「佐紀ー、今日夕飯食べていっていい?」
「またぁ?うちの親は喜ぶだろうけどさ。」
 
多すぎじゃないなんてぶつぶつ言っている佐紀の言葉は桃子の耳を通り過ぎる。
文句は言っても佐紀は結局許してくれる。
その事を桃子は知っていた。
いつの間にか自分より大きくなった佐紀の腕をとって桃子は強請る。
 
「いいじゃーん。お・ね・が・い。」
「……しょうがないなあ、じゃあ、言ってくる。」
 
はぁと大きなため息を吐いて佐紀が下の階へと降りていく。
桃子はその聞きなれた音をBGM に吊るされたカレンダーへと目をやった。
もう少しで佐紀の誕生日だ。
桃子はそれを確認するとぎゅっと胸の前で手を握った。
 


―腐れ縁→?―





 
「で、なんでうちに来るわけ?」
「え〜、いいじゃん。協力してくれたって。」
 
所変わって夏焼家。
桃子は雅の家で温かいココアをご馳走になっていた。
まるで自分の家のように寛ぐ桃子を雅は半眼で見つめる。
桃子の話は単純で、佐紀の誕生日について。
今になって桃子が何故悩むのか理解できなかった。
 
「キャプテンの誕生日って、22日?」
 
ぴょこりとベッドに座る雅の後ろから梨沙子の頭が出た。
そのまま梨沙子は雅の肩に顎を乗せて喋る。
かくかくと響く感触がくすぐったくて雅は体を捩った。
 
「梨沙子くすぐったいよ。ていうか梨沙子のキャプテンじゃないでしょ?」
「むー、いいじゃん。佐紀ちゃんはキャプテンなんだもん。」
 
確かに佐紀はバスケ部のキャプテンをしていた。
雅と佐紀はずっと同じ部で。
雅が佐紀のことをキャプテンと呼んでいたら梨沙子にもうつってしまった。
そしてそれは佐紀が高校になった今でも抜けていない。
軽く言い合いになった雅と梨沙子を桃子はベッドの下からニヤニヤと見つめる。
 
「あー、もう!今、それはどうでもいいからっ。とりあえず、今は佐紀ちゃん!」
 
「みやが言ったんじゃん……。」という梨沙子の呟きは流されて。
話は佐紀の誕生日に戻る。
 
「今更、ももは何を悩んでるの?」
「だからぁ、何かあげたいんだけど……予算と好みが、ね?」
 
困ったように笑う桃子。
まさか、と雅は思った。
思わず隣に移動してきた梨沙子と顔を見合わせる。
予算はまだ分かる。
だが幼馴染の好みが分からない、なんてあるのだろうか。
桃子と佐紀は梨沙子達と同じくらい長い付き合いの二人で。
梨沙子のようにどちらかがべったりという訳ではないが、それでも仲は良くて。
佐紀の家に桃子が入り浸っているのを見る限りそれに変わりはないのだろう。
 
―まさか、ねぇ?
 
もう一度梨沙子と目を合わせる。
梨沙子も雅と同じ様に感じているのがわかった。
そうしてから同じタイミングで桃子を見る。
二人の視線を受けた桃子はそれでもやはり苦笑していて。
雅は恐る恐る聞く。
 
「……もも、佐紀ちゃんの好み、知らないの?」
「……。」
 
梨沙子も同意するように頷く。
じーっと桃子を見るその目に桃子は本当に困ったようにあははっと乾いた笑い声を上げた。
 
「よく考えると分かんないんだよねー。」
「でも部屋にあるものとかで分かるじゃん。」
 
梨沙子の言葉には信じられないという感情が込められていた。
少し怒ったような顔は自分にそんなことがないからなのだろう。
梨沙子は雅の好きなものは完璧に知っていたし、雅もある程度なら分かっていた。
そんな梨沙子の言葉に桃子は僅かに首を傾げると口を開いた。
 
「佐紀の部屋、あたしの物の方が多いし。後はシンプル?」
 
「「あー……。」」
 
そういえばそうだった。
梨沙子と雅の重なった声が部屋に響いた。
桃子は佐紀の部屋に自分の物を置きたがる。
佐紀は諦めているのか、心が広いのかずっと許している。
それにプラスして佐紀はごちゃごちゃと物を持たない人だった。
だから佐紀の部屋に行けば桃子の物の方が多いと言う逆転現象が起きている。
 
