―幼き日々―

「暑い〜……。」
 
 
見上げれば真っ青な空。
見るからに暑そうな風景とは逆にひんやりした部屋の中、一人ソファに座る。
雅はアイス片手にだれていた。
部屋にはクーラーが効いていたが今部活から帰ってきたばかりの雅には余り関係なかった。
死にそうなどとぼそり呟きつつ、テレビさえつける気のしない雅はただ風景を見る。
 
 
「蝉がうるさい。」
 
 
そんな当たり前の事象さえ今の雅には鬱陶しくて顔は自然険しくなる。
蝉、夏、暑い。
 
 
―梨沙子も夏弱いしなー。
 
 
唐突に思い出したのは夏に相応しくない色白の幼馴染。
むしろあの幼馴染は全ての季節が余り得意ではない。
元々外が好きな性格でもないし、その性なのか体も丈夫ではない。
むしろ丈夫ではないから外では遊ばないのかもしれない。
 
 
「あ、そういえば。」
 
 
ぼんやりと雅の脳裏に以前もあったこんな暑い日の出来事が思い浮かんでくる。
もやもやとしっかりとした形を現さないそれに、
アイスとクーラーのおかげで回り始めた雅の頭が反応を示す。
 
 
―……あれも暑い日だったなぁー。
 
 
それは夏の日の思い出。
今でも思い出すと胸がほんわかと温かくなる、雅の大切な記憶。
 
 
 
―幼き日々―
 
 
 
雅が小六、梨沙子が小四の時のことだった。
今より二人とも小さくって、それでも関係はそんなに変わらなくて。
雅の後を梨沙子が着いてきていて、梨沙子はそれだけで表情が柔らかくなって。
そして雅が今よりちょっとだけ素直に梨沙子を可愛がられていた頃の話。
 
 
「みやぁー?」
「何、梨沙子?」
 
 
その日も梨沙子は雅の家にいて、隣にいる雅にそれは嬉しそうな表情で話しかけた。
梨沙子の表情の意味が分からなくて雅は首を僅かにかしげる。
とりあえず頭を撫でるとさらに「ふへへー。」と笑いながら顔が崩れていく。
 
 
「もうすぐ、みやの誕生日だね。」
「そうだけど……用事でも入ったの?」
 
 
―まぁ、梨沙子に限ってそれも無いよね。
 
 
内心、雅には分かっていた。
雅の誕生日を最も楽しみにしているのは梨沙子だと。
だからあの質問はちょっとした意地悪。
梨沙子の慌てている顔が見たくて、つい出てしまった言葉なのだ。
 
 
「ふぇっ?!ないよ!みやの誕生日だもん、みや以外の用事が入ることは絶対ないもんっ。」
 
 
雅の予想通り梨沙子は半ばパニック状態になっていた。
顔の前で高速の手振りを披露し、雅の誕生日には一緒にいることを示す。
若干赤くなった頬からは顔に出やすい梨沙子の興奮状態が見える。
自分が考えていた通りだったとはいえ梨沙子の反応が楽しくて仕方なかった。
雅は気持ちのままに、赤くなって幼さが浮き彫りになっている梨沙子の頭を再び撫でる。
 
 
「はいはい、ありがとう。可愛いねー、梨沙子は。」
「むー……。」
 
 
妹扱いまたは軽く扱われたことが嫌なのか、拗ねた表情を作ろうとする梨沙子。
だが口の端は僅かに上がっており、「嬉しいんだなー。」と雅は勝手に思う。
普段の梨沙子はどちらかと言うと大人しめの表情をしていることが多い。
笑ったとしても、こう、人形のような、作り物めいたものを感じさせた。
それが崩れるのは今のような雅といるときだけで。
雅はそんなことを感じたことはないのだが、たまたま一緒に遊んだ同級生や下手したら梨沙子の親からも「雅ちゃんといるときが一番いい顔するわ。」などと言われる始末。
そうなってくると雅のほうも「そうなのかなー?」と思い始めていた。
 
 
―確かに梨沙子は人形みたいに可愛いとは思うけど。
 
 
今自分の前にいる梨沙子の顔を観察する。
プールの授業もあるのに真っ白な肌、長い睫毛、ぱちっとした瞳。
顔の作りが整いすぎていて寝顔など本当に人形のように見える。
 
 
―だけど、実際は子犬みたいだし……。
 
 
今日だって家に来たと思ったら抱きつかれて大変だった。
その表情や言動は歳相応に、下手したらそれより幼く感じるときだって多くある。
 
 
「りーはこれからもずっとずっと、みやの誕生日に出続けるもん。」
「ってことは、誕生日以外は別に一緒にいないんだー?」
 
 
必死になって自分を見てくる梨沙子に雅はくすりと笑みを漏らす。
わざわざ言わなくても分かっていた。
ただでさえ毎日家に通ってくる幼馴染が来なくなるなんて今の時点では考えていない。
梨沙子が来たいうちは来ればいい。
そのうち好きな人が出来たり、部活で忙しくなったり。
こんな風にずっと一緒にいれなくなるから。
それは当たり前のことだけどその時が来ることを考えると気分が暗くなる。
雅は気づいてないがその気持ちこそが離れたくない、寂しいが混ざった感情なのだった。
そして根本にあるのは『好き』という分かりやすい感情だが本人は知るよしもない。
 
