りーちゃんの悩み(中学生)
春。
物凄い暖冬のおかげで桜も咲き始めた三月の終わり。
梨沙子は進学について悩んでいた。
家の近くにある広めの公園のベンチで桜を眺めつつ、梨沙子は考え込む。
進学と言っても別に『進学先』で悩んでいるわけではない。
梨沙子は昔から雅と同じ中学校に行くと決めていた。
ちなみに中高大一貫教育の学校で桃子と佐紀も同じだ。
だから一人別の場所にある小学校に行っていた時よりも一緒にいられる。
はっきり言って梨沙子は嬉しくて仕方なかった。
余りに嬉しくて笑顔でいたら雅から「キモいよ。」と言われ、それでも凹まなかった位に。
その梨沙子の笑顔を曇らせたのは友達の一言だった。
―中学校に言ったら仲良くても『〜先輩』って呼ばないといけないよね。
先輩。
その一言が梨沙子の目下一番の悩みなのだ。
―りーちゃんの悩み(中学生)―
「……夏焼先輩?うーん、雅先輩?」
眉根を寄せてうんうんと呻りながら梨沙子は口に出してみる。
名字、名前ととりあえず先輩をつけて呼んでみるもやはりしっくり来ない。
梨沙子にとって雅は『みや』であり先輩を付ける事は変な感じがする。
何度か呟いてみてから梨沙子は疲れたようにはぁと一つため息をついた。
「先輩って必ず呼ばないといけないのかなぁ。」
「あたしは気にしないけど、みーやんは気にするかもね。」
「やっぱ、そうかな。……って桃、何時からいたの?」
隣を見るといつの間にか私服の桃子がいた。
さも当然の如く梨沙子をにっこりとした笑顔で見る。
ちょっと呆気にとられた梨沙子だったが気にせず話を続ける。
桃子はどうやら梨沙子の相談に乗ってくれるらしい。
桃子は足をぶらぶらとさせつつ言う。
「二人っきりとか仲のいい人しかいない時はみやでいいと思うけど?」
「ずっとみやって呼ぶのは駄目だよねぇ……。」
「みーやんは体育会系の部活だし上下関係気にする人が多いからね。」
桃子は苦笑いで梨沙子を見た。
梨沙子はまだ分からないだろうけど結構細かいのだ。
雅が良いと許可しても周りが気にする。
そういうものの為にせめて人前では先輩を付けたほうがいい。
諸々含んだ桃子の言葉に梨沙子はただ落ち込んだ。
桃子はきょろきょろと周りを見渡し梨沙子を明るくさせる話題がないかと探す。
そして丁度良い話題があった。
「あ、部活と言えばりーちゃんは何に入る?」
「えっと……バスケ部のマネージャーになろうかなって。みやとか友理とかいるし。」
「マネージャーに、なるの?」
ゆっくりとした、だが確かに嬉しそうな口調で梨沙子は言った。
桃子はマネージャーを強調気味にもう一度聞く。
顔は笑顔だが背中に嫌な汗が伝った。
―マネージャーは止めた方がいいと思う、絶対。
しかしそんな桃子の内心等少しも分からない梨沙子は静かに頷く。
「うん、マネージャー。自分でするよりみやを見てたいもん。」
「でもでもっ!マネジャーだと選手より遅くなることが多いからみやと一緒に帰ったり出来ないよ。」
「えーっ、それは嫌だなぁ。」
「でしょっ!りーちゃん、絵描くの好きだし美術部にしたら?」
必死に桃子は梨沙子を説得する。
梨沙子がマネージャーになったらまともに練習が出来なくなりそうだ。
贔屓もしそうだ。というか絶対雅中心のマネージャーだろう。
そんな梨沙子がマネージャーになるのは流石の桃子でも頂けない。
力の入り方も倍、ぶりっ子具合もなぜか倍で桃子は美術部の良さを語りだす。
帰宅部の桃子が幾ら言った所で部活の良さは余り伝わらないはずだが。