「えっと、じゃあ、こうしよ。」
 
雅は呆れたように一つ息を吐いてから桃子を見た。
 
「ももは梨沙子連れて当日までに誕生日プレゼント買いに行ってきて。」
「えー、みやは?」
 
梨沙子から不満そうな声が上がる。
寒がりの梨沙子はなるべく外になど出たくない。
まして雅がいないなら、尚更だった。
 
「あたしは部活があるから。土日挟んでれば良かったんだけど……。」
 
佐紀の誕生日は次の土曜日に迫っていた。
それまで雅の部活に休みは無い。
本当は梨沙子より雅のほうが佐紀の趣味は理解している。
だが行けないのでは意味が無い。
それに梨沙子は人に物をあげる時は確りと考えられる子だから。
桃子一人で行かせるよりはよっぽどマシだと雅は思った。
 
 
++
 
 
「はぁ……寒くなってきたなぁ。」
 
佐紀は学校からの帰り道を一人で帰っていた。
いつもなら部活をしている時間。
そうでなければ桃子と一緒に帰っている時間。
佐紀はマフラーに顔を埋め、寒そうに背中を丸める。
 
―桃が用事ってなんだろ?
 
『今日、一緒に帰らない?』と送ったメールはきっぱりと断られていた。
桃子は元々放課後寄り道するタイプではない。
プリクラにも、喫茶店にも目をくれず一直線に家に帰る。
それが桃子自身の家より佐紀の家の方が多いのが問題だ。
しかし佐紀が桃子と一緒に帰れるというのにこうなるのはかなり珍しかった。
 
「あれ?……もも?」
 
噂をすれば影、とでも言うのだろうか。
佐紀の視界の左隅。
商店街に少し入ったところに桃子がいた。
側には梨沙子がいて、雅がいないにしては珍しく凄く楽しそうに笑っている。
良く見るとその手にはぬいぐるみがあって桃子の用事が買い物だと知った。
 
―梨沙子と約束あったんだ。
 
それならば仕方ない。
桃子は梨沙子に甘くて、佐紀も梨沙子と約束があったならそちらを優先させただろうから。
しかしそう思う佐紀の心の一片でモヤモヤしたものがあるのも事実で。
佐紀はぼんやりと二人を見つめる。
 
「もうっ、りーちゃんってばっ!」
「本当の事じゃん、随分真剣に選んでたよねぇ。」
 
そんな佐紀の耳に二人の会話が聞こえてくる。
二人ともテンションが高い。
ケラケラと笑う梨沙子と何を恥ずかしがっているのか真っ赤な桃子。
その珍しい表情を見た瞬間、佐紀は逃げるように足を進ませた。
 
―っ……なんだろ?
 
わからない。
だがあんな顔をしている桃子と、一緒にいる梨沙子を見ていたくなかった。
長年付き合ってきたが佐紀が桃子に対してこんな感情を持つのは初めてで。
佐紀はモヤモヤとした感情以前に、自分に戸惑っていた。
 
―……悔しかった?
 
桃子にあんな顔をさせることができる梨沙子に対してだろうか。
それとも。
佐紀は頭を振る。
もう少しで誕生日だ。
そんな祝い事をこんなイライラした気持ちで迎えたくない。
佐紀は無理やり今の出来事を記憶の底に閉じ込めて、見なかったことにした。
そうすればまだスッキリとした気分になれたからだ。
 
 
 
そして誕生日当日。
佐紀のモヤモヤは未だに解消していなかった。
どうしても桃子のしたり顔を見ると思い出してしまう。
だからいつものことである桃子のちょっとした行動でもキツク当たってしまった。
例えば帰ったら自分の部屋で桃子がベッドを独占して寛いでいたり。
例えば構って構ってと勉強しているのにくっついてきたり。
そういう何でも無いことに過剰に反応していた。
余りにイライラする佐紀に逆に桃子が「何かあったの?」と聞いた程だった。
 
「佐紀ー、入るよー?」
 
まだ朝と言っても問題ない時間。
佐紀も朝ごはんを食べたばかりで、何の準備もしていない。
そんな時間帯に桃子の声が扉の向こうから聞こえた。
 
―いつもなら、聞かないで入ってくるのに。
 
佐紀は一人苦笑して、ドアへと歩く。
よっぽどここ数日の佐紀がイライラしていたということだろうか。
ガチャっと音がして桃子の姿が見えた。
 
「何、もも?」
「おはよー、佐紀。ほら今日誕生日じゃん?」
「うん?」
 
変な声が出た。
桃子が覚えているとは思っていなかったためだ。
吃驚したまま固まった佐紀に桃子が苦く笑う。
 
「今までちゃんとお祝いしたこと無かったじゃん?だから今年ぐらいは、ってね。」
「珍しー……どうしたの?」
「日ごろの感謝、みたいな?」
「あ、そう。」
 
腑に落ちないが、お祝いしてくれると言うのだから素直に受け取ろうと佐紀は思った。
とりあえず桃子を部屋の中に招き入れる。
すると桃子が後ろに何か隠しているのが分かった。
 
