Dear



地元の神社では、桜祭りが行われていた。

提灯の柔らかな明かりに照らされ、桜の花びらがハラハラと舞い降りる。
桜吹雪と言うほどではないけれど、薄明かりの中で舞い散る桜の花びらは、なんだかため息が出るほど綺麗だった。
思わず足を止め、ぼんやりと虚空を眺める。
闇と明かりと桜の花びら。
すべてが入り混じり、溶け合う、なんとも幻想的な世界。

だけど、そんな物静かな風情とは裏腹なのは、周囲の喧騒。
立ち止まる私たちを、お酒臭いオジサンがキッと睨みつけ邪魔臭そうに横を通り抜ける。
そして、その後ろを続けとばかりに、何人もの人たちが私達の横を往来する。やっぱり通り抜ける人たちはみな、私達が物凄く邪魔臭そうだった。
どーやらお花見なのに、立ち止まって桜を見つめる事は許されないらしい。
思わず小さなため息をひとつ。
そして、私は隣の梨沙子の手を握り締める。

「じゃぁ、行くよ梨沙子。はぐれちゃダメだからね?」
「うん、解ってるよ、みや。平気だよ」

梨沙子は笑った。うん、解ってる。平気。
だけど、なんとなくこの子がフラフラとどっかに行っちゃわないかが心配で、握り締める手を強めた。
梨沙子は歩きながらも、桜を見上げたり、出店を覗き込んだり、お花見で盛り上がってるオジサン達を物見したりで、やっぱ落ち着きのない様子で余所見ばっかしていた。
だけど、目線はいつもどーり落ち着かない様子でフラフラしていたけれど、手はちゃんと離れないようにギュッと握り締めていたし、余所見しながらも、ちゃんと私の隣をトコトコとついて来てくれてるので、問題はなかった。

手を繋いで歩くのは、いつものこと。
私の隣を嬉しそうにくっついてくるのも、いつものこと。
梨沙子と私が一緒にいるのも、いつものこと。

桜の花びらは風に吹かれハラハラ舞い落ち、闇と明かりに溶けて消えた。






拝啓、お元気ですか?

地元の桜は、もう満開です。そちらはどうですか?
最後にあってから、2年がたつね。
身長は伸びましたか?髪の毛は伸びましたか?

私は髪の長さは相変わらずです。
なんとなく切るのが怖くってずっと同じ長さに伸ばしてます。

あなたも私と同じくらいの長さに伸ばしたいって、言ってたよね。
今は同じくらいの長さになってますか?
それとも、私よりも長いのでしょうか?







子供達が2、3人。わたがしを持ったまま大ハシャギで私達の前を駆け抜けて行く。
もうちょっと前までは、私達もあんな感じで走り回ってたよなぁ・・・なんて事を思いながら、私は神社のベンチの背もたれに深くもたれかかった。
だけど、ベンチに深く腰掛ける私とは逆に、梨沙子は少し身を乗り出して、周囲の出店を遠くから興味深々で物色している様子。
なんかホント、落ち着かない子だなぁ・・・。
私は心の中で一人ごちて、握り合ったままの右手を、ギュッと強めた。
まぁ、まだ11歳だから仕方ないかぁ。そう思いながらも、なんだ、自分と今は1歳しか違わないじゃんと心の中で思わず苦笑い。
そんな私の思いも露知らず、梨沙子は物色先にいい物件を見つけたのか、「ねぇ、みや。ヤキソバ買おうよー」そういいながら、私の腕にしがみつき子犬のようにジャレてきた。
「んーーー?ヤキソバぁ?」
私はもたれかかっていたベンチから、わずかに体を起こし、何軒も連なる屋台に目を通した。
薄明かりの中、浮かび上がる屋台のテント。その中には、梨沙子の言うとおりヤキソバ屋さんがあって、その3軒隣にはお好み焼き屋さんもあった。
ヤキソバより、どちらかと言うとお好み焼きがいいなぁ・・・。ぼんやりそう思ったけど、ま、いっか。心の中でその思いは打ち消す。今日は梨沙子の誕生日だ、梨沙子の言うとおりにしてあげよう。
私は子犬の頭を撫でるように、 ジャレかかる梨沙子の頭をポンポンと叩く。
「わかった。ヤキソバ買おっか」
「ほんと?ヤッター!」
梨沙子はオーバーリアクションなほどに、大きくベンチから飛び跳ねた。そして一目散にヤキソバの屋台へと駆け寄って行った。
「ほら。みやー!早くぅ!」屋台の前に立ち、しきりに手招きをする梨沙子。
別に並んでいるワケじゃないんだから、そんな急がなくてもいいじゃん・・・と、思いつつも、梨沙子が大声で「みやー」って呼ぶから、なんだか焦って駆け寄ってしまう。
だって、まさかここに居る人たちが私達を知っているとは思わないけど、これだけ大勢いると、知っている人も一人ぐらいはいるかもしれないじゃん。
「バカッ、梨沙子。こんなトコで大声で呼ばないでよ」屋台の前に駆け寄り、梨沙子に一喝すると、梨沙子は屋台のオジサンからヤキソバを受け取りながら、飄々とした様子で苦笑い。「ごめーん、つい呼んじゃった」
「まったくぅ・・・」
そんな、私と梨沙子のいつもと変わらないやりとり。
するとヤキソバの屋台のオジサンが、私達のじゃれあいを見て、いかつい顔をクシャッとほころばせた。
「仲いいねぇ、お嬢ちゃんたち。姉妹かい?」
「え?」思わず、2人で顔を見合わせる。
私達が、姉妹?
一瞬の沈黙の後、私達は本当の姉妹のような息のあったタイミングで、2人同時にプッと吹きだした。
そのタイミングがなんだかおかしくって、また笑ってしまった。