素直な梨沙子はそのままぼんやりと聞いている。
その様子を見て桃子はもう一押しと切り札を切った。
「それに美術部だったら個人で自由に出来るからみーやんと一緒に帰れるよ。」
「ほんと?」
ぴくりと梨沙子の表情が動いた。
梨沙子を動かすならまず雅だ。
長年の付き合いだけあって桃子はそういう梨沙子の性質を十分に理解している。
よしと心の中でガッツポーズをして桃子は更に止めの言葉を言う。
「みーやんに言ったらきっと迎えに来てくれるよ。」
「……来てくれるかな?」
ちょっと不安そうに梨沙子が言った。
梨沙子は雅のことになると敏感で少し怖がりだ。
桃子は自信満々の笑顔で頷くと閃いた様に梨沙子を見る。
「りーちゃん、誕生日でしょ。だからその時に言ってみたら?」
「うん!」
楽しそうな笑顔を見て桃子も嬉しくなる。
手間がかかるし世話も焼けるが梨沙子の笑顔を見るとちっとも苦にならない。
きっと雅もそうなんだろうなと思いつつ、桃子はしばらく梨沙子と話していた。
++
ダン、ダンとボールを床につく音が響く。
今は春休みで練習は午前中だけだった。
自分以外誰もいない体育館で雅はシュート練習をしていた。
今日の練習試合でのシュート率が悪かったからだ。
幸いなことに午後の予定は入ってなかったし、体育館を使う部活もない。
静かな体育館で聞く音はちょっと慣れなくて、怖かった。
―梨沙子は何が欲しいのかな?
基本に忠実なフォームで雅はシュートを放つ。
一本一本真剣に。
だが合間にふとよぎるのは誕生日の近くなった幼馴染のことだ。
何をあげて良いかサッパリ分からない。
梨沙子が何をあげても喜んでくれるだろうことは雅も分かっている。
でもだからこそ本当に喜ぶものをあげたかった。
シュッとリング目掛けて打ったボールが弾かれた。
「………あー、やっちゃた。」
ちょっと集中力が乱れただけでこれだ。
今日の練習も全てこんな感じだった。
フリースローでさえこれだから模擬試合なんて本当に散々足るものだった。
同級生の千奈美や茉麻は勿論、後輩の友理奈にさえ心配されるほどに。
弾かれたボールはコロコロとコートの外まで転がっていく。
雅は取りに行く気にならなくてリングを見つめたまま立ち止まっていた。
―うち、なんでこんなに悩んでんだろ。
別に普通にプレゼントをあげればいいのに。
雅には自分が分からない。
さばさばした性格の雅は基本的に悩まない。
なのに梨沙子のことになるとこうだ。
今までした喧嘩の大半は梨沙子とだし、悩んだのも梨沙子の事だ。
それだけ一緒にいたし、何より梨沙子は拗ねやすい性格だから。
雅にその気がなくても梨沙子は怒ってしまう。
「何怒ってんの?」と疑問に思ったことも少なくはない。
脹れている梨沙子の顔が浮かんできて、それを払うように頭を振る。
それでも消えない映像に雅は視線をリングから外すとボールを拾おうと振り返った。
そしてそこに立つ人物に雅は一瞬動きを止める。
「あ、れ?桃?」
「一人居残り練習ご苦労様、みーやん。」
驚きに目を大きく開いた雅。
桃子は帰宅部であり、またバスケ部の練習に顔を出すこともほとんどない。
固まった雅に桃子はにっこりと笑うと語尾にハートが付きそうな口調で言った。
そして拾っておいてくれたらしいボールを雅にポンと手渡す。
「あ、うん。ありがとう。」
はっとしたように渡されたボールを見るとぎこちなくだが笑顔を浮かべお礼を言った。
桃子は変わらない表情で雅を見てくる。
―どうしたんだろ、桃。
雅は微かに首を傾げた。
にこにこした顔に雅は段々もとの調子に戻ってくる。