 
「そんなことない!……みやが嫌じゃないならずっと一緒にいる。」
 
 
段々と声が小さくなり最後には不安のためか涙目で雅を見上げる。
そんな梨沙子に雅は思わず堪えていた笑いがぷっと噴出しそのままお腹を抱えて笑い出す。
心底可笑しそうに笑う雅を梨沙子は何が起こったのか分からないという風に見つめる。
 
 
―バカだなぁ。
 
 
きょとんとしている梨沙子を笑い過ぎて出てきた涙を拭いながら口を開く。
 
 
「嫌ならそもそも家に入れないって。」
 
 
「そんなこと気にする必要ないし。」と雅は続けて言った。
すると固まっていた梨沙子の表情が嬉しそうに崩れ始めた。
やがて満面の笑みになると勢い良く雅に抱きつく。
梨沙子はそのままぐりぐりと雅の肩筋に顔を埋めたかと思うと「みや、大好き!」と叫んだのだ。
実は誕生日に貰ったプレゼントよりこの大好きの方が嬉しかったのは秘密にしている。
 
 
 
 
 
 
「中学生になっても、結局そんなに変わらなかったしなぁ。」
 
 
食べ終わったアイスを捨てつつ時計を見る。
そろそろだろう。
今日は桃子たちと一緒にいるから一直線に雅の家に来るはずだ。
雅はそう考える。
今年から梨沙子も中学生になった。
梨沙子も部活に入り、これでもっと一緒にいれる時間も減るんだろうなと思っていた。
だが蓋を開けてみると、同じ中学校になったため登下校も同じになり、
一緒にいる時間は前より増えていた。
雅だけが中学校に入った時は家に帰ると梨沙子のいる状態がほとんどで。
小学校との時間割の違いから梨沙子を待たせる時間が大幅に増えたのだった。
けれどそれも解消され、だからか梨沙子もこの所ずっと機嫌が良い。
 
 
「ただいまーっ、みや、いるー?」
「いるよー……ここ夏焼家だし。」
「お土産買ってきたぁ。」
 
 
まだ疲れの抜けきっていない声で雅が返事をすると、
梨沙子が元気一杯ビニール袋を突き出しながら部屋に入ってくる。
うっすらとカラフルな色が透けて見える。
アイスだと雅は理解した。
しかも昔からあるカキ氷のやつ。
 
 
―ってことは。
 
 
「梨沙子、それ溶けてるんじゃないの?というかお金、持ってったっけ?」
「桃が払ってくれた!早く食べよ。」
 
 
―……今、1個食べたばっかなんだけど。
 
 
そんな雅の心内など知らない梨沙子はどう見ても半分は溶けているものを目の前に出してくる。
「まぁいっか。」と小さく呟いてから雅は渡された木のへらを手に取る。
部活終わりのお腹はまだまだ余裕があるのだった。
第一梨沙子が拗ねると面倒くさい。
イチゴと練乳というポピュラーなカキ氷を一掬いして口に運ぶ。
今まで外を運ばれてきただけあって少しぬるくて、甘さが倍増な気がした。
 
 
―そういえば。
 
 
雅は食べる手を止めて梨沙子を見る。
 
 
「桃と一緒ってことはやっぱ佐紀ちゃんもいたの?」
「うん、いたよ。なんで?」
「ううん、なんでもない。」
 
 
―佐紀ちゃん、ありがとう。あとごめん。
 
 
たぶん月末も近く、自分のお小遣いも少ないのに。
佐紀はこの多くのアイスを買ってくれたんだろう。
梨沙子のために、桃子に使われた。
その事実にちょっと佐紀が不憫になるのだった。
 
 
 
 
―幼き日々― 終
 
 

いつもあっとう御座います。
メン後さんとは何度かりしゃみやトークを繰り広げてきましたが、
毎回りしゃみやに対しての感性が一緒で楽しいですw
それだけに、メン後さんのりしゃみやのほのぼの感は、いつもオイラはたまらんですたい!!w
雅ちゃんの誕生小説。あっとう御座いました!!