そして、ヤキソバを買った後。私達は肩を並べて境内の中を散策した。
私達のすぐ側を、5.6歳ぐらいの女の子2人が手を繋いで駆け抜けていく。手を引かれてる方の女の子は「お姉ちゃん、はやいよぉ」と小さな悲鳴をあげながら、お姉ちゃんのスピードに付いていくのに必死だった。
そんな子供達を横目に見ながら、私は梨沙子の手をギュッと握り直す。私と梨沙子も、この子達のような仲良し姉妹に見えてるのかなぁ?と、ボンヤリと考えた。
「私達、姉妹にみえるんだね、梨沙子」
「だねぇ」梨沙子は頷き、クスクスと笑った。「じゃぁ、どっちがお姉ちゃんに見えるのかなぁ?」
「えー?そんなのあたしに決まってるじゃん!」
「わかんないよぉ?私の方が背が高いもーん」
そんな事を話し、じゃれあいながら、私達はヤキソバを手に、神社の物静かな場所を探して歩いた。
歩いていくうちに向こうから、どっかの会社のお花見なのか、団体さんがゾロゾロと私達の横を通り過ぎて行った。その人数の多さに、思わず私達は顔を隠すように俯く。
そんな私達の反応を見て、何人かが訝しげにチラリと私達2人をかいま見て行ったけれど、別に正体がバレての事ではないようだった。
気づかれたら気づかれたで確かに困るけど、それもチョット悔しいなぁって思った。

気づく人は誰もいない。
私達はそれほど知られていない。

でも、最近少しづつだけど、街中で気づかれる事が多くなってきた。
ちょっとづつ、人気が出てきた事を自覚する。
私も梨沙子も桃も、みんな凄く頑張ってる。その結果なんだとボンヤリ思った。

なんとなく、歩きながら虚空を見上げる。
闇に浮かび上がる、まん丸な月。
あぁ、今日は月も綺麗なんだ。
私と梨沙子は、ゆっくりとした足取りで、神社のお社の方へと向かった。