桃子が来た事で練習する気が失せた。
雅は普段と同じように尋ねる。
「何か用事?」
「うん、用事。桃じゃなくてりーちゃんだけど。」
「梨沙子が?」
桃子の言葉にますます首を傾げる。
桃子が人の用事で動くのも珍しいが梨沙子が雅に会えるのに来なかったことも珍しい。
そう自然に思うほどには梨沙子が自分を慕っていることを理解していた。
桃子は雅の様子を気にせず頷く。
「そっ、りーちゃんからだよ。誕生日プレゼントについて。」
「……プレゼントについて?」
どきりとした。
正に今雅が考えていたことだからだ。
自然と声が小さくなっていた。
「りーちゃんね、欲しい物は決まってるんだって。だからみーやんは準備しなくていいみたいだよ。」
「?当日一緒に買いに行くって事?」
「ま、そんな感じ。」
「梨沙子がいいなら別にいいけど……。」
なんとなく腑に落ちない。
今まで梨沙子がそんなことを言ったことはなかった。
表情にも表れていたのだろうか。
桃子が雅を見て苦笑する。
「ちょっと、みーやん。そんなにきょとんとした顔しないでよ。」
「いや、どうしたんだろうなーって思ってさ。」
「りーちゃんだってそんな無理な注文はしないから、気楽に待ってたら?」
そう言うと雅の肩を二回ほど軽く叩き、「じゃ、帰るねー。」と明るい声を出し体育館から出て行った。
雅はその急展開に呆気にとられたがうんと軽く頷き片手を振り見送る。
また一人になった。
桃子が去った後の体育館は先ほどよりも静かに感じられて。
雅は自分の手の中にあるボールとリングを交互に見つめるとはぁと一つ息をついた。
練習する気は完全に無くなった。
雅はくるりと半回転してボールを片付け始める。
―梨沙子は本当に何が欲しいんだろ?
結局雅の気がかりはそれだけだった。
++
そして四月四日。
今日はオカマの日ではなく梨沙子の日。
桃子に佐紀、雅に主役の梨沙子。
つまりはいつものメンバーが梨沙子の家に集まっていた。
黙々と料理を食べている桃子の前で梨沙子があの事を言い出そうとしている。
「あの、あのね、みや。」
「うん、何?梨沙子。」
「誕生日プレゼントのことなんだけど……。」
頬を赤く染めて必死に言おうとしている梨沙子。
それを優しい表情で見つめる雅。
そして完全に蚊帳の外の佐紀と桃子。
佐紀はやっといい雰囲気の二人を邪魔しては悪いかと隣に座る桃子に小声で話しかけた。
(ねぇ、桃。みやが珍しく梨沙子との空気を読んでるんだけど。)
(んぐっ。みーやんは素直になればあんな感じだよ、きっと。)
(そうなのかなぁ。)
ちょっと喉にお肉を詰まらせながらも確りと答える。
佐紀はさりげなくお茶を手渡し目の前の二人の観察を続ける。
桃子の言うことにも一理ある。
雅は優しい時はとことん梨沙子に優しいのだ。
二人の内どちらかと言うと雅と一緒にいる時間の多かった先には良くわかる。
どちらかと言えば梨沙子と一緒にいた桃子とは逆に。
「出来たら出いいんだけど……一緒に帰ってくれない?」
「中学校で?」
「うん。」
消えそうな声で返事をした梨沙子の頭を雅が撫でる。
その顔は見たことがないくらい柔らかくて、佐紀も釣られて笑ってしまう。
それから予想される答えはたった一つで。
俯いてしまってる梨沙子がその表情を見れないことを佐紀は残念に思う。
あの顔を見れば不安になることなんてないだろう。
粗方の料理を食べ終えた桃子が今度は先に話しかける。
(りーちゃんはね、本当にみーやんしか見えてないから。)
(うん?)
