるか分からないけれど。
自分が遅れてしまうよりは、先に来て待っている方が。
その方が間違いなく長い時間を過ごせるのだ。

―……同じなんだもんなぁ。

桃子と友理奈の発想が。
だが友理奈の会いたい人は既にいて。
桃子の会いたい子は未だに来ていない。
いつも煩いぐらいに騒がしい楽屋はしかし二人しかいないと静かで。
何だか変な感じがした。

「えっと……そういえば、熊井ちょーは桃の花って見たことある?」
「うん、あるよ。」

「そっか。」と桃子が小さく返事をして。
また少しの間沈黙が流れる。
それは桃子が次の話題に繋げるために必要なもの。
ちょっとした決意がいるようだった。

「桃の花言葉ってさ、『恋の奴隷』なんだって。」

静かに、何てことはない世間話のように桃子が切り出す。
その顔は余り見ることのない無に近い表情。
しかし一人だとこういう顔をするのが多いのも友理奈は知っていた。
だって友理奈はずっと桃子を見ていたのだから。

「ももが恋の奴隷って面白いよね。」

―あんまりにも当てはまりすぎて。
桃子は実際に言ったわけではない、だが友理奈の耳にはそう続けて聞こえた。
一途に、さり気無く。
桃子が梨沙子を見ているのを友理奈は気づいていた。
自嘲するような笑いに友理奈は思わず眉間に皺を寄せる。
桃子にそんな笑顔は似合わないと思った。

「梨沙子は意識してないのにさ。」
「……ももち。」
「ももは梨沙子の虜、変な話だよねぇ。」

―そんなこと、ないよ。

友理奈は思う。
その本人が意識した、しないに関わらず。
恋に落ちるのは一瞬だし、好きになるのも勝手なものだ。
自分にしか分からない好きになるポイントだってあるし。
だから友理奈には桃子が梨沙子の何に惹かれたかは分からない。
それと同じように友理奈が桃子を好きになった理由だって、友理奈にしかわからないのだ。
そしてそれは下手すると自分にも理解できないものになる。
何でその人を好きになったかなんて。
具体的にあれこれ言えるのは何処か違う気がした。

「でもさ……。」
「ん?」
「知ってる?桃の花言葉ってまだあるんだよ。」

友理奈の脳裏に浮かんだ一つの単語。
それはたまたま知った知識だった。
未だに記憶に残っているのは、桃子の花だという意識がどこかにあったからかもしれない。

―むしろ、あたしこそ恋の奴隷じゃない?

そんな事さえ無意識の内に覚えていて。
桃子が早く来るようだからと、早起きして。
しかも恋敵への想いを聞いて。
なんだかなぁと友理奈は自分を苦笑した。

「『天下無敵』、そっちの方がももらしいよ。」

友理奈がそう言うと桃子はキョトンとした表情で友理奈を見上げた。
意味を理解してきたのか段々と口の端が緩んで。
最後にはふにゃふにゃな余り見ない笑顔になった。

「『天下無敵』かぁ…そっか、そうだね。確かにそうだよね。」
「そうそう。」

小さく何度も頷く桃子。
天下無敵。
それは何故か桃子にとても良く似合うと友理奈は思う。

「天下無敵なんだから、ももちはきっと勝てるよ。」

―なんであたし、こんな事言ってるんだろ。

桃子が勝つことはつまり友理奈が負けるということだ。
桃子の想いが実れば、必然的に友理奈の恋は叶わなくなる。
分かっている。
分かっているが、ここで励まさないという選択肢は友理奈の中に存在しなかった。

―馬鹿だなぁ。

少し俯いて、口だけをその形に動かす。
そうすれば更に可笑しくなって。
友理奈は口角だけを歪めて笑った。

「ねぇ、熊井ちょー。」
「なぁに?ももち。」

すっと視線を向ければそこにいたのは純粋な笑みで自分を見つめる桃子。
見たことがないくらい真っ直ぐで白い笑顔だった。
その笑顔は純粋な分、とても儚いものに友理奈には見えて。
友理奈は思わず視線を逸らした。
とても綺麗な笑顔だったけれど。
とても眩しい笑顔だったけれど。
自分のためじゃない、梨沙子のための表情。
そんな顔は壊してしまいたくなって。
しかし壊すことはしたくないから友理奈は見ることを止めたのだ。

「もも、りーちゃんのお内裏様になれるかな?」
「っ。」

―ひどいよ、ももち。

ゆっくりゆっくり。
桃子にばれない様に静かに息を吐き出して。
友理奈は唇を本当に一瞬の間だけかみ締めた。
ゆっくりゆっくり。
まず口角を上げて唇の形をつくる。
次に目尻を下げて。
ほら笑顔の完成だと友理奈は一人思った。

「……なれるよ、ももちなら。」

「っていうか、お雛様の方が似合うよ。」と言ってしまったのは仕方ないと思う。
実際友理奈の頭の中では桃子はお雛様の格好をしていたし。
ちゃっかりその隣にお内裏様の格好をしている自分を想像したりもしていた。
だけどそれは全て夢。
あくまで友理奈の願望に過ぎないのだ。

「もものお雛様も似合うけどぉ、ももはりーちゃんのお雛様が見たいの!」

「もー、わかってないなぁ。」と頬を膨らます桃子は既にいつもの桃子で。
いつも“ももは大人だよ”と言っている割にその仕草はとても幼く感じたのだ。

灯りをつけましょ、ぼんぼりに。
お花をあげましょ、桃の花。
友理奈の脳裏に浮かんだのはいつか見た白い、真っ白な桃の花。
薄紅色が多くを占める桃の花の中でその白はいっそ鮮やかに映えた。
桃子を表すその色が友理奈の中から消えることはない。



―ハクトウカ―終


メン後さんにリクしてゆりももにしていただきました。
友理奈→桃→梨沙子だけど、全然OKですよ!!もう、サイコーにステキ!!w
オイラは切ないくまいちょ−が大好きなので、もう、文句なしです。切ない顔の熊井ちゃんがカッコイイのよねー。
ほんと、ありがとーございました!!