一緒にオーディションを受けたあの夏を覚えてますか?
2人で毎日、歌の練習をしたり、
モーニング娘。のダンスを真似したりもしてましたね。

2人でアイドルごっこをした、あの神社の境内も
今はすっかり、桜の花びらのじゅうたんが敷きつめられています。







遠くに提灯の明かりが、いくつも連なって見えた。
私達はお社の階段に腰を降ろした。
もちろん全くの静寂ではなかったけど、屋台が軒並み連なる方に比べれば、幾分静かな空間だった。
お社の前で少し失礼かなぁって思いながら、私と梨沙子はさっき買ったヤキソバを食べる。
そんなにお腹は減ってなかったし、ちょっとソースも強かったけれど、梨沙子と一緒に食べるヤキソバはとっても美味しかった。
二人で肩を並べながら、ヤキソバを黙々と食べていると、「なんか・・・嬉しいなぁ」不意に梨沙子が呟いた。
「・・・ん?なにが?」
ヤキソバが食べれてそんなに嬉しいのかな?私が不思議そうに梨沙子を見ると、梨沙子はえへへと笑って言った。
「誕生日にみやと一緒にいれて。スッゴイ嬉しい」
そう言う梨沙子の顔があまりにも本当に嬉しそうなもんだから、
「そんな、おーげさな」そう言って否定するものの、なんだか照れくさくって思わず顔を伏せてしまう。
「だって、ホントだもーーん!」私の気恥ずかしさなんて全く気づいてないのだろう。梨沙子は私の顔を下から覗き込み、満面の笑顔で笑った。
「みやと誕生日にお花見出来るなんて思わなかったもん。スッゴイスッゴイ嬉しい!!」
そう言って、ちょっと歯並びの悪い歯を見せて笑う梨沙子。普段は大人っぽい表情の梨沙子だけど、歯を見せて笑うと本当に子供っぽく思える。
梨沙子のカワイイ白い歯を見ながら、私はやわらかく微笑み、頷いた。
こんなに喜んでもらえるなら、夏祭りの時にもまた梨沙子を誘ってあげよう。きっと凄く喜ぶだろーなぁって、そう思った。





2人でお社の階段に腰掛けて、おかしを食べたりもしてたよね。
あのボロボロだったお社、覚えてますか?
でも、汚かった社の柱は去年色を塗り替えて、
幾分綺麗に、生まれ変わりました。
今にも落ちそうだった神社の鈴も、
新しい鈴に代わって、満月のようにキラキラと光り輝いています。





やがて不意に梨沙子が、何かを思いついたように社の階段から立ち上がった。
どーしたんだろ?不思議に思いながら見ていると、梨沙子はトテトテとお社の階段を駆け上がった。
そして社のお賽銭箱の前に立つと、さっき屋台で貰ったおつりの100円を、ポーンとお賽銭箱の中に投げ入れた。

――ガラガラガラガラガラガラガラガラ

紐を引っぱり、お賽銭箱の上に釣り下がっている鈴を、繰り返し何度も鳴らす。
鳴らしすぎじゃないかなぁーって思ったけど、鈴を鳴らす梨沙子が凄く楽しそうなので、何も言わない。
私は階段の途中で立ったまま、梨沙子の行動を観察する。
梨沙子は鈴を散々鳴らして満足したのか、パンパンパンと手を三度叩き、社の前で手を合わせていた。何か願い事でもしているのだろう・・・。お祈りしている梨沙子の口元が、僅かに動いたのが見えた。


そして、20秒ほど黙祷を捧げたあと、また梨沙子がトテトテと私の元へと戻ってきた。その表情はなんだか悪戯っ子の様な、ママにナイショの企みを含んだような笑顔だった。
「・・・なに、お祈りしたの?」その表情が妙に気になり、梨沙子に戻ってきがしらに、問いかける。
梨沙子はやっぱり悪戯っ子のままの表情で、フフーンとハナを鳴らした。
「ナイショだよー」そう言って梨沙子は笑った。
「だって、願い事は口にしちゃうと叶わないんだよー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「私と神様だけの秘密だもん」
そして、梨沙子は満足げな表情で再び社の階段へと腰を降ろし、鼻歌を歌いだした。

夢を抱け、誰にも言うな〜♪

HPオールスターズの歌。
嬉しそうに鼻歌を歌いながら、足をバタつかせながらリズムを取っている梨沙子。
そんな梨沙子を尻目に見ながら、私はなんだか空虚な気持ちのままで、社を見上げた。
社は幾分綺麗になったものの、2年前と変わらぬその荘厳な風情を残しつつ、重々しい佇まいで聳え立っていた。




合格祈願。
神社のお社に昇り、お賽銭を投げ入れて、2人でお参りをしたね。
「どうか、合格しますように・・・」って。
その結果。私はキッズオーディションに合格する事が出来ました。
でも、あなたと一緒には合格する事はできませんでした。
あなたは少し寂しそうな顔で、私に言ったよね。
「おめでとう、雅ちゃん。雅ちゃんは願い事・・・ちゃんと叶ったね」って。

そのとき。
私は、本当の事がちゃんと言えなかったんだ。

思わず、「うん・・・そうだね」って言っちゃったけど、ホントはね。違うんだ。
あのね。あの時、私。ホントは「合格しますようにって・・・」お祈り。してないんだ。
だって・・・。
神様にお祈りすると、合格すれば神様のお陰。
でも、お祈りしなければ、合格したのは自分ひとりの力でしょ?