(見えてないから逆に不安になるんだよ、きっと。)
桃子も雅には負けるが幼馴染の佐紀も余り見たことのない優しい顔である。
おそらく雅の次に梨沙子を見てきた桃子。
性格からしても梨沙子が可愛くて仕方ないのだろうと佐紀は思う。
二人を見ていた柔らかい視線が佐紀を捉え微笑む。
(りーちゃん、みーやんが他の人にどんな態度とるか知らないじゃん。)
(みや、鈍いもんね。告白も素で気づいてないときがあるし。)
(それもたぶんりーちゃんのせいだよ。)
桃子が再び二人を見て顎で佐紀に示す。
そこには笑顔で梨沙子の問いに答える雅、いつの間にか梨沙子の手を握っている。
破顔して雅を見上げる梨沙子、手を握られたことに微かに照れている。
佐紀が隣を見ると桃子は良かった良かったという感じで一人頷いていた。
あの二人が順調なのは嬉しいが質問の答えは理解できていない。
(どういうこと?)
(あれだけ好き好き表現されてれば普通の好き好き光線には気づかないようになっちゃうってこと。)
(あー、納得。)
桃子はそのぶりっ子キャラのせいか人の感情を酌むのが上手い。
そういう物に鈍い佐紀に色々な事を教えてくれる。
そんな桃子が言い、また佐紀も言われてみれば頷くしかない状態。
雅は極端に鈍くなってしまい、梨沙子にしか好意を返せていない。
梨沙子の好意にも気づかないことは多々あるが。
梨沙子は雅しか見ていないから、雅の周りへの態度が見えていない。
好意を返してもらえているのは梨沙子だけなのに。
限りなく両思いに近い片思いを梨沙子はしているわけだ。
ちなみに雅は愛情と友情の違いを見定められてないので片思いではない。
考えを巡らしていた佐紀の隣から間を見て桃子が梨沙子に声をかける。
「ね、りーちゃん。言ったとおりだったでしょう?」
「うん、桃ありがとね!」
きらきらとした目で桃子にお礼を言う梨沙子。
桃子は「どういたしまして〜、うふっ。」と完璧な態度で返す。
―桃、またプレゼントけちって……。
佐紀は桃子を見て苦笑する。
桃子が狙っていたことを完全に理解した。
完璧にぶりっ子を決める時はことが予想通りに運んだときなのだ。
―めずらしくお金貸してとか言わなかったしなぁ。
普通は雅のときのように佐紀と一緒に買うかお金を借りるかなのだ。
梨沙子の誕生日は毎年気合を入れるから自分で買うのかと思ったが違ったらしい。
―まぁ、りーちゃんにとっては最高のプレゼントだったみたいだから良かったけど。
梨沙子の輝く笑顔を見てそう思う。
だからけちったなんて小さいことは佐紀の胸の中に仕舞っておこう。
梨沙子も雅も桃子も全員が楽しそうな表情なのだから。
さて自分もここで黙っていないで梨沙子にお祝いを言いに行こう。
雅のように梨沙子を一番喜ばせることも、
桃子のように洒落た事をすることもできなかった。
だが祝う気持ちは佐紀も一緒なのだから。
―りーちゃん、誕生日おめでとう!
その一言を言おうと佐紀は席を立った。
りーちゃんの悩み(中学生) ―終―
いつも小説あざーーーーーーーす!!!
お陰で最近は、オイラがお祝いしなくても済むようになりました。ラッキー♪
で、こちらは前々作からのパラレル学園モノの続きですね。
桃子のキャラがドンドンとステキになって参ります。人の誕生日小説の中でまで目立つなよ、桃子w
ってか、桃子はやっぱり帰宅部なのか・・・。確かに帰宅部似合いますなw
とりあえずメン後さんの小説は、りーちゃんと雅ちゃんのピュアな恋にドギマギしつつ、桃子のキャラっぷりがいつも愉快です。
そして次は、密かに桃子を思う清水さんの苦悩を是非、見て見たいなぁーーーーー!!!(と言えば書いてくれるかもしれないので、言ってみるのw