「それ、何?」
 
桃子の後ろを指差して首を傾げる。
佐紀が聞くと桃子は待っていましたと得意げな表情になって。
じりじりとにじり寄るように佐紀に近づいてきた。
 
「ふふー、知りたい?」
「別に。」
「何でよー、知りたいでしょ?ね?ね?」
 
器用に上目遣いをしながらも佐紀には桃子の隠している物が見えなくなっている。
ずいっと近づけられた顔に佐紀は行き詰る。
そこまで知りたいわけでもなかった。
大方の検討も吐いていた。
しかし桃子がここまでしてくる為仕方なく佐紀は言う。
妥協が桃子と長く付き合うためのポイントだと佐紀は知っていた。
 
「はいはい、知りたい。知りたいから離れて。」
「でしょ?では、発表しまーす。」
 
ダカダカダカと桃子が口でドラムロールを発した。
そしてジャッジャーンという一際大きい声と共に佐紀の目の前にそれが差し出された。
 
―あれ?見たことある?
 
それはあの時のぬいぐるみ。
梨沙子と一緒に持っていたぬいぐるみだった。
桃子に手渡されて佐紀はそのままそれを受け取った。
 
「これ……?」
「誕生日プレゼント。佐紀の趣味が分からないから梨沙子たちに協力してもらったの。」
 
にこっと笑う顔は素の桃子。
ぶりっ子も何も入っていない、自然な桃子の笑顔。
刹那、佐紀は理解した。
佐紀が見たあれはこの誕生日プレゼントだったのだ。
 
「一昨日、商店街にいたのは。」
「あ、見てたんだ。そう、これ買ってたんだよ。」
 
手の中にあるぬいぐるみと桃子を交互に見る。
じゃあ、あの真っ赤な顔は佐紀のもの。
そして。 
 
『随分真剣に選んでたよねぇ。』
 
あの梨沙子の言葉も佐紀に対してのもの。
桃子が、いつもふざけた雰囲気の桃子が真剣に選んでくれた。
それは何よりも佐紀にとって嬉しいものだ。
 
「あのさ、もも達、もお高校生じゃん。」
 
桃子が佐紀の手の中のぬいぐるみを撫でる。
佐紀が視線を上げて見た桃子の顔は酷く優しかった。
初めて見ると言って良いその表情。
佐紀はただ桃子を見つめるしかできない。
 
「恋人とか、できてもおかしくないじゃん。」
「……うん。」
「だからこれは、何て言うの?一種のけじめ、みたいな?」
「あたしに聞かないでよ。」
 
真剣な中に含まれた桃子らしさに笑いが溢れる。
そんな時でさえ上目遣い名な桃子が桃子らしかった。
こほん、と咳を一つして桃子がもう一度真面目な顔をする。
 
「あたし、佐紀が好きだよ。」
「うん。」
「だからもし良かったら付き合ってください。」
 
ぬいぐるみを撫でていた手が桃子の前に伸ばされる。
同時に頭も下げられていて。
佐紀は緊張の片隅で何かの番組みたいだなと人事のように思った。
だけど慌てたり混乱したりはしなかった。
それは何処かでこの十六歳の節目に桃子が行動を起こすと分かっていたから。
 
―答えなんて一つしかないよ、桃。
 
佐紀は目の前の桃子の手を取った。
ぎゅっと握ると桃子が少し驚いた表情で佐紀を見上げる。
その様子がおかしくて佐紀はクスリと笑いを零した。
 
「いいよ、桃。あたしで良かったら付き合って?」
「あたしは佐紀が良いんだよ。」
 
佐紀の手がぎゅっと握り返された。
限りなく幸せな雰囲気が二人を覆っていた。
 
「改めて、誕生日おめでとう。佐紀。」
「ありがとう、桃。」
 
―今までで一番嬉しいプレゼントだよ。
 
桃子から物を貰うこと自体珍しかったけど。
時折、桃子は佐紀が一番して欲しいことをしてくれて。
だからこそ佐紀は桃子の我侭も受け止められた。
片手にぬいぐるみ、もう片方に桃子の手。
それだけで幸せになる時間。
そんな特別な今日。
佐紀と桃子の関係は一歩進んで、恋人同士になったのだ。
 
 
 
―腐れ縁→?―終
 
毎度お馴染み、メン後さんからのGIFTでーす。
メン後さんちのももさきいいわー!!こーゆー佐紀ちゃん、いいねー!!
2人の腐れ縁だけど、それ以上の関係にキュンキュンしちゃいますわ。
ってゆうか、メン後さんちの桃子は段々可愛くなってきてる気がする。イイヨイイヨー!!
と言うワケで、いつもGIFT小説ありがとう御座います!!