あの時、私は「オーディションを合格しますように」ってお祈りはしなかったんだ。
自分だけの力で合格したかったから・・・。神様のお陰には、したくなかったから。
だから、私が合格したのは神様のお陰じゃないんだよ?

神様はいない。
願い事を叶えてくれる神様なんて、どこにもいない。

だって。あの時私がした願い事は、ホントは全く違う事で。
結局、その願い事は叶う事はなかったんだから・・・。






「神様にお祈りしても、願い事なんて叶わないよ・・・」
「え?」
神社の境内に風が吹きぬけ、桜の花びらが舞い上がった。
梨沙子の柔らかい髪の毛が揺れる。梨沙子は鼻歌を止めて不思議そうに、階段に立つ私の顔を見上げた。
私は梨沙子と目線を合わせると、諦めきったような笑顔を浮かべ、小さく首を振った。
「願い事を叶えてくれる神様なんていないよ・・・」
「・・・・・・・・・でも」
「だいたい、願い事は叶えてもらうモノじゃないじゃん。自分だけの力で叶えるモノじゃん」
「・・・・・・・・・・・・」
何も言えず、梨沙子はしばらく私の顔を見つめていた。
もしかしてショックを与えちゃったかなと思って、自分の言葉に少し後悔をしたけれど、
「そう・・・だよね」梨沙子は存外、納得してる様子だった。
口を真一文字に結ぶと、コクリコクリと何度か頷いた。「それもそうだよ・・・ね」そう呟き、頷く。
そして何を思ったか梨沙子は、社の階段から唐突に立ち上がった。梨沙子の予測不能な行動に、私が思わず目を丸くしていると、梨沙子はやっぱりさっきと同じように、トテトテと社の階段を駆け上がって行った。
すると今度は、お賽銭を投げ入れるではなく、お賽銭箱の中をしきりに覗き込んでいるようだった。
「梨沙子。何、してんの?」さすがに怪訝に思い、私も階段を駆け上がると、梨沙子と一緒にお賽銭箱の中を覗き込んだ。
お賽銭箱の中は良く見えない。真っ暗な闇の中に、微かに100円硬貨の輝きが伺えただけだった。
「お賽銭箱の中がどーしたの?」私が問うと、梨沙子は私の顔を見つめて眉をしかめた。
「お金・・・。お賽銭箱の中から、返してもらえないかなぁ?」
「はぁ?」
「そういうことは先に言ってよぉ、みや。もう入れちゃったよ・・・。お金」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

どうやら梨沙子は。
私の言葉を受け、どーせ願い事を叶えてもらえないのに、お賽銭をあげてしまった事を凄く後悔してるらしい。
なんだか・・・素直で単純でおバカな梨沙子に、私は思わず吹きだしてしまった。
「アハハ。返金はムリだって、梨沙子。お賽銭箱、覗き込まないでよぉ」
「ぶー!」
そう言って、不服そうに唇を尖らせる梨沙子。そんな梨沙子を見て、また大笑いしてしまう。
ホント何考えてるんだか解んない、この子。
ベリーズ工房が賽銭泥棒で捕まったなんてなったら、目も当てられないよ。
「あー。ホント、おかしい。ホントにアホだね、梨沙子」
「えぇー、みや、ひどーい」
「いーじゃん。100円ぐらいあげちゃいなよ。叶う叶わないは別として、こーゆーのは気持ちの問題じゃん」

そう。こういうのは気持ちの問題。しょせん、気持ちの問題。
それ以上でもそれ以下でもないんだ。
だって、願いを叶えてくれる神様なんて、ホントはいるわけないんだから。
願いを叶えるのは、結局自分ひとりの力。

「・・・って言うかさぁ。それで結局。何を神様にお願いしてたの?」
「ん?」
なんとなく気になり、今一度問う。随分、願い事に気持ちを入れ込んでるみたいだから、なんか気になった。
「んーーーーー」
梨沙子はやっぱり言うか言わないか迷ってたけれど、「うん・・・」自分の中で結論が出たのか、コクッと小さく頷くと、笑顔で私の顔を見つめた。
「ずっと、友達でいれますように・・・って」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「ずっとずっと。みやとずーっと、友達でいれますよーにって、お願いしたの」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
梨沙子は眩しいくらいの笑顔で、私に笑いかけた。
だけど私は、何も言う事が出来ないまま、梨沙子の顔を見つめるだけだった。
風が冷たく感じた。心の中は凍えるように寒かった。
不意に、胸の奥にキリキリと刺すような痛みが走ったのが解った。







ずっと、あなたと友達でいられますように・・・。

あの時、私が神様にした願い事は、本当はこれでした。
だけど結局、この願い事は叶ってません。
私が受かって、あなたが駄目だったあのオーディション以来・・・。
私達はなんとなく、気まずくなっちゃったね。
私も仕事が入ってくるようになって、一緒に遊ぶ機会も極端に減って。
たまに2人でいても、会話が途切れる事が多くなっちゃったよね。

だから、翌年の春。あなたが引っ越す事が決まったとき。
ズルイけど、私は少しホッとしてたんだ。
このまま気まずいままで一緒にいるよりも、
離れ離れになった方が、自分達にとっていいような気がした。
それが一番いいんだって。そう、思った。

だけど、そんなのが・・・。
本当にいいはずないって、ホントは解ってた。






頬を打つ風が冷たかった。あれ?今日って、こんなに風が冷たかったっけ?
不思議に思った。
だけど、その理由はすぐに解った。
梨沙子は愕然とした表情で、私の顔を見つめていた。

「みや・・・。泣いてるの?」
「え?」

目がぼんやりと霞んでいた。
桜の木に吊り下げられた提灯の灯が、目に溜まった涙に反射して眩しかった。
頬を涙が伝う。その涙が風に吹かれると、いっそうその冷たさを強く感じさせた。
「ねぇ、平気?みや・・・」
「あ、うん・・・」私は俯き、曖昧に返事をした。
いつも甘えてばっかの年下の梨沙子に、こんなに心配されている。ヤダなぁ、カッコ悪いなぁ・・・。
ゴシゴシと何度か目を擦った。下唇をギュッと噛み締める。なんとか涙を止めなきゃカッコ悪いって思ったけど、もがけばもがくほど、涙は止まらなかった。ボロボロと溢れ出して来て、どうしようもなかった。
気持ちが焦燥するぶんだけ、それは大粒の涙となって零れ落ちた。
「みや?大丈夫?!どうしたの?!!」
梨沙子は、ひどく狼狽した様子で私の顔を覗き込んだ。その手は、私の背中をしきりにさすっている。
梨沙子の心配そうな表情も、背中をさする優しい手も、全てがいっそう私を悲しくさせた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
私は梨沙子の背中に腕を回し、梨沙子の体をギュッと抱き寄せた。そしてそのまま、梨沙子の肩に顔をうずめる。ともかく泣き顔を見られたくはなかった。梨沙子の肩に顔をうずめると、梨沙子の髪の毛からシャンプーの柔らかな香が漂ってきて心地よかった。
抱きしめた梨沙子の温かなぬくもりも、なんだか心地よく感じ、ギュッと目を閉じた。
「みや・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ねぇ、大丈夫?元気出して、みや」
背中をさすってた手が、今度は優しく髪の毛に触れる。そして梨沙子は、包み込むように私の体を抱きしめてくれた。
どうしようもないぐらいに切ない。
どうしようもないぐらいに悲しい。
私は力の限りで、梨沙子の体にしがみついた。

「ねぇ・・・。行かないで、梨沙子」
「え?」
「お願いだから、何処にも行かないで・・・」
「なに、が?」
「側にいて。ずっと、あたしの側にいて。ね・・・お願いだから。ね・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ずっと一緒に・・・・」


その後、どれぐらい泣き続けただろう?
あんなに大声を出して泣いたのも、あんなにボロボロに涙を零したのも、全て初めてだった。
梨沙子が優しくて梨沙子が大好きで、だから余計に悲しかったんだと思う。
忘れかけていた悲しみが、私の体中を襲った。
梨沙子が何処かに行ってしまいそうで怖かった。手を離したら、今にも消えちゃいそうな、そんな気がしてた。
この神社に梨沙子と一緒に来たときから、なんとなく感じてた。



梨沙子は・・・あの子とどこか似ていた―――。





新しい友達は出来ましたか?
あなたなら、きっとたくさんの友達が出来てるよね。
私も、新しい友達がたくさんいます。
昨日もね。新しい友達と一緒に、桜祭りに出かけたんだよ?

どこかあなたに似ている子で・・・。
すっごく優しい。とても大切な友達です。





散々泣いて、泣き疲れて。
ようやく落ち着いた私は、梨沙子と社の階段に腰をかけてポツリポツリと言葉を交わしていた。
肩に触れる梨沙子の髪の毛が、少しくすぐったかった。
「・・・ちょっとだけ、梨沙子に似てたかな?」

あの子の話。
退屈な、他人の昔話。
だけど真っ直ぐクリッとした目で、梨沙子は真剣に私の話を聞き入ってくれた。その眼差しに、また少し胸が痛んだ。
「その子。顔が似てたの?」
梨沙子の問いに、私は小さくかぶりを振る。
「ううん。顔は似てない」
「ふーん。じゃぁ、どこが似てたの?」
「んー。どこがって・・・」

そう。顔は全然似てない。背も、もっとちっちゃかったし。
性格も、梨沙子とは似ても似つかなかった。しっかりした子だったし。凄く頭のいい子。
どちらかと言うと、佐紀ちゃんの方が似てるかもしれない。
うん、そう言われてみれば確かに・・・。

少し考え込んだ後、私はクスッと微笑んだ。
「確かに・・・。どこが似てたんだろ?」 
「なんだ、それぇ〜」
ぶーっと唇を尖らす梨沙子。そんな梨沙子を見て、私はケラケラと笑う。
確か、あの子はこんな子供っぽい仕草もしなかったハズ。
うん、やっぱり違う。梨沙子とあの子は全然違う。全くの別人。
なのに・・・
どうして梨沙子に、あの子の面影を感じるんだろう?

私はそっと梨沙子の横顔をかいま見た。
梨沙子は風に舞う桜を目で追ってるらしく、その目線は滑稽なほどにユラユラと、中空を泳いでいた。
私は、そんな梨沙子の目線の先を追う。
目線の先には一枚の花びら。花びらは虚空を漂ったあと、石畳の上に静かに舞い降りた。

「・・・ねぇ、みや。もう一度、その子と連絡とって見たら?」
「え?」
それは余りにも不意だった。
余りに突然で、一瞬、なんの話か頭の中からすっぽり抜け落ちる。だが梨沙子は、そんな私の様子に気づくことなく、自信たっぷりに頷きながら私に笑いかけた。
「きっと、その子。凄く喜ぶと思うよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
一瞬抜け落ちた記憶も、梨沙子の笑顔を見ていたら、直ぐにもあの子の笑顔が浮かび、また胸が痛んだ。・・・と同時に、梨沙子の根拠のない自信に、私はなんともいえない不信を感じた。
「そーかな。喜ぶわけないよ」私は強く否定をする。
ずっと疎遠だった子から突然の連絡が来たって、ウザイし気まずいに決まっている。今更なんの用だって・・・そう思われるに違いない。解っている。もう、昔の関係には戻れない。

だけど・・・。

「そんな事ないって!」梨沙子は不思議なくらい確信めいた表情で、私に笑いかけた。
「平気だよ。だってその子、私にどこか似てるんでしょ?」
「え?」
「なら平気だよ。だって、私だったら嬉しいもん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「みやみたいな子と、また友達に戻れるなんてさ、私だったらすっごく嬉しいもん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

何も言えなかった。私は、ただ呆然と梨沙子の顔を見つめた。
梨沙子はおっきな目を細め、笑顔を零す。

「大丈夫だよ、みや。自信持って!!!」

真っ直ぐな目、優しい言葉、柔らかな笑顔。
それらが不思議な位に、私に勇気をくれるのが解った。
そしてその瞬間。
提灯の薄明かりの中、梨沙子とあの子の影がひとつに重なった気がした。


あぁ、そっか・・・。

こーゆうところが、凄く似ているんだ。






「大丈夫だよ、雅ちゃん。自信持って!」
オーディションの前。
受けるのが怖くて怯えてた私を、なんども励ましてくれてたよね。
「雅ちゃんなら、絶対平気だよ!」
あなたの笑顔が、言葉が、優しさが。
どれだけ私に勇気をくれたんだろう?





銀玉鉄砲から弾き出された球が、見事にぬいぐるみに直撃した。
黄色いヒヨコのぬいぐるみが、台の上からポトッと転げ落ちる。
「やったー!みや。すごーい!!!」私の腕をつかみ、梨沙子が大きな歓声を上げた。
射的場のおじさんは髭ヅラの口元を緩ませて、「良かったなぁ、お嬢ちゃん」そう言って、ヒヨコのぬいぐるみを梨沙子の手に握らせた。
梨沙子はゲットしたばかりのヒヨコちゃんを、ニッコニコの笑顔で抱きしめている。
「やったぁ。みや、ホントに貰っちゃっていいの?」
「うん、いいよ」私は笑う。「梨沙子に、誕生日プレゼント」
「でも・・・誕生日プレゼント、昼にも貰ったし」
お仕事が始まる前、メンバー1人1人が、梨沙子に誕生日プレゼントをあげていた。もちろん私も。梨沙子のお気に入りのブランドのジャケット。ちょっと大人っぽい柄のジャケットだったけど、大人っぽい梨沙子に凄く良く似合っていた。
うん。確かに昼にも梨沙子にプレゼントをあげた。でも、それはそれ。これはこれじゃないか。
ヘンな所、遠慮がちな梨沙子に、私はついつい苦笑い。
「いいって。2度、プレゼントをあげちゃいけない決まりなんてないじゃん」
それに、射的の景品ぐらいで遠慮されたら、私の方がよっぽど申し訳なくなる。
だって・・・。
私は梨沙子に、誕生日プレゼントぐらいしかあげる事が出来ない。
でも梨沙子は、いつだって私に勇気をくれる。


あの子も梨沙子も。
私は何もしてあげられないのに、いつも私に、いっぱいの勇気をくれた。






あなたがいなかったら、私はきっと、オーディションを受けてなかったと思う。
怖くて不安で、とっくに逃げ出していたと思うんだ。
私がオーディションに合格したのは、
やっぱり神様のお陰ではないけれど。
自分ひとりの力でもなかったんだなって・・・・・・そう、思いました。





屋台も少しづつ、閉める準備を始めていた。
私と梨沙子は、神社のベンチに腰掛けたまま、祭りの終わりをボーっと眺めていた。
賑わっていた境内も少しづつ人の数が減り始めて、ゴミやビール瓶が置き去られている桜並木の下が、ひどく閑散として寂しく感じた。
ふいに、ピューッと強い風が通り抜ける。
桜が大きく舞い上がって、やがて雪のようにハラハラと私達へと降り注いだ。
風が少し寒かった。
梨沙子は暖を取るかのように、ふわふわのヒヨコをギュッと抱きしめる。
私はそんな梨沙子を抱きしめたく思えた。


2人で寄り添って祭りの終わりを眺めていると。
「ねぇ、みや。お祭り、終わっちゃったね・・・」不意に梨沙子が呟いた。
「うん・・・」私は頷いた。「でも、桜祭りは明日もあるよ」
明日もある。明後日もある。桜が咲いている限り、祭りは終わらない。
でも、桜が散ったとき、本当にお祭りは終わってしまうんだ。そう思ったら、ちょっと寂しく感じた。

「もう、帰んなきゃ・・・」
そう言うと梨沙子は、トテッと私の肩に頭を乗っけた。「すっごい、眠い・・・」
そして梨沙子は、私の肩に頭を乗っけたまま両の瞼を閉じた。ちょっとだけ口が開いてて、そこから小さな呼吸が聞える。ホントに寝ちゃってるんじゃないかって思った。
私は小さく笑うと、コツン、梨沙子の頭に自分の頭を軽く当てた。
「ちょっとぉ。寝ないでよ、こんなトコで・・・」
「うん、大丈夫・・・」
「ったっく。昨日夜中に電話かけてくるから眠いんだよ・・・」

そう、昨日の夜中。
突然、梨沙子から電話があった。「へへー、みや。今日は何の日だぁ?」11歳になってちょっと大人になったガキんちょは、やっぱり子供じみた笑い声で、私の元へ電話をかけて来た。
「はいはい。お誕生日おめでとー。梨沙子」「えへっ。ありがとー、みや」
そんなやり取りを繰り返しながら、昨日の夜、結局それから2時過ぎまで電話をしつづけていた。
これじゃぁ寝不足にもなるってもの。


「んー。だってさぁ」梨沙子は私の肩に頭を乗っけたまま、目線だけをこっちに向けた。
「一番最初に、みやに、『誕生日おめでとう』って言って欲しかったんだもん」
そんな梨沙子の言葉に、嬉しさ半分、呆れ半分。私は思わず苦笑いを浮かべた。
「ちゃんと12時ジャストにメール送ったじゃーん」
でも、梨沙子も負けてない。梨沙子は私の肩から頭を起こすと、私の目を見て強くかぶりを振った。
「そんなのダメだよー。メールじゃ気持ちは伝わんないもーーーん」






メールじゃ気持ちは伝わりません。
でも、今はもう、気軽に電話できるような間柄じゃないから・・・
こうして手紙を送ります。


あのね。最近、私ね。解ったことがあるんだ。
やっぱり、願いを叶えてくれる神様はいません。
だけど・・・。
勇気をくれる天使はいます。
それは、昔も今も。
勇気をくれる天使のような子は、いつだって私の側にいてくれます。





人気のなくなった神社は、なんだか寂しかった。
そして、梨沙子とはここでバイバイ。それも凄く寂しかった。
神社の鳥居の下。私と梨沙子は、手をつなぎながらそれをくぐった。
「じゃぁ、帰るね。みや」「うん・・・」
ゆっくりと手を離す。急に温もりがなくなって、なんだか寒く感じられた。
「バイバイ、梨沙子」
小さく手を振る。梨沙子とバイバイするなんて、仕事の後いつものこと。別に寂しい事じゃないのに、なんでこんなに寂しいんだろう?
「うん・・・バイバイ」梨沙子も手を振り、小さく微笑んだ。そして、そのまま帰ろうとした瞬間、梨沙子はもう一度振り返り、天使のような笑顔で私に呼びかけた。
「あのさぁ!きっと、絶対!仲直り出来ると思うよ、みや!」
「え?」
「ガンバレー!」
「・・・・・・・・・・」
ふいに笑顔が込み上げる。同時に、不思議なぐらいの勇気が湧き上がる。笑顔でガッツポーズする梨沙子に、私も力強いガッツポーズで返した。「うん!そーだよね、梨沙子!!!」
梨沙子はコクンと頷くと、全身を使って大きく手を振りかざした。
「バイバーイ、またねー!!!!」


桜がハラハラと舞う。
何度も振り返り手を振りながら、梨沙子の姿は夜の闇に消えていった。

バイバイ、またね。

2年前。あの子が引越した日。
やっぱりあの子も、そう言って私の前から姿を消した。
「またね」は2度と来なかった。


梨沙子とは、明日も一緒のお仕事だ。







今はもう、気軽に電話できるような間柄じゃないけれど。
最近はもう、メールすらもご無沙汰だけれど。

今度会いに行ってもいいですか?
また一緒に、遊ぼうよ。

なんとなく、私達は疎遠になちゃったけれど、
また一緒に遊んで、また一緒に笑いあいたいな。

ずっと連絡を取りたくって。
連絡をする「勇気」がなくって。
だけど、私の側には勇気をくれる天使のような子がいて。
だから。勇気を持って、こうして手紙を送ります。


お元気ですか?あなたの住む町も、もう桜は咲いてますか?
桜が散る前に、この手紙があなたの元へ届くと嬉しいです。
そして、今度は緑の葉が生い茂る頃に・・・また一緒に遊べたらいいなって思います。






                                                   From : MIYABI      






―FIN―


あーーーーーーー。長かったぁ_| ̄|○

読んでくれたみなさん、ありがとう。
予想以上に長くなりました。延々とお付き合いくださって感謝です。

りしゃみやですけど、雅たんとどっかの誰かの話でもある。
単純に手紙形式のお話を書きたいなぁって思って書いたんだけど、
それだとりしゃみやにならないので、手紙とお祭り風景をシンクロさせてみました。
ちなみにりしゃこヲタヲメ小説なんだけど、雅たんがこの手紙を書いてるのはその翌日なので・・・
4月5日に更新なのは予定調和なのだよ、ワトソン君!!決して誕生日ageに遅れたワケではないのだ!!

(;ワトソン)oO(って、なんつーいいわけだ・・・シャーロック)

・・・と思ったら、4月6日になりました。やっぱただの遅れだ、これじゃ・・・orz
ヲタヲメ小説のなのは勿論なのですが、桜が散る前にageたかったので、
とりあえず、まぁ。なんとかかんとか。


予想してたより意外とラブい話になって、書いたオイラが一番ビックリしちょります。



モドレ